38 秋里さんの料理を堪能している場合じゃない
私の勘で別荘の厨房に関さんがいると分かり、とりあえず彼が帰る前に会おうとして私は関さんにあって会話をする理由を作ってないのに気付いた。
別に私が昼間、話かけたのに逃げたのかな?って訪ねてもよかったけど、それはいかにも私が不愉快な思いをして上から視線の接触になる。絶対に関さんは警戒心を持ってしまって私の求める「原罪の霧」の情報を得られないだろう。
「新井様、いかがしたのですか?」
関さんの小さくなっていく後ろ姿を見ていた私に、秋里さんが何か用事があるのかと訊ねた。
「いえ、特に……あの」
「はい?」
言葉を濁して誤魔化そうとした私は、関さんが持っていた食べ物を思い出し、秋里さんに質問をする。質問される流れを質問する事によって、私に都合のいい流れにしたかったのもある。
「彼は何故、食事を持っていったのですか?乗馬クラブの食事も秋里さんが担当しているとか?」
「いいえ、あれはここのお屋敷にいる私たちが食べる賄い料理ですよ。関さんは不思議にいつも余った賄い料理の残りを貰いに来るのです」
ちょっと不思議そうな顔をして、関さんが消えていった方向を秋里さんは見つめた。
確かに、1人で食べるには多い量だ。ぱっと見て2人分はあると思う。
関さんが痩せの大食いとしても、深夜にお腹すいたにしては、気合が入るほどの料理を毎日貰うのは怪しい。
(後をつけてみちゃおうかな?)
元女性にしては大胆な発想だけど、楓は半分くらい本気で考えた。秋里さんが隣にいなかったらもう行動していたかもしれない。
そんな楓の心を読んだように、後ろから声を掛けられた。
「何やってんの?」
後ろを振り向くと、この別荘の主である凪史がドアの向こうで立っていた。
「凪史?どうした?」
もう皆は食事が終わってから早々に自分に宛てられた部屋に戻ったのに、凪史がいる。
「別に深い意味は無いけどさ。石戸に明日の予定を確認していた所で急いでいる君をみつけたんだよ」
私、結構…不審者だった?だろうね。私が血相を変えて競歩で移動しているなんて、何かがないとありえない。
そろ~と視線を凪史から逸らし、誤魔化そうと口を開きかけたが。
「まさか、今の時間から外へ出かけようとは思ってないでしょ?」
関さんが私に驚き、開けっ放しで出て行ったドアを見つけ凪史が楓に問う。
「外へ1人で行くなら、賛成はしないよ。君、最近ここで人が失踪してるの知っている?」
は?
楓は思いもよらない大きな事件に、凪史を怪訝そうに見た。
「なんだ……それは?」
驚愕する楓の表情を見て、やれやれと凪史が小さくため息をつく。
「一般の観光客を相手にする店の少女と、観光に来ていた女性が行方不明だってさ」
口調は他人事のように、呟くが顔は嫌悪感が見て取れた。凪史は常に冷静を心がけているが、根は不正などの理不尽や不条理が許せないタイプなのを楓は知っているから。
凪史に続き、秋里さんも頷き。
「そうなんです、もう二週間もたちますが進展がないそうです。……怖いですね」
おいおい、これはどえらい事になってきたぞ?私は此処に住んでいるわけでもないし、あと一日半したら別荘を去らなければならない。
もし、誘拐として女性を2人攫ったのが「原罪の霧」に憑かれた人が犯人ならば、それまでに何とかしないと。
私が去った後に、警察が犯人を捕まえても「原罪の霧」はどうなるのだろうか?ファーロウの話では霧は一箇所に留まっていると他の霧まで引き寄せるとか。
ノア・レザンならば霧があるのを、全ての人が認識しているのだけれど、地球では何のことやら。
最小限に抑えられるならば、最小限に留まらせて封玉しておかないと誘拐だけでも大事件なのに。
このまま放っておいて、もっと大量の原罪の霧を吸収した人間はどんな行動を起こすんだろう?
そして大量の霧にとり憑かれた人間は、最終的に鳳凰学園の「誰かが捕まえている」霧と共鳴してくる。其処のころには無差別殺人者くらいになっているんのでは?
