29 突然すぎます!
それから皆での食事は深夜近くまで続き、時計が10時になるまで楽しんだが明日は学校があるので名残惜しくもここで解散となった。
ハンスと江湖が片づけを手伝ってくれたので、調理しながらも片付けていたのもあって早く終わった。
部屋から出て行く皆に手を振って、見送りそのままお風呂に入った後は念入りに歯を磨き、ヒバリに「おやすみ」と一言伝えるとファーロウと一緒に自分の部屋へ戻る。
今日は大変な一日だったな、振り返れば楽しかったのもあるが。
そして本気で憎しみを込めて人を殴ったのも今日が初めてだった、そんなことは無縁に暮らしていけると思っていたが男へ性転換してから日常が日常でなくなっていく。
極めつけは「執行部」だ、そんな事件や疑惑を取り締まるらしいから嫌でも今日みたいなのに関わらなくてはいけない気がする。
楓は自分の制服をハンガーにかけようと制服の上着とズボンを持って歩く、シャツはお風呂場のドラム式洗濯機に放り込んで洗剤を入れて明日の朝に自動で動く様にした。
洗濯し終わったら、ファーロウが乾燥までされている衣服をたたんでくれるから助かる。
ここでは自分で洗濯するのは少数派だ、ほとんどは頼んでクリーニングしてもらうって。お金もったいないよね?
そんなん少数派の意見など知らんわ!なんてこの学園ではいわれるんだろうな、とか思いつつ上着をハンガーにかけているとポケットから黒い球が落ちた。
そいやコレなんだったんだろう、床に落ちた黒い球を指で摘み拾うとファーロウに見せる。
「コレ知ってる?」
確かに黒い靄が意思を持ったように移動しようとしているのをファーロウが捕まえろといったので捕まえたが。
手の中で黒い球になるとは予想してはいなかった、最近いろんな事が身近に起こっているので黒い球からB級ホラーの怪物が生まれない限り、取り乱したりはしないほど私の精神力は鍛えられた。素晴らしいね。
「はい、それについてはお話をしなければなりません」
ファーロウが猫の姿から人間の子供の姿に変わった。金髪を持った小さな少年になるのはこの学園では珍しい。
「長くなる?」
「はい」
ファーロウは真剣な目で私を見つめてくるので、一つため息をこぼし直ぐには眠れそうにないと悟り。
「じゃ、飲み物でも入れてくる」
「すみません」
部屋から出て行く前に黒い球をファーロウに手渡すと、楓はキッチンへ向かう。
その球を掌の上でファーロウは転がして握り締めた。
数分して両手にマグカップを持った楓が戻ってきた、廊下を歩いているとヒバリの部屋は静かで明日の朝錬に備えてもう寝たのかも。
ベットに座るファーロウに一つのマグカップを渡して自分は机のイスに座った。
マグカップの中は温かい牛乳が入っている、寝る前には牛乳がいいらしい。
熱さを確かめながら一口飲んだら机にマグカップを置いた。
「で?」
机に膝を置きファーロウに続きを急かすとファーロウも数口だけ牛乳を飲むとサイドテーブルにマグカップを置いてから口を開く。
「僕が異世界のノア・レザンから来たことを知ってますね?」
「うん、それで私が女から男にかわっちゃったんでしょ?」
ああ久しぶりに声に出して自分のことを「私」と呼んだ、やっぱり大分「俺」に言い慣れたとはいえ十数年の間「私」に慣れ親しんだので口から自然に出てくる。
「そうです、女神を地球から召喚した最大の目的は「原罪の霧」の浄化をしてもらうためです」
掌にはファーロウの少年の両手で隠れるほど小さなビンが、いつの間にか握られていた。中には先ほど渡した黒い球が鎮座する。
