03 スパルタ猫参上
「まあ、すごい!鳳凰学園なんて楓ちゃんの頭なら生まれ直して勉強しても入れないのに、楓ちゃんの才能を見初められて、でも何の才能なのかしら?まあいいわね、編入なんてママ鼻が高いわ~。あっ別に偏差値の高い学校へ入れって言うわけじゃないのよ?ただね、いい学校に入ったら将来を決める選択肢が増えるのは事実じゃない?だからママは寮に入って楓ちゃんと離れて暮らすのはさびしいけど応援しちゃう~」
食卓で一人の女性がテンション高めに、毒を含んだ言葉か賞賛か見分けのつかない言葉を使って一人大喜びしていた。
楓は素直に喜んで良いのか、複雑な心情で箸を動かす。
この満開の笑顔でマシンガントークはうちのお母さんです。ちょっと惚けた口調ですが、見た目は若くていまだに知らない人には親子じゃなくて姉妹、いや今は姉弟に見られたりする。
口調も母親って感じよりも姉さんというか、幼い風の口調なもんで外見の幼さと実際年齢の溝をますます深めていけど、うちのお母さんは強い。
外見は小さくて舌足らずだけど空手の有段者。母さんから繰り出される蹴りは近所で武勇伝として語られている (過去に痴漢を返り討ちにした)
そして、ただいま私楓は家族四人そろって夕食中です。夕食は大抵家族でとるようにしている。
貿易会社の社員の寡黙な父と最強の母、中学二年でサッカー部所属の健康日焼けが目立つ弟の啓一。
そして話題の中心にいるのが、わたくし新井 楓、七時間前までは19歳で女子大学生でした。
それが今やスーパーモデルも真っ青の超美青年。
今日の昼寝を満喫していた至福のひと時を惨劇に変えたのがファーロウと名乗った少年…彼の言うことには彼は異世界の危機を救うべく救世主を召喚したらしいのですが、何の因果か「私は」ファーロウにも異世界にも果ては救世主にも関わりが無いのにこの変貌。
私にとっては此処からが重要で、ファーロウが行った召喚術によって地球がなんらかの影響を受けてしまったらしい、その影響の責で私の身体が男へ変化したって訳。(ざけんなよ)
おかげで私の身体は若干ずれが生じて、19歳から17歳へ女性から男性へ変化した上に、時間の調節のためと私に許可無く私の友達の私に関する記憶を消したり。やりたい放題さ。
さらには天使を具現化したような容姿を裏切って、無断で編入する高校を日本一有名な金持ち学校の鳳凰学園に転校することになってしまう。
どんな手を使ったのか知らないけど、正式に転入を認めるという書類が届いたのだから、行くしかあるまい。
私立鳳凰男子学園とは、日本を背負って立つ財閥の方々のご子息様を一流の勉学をさせるために設立した日本一のエリート校で、あまり名門校に興味の無い私ですら名前は聞き及んでるほど。
正直、私は自分の学歴を華々しく飾ろうとは思っていない、更にいきなり男子校の寮生活なんて心構えもできてない。
楓はため息を押し殺し夕食のメイン、トンカツを箸でぶっさして営業用販売店からわざわざ買うソースと少量のトマトケチャップを混ぜた特製のソースを絡め、口に放り込む。オイスターソースも捨て難いがちょっと味がからくて甘いソースのほうが性に合う。
まあ、それぞれの家庭の味というやつね。
肉をかじると体に悪げな脂肪が口に広がり、ご飯と一緒に食べると美味い。こーゆー瞬間に日本人に生まれてよかったと思えない?
今晩の献立は豚カツに千切りのキャベツ、そしてイカの煮物に漬物とご飯とアサリの貝汁。
実に庶民的なメニューでしょう?これが普通の私に鳳凰学園の食事はどんなものか想像もつかない。
一流のシェフがおっフランスやフレンチのご馳走を毎日作っているのかも。おい、そこ発想が貧困なんて誰が言った?
