04 おいでませ鳳凰学園
復讐の鬼と化した猫家庭教師に勉強を教わってから数時間後やっと楓はリトルスパルタから開放されてベッドにダイブした。
「ひーっ、国語と英語から開放されるために大学理数系の学校を選んだのに!」
『大丈夫ですって楓さんは基本的には聡明なお人ですのですぐにコツを掴みます。僕が保障いたします』
慰めありがとうさん、これが毎日続くなら本気で考えねばな。鳳凰学園ってこんな思いまでしていきたいか…と。
「楓ちゃ~ん」
ネガティブな思考に楓が傾き始めていると下の階から私を呼ぶ母さんの声。母さんは二階の部屋は立ち寄らずに用事あると、階段から声で呼び寄せる。
面倒だと思いつつ私はベッドから立ち上がり、階段の前まで歩くと階段の下にいる母さんを見た。そうしないといつまでも呼ばれるから仕方なく。
「楓ちゃんが鳳凰学園に入学するって、電話で話したらね~楓ちゃんを祝いしたいってご近所の皆さんが言ってくれているのよ」
「ちょっつと!お母さん!まだ行くって決定してないよ!!勝手に言いふらすな」
楓は階段から身を乗り出して自分の母親の顔を擬視して、捲し上げた。
見た目は二十歳の母さんは笑顔で。
「だって、話のネタにはちょうどいいし~いい話は受けないともったいないわ」
「だからって!後にひけないじゃないか」
「まさに背水の陣ね、楓ちゃん素敵!」
楓は頭を抱える、どこに素敵なロマンが詰まっているのだ!問いたい。問いただしたい。
「母さん!冗談じゃないよ!」
私の抗議に少し困った顔をした母さんは静かに…。
「こまったわね~でも……今更無しなんて……分っているわよ、ね?楓ちゃん」
母さんの笑顔に楓の背筋がゾクッと戦慄、拒否したらヤラレル。楓の本能が悟った。
「じゃあ、楓ちゃん!土曜のお昼はご近所の皆様とお祝いバーベキューよ!時間あけていてね」
言いたいだけ言うと母さんはご機嫌な足取りで居間へ引っ込み、残されたのは後に引けない楓一人とそれを哀れな目で見つめる猫一匹。
鳳凰学園 編入 決定。これは楓の中で絶対不変なものへと昇格されてしまった。
***
それから一週間後。
早朝、タクシーから籠を持った楓が降り、大きな門の前に立ち止まる。タクシーのおじさんと此処までの道のりの中会話をしたから、去り際に「がんばりなよ」の励ましの言葉をもらい、タクシーは楓を置いて山を降りる道へUターンをしていく。
(本当に鳳凰学園にきたんだ)
楓は初夏の日差しに目を細めて心の中で呟いた。
振り返ると一週間など長いような短い時間だった、鳳凰学園に入学したら家の部屋は暫く無人になるので、服やバック、靴やその他の細々とした女性品の処分を終わらせ(地球に優しくリサイクルショップに売った)すっきりした部屋は幾分の哀愁もあり、嗚呼私これから男として生きていくって否応もなく思ってしまって少し泣いちゃった。
勝手に出てきた涙は、なんの意味の涙かは分らないけど多分思い出の品を手放す寂しさだろう。
男になったからといって別に女物を拒絶するわけではないのだ、今でもかわいいワンピースがあれば目に留まる。だけど男って覚悟ができたら素直に好きなものを並べたい。
いや、違う。私は今の男の自分を自分だと認めてない、この顔この姿が間違いなく自分だと心から言い切れるときが来たら、自由に服を選んで生きよう。いまの私は女にも男にも成れないし、どうしたいのかも分らないのだ。
だから男修行(?)に励みたい。これからの人生、体は男として暮らすので、あえて男らしい事をしたい。試しせずに無理だと決め付けたくない。
でも、それよりも今……一番問題なのは。
「なんじゃーこれは?」
『立派ですね』
私がまっとうな発言を、ファーロウは暢気な言葉を発して伺い見るのは確かに立派な門柱、威嚇するようにで~んと只ならぬ雰囲気で二人を迎える。