「これがその「原罪の霧」です」
「は?女神が浄化するんじゃないの?だからワザワザ私が男へ変貌してその子も異世界へ連れて行かれたのに、原因である原罪の霧が何でここにあるわけよ?」
ファーロウはビンをサイドテーブルに置く、ビー球みたいな黒い球はガラスとガラスが当たった音が部屋に響く。
「ノア・レザンのとは比べ物にはならないほどの少量ですが間違いありません」
真剣な顔で私を見つめる、女神として召喚された少女には実は一度だけ会った事がある、話はしなかったが派手な赤い髪と眼帯をした大きな男と小柄な美少女とファーロウが会うため鳳凰学園を一日だけ休み、とある街に行って2人と出会った。
あちらに召喚された少女は地球と異世界を自由に行き来ができて、問答無用で召喚された少女がパニックにならないように地球に帰ってきたら詳しい話をしようとファーロウを会わせに私も同行していった。
明るい利発そうな女の子で、ナイスな胸が小さな少女とミスマッチで江湖とは違った魅力を持った子だった。というのが第一印象、名前は神田光喜という、喫茶店で待ち合わせをした後、私は店を退散した。
他人の都合に巻き込まれた同士、同情を禁じえなかったが話しが終わった後の楽しそうなファーロウに少しだけ安心していたのに、原罪の霧ってこんなにも厄介なものだったんだ。
「どうして霧が地球にあるの?光喜君がそれを浄化しているのならアチラの世界へ行く必要性ないじゃない?」
光喜君を召喚しないなら私は男へ変わることもなかったはずだ。ついでに私の人生も、今更ファーロウを憎んだり怒ったりはしないが釈然としないのは人間だもの。
「かつて女神がノア・レザンから姿を消した際に再びノア・レザンにお連れするには道を地球とノア・レザンに前もって繋げなくてはなくてはならず、数百年前に一度だけ時空が繋がりました」
私は黙ってファーロウの声に耳を傾ける、そのまま質問もなく聞く体制なのを理解したファーロウは続けた。
「しかし繋がった道から少しだけ霧が地球へ渡ってしまったのです、ノア・レザンでの霧に憑かれたモノは全てが変貌しますがこの薄い霧ならば姿は変わらず「心」が変わります」
ふむと楓は顎に指を当てて考えてみた。
確かに馬來の顔を思い出すと意味も分からず不快になったし、江湖は馬來を人が変わったといっていたな。それについてファーロウに聞いてみる。
「心が変わるって具体的にどんな風に?」
「誰しもが持っている「小さな欲望」に惹かれ、その人物にとり憑きます。憑いた者はドンドン欲望を大きくさせて仕舞いには実行してしまう」
楓は黙ってマグカップを持ち、少しだけぬるくなった牛乳を飲んで思い返してみた。
この学園には最近問題が多くなっていると凪史と生徒会長の直樹がぼやいてた、これが原因ならば納得がいく。馬來が江湖に本来の彼らか考えられない行動をしたのも実際に憑かれていたので証明しているから疑う余地はない。
「でも地球にきて、この学園に集まっているのがおかしいでしょう?」
馬來から逃げ出した霧は自分の意思を持って移動した、それができるならば何も学園にいなくても「小さな欲望」をもった人間なんて大きな街に行ったほうが断然に効率がいいのに。
「霧は他の霧と共鳴して一つになろうとする特徴があるのです。ですから学園に誰かが僕たちのほかに、原罪の霧を閉じ込めて持っている可能性が高いと僕は推測します」
「だったらビンに閉じ込めた霧も他の霧を呼んじゃうわけ?」
嫌だな、ヒバリやハンスたちが霧に憑かれたら凄く厄介だ。彼らの能力は素晴らしく高い。そして自分も憑かれるなんて絶対にいや!
