33 謝罪と決意
楓は監督教師の「止め」の声にシャーペンを投げ出し、机と親交を深める勢いで体も投げ出した。
今受けた試験が最後のテストだ、もう後は自分の結果を信じて待つしかない。
やれることは全て全力でやった、どんな結果だとしても(多分)悔いはない。
多分って、つけたのはいい結果じゃないと協力してくれた皆に申し訳ない部分だよ。私自身は満足している。
テストを回収して教室から出て行く教師の終了の声を聞きながら、机の上で瞼を閉じる。
とっても眠たい、昨日はバッチリ寝ていたのに。糖分が足りないのかな?頭使いすぎて、実は私の脳みそをフルに使った時。
つまりは超人じみた私の「勘」をフルに使うと、その晩は凄く眠い…今はその状態と同じで眠気が頭の中に広がり目を開くのが辛い。
私の肩に隣のハンスが手を乗せて、いつものニッコリスマイルを向けてくれた。
「お疲れ様、楓さん」
私は顔を少しだけ動かし、親指をぐっと上げて。
「おう、サンキュー」
と笑って返して、机に倒れた。
「楓?」
後ろの席のヒバリが心配そうに楓を覗く、暫く机に沈む楓を観察していると。
「寝ている」
呆れたように、安心した顔で言った。
昨日十分に睡眠をとっていたにもかかわらず、集中力を使って頭が疲れたらしい。
五分ほど寝かせてあげて、それから寮へ帰ろう。今日はテストだけなのでこのまま帰れる。
楓を挟んでヒバリとハンスは苦笑いをした。
***
すかっとしない頭を振って、机の上で寝てしまった楓はきっちり五分後に起こされて寮へ帰り、その後は誰も止められない爆睡。
数時間の間、静かに寝息をたてていた楓がパチッと目を覚ます、窓の明るさから結構寝たわ…と呟き体を動かす。
もう夕方の時刻、空がオレンジ色に変色してきた。
レム睡眠または逆説睡眠……体は寝ていても脳が覚醒している状態で起きたので不快感は少ない。
のろのろとした動作でベットに両手をつき、起き上がる。
疲労が溜まった体を休めた楓はベットからはいでた。
久しぶりのゆっくりとした時間、ルームメイトのヒバリも今は部活の用事で部屋を空けているので、楓は気分転換に温かいカフェオレ片手にテラスに1人で風に当たりながら出た。
部屋にはファーロウの姿も見えない、1人で何処かへ出歩いたのかもしれない。ファーロウに関しては普通の猫じゃないから全然心配はしてないけどね。
温かいカフェオレを、ちょっとオシャレ気分でテラスのイスに座って飲んで夕日を見つめた。このテラスは完全に風景を眺めるためにある、布団以外の洗濯物は全て洗濯機が乾かしてくれるのでテラスは余計なものがなくて綺麗なものだ。
元々あった備品かヒバリの趣味かは知らないが、テラスにはイスと小さい物を置ける小さなテーブルが設置されているのでカフェオレと携帯電話をその上において、力を抜きイスに全ての体を預ける。
(いい点数だったらいいな…)
やはり考えるのはテストの結果、一応は全ての問題の答えは書き込んだがので自信は多少ともある。幸いなことに苦手な英語のテストには選択問題が多かった。
言わずもかな、楓ちゃんの本領発揮。中途半端に自信のない問題はそれで助かった。
まっこと有難い、多分私の頭より頼りになる私の勘で問題は解けたはず。
だからといって首位をとれるなんて恐れ多い事は考えていない。上には上がある、其処のところは承知ですよ。
ボーっと何をするでもなく夕日が沈んでいるのを見ていると携帯電話から、楓が好きな歌姫の着メロがなる。
誰だろうと携帯を開いてみる、登録にはない番号で相手の名前が画面に表示されていないので一瞬躊躇った。
何故アイツが生徒会役員なのか、不思議な会計の瀬尾…いや、チャラ男からファンクラブとかが私に出来たらしいので、その子達からかかってきたとかストーカー的な心配をしてしまった。
でも…と思って通話ボタンを押す、出ないといけない気がしたから。
『よかった、登録以外の着信を拒否にしていたらどうしようかと思っていた』
この声、久しぶりに感じる数日前にあったのに。でも何で私の携帯に電話かけているのだろう――なあ?馬來。
江湖ちゃんの大切な宝物を奪い、江湖ちゃんに手を伸ばそうとした最低な男だ。もしかして報復?
しかしながら、楓ちゃんはコイツに関してはかかってきなさいの意気込みだ。負ける気がしない。
「なんの御用ですか?というか、何で俺の携帯番号知っているのですか?先輩」
『はっはっは…そんなに警戒しなくても、もう何もしない先輩でもないし』
楓は過去に聞いた馬來の声が、明るいのに眉を顰める。でも不快ではないのだ。
『俺の最後の権力…かな?君の携帯番号を調べるのはお手の物さ。心配しないで二度とかけないから』
「……あんた変わったな?」
素直な感想を馬來に対して言った、なんか別人のようだ。柔らかい声に少し戸惑ってしまう。
『退学になった今、すっきりしたのか憑き物が落ちた感覚だよ……ありがとう、そしてゴメン。君には多大な迷惑をかけた』
素直に謝罪と礼を述べる馬來に楓は拍子抜けをする、これは裏があっていっているのではなく本心か?と疑ったが、楓の勘は本心だと告げるので安心はした。
しかし、相手が違うだろう?
