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09 友達っていいな

 



 ヒバリが先導した先には食品売り場、本来の目的は今日の夕食だからおかしくはない。でもやはり学寮の売り場としてはおかしい規模。


 三度突っ込みを入れる気力はないから、ヒバリに手を引かれるまま食品売り場に突き進む。


 商品の品揃えは素晴らしく充実していたがやはり若者層が色濃く出ていた。自分で調理するための野菜や魚や肉の種類は十分そろっていたけど、やっぱりすでに作られているお弁当(というより重箱)やお惣菜が沢山店内にならんでいた。


 ただ、その値段は一般家庭よりはるかに高いし、内容も豪華なんで其処の所がこの学校らしい。


 入り口に積み上げてあるヒバリは買い物籠を持つとジュースやお菓子を無造作に入れていく。歓迎会…小学以来の響きをするらしくカゴに調理されたチキンやサラダも適当に入れていくのを見て、自炊すればもっと安く上がるぞ?と楓は口をはさんだ。


 ヒバリは「えっ?」という声をだすと軽く驚いた顔して私を見つめた。


 「楓は料理できるの?」

 「そこそこ、自分で食べるには困らない程度はできるよ」


 私のうちは両親が共働きだから母さんはお弁当を作らない、朝は寝てる。元々すごい低血圧で起きたとしても不機嫌かつ味付けなど寝ぼけまなこでされちゃうのだ。


 それなら多少の手間でも、朝だけ弟と自分の朝食分をやった方がマシだった。


 「すごいね。僕は卵料理くらいしかできないよ」


 まあ、この年の男の子はそんな程度だろう、私の弟もインスタント類ばっかり。


 「必要に迫られると嫌でもそうなる」


 思いかけない楓の言葉にヒバリはそっと楓を見つめた。そしてヒバリは思う。


 必要に…なんて、どうしてだろう?そんな視線で。


 一方楓は陳列している商品に目を取とられ、自分を見ていることに気づいてない。


 「ねえ、楓…。聞いていいかな?楓はこの学校に来る前にどんな暮らしをしていた?」

 「普通の暮らし。それに俺には昔はない」


 (つい一週間前まで女子大学生だったつーの!しかも過去を無かったことにしやがって!!ファーロウのやろう!!)


 何か意味深に取ってしまったヒバリ、良くも悪くも楓の性転換した容姿には影が似合う。


 「昔がないってッ…、…じゃあ家族は?」

 「いるよ、ごく普通の両親と弟が一人。でも本当の俺を――――見ていない、いや俺のこと忘れたようだ」


 (親父~~っっっ!見終わったからって貸してやるってAV渡してきやがった!しかも女子大学生ってタイトル、すっげぇ微妙な気持ちになったじゃねーか!普段寡黙なくせにすごいデッドボール投げやがって!!)


 「……楓」

 

 楓とヒバリはすれ違った会話をしている、不幸にも其れを指摘して上げられる人がいない。おかげで意味不明な発言をしてしまっている楓とみるみる深刻そうな表情に変わっていくヒバリに、当然、まったく、露ほどにも気づいていない。


 (うひ~沖縄マンゴー一個四万円ってどんなマンゴー様だっつーの、うおッ料理酒って普通に酒やワインが並んでるジャン未成年を対象にした品揃えじゃねぇ)  


 当の本人はヒバリの心情など、なんのその無邪気にブランド食材に圧倒されている。


 「楓!」

 「なんだ!?驚いたな…」


 楓の名を突然呼ぶ、しかも結構な音量をもって。


 「僕ね…どういったら良いのか分らない、でも大丈夫」

 「へ?」 

 「変なこと言ってゴメン、僕も何が言いたいのかよく分らない、だけど僕も一緒に楓の思い出とか……ええっと…つまり……」


 茶色のクセ毛をガシガシ強めに掻いて、本人は何とか想いを言葉にしようと奮闘していた。


 「つまり、僕が君を守るから!」

 「…へ?」


 考えて考えて出した言葉が其れか?予想外のヒバリの言動にツッコミすら間々ならずヒバリを眺めてしまう。楓には彼の言わんとすることがイマイチよく分ってない。


 が、勝手に決意をした漢の瞳をしていたので。


 「ありがとう」

 

