08 さて、ご飯でも買いにいきますか
背伸びをしてクローゼットの扉を閉めた休みなしで動いたから、一人分の荷物といえど流石に少々お疲れ気味だ。
背骨と肩の辺りからペキペキと音が鳴る、ずっと同じ体勢でいたので体が固まったらしい。
ダンボールから男性用の新調した服、靴、小物に生活用品をテキパキとした動作でそれぞれ使いやすい場所に設置した。
しばらく会えない家族が写った写真が入った写真立て(ちゃっかり猫のファーロウも写っている)を手に取ると少しだけ眺め、備え付けのベッドサイドに置く。
余談だけどファーロウを学園に連れて行くのを最後まで反対していたのは猫好きの父だった。
日頃あまり喋らないのに長々と新井家にいかに猫の存在が必要かと説いてきたのだったが、母の「ファーちゃんがいないと楓ちゃんがさびしがるでしょう?」の一言でファーロウの所有権は私に渡る。
新井家がどんな上下関係でなりたっているかを垣間見る貴重な場面とも言えなくもない。そして当然のようにファーロウは我が家の一員として家族に細工、記憶操作の魔法をかけたらしい。
今後家族に魔法を使うなと念をしておいたが、ファーロウが常に居てくれると私も助かる。
ともあれ、これでお部屋の引越しお終い、改めて自分の部屋を見るとポスターとか飾り物が少ないが最初の印象がガラリと変わるほどの生活感に溢れた部屋となる。
うん、これで随分住み易くなった。後は追々荷物が増えるだろう、今はコレぐらいシンプルでいい。ファーロウもよく手伝ってくれた、あとでお礼に美味いものでも作ってやるかな…。
考えつつ用済みになったダンボールを小さく畳んでいると楓がいる部屋の外から、電話のコール音が響く。音の発信源はダイビングの壁にかけられている備え付けの電話が、楓を呼んでいた。
受話器を手にとって耳に当てると「はい」と返答する。
『もしもし、ヒバリ、僕だよ。荷物整理終わった?』
「ああ、ほぼ完了した、最低限の物しか持ってこなくて。必要ならこっちで揃えようかな~って思ってたんだ」
け・れ・ど此処は人里離れたお山のなか、スーパーとか百貨店なんぞがあるわけがない。どうしよう?
マジでどんな立地条件の学校なのか調べずにいた能天気な自分に殺意が湧き上がる。弟の啓一にあれほど(姉の私よりしっかりしている)口うるさく言われたのに失敗した。
『なら2階のコンビニで買い物する?コンビニって言うのは通称で日常品が売っている雑貨みたいな売店が一階にあって、その店においてある通販用カタログで通販もできるよ、お店で買えないものは其れで揃えると便利だ。パソコンのネットで買う人もいるけど、こっちで買ったほうが速く届く分お勧め』
軽く絶望感に浸っていた楓に希望の光りが灯される。
「ほっほ~う。さすがお金持ち学校やることが違うね」
『そうかな?ところで今1階の受付から電話しているんだけど。君の教材一式が届いたみたい、受付の人に代わるから教材を僕が運ぶ許可してよ』
「え?いくらなんでも悪い、自分で運ぶって」
今日初めてであって、数分しか会話しなかった人にそこまでさせられない。でもヒバリは。
『楓には重たいんじゃない?それにささやか歓迎パーティーしたかいから早く整理終わらせよう、僕は君が僕のルームメイトになってくれて嬉しくて堪らないんだ』
「……ありがとう、ヒバリ。頼む」
本当に彼がルームメイトでよかった、感謝をしつつ彼に頼む。
ヒバリが受付の人と電話を代えると、許可を出して受話器を元に戻す。
数分してヒバリは箱に教材を肩に担いで部屋に帰ってきた。運んでもらった教材を受け取ろうとすると楓の部屋まで運ぶと言っても聞かずそのまま私の部屋まで運んでもらうことになった。
私の部屋に教材を置くと、ヒバリは制服から普段着に着替えるといって一度自分の部屋に戻った後、私はこっそり教材の入った箱を持ち上げてみるとやたら重くて驚く。
辞書や辞典まで入っていたのでコレはかなりの重さだった、それをアイツは米屋よろしく笑顔で担いで重いそぶりすら見せない。
男になって身体が大きくなって力が付いたと思っていたのに、あいつは笑顔の化け物か?