考えただけでも、ぞっとする。テレビの中のフィクションが、いつかのリアルな明日になってもおかしくない。
いかんとも洒落にならない事態を、回避しなければ。私はファーロウを抱き上げて、笑って見せた。
「そりゃ、怖いな。一人で出歩くのはしないよ、秋里さんスミマセン晩御飯のかけ蒸しが凄く美味しかったんで教えてもらいたかったですが…駄目ですか?」
もっともらしい質問、だろうか?苦しい?でも通すしかない。
それにかけ蒸しは、冗談ではなく本当においしかった。アマダイのとろろを蒸しで、下蒸しした魚を器に入れてからとろろを乗せて、かけ汁をはった汁物だ。
そのあとに、とろろが固まるまで微妙な蒸しを最後にすると、完成する手間のかかる料理。
とろろがふんわりして、アマダイは魚の甘さが少し残っててまた食べたいと思わせる一品。
「あら、ありがとうございます」
クスクスと笑うと、秋里さんは申し訳ない顔をした。
「でも、ごめんなさい。これから片づけがあるんです。かけ蒸しはレシピを作りますので、後でよろしいでしょうか?」
「ありがとうございます」
私は礼を述べ、ファーロウを抱えて厨房を凪史と一緒に出た。秋里さんをこれ以上仕事の邪魔をしてはいけない。
凪史とは私の借りている部屋の前で別れ、私はドアを閉めてファーロウをベットに降ろす。
静かな、室内に楓の足音だけが響いた。
歩きながらも、アレコレ楓は情報を整理していく。ここが学園内だったらまだ動きやすい、しかし土地勘の無い広い土地では動きにくい。
後手から先手として行動するには圧倒的に情報が足りないのだ。
場合によってはこの辺りではなく、考えたくはないけど隣の県か市に原罪の霧に憑かれた人が移動している可能性もなくはない。これが鳳凰学園の生徒ならば学園から動けないので、そんな心配も無いけどさ。
予想以上に大変だな、最初は霧の気配を感じる人を捕まえて霧を抜けばいいと簡単に考えていた。だけど、もう自分の欲望を満たすために行動しているならば、あちらとしても捕まりにくいように自分の周囲に細工をしていてもおかしくない。
「ファーロウ…関さんを調べるのと、行方不明の女性たちも調べてみてくれない?」
『そうですね、何か分かるかもしれません』
私が凪史にわがままを言えば、凪史は一週間でも別荘にとどめてくれるだろうが、早くしないと馬來先輩の事件と同じで女性が大変な目にあっているかも。
命……それは考えたくないけど、可能性がないわけでもない。でもさ、私とファーロウが警察より犯人を何とかできたら、それだけ攫われたらしい女性たちが無事に帰ってこれる可能性が高いと思う。
凪史の話では、まだ失踪の領域を超えてない行方不明だって。誘拐に捜査を切り替えてくれないと警察も多く動かないだろう。
私とファーロウの力だけで、解決できるだろうか?自問自答をしても正しい答えは行動を起こさないと返ってこない。
楓は、関さんが帰っていった方角を睨み。皆に気付かれないように原罪の霧に憑かれた者を探すために、それに加えて乗馬の疲れから早々にベットにもぐりこみ眠りにつく。
***
楓が眠りにつき、寝息をたてる頃に1人の男が森の中を荷物片手に歩いていく。森は深く明かりが無くては危険なのだけど、男は明かりもなしに月と星の光りだけを頼りに歩く。
だが、男は軽い足取りで片手に荷物を持ち、まるで道しるべがあるかのように進んだ。
暫くすると、男の前に三階建ての古い建物が現れる。古びて捨てられたマンションにも似て、夜中の暗い不気味な雰囲気をだし放置されていると誰もが思うが、男の全てがここにあるのだ。
三階の一室だけ、誰も使っていない建物に明かりがついており、男以外の人間がいるのを証明していた。
男は上を向いて、明かりを見ると嬉しそうに微笑んでから歩みを先ほどよりも早く動かし、明かりのついた三階へ急いだ。
扉は風と雨でさび付き、重いが男にとってあの部屋に行くのは幸福なこと。この程度の不便など何の問題でもない。
階段を無音の中、自分の足音だけを響かせて三階の一室へ向かい、鍵を開けてドアを開く。
「やあ、お待たせ」
中にはいると、古びているが不潔ではない室内に大きめなベットが一つ、その上に2人の女性が身を寄せ合って抱き合っていた。
二十代の女性と、まだ十代少しの少女。
