36 美味しい朝食とお馬さん
朝日が少し地平線からあがった頃に楓は目を覚ます、一瞬何処に居るのかわからなくなった。
見慣れない天井に一秒ほど空白になったが、ここが凪史の別荘だと思い出し横で寝ているファーロウを起こさないようにベットから起きる。
昨日閉めたカーテンを開いてみると、朝の眩しい光が入ってきて私の清々しい一日が始まった。
結構昨日、いや今日の深夜まで鳳凰学園から移動して起きていたから眠りたりないけど、朝早く起きる習慣をもってしまったら体が勝手に覚醒してしまう。
せっかくの休日なのでもうちょっと寝ていたが、ここは人の別荘なので惰眠を貪って醜態を晒すのはやだな。
ちょっと早いけど、下には誰か居るかもしれない。それにさすが別荘地、外には気持ちのいい風が吹いている。
自然が一杯なのは山の中の鳳凰学園も同等だったが、やっぱりリフレッシュに来たって感じで輝いて見える。
楓はプライベート用の無地のシャツとズボンに、寝着から着替えるとごそごそしていたのでファーロウが目を覚ました。
髪をワックスで綺麗に形を整え、鏡の前でチェック。身だしなみはマナーよね。
鏡の前に立っていた楓は後ろを振り返ると、猫のファーロウと目が合う。
「お早うさん」
『お早うございます。楓さん』
いつもの通り挨拶をお互いに言い合ってから、部屋を出てダイニングに向かう。猫だから身の整えなくて楽だよなファーロウ。
ドアの向こう側は大きな廊下だ、別荘とは名前ばかりの屋敷は階段すら豪華、人が横に3人並んでも余裕があるほど。
到着してから簡単に説明を受けたので、私が使う部屋の場所は大体わかっていたから一直線に両開きのドアの片方のドアノブを捻って開けた。
あらら、皆もういるじゃん。
ドアを開いてみると、大田を除いて全員長いテーブルに座っていた。
「お早う」
私が挨拶すると、皆が挨拶を返してくれる。
「はやいね」
私がヒバリの隣のイスを動かして座ると、ヒバリは笑い。
「そうでもないよ、楓が来る数分前に僕はここにきたよ」
へー特別遅かった訳じゃないのか、大田はまだ夢の中かな?
そう思っていると、ちょっと寝癖のついた大田が最後にやってきた。
全員がそろうと、朝食。メニューはサクサクのクロワッサンともちもちのバターロールを主食にして。
サイドの香ばしいハムと一緒に、割ったら半熟の卵の雪崩が中から出現するオムレツを加え、生野菜の新鮮なサラダ。
バターの味がついているから、クロワッサンとバターロールは何もつけなくても美味い、何せこれ焼きたてでしょう?美味くないわけが無い、オムレツもいい感じにトロトロ。
私は卵の半熟って大好き、テンション上がる。しかも細かいハムと味を邪魔しないチーズがアクセントとして卵に入れられているから、これまた感動もの。
更にオムレツにかかっているケチャップはいい酸味だ、これ私の勘では手作り。
鳳凰学園の昼食は一流の人たちが作ってくれているが、この朝食を作った人も凄く料理が上手。なんだか心を込めて作った手作りが、また美味しさに拍車を掛けていると思う。
食後にはコーヒーを飲んで最高の朝食が私を出迎えてくれた。余は満足じゃ。
日頃はヒバリの朝食……つーかご飯は私が担当なんでこうやって食べる側もたまには気持ちがいい。
ファーロウの分はちゃんと、猫用に作られた人間でも食べられる薄い味付けの雑穀に、みじん切りのニンジンとカボチャが茹でたのがあり鳥のささ身が混ぜられた手作り猫のご飯。
一応ファーロウには「塩いる?」って聞いてみたけど、十分美味しいってモグモグ食べていた。
その様子に私はホッとした。それだけだったら物足りないと思う、後で間食させてやろう。
皆食事が終わりコーヒーも下げてもらって、一息な空間。
これからの予定は乗馬を楽しみに行く、窓の外を見るといい日和。
「そういえば、乗馬の経験ある人いる?」
ふとわいてきた疑問に、皆の視線は私に集った。
「私は乗馬が好きですね、八歳の頃から乗ってました」
「ハンスが馬に乗っているのは絵になるね」
私の想像で馬に乗るハンスはもろに皇子さま状態。違和感ねぇ。
凄く見栄えがいいのはドイツ人の血が入っているクオータなだけはある、ハンスほど綺麗な金髪はどんなに染めても表現できない。
お婆ちゃんがドイツ人で若い頃、それはそれは金髪の美人だったそうだ。一目惚れをしたハンスのお爺ちゃんが激戦の末にライバルを蹴り落とし、日本に奪い去ったらしい。
うむ!ハンスのお爺ちゃんは凄い人。
そしてハンスは血筋の中で一番祖母の血を濃くでているとか、殆ど外国人だもんね。顔や身長なんか日本人から離れているカッコよさがあった。
そういう私も男になってからは、日本人臭くない。外国人……とはちょっとまた違う、何だかな1人だけ結構浮いていないかい?
