32 求めよさらば与えられん
ザワザワとざわめく食堂で私は無表情を取り繕うも、内心怒りと焦りを滾らせてチャラ男クン、改め瀬尾 悠斗と面を向き合っていた。
しかも彼は生徒会役員の会計らしい、あの生徒会はふざけた生徒会長の甲本 直樹と知的眼鏡の副会長の志水 怜以外にもメンバーいたんだ。
かつては、生徒会の親衛隊とかいう信者たちを、敵に回さないようにしていたつもり……そうは見えなくても!大人しくしていたのだが正式に執行部に入った私にはもう親衛隊の存在は脅威でない。
かと言ってやりたい放題やるわけじゃないのよ?ちゃんと誠意を持って接してくるなら私だって礼を尽くす。
でも、こいつはあんまりだろう。しかし最近特に喧嘩っ早くなっている、私の拳を出したのはちゃんと反省せねば。
執行部の副部長の私の責で、皆が同じに思われたら申し訳ない。今日は拳封印、はいこれ決めた。
生徒会は会長と副会長の二人しかいない、寂しい生徒会と思っていたのだけど、私が会っていないだけでもっといるのかも。いや、そんな事はどうでもいい、それよりもこの問題児の口をなんとか閉じないと。
私の血管がぶち切れて、太古に封印していた魔王が私から復活しそうだ。
拳は禁止したから、私の舌で黙らせんとな。
相手はやっぱりニアニアしている、挑発に乗ってしまい立ち去るタイミングを失ってしまった。
「んでさ~俺ちゃんはねぇ~?バッチリ流行をチェックしちゃってる系でさぁ。かえチャンの事もちゃんとチェックしてあげてんの~」
大きなお世話だ、竹丘も語尾を伸ばすクセがあるみたいだが、瀬尾の語尾延ばしはワザとやっているだろう?私の勘は普段こんな口調でないと教えてくれたぞ?
そんでもって、チェックなんぞしてくれんでええわ!
あくまで無表情である私を面白そうに、私の雰囲気が悪くなっているのを分かった上で瀬尾は続けた。
「そしたらアンタのファンクラブも立ち上がっているし、結構武勇伝も外から来ちゃってそんなに経ってないのに出来ちゃうから~俺ちゃん期待の星って感じにしてたわけぇ~」
ちょい待ち、ファンクラブって何さ?知らんかったぞい?
私は思わず後ろを振り返ると、サッと目をそらすヒバリと、ニッコリ笑っているハンス。
ハンスはともかく、ヒバリまで私のファンクラブが創立してたの知っていたの?もう教えてよね、特にヒバリだって過去にホームページに作られて消してもらったって言ってたじゃん。
今日はヒバリの嫌いな酢の物オンパレードにしてやる。
腑に落ちない何かを2人に感じつつも、早く話を切り上げてもうご飯食べようと前に首を元に戻すと、私と君がキスする数秒前ってくらい、ドアップにいて驚き身を引いた。
この瀬尾は私のファーストキスを狙ってんのかい!今日一日封印しようとしている拳が思わず飛び出そうになった。
「ぼくちん、無視されたり注目浴びなかったりするのきら~い」
大きな男が可愛らしく笑う、首を傾けたので金のネックレスもゆれて金属の音がした。
「分かりましたから必要以上に近くに寄るの、やめて頂けますか?」
「あー?もしかして照れ屋さん?」
私の鼻先を瀬尾の人差し指でチョンとつついた、私は反射的に払おうとしたが、その前に指が離れて空を切った。
ちげーよ、こーのー真性馬鹿!調子に乗って、そのつもりならこちらだって負けん!
