07 ルームメイトはいい奴…つかやっとまともな人に会えた気がする
竹丘の後姿が見えなくなるまで楓とファーロウは黙って見送った。
「な、に…あれ?」
楓は考える前に言葉として口から出て、その答えをくれるファーロウはまだ黙ったまま。
楓は籠を伺い見てないので気づかなかったが、ファーロウの瞳はいつもの輝く可愛らしい猫の目でも少年の姿の瞳でも想像できないほど淀んでいた。
ドアノブに手を掛けた状態で固まっていた楓のドアノブが勝手に動く。当然ドアが開いて部屋の内から開けた人物の顔が現れた。
「どうしたの?ドアの鍵を開けたまま入ってこないなんて……うわッ」
うわっとは何だ?この野郎。
楓は呆然とした意識をドアが開いた音で我に返った。
ルームメイトらしき男の子は楓の顔を見て、その造形美の凄さに驚いただけだが、まだ女の自分でいる感覚なので楓は「うわっ外れ引いた」って意味に聞こえた。
ドアの向こうには私と変わらない身長の男の子が不思議そうに此方を窺う。
「あー…悪い、ちょっとしたアクシデントがあってボーっとしてた」
「変なの、さあ入って」
先住者が笑いつつ今日から自分の部屋になるドアを大きく開き、少年は快く招く。
邪気の無い笑顔に、先ほどのうわっは深い意味がないと楓は気付いた。疑う余地がないほど、いい人オーラが全身から滲み出ているからだ。
「僕はルームメイトの高木 雲雀よろしく」
「こっちこそよろしく、俺は新井 楓」
二人はドアに入り、靴置きで握手を交わす。
「この子が君の猫?」
高木は楓の持っている籠に興味津々らしく体を屈めてファーロウを伺う。
「そう、ファーロウって名前で雄、ペットとの同居を許可してくれて有難う」
ルームメイトと暮らすので学校としてはペット可であろうが、部屋の半分の権利を持つルームメイトの許しもなく無断で飼ってはいけない。アレルギーとか動物嫌いなどの問題が起きるのを回避するための決まり。
「僕は猫好きなんだ、両親が嫌がるから飼えないけどね」
ファーロウをのぞく高木は嬉しそうにファーロウを見る、私も実際動物を飼うのは初めて、だから猫の姿のファーロウを人間だって分ってても頭をなでてしまう。動物マジック!
ヒバリに先導されながら二人で使うには十分な広さの靴置きで靴を脱いで、真っ直ぐ伸びる廊下を高木の後ろへ続き進むとリビング・ダイビングに出る。
8~9帖以上の広さを持つキッチン、クッキングコンロと食器洗浄機乾燥機も水周りの設備さえ完璧。
ヒバリと楓の暮らす434号はまさに寮というより高級マンション。
寮生活で完全なプライベートを保てる個人部屋が使えるなんて夢にも思わなかった。個人部屋が二室、リビングが一つ、ユニットバスではない広いお風呂とオシャレなトイレも分かれて、もう文句なしの最高。
リビングに足を踏み入れると大きなテレビにソファが置いてリラックスできそうな空間。その先にはバルコニー、俗に言うベランダ。
軽くリビングを見渡してキッチンを見ると使用した感がない、高木が普段使わないのがチラリと見ただけで楓には分る。まあ自炊が不得意な男の子は必要にならなければ自分から進んでしないでしょう、楓の弟もお粥を作るのが関の山だ。
そして隣にたつ高木を楓は横目で見る。
男になった楓とほぼ変わらない身長、日本人でのサイズで長身といわれる部類にはいり、茶色の色をした天然パーマの髪が柴犬の印象を与える様な人物。
顔は童顔で純粋そうな爽やか系。
男になった私の瞳は外人に近い流れる感じであるが、高木の目は大きく丸い。といっても女顔ではない。
終始ニコニコと高木が笑って優しそうな人柄に、つれられて楓までもホンワカした雰囲気になってしまった。
「新井君の荷物はこっちの部屋においてあるよ、もし部屋が気に入らないなら言って僕の部屋と交換するから」
高木が玄関からすぐ西側のドアを指差す、高木は東側の部屋を使っているらしい。