名門校だから都心の中心にでもあると思い込んでいた、けどついてみれば山中に隠れ蓑のような場所に学園は建ち、その学園はとんでもない広さ。
広いってもんじゃない、玄関の門がお城の門と代わらない大きさとデザイン、そしてこれでもかと翼を広げた鳳凰が2羽向かい合わせに楓を歓迎していた。
正門がこれなら中の校舎や寮の大きさが想像つく。
「うえっ庶民と空気が違う」
楓は嫌そうに門を見つめて、相棒になったファーロウを入れた猫用の籠を持つ手に力を入れなおす、ファーロウは大型の猫ではないので腕は疲れないので助かる。便利ね、魔法って。
ちなみに猫の姿をしている時の会話は私にしか聞こえない、他人には猫の泣き声として聞こえるのでファーロウと気兼ねなく会話できる。でも私の方がちょっと周辺に注意しないと猫しか友達がいない孤独少年に思われそう。
ファーロウを入れた籠以外に楓は荷物を手にしてなかった。全ての荷物はすでに業者の人が寮へ運び終えて私が部屋に着くのを待っている。今日は理事長へ挨拶して自分の寮の部屋を案内してもらうだけで、楓が受ける授業はない。
なので今日中に出来る限りの荷物整理を終わらせないと。
そして幸運な事に、まだ見ぬルームメイトからファーロウ、もといペットの猫を飼う許可をあっさり貰らえてファーロウと今後も生活することができ、勉強面で今後の面倒を見てもらうので出会ってないルームメイトにキスを送りたいと思う。でないと学校の授業についていけるどころではない。
心配事が一つ減っていたところに豪奢の門にテンションが下がってしまうのを奮い立たせて前を向く、成金趣味って嫌いなんだよ。
そして学校についてみて、早速困ったことが発覚した。この学校は山を降りなければ街や家に行けない。だから交通手段が必要になるが肝心のバスがない。訂正、バス停がない。
此処に入学する者は寮を出るとき、お抱えの運転手を呼んで自家用車を使うのが大前提になっているからわざわざ鳳凰学園まで運行しても誰も乗ずバスの意味がない。これまでは誰も困らなかっただろうが、困るのが現在門の前で絶句している元女が一人。
鳳凰学園までタクシーできたけど結構な距離あった、これでは足を使って街へ降りるのは無理だわ。2、3時間の時間と足を犠牲にして街に遊びにいくのは無謀、行き返りで疲れて倒れちゃう。タクシーだと鳳凰学園では目立つだろうし。
気ままに抜け出せないな~チッ
傷心の楓に立ちはだかっていた門が左右に大きく開いていく、年代ものの造りをしているけどセキュリティーは現代的、自動ドアで勝手に動く。
先ほど門の横についているインターホンを押して門の扉を開けてもらった。学校の警備をしている人から理事長室まで案内しますのでお待ちくださいと言われたけど、丁重に断って敷地へ足を踏み入れた。
『よろしかったのですか?案内してもらわなくても』
ファーロウが心配そうに私に聞いてきた。
「いいよ、どうにかなるから。理事長室へ行く時間もまだ早いしね」
『楓さんだから心配ですよ』
どーいう意味だこの野郎。ファーロウの籠を揺らしてやろうか腕に力を入れようとしたけど止めた。大きな門の扉をくぐって真っ直ぐの道をすすんでいると外国の大きな建物に立っているような、彫刻があしらわれた噴水に心を持っていかれた。
ほら、イメージ的にはベルサイユ宮殿なんかにありげなやつ。
「うわーすごい、日本か此処は?まがりなりに日本だよね」
異常に豪華な噴水を設置している高校があるのが可笑しい、そもそも必要なのか?流石日本の将来を背負って立つ人材が通う学校。芝生から道、果ては木々まで隅の隅まで手入れが行き届きどこも綺麗。
庶民にはうらやましい限りだ、私の通っていた地元の高校なんて雨で校舎は汚れて体育館は湿っぽかったのに。なに?この違い。
『楓さん生徒がいますよ』