私が教材の中身を確かめている間、私服に着替えたヒバリが私の部屋のドアをノックする。なんて律儀な奴。
「入れよ。てかノックいらないだろ?居るの分っているし」
「しないと…手伝うことある?」
「うーん、あらかた済ませた、な。それよりも昼飯も食わずに整理してたんで腹減った」
ヒバリが学校から帰ってくると再び猫に変身したファーロウも楓の足元で『僕もペコペコです』と鳴く。くどい様だが、彼の言葉は私しか聞こえない。
ついでに消耗品―――歯ブラシとか私の専用のコップとか欲しい、買わないと。ヒバリは少しだけ申し訳ない顔をして言う。
「なんだ、もっと早く帰ればよかった。ご飯どうする?」
「何でもいいからすぐ食べたい」
「ここの寮の二階に朝夜用の食堂があるし、コンビニで食材かお弁当を買うか、リビング電話で内線から料理を発注も頼めるよ」
わあ~凄い、学生寮の学生というより一流ホテルのお客様だ。
「まったく至れり尽くせり…食堂は明日にしたい、今の時間帯の食堂は寂しくて嫌だ。コンビニで買い物したい」
ぽつ~んと2人と数人だけの食堂を想像して、楓は嫌がった。ヒバリは楓の要望に頷き。
「分った、待ってて財布持ってくる」
「ああ」
私の部屋を出ようとして後ろを振り返りドアノブを掴む、がだ立ち止まり振り返った。
「本当はね、僕一人の生活が惜しかったんだ。転校生が来るって聞いて一人だけの部屋じゃなくなって正直ガッカリしてた。でも来てくれたのが君でよかった、今は楓との学園生活が楽しみでしょうがないよ」
微笑みながらヒバリは私に宣言した、「すぐに用意する」素早い動きで自分の自室へ消えた。その言葉を聞いた楓は顔が真っ赤になっていく。
手のひらで口を押えて唸った。
ここっっここ…これだから高校生は!!恥ずかしい!!いや、ヒバリが包み隠さず本音を喋るから聞いていてこっちが照れる。何たる不覚!……天然か!?
女の頃でさえあんな言葉をかけられた経験はない楓は、心の底からむず痒い感情に飲まれた。
あ・い・つは天然だ!!これを女にもやっているのか(私も女だった)?あの誠実そうな笑みで恥っずかしい台詞を、そうとうのタラシだ…天然のタラシが眼前にいる。
楓は一人で悶え、ファーロウの寒い視線に晒されているのに気づかなかった。
「おまたせ…何やってるんだい楓?」
ヒバリが私服に着替えて再び私の部屋に来たとき様子のおかしい楓に首を傾げて聞いてくるが、楓では有耶無耶にしてヒバリの背中を押して部屋から出す。財布と携帯電話も自分のズボンのポケットに入れるのを忘れずに。
***
軽く楓の挙動不審さに少し疑問を持たれたが、廊下に出るころにはすっかりヒバリの頭から消え去り、廊下で二人はお互いの携帯番号とアドレスを交換しあいながらエレベーターへ向かって歩く。
放課後になればクラブに所属していない生徒と多少はすれ違い、必ずすれ違うと振り返られた。半分は編入生の私が珍しいのと、ヒバリが誰かと共に歩いている姿が珍しいらしい。
それとなく聞いてみると意外にヒバリは単独行動を好むのだという、私から見て彼は友達が多いタイプなんだけどな。
そして中にはヒバリに挨拶する人までもいた、「知り合い?」と聞けば「知らない」と笑顔で返答が返ってきたから私は釈然としないまま頷く。
深く追求しないのは無意識ながらヒバリから拒絶を感じ取ったのと、知り合ってそれほどでもないのに、あれやこれやヒバリのことを聞き出すほど厚かましくない楓の配慮だった。
それよりヒバリに挨拶をしてくる者たちの中にはヒバリよりも上級生が混じっている。さらにその丁寧さは部下が社長に挨拶をする様な緊張感すらあり。
無言で私はヒバリの顔を見てみる、人は誰でもそうだけど単純じゃない。
印象よりもヒバリは思った以上に一癖も二癖もありそうだな。
なーんて心で呟き、エレベーターへ目指す。
「総合販売店」通称コンビニは二階を丸々全部お店にしているらしい、エレベーターから降りた私はここに着て何度目かの唖然とした顔をしてしまった。
だってコンビニって言うくらいだからコンビニの店くらいの広さだと思っていた。でも見てみると広い面積を誇る寮の一つの階を占拠しているだけあって、何て広々とした店内。
私の部屋がある434号から近場に設置されたエレベーターまで歩いて二分はかかる距離がある。
つまりそれだけ寮がとてつもなく広く大きいって事だ。それを全部店としてあるのだから想像を絶する。
「うわ~広ッ何売ってんだ?こんな広さで…」
楓が呆気にとられているのを横目で見ていたヒバリが、軽く笑う。
「大概何でもだよ。家具からシャーペンまで、ペットショップコーナーもあるから君の猫のご飯もそこで買える」
ホラとヒバリが指を指すので視線を指先に向けると、エレベーターの横に案内の地図がプレートに載ってあった。
まるで大型百貨店のような品揃え、ヒバリの言う通り生活用具一式から家具、食品、さらに学園生活には不要だろう貴金属、こだわりの雑貨、専門的な書物、最新の電化製品、様々な種類の遊具に果ては部屋に飾る美術品まで揃えよう。
金さえあればこの学生寮から一歩も外へ出ずに暮らせるような錯覚まで陥った、もっともそんな引きこもり人生真っ平ゴメンだけどね。
「すげ~ここまで凄かったらかえって馬鹿らしい…」
さりげなくひどい言葉にヒバリも頷く、そして自然な動作で楓の手をとられた楓はヒバリの方へ向く。それにヒバリは満面の笑みで。
「さあ、ご飯を買いに行こう」
ヒバリは楓の手をつないだまま歩き出した。どこから見てもカップルのような雰囲気、楓は流石にやばいだろう?とか思いながらも邪気のない嬉しそうなヒバリに何も言えず黙ったまま黙認して、ヒバリの後を歩き出す。
一度に二つの連載をしているので間違えて違うほうにこの8話を上げてしまいました。すぐに下ろしたのですが混乱した方には申し訳ありません(笑)