「兄貴、そんな学校でちゃんと授業についていけるのかよ?」
豚カツを見つめていた楓に、なにげなく啓一が豚カツを口に含んだまま楓に一言う。
「へ?」
啓一の指摘に楓は目を見開く。すごい遠くの出来事、まるで他人事の夢物語のように私は鳳凰学園のことを捉えていたのが一気に現実感を啓一の一言で自覚した。
考えもしなかった、あまりにも行くという実感が無いままでいたけど……そうだよ、入るのは裏口入学(恐らく)で努力は全くのナッシングでも入ってからは、勉強は私がやるんだった。
昨日までそこそこの偏差値の大学が関の山の私が…一流の高校である鳳凰学園に付いていけるはずが……可能性として0%。限りなく無謀。
一気に押しかかって楓はさーっと血の気が引いた。その隙に啓一に私のカツ一切れを奪われたことに気づかなかったほどに。
***
なんて不覚、私は外見が変わっても中身(特に学力)まで変わるはずない。
「ファーーーーーロウ!!」
楓は階段を駆け上がる。入学前から絶望的な留年いや、自主じゃない退学が迫っているなら今慌てないでいつ慌てるというのだ、ええい、慌てさせろ!!
乱暴に自室へのドアを開けてファーロウの姿を探す。つか、この騒ぎの原因はあいつにあるぜ?なのに一番暢気なポジションにいるんだ?
と思いつつ部屋は無人、あれ?私がいない間に出て行った?それとも食べに出かけたのかね?ファーロウは自分の金銭もっていなそうな感じだったのに。
いるときは要らん事ばかりやるのに、必要なときにはドロンってなんだ?あいつは!
『お帰りなさい』
「ん?猫」
足元からファーロウの声がしたから下を向いたら、そこには一匹の猫がこちらを向いている。窓から入った?と首を傾げた。でも窓も閉まって鍵も掛けてある。
寡黙な父は実は大の猫好きなので、どっかから拾ってきた?としても一言ぐらいは夕食時に言うだろうし、そもそも弟が動物アレルギーでペットは飼わないって言っていたのに。
どこの猫だ?毛並みは最高に艶があって絶対に野良猫じゃない。
『ファーロウですよ、わかります?』
「マジ?魔法かなんかで変身とか?」
足元にはクリーム色をした細身の短毛の猫、クルクルとして愛らしい瞳は記憶しているファーロウと合致するが、まさか猫=ファーロウと思うわけ無くてしゃがみ、猫ファーロウをマジマジ見つめ。
『マジです、これならご家族や転校先でも問題なく潜り込めるでしょう』
「この家に住む気なの?帰れよ!アンタ自分の世界へ帰らなくてもいいの?」
トラブルの源のファーロウと一緒に暮らすのは気が引ける、ファーロウが嫌いなのではい。でもこれ以上のトラブルは御免ください、のしをつけて返却させていただきます、だ。
ファーロウと行動を共にしているとまだ面倒な問題がやってきそう。女だった男の直感がそう楓に警告している。
ファーロウもファーロウで遠慮が無いといいますか、自分に素直に生きているといいますか。一言ぐらい猫に変身できるやら帰らないなどは事前に伝えてほしかったな。
『はい、女神が旅を終えるまで僕は帰れないんです。それに一人で楓さんを学校へ行かせるのは心もとありませんから』
「さいですか、事情は飲み込めたよ」
一連の騒動の源のお前に心もとないって言われたらお仕舞いだってーの。
楓は可愛くない生意気な猫に鼻を鳴らすが、ふとファーロウを見つめ。
「そうそう、学校は寮だよ。動物を寮で飼って良いのか?」
『鳳凰学園は寮のルームメイトが飼育許可さえあれば、ペットを寮室で飼える小動物のみ一緒に暮らせるんです、問題はありません』
「そーなの…。って感心してる場合じゃないって、どうすわけ!?学校の勉強!!」
『真面目に受けてください』
楓は無言で猫の頭を鷲摑みにすると、貴方と私の唇がドッキング☆しそうなほど自分の顔をギリギリまで近づけて低音でささやく。
「真面目に授業していて付いていけるなら学習塾も家庭教師もいらねーの、ふざけてっと仕舞いには三味線にしてやるぞ…おい?」
怒りの混めた目で睨みつけ、鋭い瞳がファーロウを映す。ファーロウはヒッと小さく悲鳴を上げて竦み上がった。
『だっ大丈夫です。楓さんの学力のほうは僕がフォローします』
掴んでいた手を放して、楓は胡散臭そうに腕を組み小さくなったファーロウを上から見る。猫のファーロウは耳を伏せて尻尾をまたの間に挟み、見るからに怯えています、ほら怖がってます。
というポーズをしているが、昼間から何度も喝を入れてきた楓の同情は誘えない。
「みんなの記憶を操作したように私の頭も操作する気わけ?断るよ、勝手に頭の記憶を都合よく操作されたくないんでね」
『そんなことはしませんよ、ちゃんと楓さんが勉強するに決まってます』
萎縮していたファーロウの体が元の姿勢に戻り、楓は「あっれー?」という顔になる。
ファーロウの雰囲気がゴロリと変わったのだ。目が細められてファーロウが笑っているのがわかる、猫の顔は犬の顔よりも筋肉が少ないから表情が乏しい、だけど感情はよく変化する目を見て表情の雰囲気を感じ取れば誰でも猫の言いたいことは顔を見ればわかるらしい。
だけど楓はこれまで動物を飼った経験はないので雰囲気だけで察した。
「あっそう、ご親切に。でっ、突っ込みいれていい?」
『ええ、どうぞ』
楓は驚きに目を開く、テレビ一台に興味津々だったファーロウが?
