06 萌えない不思議系
先ほど理事長と面会してIDカードを受け取った楓は早朝の爽やかな空気の中、ファーロウが入っている猫用の籠を片手にパンフの地図を眺めつつテクテク綺麗に整備された歩道を歩く。
手首に巻いてあるロレックスの時計を覗けば丁度8:00、授業開始まで三十分余裕がある。今日は授業を受けず部屋に届いた荷物と教材が受け取るのが仕事なので鳳凰学園の生徒たちが校舎に向かう流れをただ一人逆流しながら進む。
全生徒が寮生活をするのでこの道は朝、沢山の生徒が通る道は広く、込み合うことはしないが先ほどからジロジロ視線の矢印が自分に突き刺さって少しくすぐったく感じる。
すれ違う子とは皆驚いた顔をして真っ赤に顔を染める、初々しい感じが面白い…。目が合った子にどこぞの国の皇子がするようなロイヤルスマイルをわざとして「おはよう」と優しく挨拶してやると硬直する奴もいるほどの破壊力。
私がすっっごい美形であるのは自覚っていか、客観的に分かっているんで結構調子づいていたりして~❤私のスマイルは男の子にも効果抜群、悪い気分ではない。宝塚の男優になった気分に浸っていると。
『あんまり無節操に愛想ふりまくとトラブルに巻き込まれますよ?』
とファーロウが諌めたが、そもそもの原因はお前にあるんじゃい!まぁいいや…。
人の流れを逆行して進むと漸く建物が見えてきた。そして思わず立ち止まる。
楓は唖然として建物を仰ぎ見みてしまった。
――――――――!!?なんじゃこりゃ????すげぇここまでお約束だと引くって、マジで。
鳳凰学園が大きくて何もかも豪華絢爛を元に造られているのは先ほどの門や道、校舎で嫌というほど知ったはず。なのに不覚にも唖然としてしまった。しかし、何故学生寮までもスケールが違いすぎると予想しただろうか。
だって目の前に高級ホテルが建ってんだもん。
何で寮に庭園が必要なの?噴水があるわけ?ボーイさんが扉を開け閉めしてるん?
兎にも角にもデカイ、そして広くお高級感漂う格式。外見は一流のホテルのような清潔感があって白を基調に近代的な造りとデザインに楓は絶句してしまう。
絶対金のかけ方間違っているぞ!!
ここまで格の違いを見せ付けられると、逆に心の奥から何かがこみ上げて!楓は俯き、肩を揺らして笑う。
「おもしれえ…やってやろうじゃないか…!」(何に?)
意味も無く闘魂が楓の内側から湧き上がって一人、寮の前で薄笑いをしている楓を遠巻きにしている男子学生が数人…。
容姿が整っているのは得なこともある、今の楓がまさにその状態。寮の前に悪人面をしている楓を通報しても可笑しくないのに顔がいいので、それすら見惚れているのが数人。ファーロウだけは冷静にこの学校は本当に偏差値が高い学校なのかと、静かに疑い始めた。
「行くぞ!ファーロウ!!」
傍から見たら猫と共にホテル…学生寮へ突き進んでいる変人。不幸か幸いか彼(中身は彼女)を止められる人物はいなかった。
(うわーっ内部までも豪華ね!)