 若干引き攣りつつも礼を言うしかなかった。


 不幸にもこのおかしい流れを修正してくれる者は誰もいなかった。


 「俺のことばっか質問してさ、ヒバリの家族はどうなんだ?」


 楓はヒバリにそう切り替えした、此方ばかり聞かれるのは勘弁して欲しい。今日明日の食材とお米、ヒバリが自炊しないので豊富ではない調味料をヒョイヒョイ買い物カゴへ入れながら、特別深い意味はなくお互いの交流とちょっとした好奇心から切り出した。


 「僕の家族?家族は――――……あの人が父親」


 買い物に疲れたら端に設置されている二十人ほどで満席になる小さな喫茶店がある。ヒバリは壁にかけられている液晶テレビを指差した。


 「…?…」


 彼の指先には政治のニュース、高木総理大臣のアップが掲載されていた。改革とか改正だとかの大きな文字と共に。


 高木首相……?高木――――!!!!??


 日本の政治界トップ、そして日本を代表する高木首相の――――本気と書いてマジにご子息であられる?


 「マジ?」


 バッと振り返った楓に。うん、とヒバリは笑顔で頷く。


 忘れていた……最近キャラの濃い人たちばかり出会ったんで、ここが日本一の名門学校であるという事実を。政治界、経済界、権威ある家柄などのご子息様が集まるんだった。


 でも、いきなり自分のルームメイトが首相の息子だとはおもわなんだ!!なんじゃ?この人生の変わりっぷりは。


 「……驚いた?」


 ヒバリが笑顔だが困った顔で聞いてくる。


 「そりゃ驚くさ、雲の人が身近にいるなんて」

 「僕と父さんの間には少し距離があるから…身近じゃないかも」


 笑顔なのにまだ困った顔をしている、無駄に笑顔を乗せいているので更に寂しげだと楓は思う。


 「だからか…すれ違った上級生が挨拶してきたのは政治関係の息子かなんかだったんだな」

 「多分ね。もしくはそれに関わる人たちかも」


 なるほど、ヒバリがそれとなく個人行動を好む理由がわかった。庶民同士なら話が合う、気が合うなどでその場限りにしても交流を築ける。


 でもヒバリは交流関係に常に裏を感じてしまうのだろうな。多分私がこの学園に転校してくるまでヒバリ一人部屋を独占して使用していたのは「総理大臣の息子」という看板で優遇されていただけなのかもしれない。


 でもヒバリ自身が損得なしに友情を求めるのはおそらく鳳凰学園では難しいと思う。なんせここにはお金持ちはヒバリというパイプラインを手に入れるチャンスとしか見てないだろう。


 証拠にヒバリに挨拶をした上級生を見るヒバリの目は、拒絶の色を示していた。それを直感で感じ楓はそう思っている。


 「お近づきになって損はないって影でよく言われるんだ」


 当然のように言い放つ彼が少し淋しい、と楓は感じた。


 当の本人であるヒバリは、苦笑いをして楓を見る。


 物心つくころからそのような扱いを受けてきたヒバリは、会ってそんなに時間は経ってないのに無邪気にコロコロと表情を変える楓をほんの少し羨ましかった。


 好感を持てる笑みと言われているが、これは条件反射のようなものだ。ヒバリは物心がつく頃から周囲に溶け込めるように備えたモノ。


 自分が幼い頃の父親はその頃は首相ではないものの、すでに政治の中心核にいた権力者。父だけではない、父親のまた父も政治に深くかかわってきた重鎮。


 そんな大人たちを見て育ってきた。


 つまるところ何代もつづく政治家の一族なのだ、そのためにいずれは……という目で自分もみられている。


 だから何度だって体験した事じゃないか?「本当の友達」なんかいなくても別に今更寂しいなんて。

 