「いえ。大丈夫です楓さんが完璧に封玉にしてくれたので、綻ばない限りは他の霧を引き寄せません」
生返事をファーロウに返すが楓は何がなんだか。
「ちょっとまって」
ピンッと楓が気になる。
「私いつ封玉って、したの?」
確かに霧……というか黒い靄を掴んだけど封玉とか特殊能力は持っていない。すんごく当たる勘は持っているが。
ただ何も考えずに原罪の霧を掴んだ以外に何かした覚えはない。
「そうです、楓さんが捕まえる行為が霧を封玉にするのです」
「なんで?」
当然の楓の疑問にファーロウは気まずそうに視線を逸らす。
「すみません、それは……今はいえません」
何故?と聞いても答えてくれなさそうな顔をしていた、楓の特化した勘はファーロウの先ほどの説明も全て真実ではない気がする。嘘ではないがホントの事も隠しているのか、そんな感じ。
ここで問い詰めても無駄だと思う。それより私がファーロウから喋ってくれるまで待っているほうがいいかも。
ファーロウが私を利用しているとかそんな心配はしていない、だってそんな勘は「違う」と答えているから。確かに今は馬來から白蓮を取り返すときよりはクールダウンして最高潮に勘は冴えきってないが、確信をもって答えられる。
ファーロウは私を守ると。
ため息をついて、空になるまで冷たくなった牛乳をマグカップから全て飲みほして。
「じゃあ、これで今日のところは終わりにしようか?もう疲れたしな~」
『ごめんなさい、楓さん』
私はベットに向かい、ファーロウは猫の姿になって私に詫びてきた。軽くファーロウの頭を撫でてベットに潜り込む。
「いいよ、もう寝よう」
わざと目をつぶり、ファーロウに背を向けずに睡魔が来るのを待つ楓にファーロウはすまなそうに耳を倒して、いつもの通り楓の側で丸くなった。
***
楓はいつものように学校に登校していた、教室につくと隣の机にハンスが既にいる。いつの間にかそれがごく普通の光景となった。
軽く朝の挨拶をしていると江湖と大田も教室に入ってきて私の机を中心に話を暫くする、大田は無理やり仲間に入れさせた。全くテレやさんめが。
その後いつもの通りに朝錬を終えたヒバリが教室に入ってきてもう数分したら担任の皆仮先生がくる、それまで雑談タイムが続く。
「おはよう皆、おっ大田楽しそうだな?だけどみんな席について~」
皆仮は孤立しやすい大田が誰かの輪の中にて嬉しそうに言ってきたが、大田は顔を逸らして自分の席に大股で歩く。楓と話をするのは不本意でしたアピールの舌打ちをするのも忘れずに。
クラスの皆も自分の席につく。本来はここでHRが始まるのだが。
突然スピーカーから校内放送を知らせるベルがなる、このベルが鳴ったら放送が流れる合図なので皆は普段なら鳴らないスピーカーに注目した。
『おはよう、皆さん。急きょ校内朝礼をすることになった、さっさとドームに集まれ』
何をやるつもりだ?声の主は生徒会長の直樹本人だった。多分高い確率でロクなことじゃないと思う。
いうだけいって放送は切れた。呆れた顔をして皆仮はしょうがなくクラスのみんなを見渡して言った。
「仕方ないね、行こうか?」
皆仮を切り口に皆、席から立ち上がっていく。楓も全生徒が収納できるドームに向かうしかない。
アー行きたくねぇ、ハンスとヒバリに背中を押されつつドームに着くと、四方八方から視線を感じて眉を顰めた。
ドームの入り口に入ると視線が私たちに突き刺さった、江湖ちゃんはちょっと戸惑ったが私が前に進むと先導されて安心したのかホッとした顔になる。
まだこの学園の空気に慣れていない江湖ちゃんには大変かも。ヒバリとハンスはなんでもない顔をしているが大田は見ている相手を威嚇するように周囲を睨む。
隣にはハンスとヒバリに更に可愛いダントツナンバーワンの江湖を恋人という噂をついた楓だ。注目されないはずがない。
しかも最近は不良で恐れられている大田を顎で使うほど強いと、噂が更に尾ひれがつき始めた。いやだな、ひ弱で繊細な楓ちゃんがそんな乱暴なことしませんよ。
ちょっとだけムカついて生徒会長を殴ったり、馬來を二回ほど本気で攻撃した以外は大抵大人しい良い子だよ?