「馬來先輩、江湖にも謝ったんだろう?」
『いいや、彼女には電話はしていない』
楓は体をイスに預けていたのを起こして、馬來の代わりに夕日を睨む。
「俺よりも江湖に謝るべきじゃないのですか?彼女はアンタの責でたくさん傷ついたんですよ」
『全面的に君が正しい。そう……でも駄目なんだ、彼女に謝ったら彼女は俺を許す。それで少しでも気持ちが軽くなる自分が許せない』
楓はあえて沈黙で肯定した、想像に難しくない。
敵意がないと分かった楓の口調も自然に自分の先輩に対して、敬語になっていく。それに気付いた馬來は受話器の向こうで苦笑いする息が聞こえた。
『それじゃ駄目だ……彼女の優しさで許されたら、俺は自分を二度と許せない。それだけの事をしたんだ』
本気で後悔しているらしい、原罪の霧で拡大された欲望に抗えない馬來は悪くないとは言えないが。
其処まで追い詰めなくても…なんて考えてしまうのは甘いのかもな…と自分で思う。
かと言って、あの一件は女性だった楓にとっても許せるレベルではないのは、重々承知だ。未遂で終わったのだから許せ、なんて虫がいい話だ。
でも、だから、楓は聞いてみたい、彼に。
「江湖のことはまだ好き、なのですか?」
『ああ、幼少の頃から十年近い初恋だ。簡単に忘れられない、でも彼女のことは思い出にしないと…好きでいる資格もないからね』
馬來の声は決意に溢れていた、きっと長い時間を過ごして江湖への想いを絶つのだろう。恋をしたことがない楓でも辛い事だと感じた。
『このままじゃ香子に謝罪する価値もない、少しでも今よりマシな男になってから顔を地面に擦り付けて謝らせてもらう』
「先輩の好きにすればいいと思います」
この人は本当に周りの評価通りな人だったんだ、江湖の言っていた「優しかった」というのが今なら理解できる。
想像を超えて原罪の霧っていうのは怖い、そこまで人の人格…いや、欲望を大きく膨らませるのか。
『じゃあ、さようなら。君たちの未来がどうなるか俺には分からないが…幼馴染として香子の初恋が君でよかったと思っている』
くすぐったいな。そんな過大評価を貰うと、でも私は彼女と愛し合う姿なんて想像もできないけどね。
「では、馬來先輩が言う少しでもいい男になってからもう一度、俺に殴られてください。江湖の代わりに殴ってあげますよ」
『ははっ君の鉄拳制裁は十分もらった、勘弁願いたいね。……お元気で』
プッツっと電話は切れた、楓も通話を切って携帯電話をたたむ。
携帯を持ったまま、もう一度背中をイスに預けて空を見た。
もう夕日は地平線に沈みそう、周囲は暗くなってき始めたので少し肌寒い。
馬來がまっとうな青年だったのに、どうしてこうなってしまったのか話を整理しよう。
これからも「馬來」のような人間に関わることとなっていくのだから。
全ての始まりは、ノア・レザンと地球から。
ノア・レザンという異世界からファーロウと名の少年が女神を召喚したのが原因で、私は男へ性転換した。
私は地球にいる女神を召喚した副産物で性転換を、そしてもう1人、私と同じく性転換した人物がいる。
それこそ女神として召喚された光喜君。
こっちも元々少年だったのが、女神としてノア・レザンへ召喚され、女性へ性転換したらしい。元はごく普通の中学生男子だったという話だ。
かわいそうに、彼も私と同じくファーロウに巻き込まれた被害者。
光喜君の女神関係は詳しくは知らないので、ここは置いておく。
そして私と光喜君が関わる以前にも女神を召喚する下準備のために、数百年前かなんかで、ノア・レザンと地球は繋がったらしい。その際に「原罪の霧」という一部が地球へ流れ込んだ。
ノア・レザンの「原罪の霧」は凄まじい変貌をみせるらしいが、地球へ流れたのは極一部のために人間に憑くと少しの欲望でもドンドン深く強く…馬來先輩のように欲求に忠実になってしまう。
それと霧の特徴として、一つ霧が留まると周囲から他の霧を呼び寄せる性質があるので、学園の「誰かが」その霧を不完全な形で捕まえている可能性が高いと、楓は考えている。
でもないと都合よく馬來のように霧に憑かれている者と遭遇しないだろう。この広い地球で。
多分この学園に集っている、霧が…。なのが、ファーロウと私の同意見だ。
この先からは、まだファーロウから詳しい事情は聞き出せていない、どうやら私は「原罪の霧」を封玉という封印をかけられるみたいだ。
ついでに原罪の霧は第三者からは目視できないと思う、みんなの前で原罪の霧が逃げ出そうとしているのを私とファーロウを除き誰も気付かなかった。