無駄に芸術的な噴水の向こうに何人かの生徒がちらほら見えて皆同じ制服を着ているので此処の生徒で間違いない。そういう私もすでにこの学校の制服を着服していた。
真新しい制服――高級の素材で作られた白いブレザーに黒いネクタイ。ネクタイにはピンがついてネクタイピンは宝石で学年が分るようになっている。
なんてお金のかかる表示。一年は真珠、二年がエメラルド、三年がダイヤモンド。卒業したらこっそり自分のネクタイピンをアクセサリーに加工してやろう、とか密かにおもっていたりして。
私は二年生なのでネクタイピンはエメラルド、緑色の光を輝かせて学校を楽しみにしているかのよう。
さて、理事長室へ向かいますか、と見上げるさきは校舎という名の宮殿に入る。
***
楓は少し途方にくれてしまう。歩けど歩けど理事長室にたどり着けない。
目的に向かって歩いているはずなのに。迷う、迷う。敗因は建物が広い事と壁に飾りや絨毯がどこまでもあるので逆に目印になりにくくて。
此処は何処じゃ~答え、鳳凰学園。そして初日の登校で迷子になるお約束をかます自分。現実逃避も最近はうまくなった、私。
って、いつまでも観光気分になっている場合じゃない、早く挨拶を終わらせて寮の荷物を整頓したい。
改めて楓は周囲を見渡すと、校舎の内装も豪華で優美な廊下で生徒が登校している男の子達とすれ違う。右を向いても男の子、左を向いても男の子、一週間前まで女だった私も男の子。
男子校なんて初めてだから、お姉さん緊張しちゃう☆
『何をやってるんですか?だから素直に案内を受けていれば良かったんですよ』
ファーロウが声を聞かれないことをいい事に私に愚痴ってくる。ほれ見たことかといわんばかりに。
「うるさいな、道なんて人に聞けばいい」
小声でファーロウに返して、楓は何度か近くの男子生徒に理事長室を尋ねようとしている、けど。何故かうつむいたり、顔を真っ赤にして挙動不審にそわそわしてたりして会話にならない。
そうと思えばすれ違えば必ず振り返られるし、転校生がそこまで珍しいのかワザワザ私の顔を見に来る子さえいた。男に変わった私の顔がいいのは自覚しているんだけど…なんだかな~という心境。
パンダになった気分、タッチは禁止、でも見るのはOKみたいな。ええいっ!!埒が明かぬ。こうなったら多少強引に。
たまたま近くを通っていた男の子の腕を掴んで呼び止めた、少年のネクタイについているピンは…イエス!真珠、一年。別に先輩でもいいけど気を使うのは面倒。
「ごめん、ちょっといいかな?わた…俺、転校してきたんだけど理事長室が分らくて困っているんだ、よかったら案内してくれない?」
とっさに女口調出ちゃった。危ねー危ねー、まだまだ修行が足りない。(何の?)
呼び止められた男の子はじっと私の顔を見つめた。まるで値段ふみされている視線でも気にはしていられない、頼むのはこっちなんだし。
早く帰って荷物整理をしなければ、明日使う歯ブラシも使えない事態は避けたいよ。
「ふ~ん…いいよ、別に案内すればいいんでしょ?腕はなしてくれる?」
どうやらまともに会話が成立する子で良かった。ホッとして少年の腕を放す、呼び止めた少年は145センチぐらいの小柄。
その子がまだ成長期には入ってない声で答えてくれた。
一度も染めてないだろう黒髪とちょっとつり目が小生意気な雰囲気をだし、背伸びしたい年頃の少年という印象を与える美少年だった。これからドンドンいい男に変貌していくだろう。初日から上玉ひいたぜ。
これで身体が女のままだったらお姉さんテンション上がったんだけど。残念無念。
「理事長室はこっちだよ………あんたの名前は?」
生意気そうな顔に違わず生意気な口調で名前を聞いてきた。可愛い子がこの態度でいてもカチンとこないのは可愛い者の特権よの~。それすらも魅力に感じてしまう。
それはそうと、こっちも個性を出さないと乗り遅れそう。
一発受けを狙ってみるかな?
