40 監禁
「で、居たの?」
凪史が眉間にシワを深く作り、イライラした様子で報告にきた使用人に問いただす。使用人はすみせんと再度繰り返し、頭を下げるだけで進展がない。
執行部のメンバー全員が暗い顔で報告に来た可哀相な使用人を見つめる。
楓が昼前に凪史の家が所有する釣堀で釣りを一緒にしていたのは知っている、当然だ、一緒にこの釣堀まで来たのだから。
ただそれ以降の姿は誰も見ていない、正確には釣りをしている間にフラリと消えた。
現在、凪史を含め執行部の五人が楓を除き釣堀がある建物の休憩室で集っていた。
当然のこと消えた楓を心配して周囲を探すも、時間は無情にも過ぎて空は太陽が夕日と呼ばれる時刻になる。
一度、ここに執行部のメンバーが集り身体を休めるのと夜になると山は危険といわれて休憩室に押し込まれた。
「いえ、施設の周辺に新井様はいらっしゃいませんでした」
トントンと机を指で叩く凪史に、深々と頭を下げる男性の使用人に対して凪史はため息をつく。
「もういいよ、引き続き捜査をお願い」
野良猫を追い払うように手で払うと、凪史は腕を組んで考える。
本当は警察に通報したほうがいいのだけれど、自分の親戚側の使用人の全員に「一晩だけ私達に探させてください!新井様を無事見つけ出して見せます」と止められたのが現状だった。
ここは凪史の家である加藤家の別荘であるが、管理をしている執事の石戸はリーダーとして此処にいるのだけれども、加藤家の本家には長く勤めていた実績はあるが定年退職後に派遣した別荘ではまだ日が浅い。
しかもここの別荘は凪史の母方の親戚が凪史たちに代わって管理をしていた。
母方の親戚は加藤家を自分の糧としか考えていない連中ばかりで、凪史は母親を含め好意的には思えない血縁者。
加藤家の別荘でも管理しているのが、母方の親戚なために最初から仕切っていた古株な使用人の発言力の方が高く、本家の嫡男の凪史ですら言葉は届かない。
彼らは凪史の友人である新井 楓が失踪したという不祥事を自分たちの雇い主、凪史の親戚にばれたくない一心でやっているのだ。
疲労が見える使用人がドアから消えると、凪史は舌打ちをした。ピッタリ12時ジャストになったら即刻警察に通報してやるつもり。
楓の安否よりも自分達の身の保全を優先する奴ら全員、楓が帰ってきて落ち着いたらクビにしてやる。
使用人が消えたドアを睨み、凪史が後ろのメンバーに振り返った。
「僕は1人でもアホの楓を探すよ、君たちは別荘に…」
「本当にアホだよな、アイツ」
凪史が別荘に戻ってくれっと、伝える前に大田が凪史の言葉を遮った。大田は呆れた顔でテーブルに行儀悪く座っていたが、降りて頭をかきドアに向かって歩く。
「まったく……仕方ないよね、楓は」
大田に続き、ヒバリもイスに座っていたのに腰を上げた。
「ちょっと何処に行くつもり?」
怪訝そうに2人を見る凪史に、ヒバリと大田は肩をくすめる。
「もちろん楓を探しに行く」
あっさりとヒバリは挨拶をするみたいに、当たり前だという顔で言った。
「外は暗くなるよ」
凪史がチラリと窓を見る。もう窓から見える景色も壁に掛かってある時計も、山なんて不要に入る時間ではいと物語っていた。
「もし、君たちまでも迷子になったら迷惑なんだけど?」
高飛車な言葉で2人を止めようとするが、ヒバリはニッコリ笑った。
「大丈夫、さっき山を探していた人たちが発信機持っていたでしょ?ソレを僕と大田君で携帯するから」
ちゃっかりヒバリの手には発信機が握られていた、いつ手にしたのだろう。凪史は最初からヒバリは1人でも探しに行くつもりだったのかとため息をつく。
もうこうなったら、凪史がどう止めたってヒバリは捜しに行くであろう。
「それに俺の携帯は衛星と繋がっている、この山程度なら何処でも通信可能なはずだ」
近年競うように軽量化が進んでいる携帯のタイプを逆行しているような大きな黒い携帯を、大田はポケットから出す。
衛星と繋がり世界中とはいかないが、この携帯電話ならここの山など問題はない。
「ハンスと五十嵐は此処にいろ、もしかしたら新井は帰巣本能が働くかもしれねぇからな」
携帯電話を自分のポケットにしまいつつ、ハンスと江湖に大田は言う。
「肉体労働は僕達に任せてね」
心配そうに見ている江湖にヒバリと大田は手を振って、外に出た。
