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30 震えてないと緊張していると見えないね



 私の人生にはこれほどまでの人間の視線を一度に浴びる予定などなかった、この学園には全生徒と教師を含め後は学園関係者。竹丘のように教師ではないが集まっている人などが一斉に私を見ている。


 緊張するなって方が鬼だ!


 おかげで私の記憶の前後はない、気がつけば私は自分の机に座っていて後ろの席にいるヒバリと隣のハンスが、心配そうな顔をしていたのに気付く。


 遠くでは自分の机に頬杖をして興味がなさげでも一応見ている大田と、隣の席に座っている心配そうな顔の江湖ちゃんが私を見ていた。


 「あれ?」


 訳も分からず、誰に言うのでもなく楓は呟く。 


 ドームで凪史に呼ばれた時までの記憶があるのだけど……私何した?


 さっと血の気がさがる、とんだ失態をしたかもしれない。


 「大丈夫?さっきからぼ~としているよ?」


 背後からヒバリが私を窺う声にガッと振り返った。


 「わっ驚いた!」


 そりゃそうだわ、挨拶が終わった楓は夢遊病の人の足取りで戻ってきたと思ったら解散しても立ち上がらず、ぼ~としていた楓の手を引っ張って連れて帰ったのに突如復活して素早い動きをされたら驚くわ。


 ドームで生徒が帰っていくのに1人だけ座ったままの楓を、大田を含める全員で声をかけて意識(?)が戻るように頑張ったが、次の授業の時間が迫り仕方なく連れて帰った。


 ちょっとおかしい楓は真顔でヒバリと対峙した。


 「私…じゃなくて、……俺何言った?つか何していた?」


 今リアルに私って言ってしまった。もしかして全生徒の前でも出ちゃったかも。

 

 いややわ~何したん私。真面目に記憶が吹っ飛んでいる。


 怖い!瞬間移動かタイムトラベルを本気で体験したような気持ちだ。


 ドン引きのヒバリはおずおずと喋りだす。


 「ステージに立って執行部の副部長としてちゃんと挨拶したよ?」

 「本当だな!?信じていいんだな!!」


 必死な楓、誰だって自分の気が付いてない所で自分が何かをしたら心配するわ。どんな失態を犯したのかと。


 気迫に押されて何度も頷くヒバリにやっと楓は落ち着いた。


 「ゴメンけど…俺がステージに上がる前後の説明してくれ……」


 ヒバリの机に頭を乗せた楓はゾンビのような声で訴えてくる、そんな様子をいつものスマイルをのせたままハンスが口を開く。


***


 凪史に指定された楓はゆっくりと、自分のイスから腰を上げて立ち上がった。


 無表情だが内心はいや~な汗が滝に負けないほどに流れている。ガッチガチに緊張して心臓の音が過労死を訴える速度で鼓動が早まっていく。


 緊張にはちょっと痛みの刺激を与えると和らぐとか、しかし楓から言わせるとそんなの出来る行動力がある分だけアンタは大して緊張してないわ。


 と、申し上げたい。見ろこの私を!私のマックスレベルの緊張力を!!


 私は生まれてこれまで緊張したことは無いと断言してやる、私の平凡な日常生活を執行部はいると凪史に言った次の日に壊されるとはお天道様もビックリだ。


 この辺りから私の記憶が飛んで、後に教室でハンスから聞いた私ではない私の行動だ。


 そして悠然としたまま全生徒が集められているドームの中で、千単位の数の視線に晒されながらも真っ直ぐステージに楓は向かって歩いていく。


 何者にも邪魔されずに玉座に着く王の風格すらある楓に、楓を始めて見る者すら息を呑んだ。


 視線を逸らさず、どんな社会的地位の高い者の横を通ろうが臆せず。陳腐な表現だがステージに向かう男は美しかったとしか言えない。


 それ以外の言葉は見つからなかった、顔の構造が素晴らしく整っているのも一つの要因だけどもっと、言葉に言い表しにくい楓の中にある「何か」が彼をそれ以上に美しくみせる。


 何かを探るとこちらが飲み込まれそうなりそうな気がして底の見えない畏怖を感じているはずなのに、火の中に飛び込んで苦しみながら死ぬのを分かって尚、魅了されて飛び込む虫のようだ。


 当人の楓はただいま頭真っ白中のフリーズ全開。この瞬間、たぶん包丁で刺されても気がつかないパニックの極地にいた。


 ステージには階段がついてあり下からステージに上がれる造りになり、楓は執行部の部長である凪史と生徒会長の直樹の真ん中まで行くと凪史からマイクを受け取った。


 優雅に見える動作だったが、普段の冷静な楓から言わせると美形だと何でも美化されるのよ。的な感じで振り返り全生徒と学院関係者に向き合った。

 