理事長に言われた通り、まず受付の人に会って寮長に寮の中を案内してもうために、入ってすぐの正面にある受付のお兄さんに話しかけた。
楓が話しかけて受付のお兄さんが、何処かに電話をかけ、多分寮長を呼び出しているのだろうな。にしてもどこを見ても男ばかり、男子校なんで女子生徒がいないのは同然として、学校の先生はまだ対面してないから知らないけど、事務や警備など見る限りみ~んな男。
こんな辺鄙な閉鎖した場所に女性を置くと危険だし、思春期の男子生徒を刺激するので雇わないのかもね…。いろんなものが溜まってそう(下品)。
若干失礼なことを考えていたなんて受付のお兄さんが気づくはずもなく「暫く御かけになってお待ちください」と言われるままロビーの腐るほどある椅子の一つに腰を掛けて、ボーっと壁に飾られているベラボウにデカイ絵を 眺めつつ待っているとエレベーターから男が出てきた。
近づいてくる男に楓と籠にいるファーロウは目を見開く。
「やあやあ、お待たせ❤」
そこにいたのは竹丘だった。
楓が男の姿に変貌した初日、買い物の間に出会った奇人。ファーロウがその後しばらく考えこんでいたし。奇妙なことも起きたので楓の中で電波系不思議ちゃんとして脳内ブラックリストに登録されている要注意人物。
「歓迎するよ、楓君」
苗字を通りこしてファーストネームで呼ぶ竹丘は嬉しそうな顔で楓を迎えた。
「うげ」
思わず楓は変な声を出してしまう、このタイプって自分の害が無い場所でトラブルを楽しみそうで、関わるのいやだな。
「正直だね、君は」
「なんで此処にいるの竹…丘さん?つか相変わらずな格好ですね」
楓の指摘に竹丘は不思議そうに自分の服装をみる。一週間前に出会った頃と同じ皺だらけの野暮ったい服をきて、いい加減な着こなしをしている。楓は勇気を出して彼のファッションセンスの改革をしてやるべきか、関わらずにいるべきかとても悩む。
本人は分っていない様子だ、指摘してやるのも一種の人助けになるかもしれない。でも多分ノーサンキュウなお節介で終わりそう。
「何処か可笑しい?この格好。それよりも嬉しいね~な・ま・え、覚えていてくれたんだ」
(忘れられようか?アレだけインパクトあれば記憶に残るっちゅーの)
楓は心で付け足す。天然に世間とのずれを気づかない、気づいたとしても気にも留めない竹丘は、自分の眼鏡を指でズレを直して笑顔で言う。
「さあ。君の寮室を案内してあげる」
「え?でも俺は寮長に会えって言われているのですが」
竹丘は楓の言葉にキョトンとして顔すると、次に深みのある笑みを溢した。
「うん、僕が寮長だもん。問題な~い」
「嘘だ!」
竹丘の発言に楓はすっ飛んだ声をだした。
「君、本~当に正直だね」
竹丘は少しも気分を害した顔をせずに、寧ろ前より楓を楽しそうに見ている。
一方楓は怪しむ視線で竹丘を見つめる。だってこんないい加減な服装をしている人が名門校の寮長って前代未聞じゃない?もっとビシッとしてバシッとした服を着ていて、いかにも融通の利かない人物を思い描いていただけに、ギャップについていけない。
理事長もちょっと奇抜な人だったが竹丘には遠く及ばない気がする。竹丘は全てが可笑しいからね。
「だったらこれで納得するでしょう?」
竹丘はよれた服のポケットからIDカードを差し出して見せてくれた。ちゃんと竹丘という名前が記入してありナンバーの後ろには「私立鳳凰学園寮長責任者」と立派な文字で書かれていた。
「真面目に寮長だったんだ竹丘さんは」
「そっ!行くよぅ」
IDカードを楓から返してもらうと、竹丘は自分が降りてきたエレベーターに向かって歩む。竹丘の後ろを楓が付いて歩くが何か釈然としないのはどうしてだろう。
やっぱり竹丘に寮長が務まるのか他人事に心配してしまう、なにせあいも変わらずヨレヨレの服を好む個性は寮を管理する前に自分を管理しては如何だろう。とも思わなくもない。
エレベーターはすでに1階、竹丘が乗っていたのがそのまま待機していたので二人と一匹は乗り込む。