まっそれで何かの問題に発展もしないから別にどうでもいい、それよかハンスが馬の扱いが上手なら私に乗り方を教えてもらおう。
「僕も1人で乗れるくらいは出来るよ、僕の場合は武術の一環だけど」
横に座っているヒバリが、私の顔を見て笑う。
「そうなんだ、凪史は?」
突然話の中に放り込まれた凪史は、平然として。
「今から行く乗馬クラブは僕の家の者がやっているんだ、その僕が乗れなくては笑いものだよ」
仰るとおりで。
「そう言うに君はどうなの?」
逆に私に凪史が質問を投げかけてきた。
「そうとうの初心者、馬に乗るのは幼稚園で行った遠足の動物園にいたポニーに数秒しかない」
近くに動物園があったから、私はよく中学までの遠足や行事は動物園に連れて行かれていた。そんで幼稚園では童子全員がふれあい広場をポニーに乗って飼育員が綱を引き一周するのを幼心に覚えている。
「だからご指導ヨロシク」
私は躊躇無く経験者3人にお願いをして、暫くすると我らの執行部部長であられる凪史の家と繋がりがある乗馬クラブへ向かった。雑談の中で江湖ちゃんは私と同じくらいの初心者で、大田は数回乗った程度だと。
初心者3人もいれば私だけ下手さが目立つ事はない、安心してリラックスしている。
食後のひと時も終えて、館から苦痛じゃない程歩くと、林が抜けて平地があって遠くから木製で作った柵が見えた。
多分アレが乗馬クラブの敷地、想像していたよりもちゃんと整備されている。
しかもここは凪史の親戚の一人がプライベートで乗馬を楽しめるように作った、専用の乗馬クラブだって。
此処にいる馬は繁殖用だったり、競走馬の卵たちが集められている。
楓を含め、執行部六人が仲良く近づく。誰かが乗っている馬の姿を見つけるとテンションが上がった。
普段なかなかふれ合いの少ない動物が近くを、駆け足で楓の前を柵の向こう側で走っているのを柵に体重を掛けて覗き込む。
馬はサラブレッドの茶色、鼻先だけ白いキュートなヤツ。鬣もサラサラ風と振動で揺れてとても美しい。
「先に行ってくれないか?俺あの子を見ていたい」
乗馬クラブのスタッフだろうか、茶色の馬は若そうで人を乗せなれてないのか悪戦苦闘しながら茶色の馬を操作しているのが面白い。
どうにか言う事を聞かせたいスタッフと、服従なんてクソ喰らえの茶色の馬の熱いバトル。
一歩も互いに引かなくて、楓は無言で馬を見続けた。他のメンバーは乗馬をしにもう人間になれた馬のところへ行った。ファーロウは乗馬クラブに来ていない、移動の時に使う家畜は見慣れているんだって。
それにファーロウは夜感じた原罪の霧の気配を調べに1人食後何処かへ消えた。楓の邪魔をする者は一人も無く、茶色の馬を眺めている楓に。
「こんにちは」
私はちょっと夢中で馬を見ていたので、近くに人がいるとは気付かなくて肩をピックッとさせちゃった。
横から掛けられた声は柔らかい感じの声で、そちらの方向を見ると二十歳くらいのお姉さんが立っていた。
髪はロングで長い、きっと腰近くまで、そして柔らかそうな髪質をして風にゆっくり薄茶色のロングヘアーは揺れた。
印象はとても優しそうな人だ、近所の初恋のお姉さんって感じ。最前線で働くタイプではなく影からしっかりサポートしてくれる健気で儚げな雰囲気を持っている素敵な人。
是非とも私はこんな女性になりたかった、気がつけば友だちから女の頃に「男より男らしい」「男だったらよかったのに」って正面から言われた前科を持っているのですよ?