「では先輩は秀才でいらっしゃるのですか?見えませんが」
言ってやったぜ、やほーい。楓ちゃんも嫌味いえるんですよ。
「うん、一位は難しいけどね~最低100位は入れるよぉ?」
受け流しやがった、そんで100位に入れるのマジで?だって遊んでそうで、机に向かってノート開いている姿想像できない。
「それはご立派で、俺には無理でしょうね」
クールになれ私、ここでヤツのペースにハマったらいい玩具だ。
「うん、生まれが違うからね、雑種のかえチャンとは、さぁ」
クールになれ私、って言った自分にクソ喰らえ。
私は無言で瀬尾の襟を掴んで引き寄せた。
「もう一度言ってみろ」
楓は至近距離で瀬尾に囁くように問う。目は瞬きすらせずに瀬野を射抜く。
周囲の生徒たちは遠巻きに見つめながら、楓の雰囲気が一気に変わった感触に背中をぞっとさせた。
しかしもう楓には周囲の人間が自分をどう見ようが関係ない、だた自分の親を馬鹿にされた怒りしか頭にない。
「あれ?怒っちゃった?かえチャン」
不思議そうな顔をした瀬尾を無表情で睨む、雑種とはつまり瀬尾たちが良い血筋として、楓の親は格下の劣っている別の人種という意味で言った言葉だ。その意味の重さも分からずに発したのか。
そう思うと楓は心底、怒りが沸いてきた。
自分の事ならば何でも言ってくれればいいわ、でもね。私の両親と弟を私の前で馬鹿にするのは到底ゆるせないのよ。
私は握っていた袖を掴んでいた手を離した、コイツを言葉で何を言ったところで解決はならない。
そう楓は決断して、無言で踵を返し食堂の出口へ向かう。
ヒバリとハンスは一瞬だけ瀬尾を睨むと、楓の後を追う。江湖も楓のいない食堂にいる意味はないので三人の後を付いて行った。
楓は人気のない場所を選び、一つ角を曲がると立ち止まり。そのまま横の壁を握った手を叩き付けた。
馬鹿にして…。
当然、壁を殴った私の手は痛いけど、それ以上に心が痛い。
壁に八つ当たりした楓はちょっと頭が冷えた。
そういえば私正面からそんな差別される経験はじめてだったな、最初に出会ったヒバリやハンスは私を好意的に受け入れてくれたから、ここが超お金持ちで家柄の良い上流階級ばかりが集る学園だって忘れかけていた。
当然、生まれて人の上に立つ者として、育ってきた彼らの中には…いや人間そのものの本質だろう。
誰にでもある、それがどの程度かは別として他人を見下して満足する心。
世界に人間3人いれば、その3人の間に権力による優劣が作られるって聞いたことあるな。
自分より劣等を見つけて安心する心は醜いが、楓にだってある。だけど。
……畜生ボンボンめ、庶民を馬鹿にするなよ。
ふと、角の向こう側に3人がいる気がする。私の後を追って来てくれたんだ。
「ゴメン、気にせずご飯食べてくれ。もう俺は食べる気無くなった」
背中を壁に寄りかかって壁の向こう側に声をかけると、3人が姿を見せる。
3人は心配そうな顔、それを見て楓は笑ってしまった。
先ほどの怒りの顔はすっかりなりを潜め、いつもの冷たい風にとられる美貌にもどっているのを3人は少し安心した。
楓は背中に壁をつけて、学校なのに天井には何処かの宮廷か教会みたいな壁画を見つめると、顔を3人に向ける。
「ヒバリって国語得意だよな?ハンスは全部オールオッケイとして…」
ありゃ?江湖ちゃんの得意科目知らないわ。
雰囲気で分かった江湖は慌てて、楓に言う。
「わたくしは特に歴史や古典には自信がありますわ!」
そりゃ心強い。
楓が言わんとする事を理解した、3人は顔を見詰め合って頷く。
頭をさげた楓が両手を合わせて、3人の前に出た。
「俺に勉強教えてください!」
ちょっと間があって、ヒバリとハンス、江湖ちゃんまで私の姿を見て笑った。嫌な笑いじゃない、ちょっと楓が可愛いと思ったからだ。
「いいよ、でも理数系は僕に教えてね」
お互いに交換条件のようにヒバリが楓に協力を承諾してくれる。
「おう、今日は酢の物やめて、ヒバリの好きなハンバーグにするわ」
え~っと酢の物メニューになりそうだった夕食にヒバリが嫌な顔をした。
「なら私がその他の教科カバーと、テストにでる問題を想定して問題集を作成しましょう」
「ハンスの作る問題なら間違いないな、頼む」
「その代わり、楓さんのご夕食、ご馳走してください」
2人分でも3人分でもそうは変わらん、無論江湖ちゃんも一緒に。それに江湖ちゃんは料理が上手いので夕食を作る時間も短縮できちゃうだろうな。
柔らかい笑みでハンスは私に協力してくれる。
「楓様、わたくも楓様のお力になりたいですわ」
「此方のほうからお願いするよ」
江湖ちゃんは愛らしい笑顔を私にくれた。
後はファーロウに深夜まで勉強見てもらえば、上位100名の中に入れそうな気がする。そりゃ簡単ではないでしょうが。
まずは100位を目指さないと瀬尾には追いつけない。
きっと自分の両親が一部始終をみていたら、変な揉め事を起こすな。なんて止めてくれるけど、いないのが悪い。
なのでこのまま突っ走ります。
それからの楓の生活は一変した、真面目に授業を受けてるだけではなく、授業の合間には自分の苦手強化である英語や文法を中心にハンスが製作した問題集をやり。
寮へ帰れば大田を巻き込み、5人で勉強会を毎日開催した。大田は私と同じく理数系が得意で結構発想の転換が上手い。私の知っている方程式よりも効率のよい計算法を使っていたりして純粋に勉強になった。
