26 終わりよければ全てよし、とはいかないのが現実
これ以上ないほど馬來にとって最悪なシナリオが己の意思と関係なく流れていく、新井 楓がまだ実体のない「執行部員」の一員だなんてどれだけの効果があるかは知らないが間違いなく彼を道連れに退学が難しくなったのは明らかだった。
学園を仕切る生徒会長と、学園理事長の息子である加藤 凪史ならばこの学園を自由に動かせる。
緊張感が解けた準備室で楓は首を動かし一件落着か…と心で呟く。
これで馬來の茶番劇は終了かい?もし映画ならスタッフロールが流れてエンドって表示されている?なんてちょっと馬來を小馬鹿にした事を内心考えている楓は小さく息をついた。
私たちから白蓮を奪われ完全に手詰まりの馬來にこれ以上打つ手はないだろう、一連の全て生徒会長に目撃されているし、今回ばかりは江湖も弱味であった白蓮の脅しがないから馬來の悪行を立証できる。
私を嵌めるために後手に回っていただけで、本当は生徒会のみで解決できた事件でもある。今度は逃さない。
何もかもが正義の名のもとにハッピーエンドで終わったのだ……ったらいいのだけど。なんてね、このままで終わるわけがない。
だって私「特別風紀執行部」に所属しちゃったんだよ~ん。
え~こわーい、か弱くも繊細な私に何させるのだろう凪史は。
チラリと窺うと凪史は上機嫌な顔をしている、私の勘総動員してもう嫌な予感しかしない……。
いずれ来る未来への不安は保留にして、とりあえずこの絶賛硬直中の馬來をどうしよう。このまま生徒会長の直樹に任せてもいいかな?執行部員になるって宣言したんだから対処しろって鬼畜な事は言わないでしょう。
握りこぶしを震わせている馬來の顔をチラリと見た、やはり生理的嫌悪が拭えない特にヤツの目を見ると気分が悪くなっていく。不愉快さから来るのとちょっと違う、本当に乗り物酔いをした様に胃から嫌な何かが競りあがる。
前にも思ったが江湖ちゃん関連を除いても駄目だ、原因が顔のパーツとかじゃなくて彼の内側から発せられるオーラのようなモノが私の第六感がそうさせる。
何故?とこっちが聞きたいくらいに馬來を忌み嫌い接触を避けたいと感じてしまうのか私自身分からなかった。
完全に油断していた私に馬來が突如、走り太田を突き飛ばすと私に走りより襟を掴む、突き飛ばされた大田は馬來を止めようとしたが届かず指先は空しく空を切る。
勝手に戦意喪失しているものだと思っていた私と大田は、油断をして警戒を解いてしまっていた。
私は格闘の達人ではない、確かに運動はする方でテニスを小学の頃から続けていたから体を動かすのは好き。でもだからといってヒバリのように万能な運動神経をもっていない。
私は男になった事で上がった身体能力に頼り、母親が空手の有段者なので、時折親子のコミュニケーションの一環として空手の基礎を齧った程度だ。
だから完全な不意打ちがないと私は勝てないのよ、馬來に頭ではヤバイと分かって認識しているのに体は動かず捕まった。
馬來と至近距離でにらみ合う、切羽詰った彼の迫力に圧倒された。
「奪うな!!俺から――ッ」
馬來が何かを私に叫んだ瞬間、ドアから私と馬來の間に金色の影が躍り出る。そして馬來の顎を銀色の物体が下から打ち付けた。
目を背けたくなる打撃音が馬來の顎から発し、勢いよく打ちつけられたので後ろへ馬來は反り返り背中から床に倒れた。
「残り物には福があるって言うのは本当ですね、楓さんのピンチに駆けつける王子様役ができました」
超爽やかな春風漂うスマイルを私に向けた声の主はハンスだった、右手に観賞用のエペという西洋の細長い片手剣が握られている。
金属で出来ているが実用的なものではなく、ただの飾り物なので豪華な装飾品が多く飾られている剣。
それを丸いお椀型の鍔なのに器用に手で剣を一回転させて、床に刃のついていない剣先を床に立てた。
剣の長さは1mと少しあり、長さよりも細さが目立つ、スポーツのフェンシングの元となった決闘に使われたレイピアの原型でもある。
「ありがとうハンス…その剣は?」
楓が掴まれていた襟を直しハンスの片手に収まっている剣を見つめる。
「これは昔とった杵柄ですよ、お稽古事にフェンシングを少々やっていました。その経路で貰った剣です…でも駄目ですね。所詮はレプリカなので重くて使いづらい」
苦笑いをして指先で床に立てた剣の鍔頭を支えるが、先ほどの剣の速さからハンスの言う重さなど全く感じさせない。初対面の時にハンスと握手をして彼の握力に驚いたがフェンシングをやっていて鍛えていたのかと今更ながら楓は納得した。
「お怪我はありませんでしたか楓さん?」
「ああ、大丈夫。ハンスどうしてここに?」
クスッと笑った優しい微笑みは彼を本物の白馬の王子様に見せる、ちょっと残念な発言も多いけど。