つか、友人よ君の望みどおりに私は男になっているぞ……アンタは私を覚えてないけどさ。
しっかし、この人は可憐だな…。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。
なんて昔から美しい女性を譬えるフレーズが頭に浮んでも見劣りはしない。
ニコッと優しく笑うので、私もガン視していたのに気付いて笑い返す。
「えーと貴女は…?」
クスリと女性は笑う、やっぱり美人。
「ごめんなさい、私は秋里 泉。貴方は新井 楓様ですね」
「はい、秋里さんですか……なんで俺の名前知っているんですか?」
ころころと秋里は笑う、嫌味のない笑顔に楓は答えを待った。
「私は凪史の別荘で雇って頂いているの、朝ごはんはお口に合いました?」
楓はそれで名前を知っている理由が分かった、凪史の別荘の住み込みで働いている人か。ならば事前にどんな人間が来るか名前くらいは知っていても不思議ではない。
へ~え、あの超美味しい朝ごはんこの人が作っていたの?
「もしかして1人で?」
私は試しに聞いてみた、いや無理でしょう?どんだけ手際がよろしいって話だ…。
焼きたてのパンとトロトロオムレツなんか時間の勝負すぎる。
「ええ、料理は私の担当なの、器用さを買われ石戸さんに引き取られたから」
すごっ!!本当に1人で――……引き取られた?
ちょっと不思議そうな顔をした楓に、秋里は自分の発言が初対面の人には過ぎたと気がついて、自分の口を手で押さえた。
そして少し困った顔をしてから。
「忘れてください、ではお昼のご用意をしなきゃいけませんので失礼します」
一度お辞儀をして、背中を見せていってしまった。楓は引き止めずに黙って見送る。
もう一度ゆっくり話がしたい、そんな印象を持たせる人だ。なんだか私と正反対で江湖と同じく守ってやりたいと思わせる女性だった。
「いつまで其処にいるつもり?」
柵越しに黒い大きな影が自分の上に落ちたと思うと、黒いサラブレッドに乗馬した凪史が近くにいた。
「よう、乗馬本当に上手いじゃないか?」
「当然だよ、早くこっちに来たら?」
私は凪史に素直に頷き、一度だけ秋里さんの後ろ姿をみると体を預けていた柵から起こして、秋里さんと逆方向へ歩き始めた。
***
「足で合図をしてください」
黒と白のまだら模様を持った馬に乗った楓に、乗馬クラブのスタッフが直ぐに乗れるように手綱の長さ調節なんかをしてもらって、ただ馬に乗って何もせずとも歩ける状態にしてもらった。
ハンスが楓の隣で指示をだす、勿論ハンスも濃い茶色の馬に乗馬して。
恐る恐る楓は踵をお腹に押し付けてみると、黒と白を持ったマダラ模様をした馬は、「え?合図あった?」みたいな顔をした。
「もう少し強くても大丈夫ですよ」
苦笑いのハンス、内心ではオドオドしている楓は珍しいので楽しんでいる。馬は繊細な生き物、映画でよくある動かす時に蹴ってはいけないらしい。
本当は蹴るのではなく、お腹を踵で押す。そう説明を受けたら戸惑うのは仕方ない。しかも楓は初心者だ。
ヒバリと凪史は上手く馬を操作しているが、江湖ちゃんはスタッフと一緒に手綱を持ってもらって歩くところから始め、大田は問題なく1人で馬に乗り誰の助けも必要とせず指示で歩かせていた。