 しつこいと怒られましょうが……楓はパニック中です。


 息を吸って口を開き楓の静かにも通る声がスピーカーを通して全ての人間に伝えられた。


 「僭越ながら執行部副部長に選ばれた新井 楓です。私には学園に対して特別なしがらみがありません、ただの庶民ですから」


 ざわりと生徒が騒ぎ出す、ここではただの人間は居ないといっても過言ではない。そして楓はヒバリとハンスなど著名人と一緒に居るのだから余程の社会的地位の高い人物だと思われていた。


 「ですが」


 楓の声が再び流れた、その声は覇気があり雑談など許さない気持ちになる。


 「…私は部長と志は一緒です。何者であろうと誰かを苦しめる行為をする者を許しません、私には私を信じて動いてくれる仲間が居ます」


 ヒバリとハンスは楓の言葉にクスリと笑い、言わずも仲間は誰を指しているのか分かった。江湖も心が温かくなったが大田はムズ痒くなる。


 (仲間か…)


 ヒバリは楓に出会うまで損得勘定の付き合いしか求められなくいつの間にか他人との距離を1人で作り出した、なのに楓は外面だけ立派な僕の閉鎖された世界へストンと降りてきて、こういってきた「友達だろう!」と顔を真っ赤にさせながら頭突きをした楓に感じた衝撃は自分のアイデンティティーが崩壊するほどに。


 自分の親ではなく自分だけを望まれた瞬間は涙が出そうになった、よく漫画やドラマなどでありきたりなシーンかもしれないが純粋に嬉しかった、それはいい表せないほどに。


 楓は僕の父親が誰であろうが友達だと胸を張っていえる。その強さが眩しい、自分でも気付かないほどに親の光りが自分の形を見えなくしていたのに楓に言われて気がついた。まさに目から鱗が落ちる感触だったのは今では懐かしい。


 ヒバリは強く頷く、執行部のメンバーに自分も入ってよかった。きっと楓は執行部の権力を正しく使ってくれる、だから彼の力になろうと決めた。


 そんなヒバリの静かな決意を全く知らない楓は挨拶を続けていく、超パニックをミクロほど他人に悟られないまま。でも多分気付いているのは一人だけドーム内に居る。


 楓のすぐとなりに居る凪史や直樹ではなく、距離のある壁際で背中を壁に預けている竹丘だけは楽しそうに含み笑いをしていた。


 「彼らの力を借りて必ずこの学園の秩序を守り通します、例え学園のいぬと呼ばれようが両手を広げて歓迎しましょう」


 いまやドームの中で話をしているのは楓ただ1人、皆が楓の強い眼差しに目を逸らせずただ見ていた。


 「だから」


 誰かが知らずに息を呑む。


 「何をしようが貴方がたの自由である、しかし今この瞬間からどんな理由があろうとも私たちの牙が向けられる事をお忘れなく」


 学園に居る限りどんな悪行でもやれるものならやって見せろ。ただ俺たちがお前の喉元に必ず喰らいつき。


 ……噛み殺す。


 言葉の裏にそう楓はいいのけた。凪史以上の挑発であり絶対の自信を滲みだす挨拶に誰もが無言でいたが、一つ拍手が上がると次々に拍手の音は人数を増やして増えていく。


 最初に拍手をしたのは竹丘だった、笑みを深くした表情で誰もが魅入る彼に何食わぬ顔でした。


 拍手の雨が楓に降り注ぐ、それをただ無表情で受け止めた。


***


 つらつらと語られるハンスの説明に一字一句狂いはない。 


 「何それ?」

 

 楓は自分なのに他人事の心境でヒバリの机を凝視している。つまり私はヒバリの机を独占して迷惑にも額をくっつけて撃沈していた。


 すげ~恥ずかしいことを連発していたみたい、聞きながらも恥ずかしくて顔を上げられなくなってしまった。


 いや、ステージで転ぶとか系の恥ずかしい真似はせんかったらしいが、一庶民の私が大富豪である彼ら相手にメンチをつけるのはやりすぎだろうが。


 権力に屈するつもりは毛頭ない、だからといって正面からガンをつける必要はあっただろうか?いや無い。


 様々な後悔が私に津波クラスで迫るが、ただ恥ずかしいと思っているヒバリは、空気の読めない彼にしては一生懸命に慰めの言葉を楓にかけた。


 「本当立派だったよ?その後自分のイスまでちゃんと歩いて座ったじゃないか、覚えてないの?」

 「さっぱり」

 