2人を見て、男は笑う。
嗚呼…なんて幸せ。
男は女性2人の存在にうっとりとした。
2人は男にとって天使と同じ尊くて、神聖でもあり自分の所有する宝だった。
彼女たちを見ていると、自分は膝をついて崇めたくもなる。
しかし彼女らとっては、ありがた迷惑以外の何物でもない。
何故なら自分で望んで、こんな場所に軟禁されているわけじゃないからだ。
「御免ね、ご飯おそくなっちゃた」
ドアの近くに置いてある小さな冷蔵庫に、2人分はある食事を男は運びおいた。男は必ず朝と夜に食事を運びに来る。
そして、此処にあるものは全て男が用意した物だけが置かれ、冷蔵庫もその一つ。
電気と水は通じているが、冷蔵庫には冷えた飲料水が入ってお酒以外は水からジュースまで揃っていた。
また、室内のもう一つのドアにはお風呂とトイレがあって生活するには、どうにかなる部屋だろう。
ただ外部との接触だけが、取り除かれている。例えばテレビや電話などは神聖な完成された空間には相応しくない理由と、いらない面倒を持ち込ませないために置かない。
そして部屋の掃除から食事まで、世話をしているのも男がやる。
2人はただ其処にいてくれるだけで良いと言って何もやらせない、しかし事実上は2人を何から何まで管理しているのと同じ、自分の許可した物以外には許さず衣服すら男が揃えた。
男はベットに座り、睨む彼女らに対して気分を悪くする様子も無く優しく微笑みながら続けた。
「それより、聞いて。僕の求めていた最後のモチーフがここにいるんだよ?凄いねコレって、運命だよね?」
嬉しそうに話す男に、二十代後半の女性はぞっと背中に戦慄を走らせ。
また誰かを攫う気なの…?
心で呟く。ここへ連れて来られた時は対話で男と話し、どうにかここから出してもらおうとしていたのが、完全な自己完結で出来た男の世界に入り込めず、何を言っても通じず。
今ではすっかり諦めて、口を開く事をしなくなった。たまに罵倒はするが、男は愛の言葉のように笑うだけだ。
その様な宇宙人と会話をする気持ちはもうない。
じっと男に見つめられて、女性に庇われている少女が女性の胸に顔を押し付けて、男の視線から逃れようとした。
彼女らの恐怖など、男はお構いなしに2人を見つめ。
「明日、ここに連れてきてあげるよ。きっと2人も彼を好きになるから仲良くしてほしいな」
まるで、恋人に囁くように甘く呟く男に女性は歯を食い縛った。
***
『楓さん、楓さん』
気持ちの良いベットシーツの感触を夢うつつに楽しんでいた楓は、小さな手で体を揺さぶられて意識が覚醒した。
聞きなれた声に、目を開くと猫のファーロウが小さな体で必死に楓を起こしていた。
「ふぁ~…お早う…」
う~んと、シーツを寝ぼけながら触ってた腕を元に戻して、楓は上半身を起こす。
『楓さん、おはようございます。行方不明になっている女性二人の事を調べてみました』
「おい、ちゃんと寝てた?徹夜してたんじゃないの?」
目を擦りながら、壁にかけていあるアンティーク調の時計が午前6時過ぎを示して、まだ早朝だというのを確かめる。
『大丈夫ですよ、それよりも行方不明になっている女性二人ですが……』
楓はファーロウの話を真剣に、ベットの上で聞く。
1人は波木 千奈美29歳の小説家、最近スランプ気味で活動をしていない。話題になるような本は出してないが、若者向けの小説は中々評判だという。
ここには観光を目的に、二泊だけ一般のホテルで宿泊しているのだが、その後に行方がはっきりしていない。
家族の者は、少し放浪クセがあるので心配はせずに未だ失踪届けは無いそうだ。ただ波木 千奈美の行方が分からなくなる数日前に未成年が行方不明になっているので、地元の人は騒いでいる。
その未成年の少女は、ここで店を出している飲食店の一人娘。栗栖 紗枝、中学一年生の13歳。
性格は明るくて、よく観光客が訪れる店の手伝いをしているらしく評判のよい娘だったらしい。
この別荘地は、何も金持ちだけが別荘を建てて過ごしているわけじゃない。一般の観光客を相手に美しい自然を武器にして、ホテルや旅行客のためにお店もちゃんと存在していた。
どちらも、美人に美少女で誘拐するほどの欲望を持つ者ならば、狙われても納得できる容姿を持つ。彼女たちにとっては迷惑だけど。