大田はやっぱり運動神経が抜群だな、直ぐに体がコツを掴み実践してみせている。
皆が頑張っているのを見て楓も負けてはおられない。
「よし、行くぞ」
今度は強めにお腹を圧迫したら、馬が動き始めた。
おお!上手くいった!!でもグラグラ揺れる。
「上出来です、楓さん。方向転換はお腹を絞め続けて、曲がりたい方向へ体の重心を掛けるようにして……そうです」
楓を乗せた馬は「はい、お仕事します」という顔で、左へ進行方向を変えていく。
感動!意思のままに馬が動いてくれた。この馬が超大人しくて、ベリーイージ用の馬であっても。
「止まる時は「綱を引く」のではありません、綱をお臍辺りに持ってきて体を後ろへ反ってください。綱を引っ張りすぎると口に食い込んで暴れる時もあるので気をつけてくださいね」
おうよ!ハンスの言われた通りにしてみると、マダラ模様の馬はピタリと停止した。
「やればできるな」
初心者用の特別大人しい子でも、自分の意思で動かせたのに感動していると遠くで苦戦している馬を見つける。
乗馬クラブで最初に見つけた茶色の馬と若いスタッフだ。
「あちゃ~大変だな」
専門家でもないから、暢気に眺めていたがスタッフのヘルメットが落ちるほど茶色の馬が暴れ始めた。
「おいおい、やばくないか?」
私は思わずハンスに話しかける。ハンスも真面目な顔になって今乗っている馬から、無駄のない動きで降りた。
茶色の馬は前の足である前肢を軽く浮かせ、息も荒く興奮気味だった。
ハンスは素早く手綱を掴んで馬をなだめる。
「危ないですよ!!近づかないでください!」
ヘルメットが取れたスタッフは、十代の青年だった。
「だから宥めるのですよ、万が一にも暴れて楓さんが怪我をしたら如何するのですか?」
「でも興奮している馬に近づくなんて、自殺行為ですよ!!」
スタッフは怒鳴るが、ハンスはスタッフに睨む。馬はハンスに大人しくさせられて鼻息は荒いが随分と気持ちが落ち着いてきた。
「それならば、馬の気持ちも配慮せずに調教を続けている貴方の行動が正しいと仰いますか?」
繊細な生き物である馬に対して無理に調教をしている。スタッフは自覚があったのか、押し黙った。
スタッフは身軽な動作で、地面に降りるとペコッとハンスに頭を下げた。
そうして茶色の馬の手綱を引っ張り馬と共に、厩へ歩いていく。
あんな真剣な顔をしたハンスは珍しい、彼は本当に馬が好きなんだと楓は感心する。
一連を傍観していた楓はスタッフが厩へ行くのを見て、何気なしに自分の腕時計で時間を確認した。特別意味のある行動ではない。
お昼ごはんの時間まで、あとどの位馬と遊べるだろうかと見ただけだ。
もう暫くは遊べるな……と心で呟くと、凄い寒気が楓に襲い掛かった。
原罪の霧だ!!
嫌悪感と憎悪を溶かしたような寒気、方向からして…こっちか!?
勘を頼りに向いてみると、一人のか細い男が柵を背に馬の絵を描いていた。
仕事が忙しくて更新率が下がってしまい、申し訳ないです。
本当は三日前くらいに定時に帰れたら書き上げていたのですが、残業が続きました。しかし毎日でも少しずつでも小説を書いていくので、ペースをあげらるように頑張ります。