「君の部屋があるのは6階、一~二年は二人一部屋。文句は受け付けません~特例を除き校則で決定済み。ところで理事長から自分のIDカード貰った~?」
「はい、此処にあるます」
楓は自分の制服についてある胸ポケットからカードを取り出すと竹丘に差し出した。竹丘がカードを受け取ると一瞬、こいつに渡しても大丈夫だろうか、という不安も無いこともないが。
投げ捨てたりでもしたら陽炎の左をお見舞いしてやろうと心で誓う。
エレベーターは6階に止まる。エレベーターのランクから言って最上のものなんだろうな、揺れが少なくてエレベーターの不快感がない。
そのエレベーターから二人は滑るように降りするといくつかの部屋を通り過ぎて、一つのドアの前に竹丘は立ち止まった。
この部屋が自分の部屋になるのだろう、竹丘は手にもっていた新井 楓の名前入りのプレートを部屋のナンバーの下へ嵌める。楓のプレートの上にはすでにこの部屋で寝泊りしている人物の名前が嵌っていた。
「ここだよ~434号室、ルームメイト君はっ、高木 雲雀君でーす。仲良くするように~。はい、注目!」
いつの間にか楓の顔の間近に竹丘が顔をつきつけて、楓は無意識に後ろへ下がった。竹丘はえらく機嫌のいい声で言う。
「自室のドアの鍵はカードキーになってるからね、さっき借りた君のIDカードが…そう」
エレベーターで受け取ったIDカードを434号室のドアノブ上にある小さなスロットにカードを差し込むと 「ピッ」と小さく機械音が鳴る、竹丘がドアノブを捻ったらドアは軽々開く。
「鳳凰学園ではIDカードはいちいち生活に関りが大きいから絶対に無くさないようにしてね。再発行は面倒だよ」
「分りました」
今朝面会した理事長からもカードの扱いには念押しされた。大事に保管しないと、IDカードを中に置いたまま学校へ登校したら部屋の鍵が開かないで困る。
オートロックの部屋から締め出されましたなんてコントみたいな展開は私としてもごめんです。
竹丘からカードを返してもらい、ニッコリとプリンススマイルで返事をした。
しっかりしたカードケースを用意しないと危ない、と思いつつ胸ポケットにカードをしまう。
「んじゃ~後の細々した説明はルームメイトの高木君にでも詳しく聞いて~これでも多忙でね」
「はい、有難うございます」
「いいって~いいってコレ仕事だもん」
竹丘は軽く手を振り、数歩エレベーターのある方向へ歩いていくが、立ち止まって振り返った。
どうかしたのかと不思議に思い、ドアノブに手を掛けて部屋に入ろうとした楓も手を止めて寮長を見つめる。その管理長の竹丘は真面目な顔から、みるみる満面の笑みに変わり。
「あはっ、さっきから気になっていたんだ、言っちゃうね?何で君はダブってんの?」
楓を指差し笑顔で続ける、自分の言動にまったく迷いがない口調で。
「その猫ぉ~、猫じゃないよね?どうして?そして君は何~者?」
矢次早言葉に出される竹丘の言葉に暫し呆然とする。
ダブっているって?受験に失敗して二浪した覚えもない、それ以前に私の過去はファーロウによって修正が掛けられて以前の楓を知っているのは楓本人と修正を掛けたファーロウだけのはず。
まさか女から男へなった私のことか?確かに男と女の間にいるのが私だろう。精神は女のままで肉体は男。それにファーロウが猫に変身しているのが…バレた?そもそもどうやって?
もしそうなら狂言じみた内容の発言だが全て当たり、話が漏れようにも戸籍から記憶まで全て操作された今になって誰が知りえるのだろうか。
ファーロウも楓以外は猫の鳴き声にしか聞こえない言葉も竹丘に聞かれるのを恐れ、ファーロウは黙る。
何者なんだ?この男は。
カフェの初対面以上にゾッと戦慄に似た冷たい寒気が背中に走り、楓は息が詰まった。男の視線は真っ直ぐ楓に、何もかも見透かされているような笑顔に初めて恐怖さえ抱く。
無意識に楓は、後ろへ後ずさる。
「まぁ~いいや、GOOD-bye!君とは長い付き合いになり―…そっ!」
再びエレベーターの方へ向かって歩く。もう振り返えらずにエレベーターに消えた。
想像以上のアクセス数に日々驚いています。本当に感謝感謝げんきをいただいています。