「そこまで気を使って貰わなくてもいい――ありがとう。高木だったら上手く暮らせそうだ」
「いやっそんな…ねえ、高木って呼ばれるよりヒバリって呼んで欲しい。駄目かな?」
「ああ、俺も楓って呼んでくれ。…っといいのか?時間もう8:20だぞ?」
壁にかけてある時計が学生にとって忌々しい時間に近づきつつあった。
この時間を守れるものにはただの門限、時間を守れない者は強大で脅威な敵。ヒバリも声を上げて鞄をもって玄関に走って向かう。
「帰ったら僕も荷物整理手伝うからね!それと暫く使ってなかった君の部屋、昨日僕が埃を拭いといた、そのまま荷物を置いても大丈夫だから…行ってきます!!」
楓は急いで出かけるヒバリの背中に手を振って見送った。
第一印象からヒバリはいい奴そうだ、実は初めての寮生活は少々不安があった。男と一緒に生活するのも本当は戸惑っていたのも、ヒバリがドアの向こうに消えて実感した。
たぶん、ヒバリは私が部屋に来るまで部屋にいて待っていてくれた。その心遣いがありがたくて仕方ない。
今時――いや、正直楓はお金持ちの坊ちゃんはそういうのに冷たいと会っても無いのに勝手に決め付けていたのに反省した。勝手な思い込みは侮辱だ。
それに彼とは性別を云々関係なく友になれる――そんな気がする。
「さて、と。荷物整理をしないと始まらないね…」
ファーロウの籠を下において籠の扉を開けるとファーロウが籠から出てきた。
楓は今日から自分の部屋となる個人部屋、西側のドアを開く。
まだ私の荷物が沢山のダンボールの中に入れられて、部屋は殺風景なホテルのような生活感のない部屋に入った。
実は引越しの荷物を運んでもらうだけじゃなくて、ここまで業者さんがきて荷物も出してセッティングしてくれるサービスもあったけど、私は断った。
何か抵抗がある、知らない人に私物をみられるの。あっちは仕事なんで気にもとめないでしょうけどさ。
部屋は個人の部屋にしては広く、空のクローゼットとアンティーク調の勉強机に、それに座るためのこれまたアンティークの椅子がセットでついている。
机にはパソコンが装備されその上にはエアコンが設置されていた。殺風景の部屋であるが最低限の用意をしてやるから後は個人で好きにしてくれ、というのだろう。
一番手近な箱に手をかけ、ダンボールの口をふさぐガムテープに爪をたてはがす。
ずっと爪でガムテープをはがすと指が痛くなるけど、これ以外に開ける物はこのダンボールに入っているので仕方ない。無断でヒバリの部屋にも入るわけには行かないし。
するとファーロウが私の手の甲に人間の姿で手を重ねてきた。
私はファーロウの意図が分らず人間に戻ったファーロウに視線を向けた。手伝ってくれるんなら違う箱を開けて欲しいんだけど。
しかし、ファーロウの顔は無表情に私を見つめる、彼の目には何かを含んだ光を秘めいていた。
「…なに?」
見つめてくるくせに何もしない、話さないファーロウを不審に思った私は声をかけてみる。彼と数日一緒に寝食をともにしたけど、こんなファーロウを見るのは初めてだった。
あまりにも無言で、そのくせ何か聞いて欲しい雰囲気に私は取り合えず声を掛けてみるしかない。
「人語か話せなくなったんですって言わないでよ?」
「――は…です……」
ぼそりと漸くファーロウが何かを呟く。私には聞き取れずに首を傾げた。
楓が困惑しているのを他所にニコッリと先程のシリアスな顔をいつもの人懐っこい顔にファーロウが戻ると。
「さて、ちゃっちゃか済ませましょう」
そういって、楓の手にしていたダンボールを開けて中のものを取り出す、明るく何時もの明るさに楓は益々ファーロウは何がしたかったのか分らなくなるが首を傾げると楓もダンボールの荷物を出すのに集中した。
ファーロウの呟いた声は誰にも聞かれることなく部屋の空気に吸い込まれて消えた。




