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25 本当の勝利者は?




 まだ慣れない学園内の棟を江湖は1人で歩いていく。心臓の中に鉛を入れられたように心が重い、一歩一歩進むたびに自分の部屋に帰りたくなる。


 しかし、白蓮を取り返したいという気持ちだけが江湖の背中を押す。それは幼くして母を失う前の記憶でもあった。


 あまり丈夫でなかった自分の亡き母が、白蓮を見せてくれ嬉しそうに父親との思い出話をしているときだけ床に伏せていた母の笑顔は輝いていた。


 それだけだ、たったそれだけが江湖が思い出せる母の姿。


 思い出を取り返したい、母親が残してくれた白蓮を。


 だから母を笑顔にしてくれる白連が大好きなのだけど、今は重く江湖にのしかかる。


 二棟は全体的に古くなり他の棟よりは所々長く使われていないので痛んでいる、来年新しく解体して立て直す予定なので物も人の気配もさっぱりしない。


 夕暮れになり春よりも日が高くなったとは言え窓の外に映る空は赤くなっていった。


 言われた通りに時間は少しばかり早いが指定された第三準備室についた、すでに自動ドアの電源は切られているので手動でドアを開く。少し埃っぽい準備室にはまだ誰もいないようだ、問題解決にはならないがホッとする。


 準備室は既に物が全て撤去され、ただの広い四角い部屋でしかない、奥に準備室の倉庫がつづいているが人の気配はない。何をするでもないので一番端の壁を背にして床に座り込み膝を抱えて自分の膝に顔を押し当てた。


 (怖い…)


 友達だと思っていた馬來 仙人さんが怖い。ほんの少し前はよく五十嵐の旅館に来てくれるお客の1人だった。


 お互い遊び相手として馬來さんが旅館へ泊まると、決まって2人は広い庭で駆け回った。


 徐々に大きくなるにつれて外で駆け回らなくなったけれど、お茶を楽しんだりこの鳳凰学園の話を聞かせてもらったりいい友人であったはずなのに。


 数ヶ月前お一人で泊まられた馬來さんはどこか違っていた、何度も白蓮を見たがり一度でいいからとせがまれた。彼の笑顔はいつもとは何かがおかしく表現は上手く言い表せないが仮面の笑顔のように思えて仕方なかったのだけど。どのように?と問われると自分でもよく分からない。


 馬來さんがこんなにも興味を持っていらっしゃるなら…軽い気持ちで金庫から白蓮を持ち出してしまった。


 彼に見せた瞬間、手から奪われるまで何が起きたのか理解できなくて硬直した体は彼の背中をただ見ているだけだった。


 裏切られたよりも起こった現実の理解が追いつかないパニックで頭が一杯になって、我に返って追いかけていっても既に何処にもいなかった。わたくしが彼を探している間に旅館から姿を消していた。


 パパの大反対もお婆様の協力を得て、内密に前の女子高校を退学してお婆様のお力でこの学園へ入り、馬來さんがわたくしから白蓮を奪った真相を知るために、少し自慢だった長い髪も切った。


 そして母がつけてくれた「香子」の名前も偽ったのに、結局わたくしは他の皆様にご迷惑をおかけしただけではないかと思うと涙が零れそうになった。


 俯いている江湖の足に何か柔らかく暖かい物がピッタリくっついた、何かと思い顔を上げるとクリーム色をした成獣前の小さな猫が足に自分の体をくっつけて喉を鳴らしている。


 撫でてみると気持ちよさそうにしている子猫の顔に、江湖は少しだけ気持ちが軽くなって子猫を抱き上げてみた、子猫は大人しく膝の上に乗る。


 「あなたは何処から来ましたの?迷い込んだのでしょうか」


 猫に人間の言葉が通じるなんて思っていない、ただ心細かっただけ。猫の柔らかい手触りと温もりにギュッと抱きしめた。


 「楓様……」


 そう呟くと江湖は黙り込む、子猫は江湖に気付かれない程度にため息をついた。




 人気のない廊下を1人馬來は歩く、二棟について3階にある第三準備室に向かっているのに2階から全く上の階へ行けないのだ。階段を上れど上りきった先は再び2階だった。


 確かに2階から上の階段にあがっているのに、階段をのぼって見えるのは第二多目的室。つまり2階に戻っているということだ。


 試しに1階へ降りてみてもちゃんと1階には着く、狐に化かされた気分でいるが何度も階段を上がっても第三準備室にはたどり着けない。


 先ほどから同じ階段をグルグル回っている。いい加減焦りがにじみ出だした頃に馬來は三階にたどり着いた。


 後ろを振り返り先ほどまでの怪奇現象は何だったのだろうと振り返ってみるが、腕の時計をみると五時はとっくに過ぎていた。


 気味の悪かったが、長年恋焦がれたあの子が自分の物となる歓喜に比べたらそんなモノに構っていられない。


 ずっと好きだった幼い頃にであったその時から香子が…もう我慢しなくてもいい、彼女だっていずれ受け入れる。


 もうあの転校生に邪魔もさせない、その為の対策だって既に打ってある。所詮物事をその場の暴力で解決するしかない庶民に何が出来というのだ、権力こそ真の力。


 卑怯とも外道とも罵られ様が日に日に強くなっていく彼女への欲望を抑えられなくなった、本当に最初は白蓮を奪い困らせたらそれでよかった幼稚な衝動の陰険な嫌がらせに過ぎなかったのだが。