後はヒバリに数学を教えている時はいつもの数学よりも倍以上に頭を使う、分かりやすく伝えやすく考えるので文法の勉強に曲りなりになっていくのに後から気付く。
夜は私と江湖ちゃんが手早く作った遅めの夕食を食べて、解散。
私以外はいつも皆が集るわけじゃないけど、個人個人の都合に合わせて空いている時間を使って、私とヒバリの部屋で集り、なんちゃって勉強合宿をしている日々が続いた。
周囲に勉強をしている人がいると、ちょっと休憩なんていって勉強から脱線しにくいのでペースは順調。
ハンスもノートパソコン持参して私の今のレベルを統計したり、新しい問題集を作成してくれている。
深夜になれば勉強の復習と予習の勉強を、ファーロウに家庭教師になってもらい助けてもらっている、ファーロウから休むように小言を言われるまで、深夜勉強を続けていた。
ファーロウもハンスも教えるのが上手い、ヒバリの手助けしてくれる文法も、私の強化された直感が働き大分マシになってきた。
それに苦手な英語も国語も、分かり始めたら気持ちがいいのでもっと頑張りたくなってくる。それに私のモチベーションを下げる隙を与えずハンスが褒めに褒めてくれるので、単純にも調子に乗せられていた。
大田もたまにケーキを買ってきてくれて、これは江湖ちゃん狙いだけどね。
「楓ってさ、なんで勉強できるのにしないの?」
ヒバリが苦手な数学をやり、自分の頭を掻きながら私に聞いてきた。そういう私は、一番の強敵である英語の単語をひたすら頭に叩き込んでいる真っ最中。
「うーん、基本的には面倒だから」
私の返事に苦笑いをする。
「羨ましいね、ちゃんとやれば上達しているんだもん」
だけどヒバリも大分数学の解き方分かってきているぞ?なんて言い返したらお互い笑いあった。
確かこんな会話、女子高校生だった頃の大学受験勉強でしたっけ。懐かしいな。
おっといけない、私は今日までには最低50の単語を頭の消しゴムに負けないように、詰め込まなきゃ。
もしあなたが英語を不得意とするならば、この辛さを分かっていただけるだろう。覚えるくらいなら問題はないけど、私にとって英文を文法にするっていうラスボスが控えているので、これでもまだマシな方なのよう。
いくら凄く効率のいい問題集を作ってもらっても、最後には自分の頭に入れなきゃ意味がない。孤独な1人の戦い。
ちょっと脳みそが疲れてきた、楓には訳の分からない場所に到達しそうになっているので、江湖が砂糖を多めに入れた紅茶を出すのは後数分後の話になる。
「でも楓、ちょっと仮眠しなよ。いくらなんでも頑張りすぎ」
心配そうに顔を覗くヒバリに、体力が削られている楓は力ない笑顔を返した。
楓の美しい陶器肌の顔は白い、だから隈が疲労の隈がうっすらでも目立つ。ヒバリが寝ている後でも一人で勉強しているのを薄々気付いているので少しは休んで欲しかった。
「大丈夫、まだ意識は朦朧としてないから」
寝て休もうにも、頭が勝手に勉強を急かす。2~3時間寝ると勝手に目が覚めてしまうのだ。
これってちょっと追い詰められている心境?ヤバイ私?でもまだ大丈夫だから、逆にこの焦燥感を利用して勉強へ励じゃってる。
「本当に?」
ヒバリの声がちょっと堅くなった、私は気付かないフリをして次の単語を心で復唱する。
「ああ、本当に」
そこまで疲れているとは思っていないのに、ヒバリは食いついてくる。もしかしたら私凄い顔している?隈が浮かんでいるのは確認済みだけど。
「もし不調だと分かったら力でねじ伏せる」
ヒバリの聞いたこともない、冷たい声に私は思わず単語の書いてある本から顔を上げると、いつもの爽やかスポーツマン青年の笑顔で、さっきのは疲れの責で幻聴を聞いた?
まさか…ね?
楓は曖昧に笑って見せた。何か今のヒバリの眼を見続けている度胸がない。
そうして私たちが全力で勉強している内に、日にちは流れ。
とうとう試験の日が来た、楓は昨晩だけは無理にでも寝かされファーロウの監視にもあってたっぷり寝た。お陰で肌が復活。
試験前の一週間は修羅場だった。これも瀬尾よりも良い成績を取るために。
別に瀬尾を逆に馬鹿にしたいってヤツじゃない、これは自分自身が瀬尾にコケ下ろされたプライドを取り返すためだ。
やりゃ庶民だってできるんだよ!ってとこを見せ付けてやる。
だからちょっと無茶しちゃった。
ヒバリに抱きかかえられてベットに押し込まれたのが一回、ハンスに真面目に怒られたのが二回、江湖ちゃんに本気で泣かれそうになったのも一回あったけ。
大田は無理するなって言ってくれた、あいつなりの気遣い心に染みました。
試験開始直後の机の上にはもう問題集は広げない。落ち着いてテストが配られるのを待つ。
時間ピッタリに監視担当の教師がきて一枚一枚、生徒に配っていく。
私も教室の時計を見て、配られた用紙を前にシャーペンを出して合図を待つ。
「開始」
配り終えた教師の一言に、クラスの全員がテスト用紙に答えを書き始めた。勿論私も。
そして静寂の中、シャーペンを動かす微かな音だけが響いた。
こんにちは、楓の意識が朦朧としていますが現在の私も意識が負けずに朦朧としております。
ちょっとスランプに入ってしまいました、でも力技で書いちゃいました。
早く次の展開にしたいので勉強編はここで終了。
お疲れ様な楓さんです。
何かに追われて勉強するのは、前の上司の体験談からいただきました。
本当に眠れなくなるそうです。
では、話は段々バタコタになりますのでお付き合いください。