「やはり事の顛末は見たいではありませんか?来ちゃいました、寮のシステムデータと監視カメラに残った形跡を消すのに少々時間が掛かってしまいましたが……」
ハンスは振り返り自分が伸した先輩を見る、楓に向けていたとろけるような微笑の眼差しから一気に侮蔑の眼差しになった。
「さて、楓さんに無作法を働いたこの男を如何しましょうか?」
顎の痛みに唸る馬來に二度と噛み付いてこないよう、大田が倒れている馬來の胸を足で踏みつけた。ガンっと足を胸に乗せられ圧迫と衝撃に小さく咽る。
大田のテコンドーで鍛えられた足を払って立ち上がれはしないだろう、それ以前に顎を押さえて呻くのが精一杯だった。
「もう何も出来ないさ、直樹こいつを…」
どうしたらいい?聞こうと後ろを振り返ると、視界の端に黒い靄が見えた。
『楓さんそれを逃がさないで!!』
ファーロウの叫び声に私はそれを咄嗟に掴んでしまった。指と指の間からはみ出てた黒い靄が握った掌の中に凄い速さで吸収されていく。
気味が悪く掌を開いてみると小さなビー玉くらいの黒い珠が収まっている。
「何だ?」
今さっき起こった理解不可能な現象に首を傾げる、黒い靄は薄い色だったが確かに意思を持っているかのように其処から移動していた感じだった。それにビックリだけどそれ以上に掴めて珠になった。
私はいつの間にゴットハンドを手に入れた?コワッ人間離れするのは男に性転換したり、超能力なみな勘だけで十分よ。
隣にいるハンスに今の見たか?と聞こうと顔を向けたがハンスは黒い靄に気付いていないのか馬來を監視している。
軽く周囲を窺うとファーロウを除き、誰一人とも黒い靄に関心がない…いや気付いていない、私の勘がそう囁いた。
気付かなかったんならそれでいい、変な心霊現象にこれ以上騒ぎを大きくしなくてもいいか。ファーロウもいるしと結論付けて自分のポケットに黒い珠をしまった。
馬來を踏みつける大田に直樹が近づき、ダクトテープを投げ渡した。
「ほれ、コレで手を縛っとけ。逃げるとは思わんが一応はな」
受け取った大田はダクトテープを引っ張りだす。アメリカのガムテープといった所でダクトテープと言われても、ピンとくる人は日本にはあまり多くないかもしれない。でも、アメリカの映画やドラマで銀色のガムテープで被害者や主人公が拘束されている場面を一度は見たと思う、あれだ。
余談だけどアメリカはダクトテープを深く愛している。家庭に一つは必ずあるだろう、本来は補ていやダンボールを閉めるなどの目的にあるのだがカバンの修理や車の応急処置、バンドエイドの代わりなんて物が正式で商品化されるほど。
「手伝うよ」
テープで馬來を拘束する瞬間テープをはがす作業の時に馬來が暴れないように、ヒバリが抑える役目を買って出た、万が一を危惧して。
「この宝石持っていて」
ヒバリは通り過ぎる間に私の手に白蓮を乗せ倒れている馬來に近づいていく、私は逆に後ろにいた江湖の側へ行った。早く渡してやりたいからだ白蓮を、直ぐに渡さないのは先ほどのように油断したくないから。
よっぽどハンスの一撃が効いたのだろう無抵抗でされるがまま、ヒバリと大田がテキパキと背中に両手を持っいってテープで何重にも巻く。
それをみつつ直樹は携帯電話をとりだして電話をかけた。
「終わった、コイツを連行しろ」
は?と楓は顔をしかめる、携帯電話をしまう直樹は楓と視線が合うと嬉しそうに笑った。
「お前…警備員までそろえていたのか」
完全に凪史と直樹の掌の踊りっぷりの自分に、いい加減呆れるやら怒るやら。
もう馬來が拘束されたのならば危険はない、掌にある白蓮が入ったビニール袋をつまんでファーロウを抱っこしている江湖に差し出す。
白蓮を渡せばもう鳳凰学園にいる必要は無い、ほんの少しの寂しさを感じながら。
「はいコレ落し物、なんてね」
おどけた口調に江湖ちゃんは笑ってファーロウを床に降ろして私から白蓮を受け取り……うん?なんで私の手を江湖ちゃんは握っているのかな?
うるうるした大きくつぶらな目はとてもキュートですが何で私に赤い顔で白蓮を握らせているの?
「楓様…」
「はい?」
いやに気迫のある江湖に楓は若干押されてしまう。
「どうかわたくしの白蓮を貰ってください」
その場にいた全員がはっ?みたいな顔をした。当然私もはっ?という顔をしている。
あれほど一生懸命に取り返そうとしていた白蓮を私に譲る理由が分からない。
拘束されている間に上半身を起こされた馬來が体を震わせて笑う。段々声が大きくなって部屋に馬來の笑い声が響いた。
江湖の次に皆の視線は馬來へ移り。
「はっはっはっは…まさか目の前で引導を渡されるとは思っていなかった、新井その白蓮は五十嵐家では婚姻の証として相手に渡す風習なんだ」
ええええ~~~~!!