凪史はここで動く使用人の指示を出すために動けない、それにハンスは動けない凪史の代わりに執行部のブレーン(頭脳)をしなければならない。
本当は一緒に楓を探したいハンスも、大田の言う通りに状況を把握して最善の指示を彼らに出す。
それに楓が帰ってきたらその事実を知らせるには釣堀に誰かがいないと、ヒバリと大田は一晩中探し回ってしまから。
江湖には悪いがこの状況下では、彼女の活躍の場はない。下手に動いて二次災害を引き起こされかねないので此処にいてもらう。
ハンスはヤレヤレと、肩をすくめて薄暗くなっていく窓の外を見つめた。
***
漂う意識の中で楓は薄く目を開けたが直ぐに閉じて、寝たフリをする。
普通の人ならば驚きパニックになるだろう、しかし楓は冷静に現実を受け止められた。
私の後ろから人の気配と手の感触を感じる。
本当、ここで起き上がらなくて正解だった、自分の頭を誰かが撫でているから。
………恐らく私をさらった、秋里でしょうが。
楓は耳をすませて、身体の力を抜く。
そして、自分の置かれている状態を動かないまま探った。
ベットのような柔らかい物の上に横向きで寝かされ、両手は後ろに縛られている。
後ろに回された両手の方に、私の頭を撫でている相手はベットに腰掛けているんだろう。
誰がやったなんて、もう分かっているのであえて考えない。
そうしていると、楓が覚醒したのを気付いていない秋里は嬉しそうに楓の頭を撫でながら呟く。
姿は楓が見ていた女装ではなく、短髪に男性物のシンプルな服を着用。
どうやら、ロングヘアーは鬘を被っていた。それでも女顔だったけれど、服から覗ける腕は男性の腕らしく逞しい。
「本当に運命ってあるんだね、僕はこんなに嬉しいことはないよ…早く君を彼女たちに会わせてあげたい」
私は心で秋里に文句を垂れるぞ。
うっせー大人しくしているからって調子にのんなアホ!こっちはもうバットなモーニングしてんじゃい。
こうして目を瞑り声だけを聞いていると、秋里は男の声にしか聞こえない。外見が余りにも女装が似合いすぎて男だったとは。
最初の印象って凄く大事なんだね、お陰で見落とした部分が私の頭に浮かび上がってくる。
別荘にきた初日の深夜、最初に原罪の霧の反応を感じた時は近くに霧の反応を感じた。しかし考えてみれば、関さんは凪史の別荘で寝泊りしていない。
でも、別荘には秋里は居た。それが反応したんだ。
思い返してみれば不信な点が多い、秋里を見事に見過ごしていた自分が情けなくなってくる。
食事係りならば、量を調節して誘拐した女性二人分くらいは確保するなんてお手の物。それに関さんが山に何かの用事で来ているのを「何故」秋里が知っているのか。
さらに、秋里は食事以外にも様々な雑用を担当しているらしく、よく動いていた。他の用事があると数時間の間姿が見えなくても誰も気にはしなかっただろう。
普段の秋里は信用がある。
まさか、女性のような秋里が2人の女性を攫った犯人だったなんて誰が思うか。
外見だけなら悪いが、関さんの方が犯人っぽい。
でも関さんが人間付き合いが苦手って感じは別荘と乗馬クラブでも漂っていたけど、つい最近に近所の女性が誘拐されたのにアイツは不信な行動を取っているような疑いの感じは、同じ乗馬クラブの長谷川さんからは窺えなかった。
という疑問に、私が気付けばよかったんだ。
私が勝手に疑っていた関さんが、何の用事で釣堀がある山に来ているのかは知らないけれど、誘拐した女性のために秋里も山に来ているから関さんが山に来るのを目撃したと思っていいだろう。
つまりは一緒に寝泊りしている長谷川さんの方が、関さんが山に行くって気付くならともかく、別々の施設に暮らしている秋里も関さん同様に山を頻繁に登っているという証明だったのになぁ。
もし、関さんがよく山へ行くって言う噂が立っているならば加藤家の執事の石戸さんが見逃すだろうか?彼は私の勘を抜いても静かに仕事が出来る老紳士な人だぞ。
石戸さんに絶対に関さんはマークされていても可笑しくないはずなんだけど、それは関さんを探っていたファーロウからは伝えられていない。
だから、秋里が人の噂を辿って聞いたのではなく「自分の目」で見たから知っている。
そして私が馬に乗っていた時の乗馬クラブで関さんから原罪の霧の反応を感じたのだって、関さんではなく山に車で向かっていた秋里だったなんて落ち……じゃない?