 そう私が自我をとり戻し気がついた瞬間は、自分の教室のイスでした。おっそろしいくらいに記憶が飛んでいった、きっと距離は土星近くまで。


 その後は先ほど説明してように呆然としている楓を皆で連れて帰って、自分のイスに座らせた。


 これが私に起きたドームで凪史に指名されてからの全てだ。


 もうHRに続き一時限目は執行部の挨拶でほとんど潰れてしまった、だからダラダラと次の授業が始まるまでこうやって自由で居られるのだ。


 頭を抱えてももう過ぎ去った時間は取り戻せない、自分の過去でも中々の上位に入る失態も忘れることにしよう。いつまでも引きずるのは楓ちゃんらしくないしね。


 そろそろと顔を上げた楓にヒバリがもう一時限目の数学は必要ないと、カバンに教科書とノートを仕舞っているヒバリに楓は眉を顰める。


 「いつから教科書を持って帰るいい子になったのかね、ヒバリ君?」


 ヒバリは国語や歴史と古典が得意、さすが日本男児。その逆に私はそれらプラス英語が嫌いだ。古典は暗記すればいいが…興味ない。


 「だってテスト近いし、流石に数学は頑張らないと赤点になるからさ…」


 気の進まない声で答えるヒバリに私は眉を曲げた。

 

 「テスト?なんで?聞いてないぞ」


 まだ長期連休の前の試験ではないはず。


 「文字通り聞いてないのでは、ないのでしょうか?」

 

 隣にいるハンスが笑顔で答える、おう聞いてない。記憶すらない私が知っている訳がない。


 「今日から十日後に臨時のテストを行います、その上位100名には一週間の休みがあるそうですよ」

 「一週間も?」


 楓はレベルの高い学園なのにそんなに休ましていいのか?と疑問に思う。


 「はい、その一週間の間にすべてのカードキースロットを新型に設置し直すつもりでしょう」

 

 楓はハンスの情報の速さに「へー」っと感心した声をだす。ヒバリも新型になるというだけで詳しい内容は知らなかった。


 「新しいタイプは生徒手帳ごとカードを当てれば開くタッチパネルですので一々カードを手帳から出す手間は省けますね」


 ハンスの新情報にヒバリも。

 

 「それは便利になるね、手帳から出すときにカードが落ちて紛失する失敗、減るんじゃないかな?」


 何はともあれ使い勝手がよくなり、カード紛失のリスクが少しでも減るなら楓たちは大歓迎だ。


 プライベートな寮や生徒たちが無段で使ってはいけない場所の扉を開くには許可が下りてあるカードキーをスロットに入れなければならない。でもカードを使う度にカードを手帳から出す手間が生徒からは不評だった。


 センサー式のカードに変えようと提案はあったが、それには防犯面に不安があるので今回は見送り。


 今回はそのロック機能のあるパネルの取り替え作業を一斉にするので一週間の休みを上位100名にプレゼントらしい。


 つまり一週間の内装工事をするので学園をあけなければならない。


 だから学園が使えない間に上位100名以下は集中学習として、高級ホテルに勉強漬けの刑の鞭。かたや100名に選ばれた者は、ゆったり過ごせる飴が理事長から愛を込めてプレゼントされる。


 豪華商品に目を眩んだか!!ヒバリ!!見損なったぞ!一緒に赤点を取ろうと肩を組んだ夕日を忘れたのか。


 「そんなことしてないよ」


 呆れた顔で私を見るヒバリに楓は「そうですね」とため息混じりに返した。


 正直な感想はめんどくさい、だ。なんで一週間もホテルに監禁されて勉強しなきゃならんのや!と思うがこれからガッツリ勉強して夢の100名にはいる努力のほうがよっぽど面倒だ。


 別に特別な興味を持てない、まあ中堅の成績をキープしていたら問題はないでしょ。……キープできたらいいな。


 私の成績は得意分野とそうでない分野の差がハッキリと分かれるタイプ。


 「しかしヒバリさんはちゃんと勉強したら…古典や文学系はほぼ完璧なので100位も問題はないと思いますよ?」


 理数も文学系もパーフェイクトなハンスはヒバリにそう伝える。


 「そうかな?そうだといいけど」


 照れくさそうなヒバリを楓は下から睨む。


 いいな~夢のある言葉をかけてもらえて、私は駄目だ。特に英語が自信ない。


 精々楽しい一週間を過ごせ!私からは憎しみをやろう。


 困った顔のヒバリとハンスは不貞腐れる楓の上着ポケットが振動しているので、楓は顔を上げて携帯の画面には凪史と書かれていた。ので通話ボタンを押して電話に出る。


 多分、執行部関係の電話だと思ったからだ。


 「もしもし」

 『やあ、今日はアドリブにしては上出来な挨拶だったよ』

 「お前……次は前もって言わないと執行部の副部長にしたことを後悔させるぞ」

 

 ちょっとマジ声な楓に凪史は笑う。


 『怖い怖い、で。君は勿論今度のテスト結果100名に入るんだろうね?』


 ブルータス、お前もか!

 

 自分は当然入れるからね?君も入れるでしょう。なぞ傲慢で鬼畜な発想は今すぐに捨てなさい!!


滑り込み更新、もっと早く更新していたいのに。

更新していない間にもお気に入りの数は増えていたので有難いやら申し訳ないやら。

精進いたします(スライディング土下座)

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