楓はサッと背筋を伸ばしてファーロウの籠を置き、英国紳士の貴族がする礼のポーズをとると少年の手を取って手の甲にキスをした。
「失礼、申し上げるのが遅れました。新井 楓。よろしく我が君」
ニッと見られるのを意識して口元で笑うのも忘れずにキザに決めてみました。ウケてくれるかな?と――無音?あれ、滑った?失笑してくれるのを期待していたのに…マジ痛すぎる自分。
……酷い現実に顔を上げられなくなった楓に。
「「キャーーーーー!!」」
何事!!楓は瞳を大きくあけて顔を急いで上げる。
楓が顔を上げたことで再び気持ち悪い悲鳴が起こった。
私と少年の周りにいた男の子たちから大きな黄色い声だした犯人。しかも乙女がだす声だよな?きゃーって。
少年は外野に構わずしばらく自分の手の甲を見つめて、ふ~ん…と軽く笑う。
「面白い。あんた、気に入った。俺は加藤 凪史よろしく」
周囲に気をとられている私に凪史は名前を教えてくれた。ウケは取れなかったけど、好感度はあがったみたい。
一言だけ凪史が「いくよ」言い歩き始める。その後を、ファーロウを入れた籠を持ち凪史の後を慌てて追う。ファーロウが「楓さん、最低です」と呟きそれっきりムスッとした態度で黙った。
周囲には野次馬の群れがあるが歩く二人に話しかけようとせず羨望の眼差しだけを投げかけられつつ、広い廊下を歩く。
その間凪史はスタスタ前を歩くので会話もろくにせず二人は黙ったまま、低い位置にある凪史の頭を目印に前を進んでいく。
二人が歩いていると生徒の人通りの多い場所にでて、少しだけ歩きにくいな。と楓が心の片隅に思っていたが。通行人の生徒は凪史をみるとサッと道を譲り、凪史のために道ができていく。
なんだ?この優遇は、私の常識が通じない。しっかし広いな~長いな~理事長室までどれくらい歩かせるつもりなの?実に面倒。
内心不満をブーブーいってると凪史が止まる、凪史の前には大きな洋風のドア。うわー葉巻くわえた大企業の社長が出てきそうな感じ。
「ついたよ。ここが理事長室、早く入りなよ」
凪史がそう言うと親指でデカイ扉を指差す。
「サンキュー、ここで遭難するところだった」
ニッコリと凪史に笑いかけた。本当に助かった、今日は授業に参加しないけど転校早々、時間にルーズな印象を与えたくない。
「どういたしまして」
凪史はクスと笑う、小悪魔系のキャラに似合って可愛い~。お姉さんハグしてやりたい。
弟の啓一も見習って欲しいぞ、でもスポーツ系の啓一がこんなキャラになってしまったら想像するだけでも恐ろしい。
やっぱ外見と性格は一致したほうが平和なのかも。
大変失礼な事を考えながら、凪史の横を通ってドアへ向かおうとする。
「お世話になったよ、ありがとう。ンじゃ」
凪史の隣を横切ろうとした瞬間、首が!
突然ネクタイが引っ張られて首を絞めた。何事かとネクタイの先を見ると凪史が私のネクタイを引っ張っている。
「ぼくの教室はⅠ-D。忘れたら承知しないよ」
と言って、楓に背を向けると来た道を凪史は戻っていく。その様は悠々としてまっすぐ、王者の風貌すらただよっていた。
颯爽と去っていく凪史の後姿に、ファーロウはシャーと猫の威嚇の声を出す。
『貴方には自覚という言葉をしらないのですか!!』
「何もやってないよ?」
アホな事はやったが。
ファーロウは不機嫌そうな顔でブツブツ文句を言ってくる、その様子に顔をかしげながらドアをノックした。
その頃、凪史は漏れる笑みを隠すことなく久しぶりに機嫌よく廊下を歩む。
「新井 楓、か…採用決定してあげるよ」
とても無邪気に笑う、己のやるべき道に続くための貴重な人材だ。あの不躾な態度を自分に学園で生徒会に所属する者以外でするとは。
自分のシナリオが思ったより早く進められそうな予感に心が弾む、常に不機嫌な顔をしている凪史の珍しい表情を見た生徒は驚く。
いまいち馬鹿な香りがします。私の主人公って大抵こんな感じなので困ります。
どうしよう、書けば書くほど楓が元々男じゃない?って思うような行動しかしてくれません(笑)