ひそひそ噂をする近くにいる生徒たちに対して好き勝手に噂流すんだろうな……とか想像すると嫌な気分になる。
でも逆の立場なら私も噂に参加するのだろうか?自分の中に「小さな欲望」がないなんて保証もない、そしてこの中の誰かが原罪の霧に憑かれている生徒か教師がいると思うと気を張ってしまう。
ちらりと周りを見渡すと、離れた壁際に寮長である竹丘もここにいた。生徒だけではなくほぼ全ての者が集められているらしい。
あいつは何時もボサボサの頭とファッションなんで人が多くてもよく目立つ。
彼と目が合うと目が笑っていない顔で微笑みかけられた、怒っているらしい。
私が「執行部」に入るのが気に入らないのか、前に忠告を受けていたのを思い出す。
苦虫を噛んだ時のような顔を楓はするが、もう戻れないのだ。開き直った者が勝つ。
ドームの中はオペラの場内のように最初からイスが設置されているので適当な場所に座ればいい。何処に座ろうとも関係はない。
全員が座り終えると、図ったように生徒会長の直樹と新しく立ち上げた「執行部」の部長である凪史がステージからでてきた。
やっぱり「執行部」設立を宣言する気だな、まっ私は部員といえど高みの見物と洒落込ませていただこう。
「やあ、HRを邪魔してすまない」
直樹が中央でコードのついていないマイクを持って喋りだす、そうすると生徒の中から「直樹さま~」や「素敵~」なんぞ楓には一切共感できない賞賛が所々に聞こえてくる。
顔は確かにいいけど中身がアレだよ皆さん、そして君たちの性別を今更云々言わないが「キャー」は止めて元女の私にとって私より女らしく言われると女のプライドが複雑に傷つく。
直樹も言われ慣れているのか平然と喋り続けた。
「今日、お集まり頂いたのは当然理由がある、この鳳凰学園に新しい風紀を設立した。その名も「風紀取締特別執行部」略して「執行部」だ」
生徒たちは一気にざわめきだす、そりゃそうだ。生徒会には一応風紀員の座は空いているのにワザワザ生徒会から独立するなんて妙だ。
いつもの風紀員と如何違うのか其れも含めてざわめきが止まらない。
「あー皆静かに、詳しい説明は部長の加藤 凪史からあるから聞いてくれ」
マイクを凪史に渡すと凪史は全生徒の視線から全く動じずに受けてマイクを口に近づけた。
「どうも、グダグダ説明するのは面倒だから一言ですませるよ。「執行部」には逆らうな以上」
全生徒が固まる、逆らうなって…。しかも新しく立ち上げた「執行部」の何たるかはさっぱり分からなかった。
「詳しくは執行部のHPに乗せているので熟読するように。部長として一言もここで済ませるね、僕は贔屓は嫌いだ、だから誰であろうと秩序を乱すならば覚悟しろ」
楓は凪史らしい行動に笑いをこらえるのに必死だ、周りの生徒は「え?どうゆうこと?」とついていけない。
その様な些細な問題を気にする凪史であるはずもなく。
「ついでに「執行部」メンバーは僕を含め六人、他のメンバー代表として副部長の新井 楓、一言挨拶してよ」
一斉に生徒たちの視線が私に向いた、周りの人たちの反応は「本当にそうなの?」みたいだけど、私だって「本当にそうなの?」と凪史に問いたい。
挨拶なんて知らんよ!!そして副部長なんて私がなるって知らなかったぞ!!お前は今日、二つも重要な事を知らせなかったな!!
どうせ確信犯でしょうが!ほら直樹のニヤニヤした顔!!
ムカつく!
「早くしてよね」
私は急かされて、如何することもできないので立ち上がった。
バッチ全生徒が私の行動を見つめる、「素敵」とか「カッコイイ」とか男の子の黄色い声は半分パニックに陥った私には届かなかった。
うそ~ん!!どうやって挨拶をすればいいのかさっぱり分かんない!せめて五分くらい時間をくれる慈悲は諸君らにはないのかね!!
楓は計らずとも「執行部」のナンバ-2の座を手に入れてしまいました。
これからドンドン珍事件を起こしてたいです。