つまりは。
「楓様ぁ…わたくしと結婚してください!」
ちょっと待ってよーーーー!!!
それを聞いていた楓の周囲の反応は、生徒会長様の直樹は手で口を押さえ笑いをこらえ、凪史は面白くなさそうに鼻を鳴らす、ヒバリとハンスは黒いものが彼らを覆う。
大田にいたっては風が吹くと消し飛びそうなほどに白い灰になっちまった、燃え尽きている。
最後にファーロウはまた『やれやれ』と顔を左右に振ってため息をつく。
***
シリアスな展開など何処行く風になった準備室に、直樹の呼んだ警備たちが数人ほど入ってきて、直樹と一緒に連れて行かれる馬來を見送るとやることはなくなる。
荷物が降りた私たちは足取り軽く、薄暗くなった道を外灯に照らされながら寮への道のりを5人仲良く帰る途中だ。
私の腕には猫のファーロウを抱き凪史とヒバリとハンスと大田そして私の妻江湖ちゃん、すみません嘘です。
まだ白蓮は受け取ってません、何とか返しました。わたくしはまだ所帯持ちにはなりません、就職先は五十嵐家の若旦那とか思ってません!!
いや、江湖ちゃんが嫌いってわけじゃないのよ、LoveじゃなくてDearなの。
体は男でもまだ心は乙女なんで江湖ちゃんには悪いんだけど気持ちは受け取れない、かと言ってヒバリやハンスにときめく?
………。
ない。まったくない、あれ?私もしかして寂しい女で男なんだ?魅力的な人間はこんなにも多くいるのに。
容姿は一級品が揃いそれぞれの個性的な魅力も十分、ごく一般的な女だったらトキメキで死ぬほどの男たちが揃っているのは知っているし私もそう思う。
どうしたのだろう?こうして気がつくと上玉ぞろいに囲まれているじゃないか、その状況下で恋という名の脳内麻薬が分泌されてないのは返って謎。
それ以前に異性と付き合った実績あったけ?ワーオ~初恋すらねえでやんの!いやいや待て、過去へGo!今こそ唸れ、私の記憶の引き出し。そんな悲しい青春時代で終わらせてたまるか。女の子としてピュアでセンチメンタルな一時があったはず。
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何をやってんだ私、女子高校生の貴重な時間を何に使っていた?テニスとカラオケと食い物と昼寝。どこぞの奥様ライフだ、しかもザマス系。
ああ、何もかもが懐かしい。
うっすらと星が光りだし、星を皆と会話しながら見つめる。
帰り道の楓たちに、すこしだけ冷たくて気持ちのいい風が吹いた。それを感じ楓は考える。
好きってなんだろう?私にはまだ分からない。本当にドラマみたいに何もかも差し出してもいいと思えるような恋愛はフィクションの世界にあって私にはない感情でありまして、これからこのメンバーの誰かとそれを育むのだろうか。
男とか女とか関係なしに私は新井 楓として唯一一人として私の心に住ませるのかな?
今はまだ誰かを住ませるほど心は広くないわけ…馬鹿やりたいです。
うんうん1人で納得、楓の結論は恋愛するなら自然に身を任せるとつけた。そんな挙動不審の楓を見つめていた凪史が楓に。
「今から僕は君の部屋へ行くから。もう直ぐ食事時だし、もちろん夕飯出すよね?君の手作りでいいよ」
「はい?別に来るのは構わないが何でまた?」
フンっと拗ねた顔で凪史が。
「君は「執行部員」になった自覚あるの?その説明をするんだよ」
「やっぱり執行部員の仲間入りなのね…分かったよ」
楓は周りの友達を見る。ヒバリは毎日作っているが、ハンスはこの学園でヒバリの次に付き合いが長いのにご馳走したことなかったな。
「今日は皆をつき合わせたお詫びに腕によりをかける。大田、お前も勿論来るよな」
「はあ?お前と関わると…」
何が悲しくて恋敵の料理を食わんとならんのじゃい、大田は断ろうとするが。
「まあ素敵、わたくしも皆様方にご迷惑をおかけしましたので僭越ながらわたくしも作らせていただきます」
嬉しそうな声の江湖ちゃんに大田は黙り、それを楓は太田を母慈の眼差しで。
「く・る・よ・な?」
「行く…」
「よし」
大田も馬鹿ではない江湖ちゃんの手作り料理を逃すなんてありえません。しかし大田の恋は前途多難だよね、最大の壁は私ですが。
学園にきてから人数多い料理を作るのは初めてだ、何を作ろうかとちょっと頭に浮かべて材料が圧倒的に足らないので江湖と大田に二階のコンビニで材料を買ってもらう。
食材コーナーは行きなれてないから時間が掛かるだろう、その間に私は下ごしらえをする。そしてつかの間のデートは私からの餞別じゃい有難く受けとれ大田。
やっとこさ楓が執行部に入りました。長かった…。
次は江湖と楓の+αのお料理小説になりそうです。
これでますます鳳凰学園で楓の名前が大きくなりました、それも今から書くのが楽しみです。