 でも、どうしてだろう?他の誰かに純粋な好意を一度だって期待していないのに。楓の見る目が変わってしまうのが無性に悲しいなんて。


 どうせ僕の親が政治の中枢だと分ると、楓だって一歩引くか利用してくるに決まっている。隠していてもいずれそうなるから、誤魔化さずにあの人だって教えた。


 そのくせ何処か楓に期待している自分がいるのが情けな――。


 「ふ~ん、まっ俺には関係ないけどなぁ。お前が何者の息子でも……おおッ!凄い霜降り牛肉!!ステーキにして焼いてみたい」


 あっけらかんとヒバリの父親にもう興味が無いらしく食品を物色し始めた。


 「え?ちょ…総理大臣だよ?何か無いの?」


 選択肢になかった楓の反応にヒバリは逆に驚き、楓に食いついてしまった。


 「おい、それは自慢か?芸能人ならサインの一つでも貰ってきてくれって頼むけどさ、政治家のサインはイマイチ俺の中ではインパクトかないな……ヒバリには悪いけど」


 じろっと楓がヒバリを軽く睨む、その顔には「庶民をなめるな」って書いてあった。勿論そんなつもりはヒバリにはない。


 「祝賀会とかのパーティーに連れてってとか、僕のお父さんに便宜とか…」

 「便宜をはかってもらってどうしろってんだよ?うちの父親は貿易の下請け会社、母親は習い事教室の先生だ」

 「でも…楓」


 信じていないヒバリの声に、カチンと来た楓はヒバリの頭を掴むと一つ気合を入れて。


 ガツん!!


 思いっきり頭突きをした。


 古典的漫画の表現だけど目から星が飛び出したのは、仕掛けた楓のほうだった。


 くらっと一瞬頭がぼうっとしてしまう楓。


 予想以上の痛さ!こいつかなりの石頭だ。証拠にヒバリは急な展開にキョトンとして痛がっている素振りはまったく無い。


 「いってーー!」


 私のほうが自分の前頭部をせわしなく撫でる。本当に痛かった。


 「えっと…楓?」


 何が何だかまったく状況の理解が付いていかない彼は楓が痛がるのを怪訝そうに呼ぶ。


 名前を呼ばれた楓は痛む頭を押さえつつ、少しヒバリを睨む。


 「……俺たち友達…その…だろ?」


 はっきり言って名門校へ通う人物ではない私。ファーロウがこなかったら普通の人生を歩んでいたら、一生ヒバリとは出会わなかった。


 男へ性転換して高校生からやり直すのをファーロウに感謝する…といっては男へ変貌した際に切り離れた女友達に申し訳ないので、感謝はしない。でも新しい友を得るには楓は前向きだ。


 だからヒバリと友達になるのに抵抗感はない。たとえ政治家の息子でも……そもそも同じ学生の私には関係がない。


 「誰の息子でも関係ない…今の俺たちはルームメイトなんだ。親父は関係ないよ」


 ぼそり照れくさそうに楓は呟く。


 「うん―――そうだね、僕たちは友達だ。ありがとう楓、大好き!!」


 嬉しそうに言うとガバリとヒバリが満面の笑みで楓に抱きついた。買い物カゴがヒバリの手から離れてガチャリと大きな音をたてて床に落ちる。


 食べ物を粗末に扱うな!!って言いたいのだけれどヒバリに両手を背中にまわされてガッチリ押さえ込まれ声が出せない。


 身長は大体同じでもやっぱり幼少から鍛えている体だ。ヒバリの胸に顔を押さえつけられ胸板の厚さに内心感心した。


 大概私も青春ドラマの一シーンか?みたいな発言をしたのだが今のヒバリの比ではない。どうしようと考えていると遠巻きにギャラリーが出来てこっちを見ていたのに気づく。


 見る見る楓の顔は赤面していった。


 顔から火が躍り出るほど恥ずかしい!!そうだ私が気にしなくてもヒバリのお父さんは有名な人なのだからヒバリ自身も学園の中では無論顔が知れ渡っているはず、そして珍しい転校生で見慣れない私のやり取りを客である学生は興味津々でこちらを盗み見してたみたい。


 きゃはは☆状況を察しろ私!そして周りの空気を読めヒバリ!!


 とりあえずヒバリから離れるのが先決と、ヒバリの腹に手を置いて距離を開けようと力を込めてるがびくともしない。それどころか「楓の体って細いんだね」と核爆弾級の発言を笑顔で落としてくれた。


 その笑顔を見てエアークラッシャ高木ヒバリをどうしてくれようかと考える。早急な手立てとして腹においてあった手をいったん離してヒバリの腹を殴った。


 「イテッ」


 一つ悲鳴が上がる。ヒバリじゃない、またもや先手攻撃をだした楓からだ。ヒバリの方は叩かれた意味が案の定分ってない顔をしている。


 ついでに私の殴った拳が痛い、なんだコイツの腹筋は?まるで防弾チョッキみたいな硬さ。HO-ヒバリと取っ組み合いの喧嘩だけはやるまい。


 勝てる要素が全くねぇ、奇跡が起こっても勝てる見込みなし。それを私はこっそり心のメモ帳へ書き足す。


 何か疲れたけど。まぁ、こんな友達もいいか…と苦笑いをするとヒバリも笑いかえしてきた。

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