ファーロウは、入手した二枚の写真を楓に見せる。
「これをどうやって、入手した?」
不思議そうに、手にとって写真を見ていた視線をファーロウへ移す。
『秘密です、楓さんはやっちゃ駄目ですからね』
さいですか、猫の姿を最大限に活用したのは何となく分かる。つか私じゃそもそも無理そう。
深く考えるのはよして、楓はベットから下りた。ついでにそのまま服を着替える。
新しい朝だ、今日で原罪の霧を持つ者を探り当てて霧を封玉しなければ。
慣れた作業で、自分の身なりを整えると。昨日と同じく皆が待つダイニングルームへ向かう。今日は確か凪史が、釣りをするとか言っていたな、川の渓流を利用した釣堀があるとか。
釣りは軽く父さんと弟の啓一と海で陸釣りをする程度、しかも釣りの準備は一切せずに餌をつけてもらい海に沈める状態でないと私はやらない。
啓一がアウトドアタイプなんで、よく私も参加したな。自分からは釣りにはいかないけどね。
私がダイニングルームへつくと、今度はヒバリと凪史とハンスが先にいて、江湖と大田より先に下りていた。
ファーロウは、もっと積めて調べたいと私に情報を渡すと階段を降りる所で別れたので、ここには居ない。
いつもの挨拶を交わして、全員が揃ってから秋里さんの朝食を食べた後は、綺麗な水が流れる釣堀まで移動。
夕方なるまで、私は皆と一緒になって遊ぶ。これが今日の大まかな予定。
本当は私もファーロウの手伝いをしておきたいのだけど、ここで用事があるといえば何を理由にすればいい?初めてくる土地で、突然のラブロマンスが始まりあの子に会いたいなんて、言い出す確立は低いと思うぞ。
学園で起きたことならば、1人の行動をしやすいが皆は原罪の霧を知らないので、こっそりと行動しなければならない。
面倒だよ……仕方ないけどさ。
皆に話ても、信じてもらえるかどうか…。信じてもらえても変に動揺させて江湖ちゃん辺りを怖がらせるだけだ。
それに馬來の一件もあるので、江湖ちゃんには一番原罪の霧を知ってほしくはなかった。
しっかし、今日の朝食も美味しかったな。今日は玄米が混ざったご飯にお味噌汁。
おかずは大根おろしがのった揚げ出し、木綿豆腐の水を切ってから卵と小麦粉を塗し油でアッツアツに揚げるの。
そんで納豆に焼き海苔、さらに手間のかかる伊達巻き卵。
これは朝の一品料理じゃないよ、白身魚をミンチにしたのを卵と一緒に混ぜてからだし巻きを作るんだ。江湖のだし巻き卵も美味しかったのだけど、秋里さんも負けちゃいない。
今日は釣りをして川魚を食べるから、メインに魚はでてこなかった。
伊達巻き卵の白身は海の魚なんで、カウントしません。これ楓ちゃんルール。
もう秋里さんは鳳凰学園で働いて欲しい、まっあの男どもの巣窟では無理でしょうけどさ。
お茶を飲んで、まったりすると何故か凪史が落ち着いていない様子なのが不思議だったけど。凪史の一言で私たちは川の上流へ向かう事になる。
釣堀をしているのは山の中なんで、流石に徒歩は苦しい。だから車を出してもらった。
なんと、車を運転するのは秋里さん!
なんでも、釣った魚を調理するのに同行するんだって、後必要な人は既に山の釣堀へ移動済みなんだと。
遠慮なく、楓たちは釣りができる釣堀に向かって車を出してもらった。
この時、もうちょっと考えを柔軟にしていれば、違った行動を取れたのではないかと。
後の楓は後悔することになるのだった。
こんにちは、この一週間にもう一度更新したいと願っている長毛種の猫です。
やっぽーお盆休み万歳!一週間も休みがもらえました!!ぶらぼー!!
だから、こんな中途半端なところでぶった切っても直ぐに更新するんだからいいんだからね!ってツンデレみたいな事をやっちまいました。
すみません、少し手ごろな木の枝を捜してきます、いえ落ちているのではなく立派な木をさがすのですよ?フフフ。
とか言っている間に、長文になってしまいます。あとがきのクセに。
夏休みの方が多いのか、驚異的にお気に入りが増えています。嬉しくて言葉に出来ません。でも脱字や誤字はやっちまうので、見つけたら指摘を感想辺りにしてください。
お願いします!!!!
では、直ぐに続きを書く予定なので暫くお待ちください。夏ばてに気をつけて!