楓は冷め始めたカフェオレを一気に呷る。
ファーロウから強く聞き出せば、きっと疑問に思うことは殆ど聞きだせるだろう。けど辛そうなファーロウを見ていると躊躇う。
何かが彼にとって深く関わっている、だから入り込むのに戸惑っているんだ。
まだ彼とは会って一ヶ月もたっていないのだから、まだお互いに歩み寄りの時間はかけた方がいい気がする。
カップを置くと、後ろから私の座っているイスの横まで猫の姿のファーロウが現れた。
『楓さん、暖かくなってくる季節でも風邪をひきますよ?』
「おう、もう戻る。ご飯も作らないと」
楓はイスから起き上がり、背伸びをして歩き出す。
まっ、成り行きだけど執行部になった以上。仕事は全うする気だ、そのついでに「原罪の霧」の一部を封玉しまくって解決すれば万事オッケー。
迅速に正確に、そうすれば事件は大きくなる前に解決できる…できたらいいな。努力はしよう。
今はそう言う事にしといて、これからのことは、それから考えればいいよね。
あれこれ思いにふけっている楓を不思議そうな顔をして、ファーロウが訊ねてた。
『楓さん?』
「ん?なんでもない」
昨晩はテスト必勝を願ってカレーカツにしたので、カレーの残りを使ってカレーうどんでもしようか。とファーロウに言いつつカフェオレのカップを持ってテラスのガラスドアを閉めた。
***
それから数日が過ぎて、とうとうテストの結果発表の日が来た。
結果に学園生徒専用の鳳凰学園のホームページに今日の放課後に発表されるらしい、ハンスが小型のノートパソコンを持ってきてくれて、皆でノートパソコンの画面を覗く。
楓たち以外の生徒も結果が気になるのだろうか、そそくさと帰った生徒も多くいた。
緊張して楓はホームページが更新されるのを待つ、ハンスが何度か最新の更新をクリックして画面を何度か開いてみるが変わらず、まだの様子だ。
「いらいらするな」
大田も自分の成績が気になっているらしい、イラつき貧乏ゆすりを近くの机に座ってする。メンバーに釣られて自分もいつの間にか勉強に参加して、それなりに自信があるのだろう。
「ドキドキしますわ、でも皆さんで頑張ったのですもの。きっと100位に皆さんではいってますわ」
胸の前で両手を合わせ、興奮を抑えきれない江湖に楓は苦笑いをする。
皆が一番気になっているのは私の成績だろうな、と。気付いている…もうみんな大好きだ。
「あっ、更新されている」
何度かハンスがクリックしていると、前には無かった「結果発表」という行が出来ているのをヒバリは指差して、ハンスは迷わずクリックを押して画面を開く。
***
楓は全力で生徒会室に向かって走る、そう全力でだ!誰にも今の楓は止められない。
凄い瞬発力をもって、ヒバリやハンスが何かを言う前に教室から楓は出て行った。
ぽか~んと、取り残される執行部メンバーを置いて一直線に目指す先は一つ。
目の前には学園の聖地でもある、ファンクラブ最大数を誇る生徒会室のドアが見えると執行部のカードキーを使って無断で侵入。
「ざまぁみろーーー!!瀬尾!!俺はお前より上位じゃーーー!!」
珍しく目が点になっている生徒会長の直樹と、いつもの定位置であるパソコンのイスに座っていた副会長の怜は静かにメガネのずれを直す。
無理も無い、突然に生徒会室に楓が殴りこんできたと思ったら、「瀬尾より上位じゃー」って叫ばれても何が何だか。
そんな2人を放って楓は無駄に広い、あえてもう一度直樹が使うにしては無駄に広い生徒会室を見渡すと、部屋の中央に置かれているソファに直樹と怜以外の3人目の生徒の後ろ頭が見える。
それを会計の瀬尾と思い、大股で寄り思いのたけを伝えた。
「どうだ!庶民の底力をみたか!!」
楓がソファの横に来ると、ソファに座っていた人物が楓を見る。
ちょっと楓は硬直してしまった。
瀬尾なんだけど…なんだかな?最大の特徴であるチャラ男じゃない。
瀬尾と全く同じ顔だけど、きっちり服は上から下までボタンで留めているし、髪だって黒くて自然に長めの前髪を前に流しているのだ。
身長も瀬尾と同じ、ちょっと釣り目な眼差しでノックアウトしちゃう子が何人いるのかしら?ってくらい、えらく真面目そうないい男がソファに座っているけど。
え?何?双子さん?君はお兄さん?ところで悠斗君は何処?
ごきげんようございます。
シリアスなんかにしてたまるか!!
の勢いでいつも書いてますが、どうでしょう?
とりあえず楓は上位100名には入れた様子です。がんばったね。