そもそも、まだ不確定は私が感じる原罪の霧の気配なんて、当てになるもんですか。その霧を異世界で浄化しているという光喜君のような、女神ではないのだから。
今回の失敗は自分を過信し過ぎていたんだね、心の底では最近絶好調な私なら何とかなる。
つぅー自信があった、私は特別な訓練を受けた人間でもない只の元女なんだ。馬鹿だ~恥ずかしい。
何より、ファーロウが素直に受け止めてくださいって言っていた、私の勘を疎かにした。前のテストでは散々お世話になったのに。
私が勝手に行動せず1人で先走らず、男に性転換したきっかけで強化された勘を信用していれば……こんな結果じゃなかったかも。
確かに勘は関さんが犯人ではないと、伝えていたのに。
私の相棒をもっと大事にしないとな、こんな時には頼りになるのに……ゴメン私の勘よ。
って、反省と整理はついたとして…これからどう行動しよう?このまま秋里の愛玩動物に成り下がる気は無い。
お腹も減ったし、朝ご飯はとっくに私の血肉になり果て消化済み……さてと。
私は心の中でこの状況で暴れてみるか?それともチャンスを待って気絶をしているフリがいいか?と、心で聞いてみる。勿論、私の勘に。
そっと浮かんできたのは「秋里が部屋を出るまで待て」という。
おっし、今度は君を裏切らない。……暇だから寝たふりで1人遊びしてます、内容は主に秋里の悪口。
秋里の手は絶えずに私の頭をなで続け、昨日までの秋里なら照れくさいだけだったであろう仕草が現在では鳥肌を抑えるのに必死。
早く失せてくれないかな?そうすれば行動を起こせる。
「じゃあ、君たちの食事と君の着替えを持ってくるから」
そういって秋里はベットをギシっと鳴らして、立ち上がった。
一度立ち上がって上から楓の姿をまじまじと見つめると、幸せそうに笑い。楓のこめかみにキスを一つ送る。
これは秋里からしたら、性的な意味は無い。ただ我が子に愛情を注ぐ行為にすぎないが、された楓は堪ったモノではなかった。
一瞬、頭突きをしてやろとかと思ったが、精一杯の理性を寄せ集めて踏みとどまる。
ここで切れたら、先が全ておじゃん。冷静になれ、後でタップリお返しをしてやればいい。
我慢の子!ファイト楓、こんな時は円周率を数えよう。3.14159 26535 89793 23846…。
念仏でも唱えている心境で円周率を数えていたら、背後の方からドアが閉まる音が聞こえた。
フェイントの可能性もあるから、ちょっと間を空けてそっと寝返りをうつ。
ドアには秋里は居ない、部屋にも楓以外には誰も居なかった。
ふっとため息をついて、本当は張っていた気を解く。
楓はさっそく体を捻りベットから降りて、立ち上がる。
腕を拘束されている状態だったから手間がかかった。
部屋の一つだけある窓からは、夕日の強い明かりが室内を照らして真っ赤に染め上げたのを見つめて、ため息をこぼす。
これが、何も無い平凡な一コマだったら夕日を紅茶もってロマンチックに眺めたかもしれないけれど。
気持ちを入れ替え、楓は後ろに縛られている腕をまず何とかするべし。
行動がかなり制限されてしまうから、最初に対処しないと時間がいくら合っても足りない。
足は幸い何もなし、ポケットの感触から言って携帯は抜き取られて、手元に無ので自力で此処を出ないと、助けを待つのも一つの方法ですが出来るだけの足掻きはやってやろう。
壁まで楓が歩くと、壁に背中を預けてから後ろに縛られている手首に渾身の力を集めて広げる。
そうすると、治療に使われるビニール製の小さな管だったので少だけでも伸びてくれた。
こめかみに血管を浮かべて、楓は腕をできるだけ広げて中腰になる。
そしてそのまま、後ろの腕で作った輪の中にお尻を突っ込む。何とかお尻は通過してくれた。
楓の関節と腕……特に手首が痛むが、躊躇している暇はないのだ。
一呼吸をして、楓は右足を両膝の裏にある拘束された腕の中に差し込む。
超ぅ肩と腕の筋肉がつらいッス!
残りの左足も同じ要領で腕の輪に突っ込む、そうすると下半身を腕の中に通していったので、楓は腕を胸の前に動かせる。
後ろから腕が前に移動した事によって、私の行動範囲が広がった。
でも、もうちょっと日頃から柔軟しとけばよかった!身体が硬くなってやんの。
ヤレヤレと呟き、部屋を改めてみる。使えそうな物ないかな?
そこにはベットと窓と冷蔵庫とユニットバスらしいドア、そして外に続く頑丈な扉があるだけ。
あんまり役は立ちそうなのがないね。
キョロキョロと、建物の外にも何かあるかもなんて、甘い期待をもって唯一ある窓から外を覗く。
しかし、楓の視界には木々の中に埋まろうとする太陽を見つめ、軽い絶望感に苛まれていると。
「ちょっと!誰かいるの?」
焦った女性の声で隣の窓から話しかけられた。
どうも長毛種の猫です。
今回は時間をかけてしまい申し訳ないので一杯です。
頭がフラフラしているので、どんな文章を打っているのか怪しいですが、沢山のお気に入り登録をありがとうございます。
まさか、こんなに数字を残せるなんて感激の嵐ですわ!!
これからも精進するので、楓の脱走劇を見守っていてください。