「あんた、勉強できるの?」
『当然ですよ、異世界へ女神を召喚するのでこちらの事は勉強しましたし。名門といわれてますが所詮は高校レベル…僕からしたら赤子の手をひねるのと同じことですよ』
間違いなく今のファーロウは笑っている、それも影をさしたニヒル笑い。悪人面だ。
楓の足元から猫のファーロウが私の机に身軽な動作で乗ると、見慣れない本を前足でさす。「どうした?」と聞けば私が食事をしているうちに買ってきたそうだ。
『これは今年の鳳凰学園の入試問題です。こちらが平均的な学校の参考書ですのでこちらから始めましょうか?基本が何事も大切ですしね』
「はじめる?勉強を?」
『任せてください、楓さん。理解してくださいますまで教えますよ。いえ、何度か殴られた仕返しってわけじゃないですよ?僕が楓さんに殴られたのは当然の報いですので、気にしていませんから』
楓の背中に冷たい物が走る、形のよい眉が引きつった。
「何でワザワザ宣言するのよ?」
『別に意味はありません、誤解されるのは悲しいですから…?』
無言でファーロウに急かされて机に私は座った。机の上に乗っている小さな猫がとてつもない猛虎に見えるのは錯覚でしょうか?
***
言い訳をさせてください。私は理数系でそっちの大学へ通い、自分の進む進路もそっちに絞るつもりでした。
理数系の良い所は答えが一つにはっきりと出るところだと思う。
だって1+1=2でしょ?どうやっても3、4になりようが無い。理科もそう水は液体、沸騰して蒸発したら気体、凍ったら固体。
ちゃんとした決まった答えと方程式がある。それと真逆なのが国語や英語。
理数系には水と油、作者や相手の気持ちをくんで言葉で表現しなさいって…エスパーじゃないっすよ、作者や相手の言いたいことなんて本人にしか分らないじゃない?
作者の心情や気持ちを汲もうとして深みにはまり、グルグル余計に考え最終的には分らなくなるのだ。
古典とか昔の人が遊びの恋で歌った歌詞なんて知ったことではないよ、正直。
いえ、覚えるだけならいいのですが、言葉の意味を汲みしかも文章にしろっていうアレがもっとも私の苦手な教科、ずばり英語です。
本当に単語を並べるのとかならできるの。でもね、言葉として並べるのがすごい苦手、右脳と左脳で私の勉強では右脳しか働いていない。
って先生に、渋い顔で断言されるほどよ?
『で、すから!ここのエイミーはジャックに昨日どこへ行きましたか?と聞いているのです。ちゃんと単語を見てください過去形でしょう?楓さん!』
「どうでもいいよ、ジャックなんて!」
『Iが抜けています。ここも違う、ウズーって何語ですか?』
復讐にふさわしく厳しいっス。トホホと泣きそうになる。
猫の手が私のシャーペンを握る手をペシペシ叩く。
小さい家庭教師はスパルタの先生でした。自負するだけありファーロウは知識人であって、勉強を教えてくれるのはめちゃ上手い。
けどその上手さに加えても、私が付いていかない。
『楓さん!諦めないで!』
………ギブしたい。
虚ろな目をしながら楓はシャーペンを動かす、私の部屋の同居人はとても頼もしいです。殴る回数減らそう、思わぬしっぺ返しが…まさに今!