 しかし果敢にも安全な檻を自ら出てこの学園に転校してきた香子に心底驚いたと同じくらいに白蓮をそこまで取り返したいのかという苛立ちも沸く。


 募っていく欲望を自分でも驚くほどに制御できなくなり、いっそ行き着く先まで行けばいいと自分の闇が囁く。そう今の自分は闇だ。


 彼女の存在が優しい光りならいっそ食らってしまいたいと思うほどの。


 まあ…もうそんなのは問題ではない、第三資料室は目の前にある。扉の向こうには香子がいるはず。


 少し重たいドアを馬來が手を掛けて無理やり開かせる、所詮は自動ドアなのだから手で開けるには向いていない。


 薄暗く赤みをさしたがら空きの資料室の扉を開く、だが目の前には人の影がない。まさか逃げ出したのかと周囲を窺おうとした刹那。


 ドアの真横に身を潜めていた者に、手加減なしに左頬を殴り飛ばされた。


 「いった~い!!犬歯に当たった!」


 殴られ、壁に手をついて振り返ると自分の犬歯に拳が当たり、痛みに息を吹きかけている新井 楓の姿だった。


 馬來は唇が切れて端から血がたれるのを手で拭い、興奮した声で叫ぶ。


 「なっなんでお前が!!」

 「馬鹿か?俺の目の前で江湖に手紙を渡したら当然俺も見るだろうが」


 馬鹿にした視線を送る楓に馬來は睨みつける、楓の後ろにはヒバリが江湖を後ろで庇っていた。

 

 ファーロウの魔法で馬來を楓たちが来るまで迷わせ、その間に楓とヒバリが到着。楓は扉の直ぐ横に身を小さくして馬來が入るのを待っての先手攻撃だった。


 ヒバリには白蓮と江湖を守ってもらう、最初は渋っていたのだけど、どうしても楓は馬來に一発殴りつけてやりたかった。その代償は自分の傷ついた拳になったが。


 「はっ君はとことん王子様ごっこが好きなようだね、こんな真似をして結局悲しい思いをするのは五十嵐だけだ」

 

 ヒバリは自分の胸ポケットから白蓮の入ったビニール袋を指で摘まんで取り出して見せた。


 「コレの事?」


 白蓮を目にした馬來は限界まで目を開き驚く。


 「どうしてそれを!!」

 「ああ、俺の超能力でここに瞬間移動させた」

 

 白蓮を振って見せるヒバリに笑いながら楓は冗談を言う。


 「ふざけるな!俺の部屋から盗んだな!!」


 一瞬だけ楓はキョトンとした顔をするがおかしそうに静かに笑みを作り笑った。馬來にはその顔が綺麗過ぎて恐怖を呼ぶ。

  

 「貴様…自分が白蓮を盗んだこと認めたな……?」


 ぞっとする笑みを深めて澄んだ声が部屋を包む、本来江湖が所有する白蓮を堂々と自分の部屋にあると言った馬來は言葉を失う。


 自分の内側には闇が燻っていると思っていた、それを他人にはない優越感に似た感触すらあった。なのにこの目の前にいる男は闇を持つなんて甘い人間ではない。


 闇をそのまま人の形に体現した男だ、奪われる香子も自分の闇も。


 「どうやってここへ…俺はちゃんと」 


 完全に怯えた馬來に楓は笑みを深めた、楓の後ろ姿しか見えないヒバリと江湖は固唾を呑んで見守る。


 日が沈みかけた薄暗い準備室に獣の目のように光らせた楓の視線が不意にドアに向かうと、馬來は横腹を蹴られた。


 「よう、盛り上がっているな」


 そんなに強く蹴られたわけではないので馬來は数歩前にのめり込み、ドアから新たに来た男を振り返った。


 ドアにいたのは二年の大田だった、顔に数発ほど殴られた形跡の傷を負っている。


 「うわ…痛そう。すまん大田嫌な役やらせた」


 楓が大田の殴られた後を見つけ顔をしかめた。


 「馬鹿にするな、これはわざと殴られた後だ。例え十対一だろうが無傷じゃ俺の正当防衛は厳しいんだよ」


 見てくれが不良チックだと結構苦労も多いみたいだ、それよか大田なら大丈夫と思って周囲の雑魚を任せたけど10人もいるとは計算外だった。


 ヒバリとハンスに電話をする前に大田に連絡をして二棟の周りを見回ってもらった、大田の様子でやはり馬來の子分を集めて楓の妨害をしようとしたらしい。子分といっても馬來に人脈があって集まったのではなく馬來の家が報道関係であって彼らにとって都合の悪い情報をチラつかせたに過ぎないが。


 「お前そんなに強かったんだ?俺ビックリ」


 素直な感心を持って言ったつもりだったが、大田は顔を歪ませる。


 「大田君は学園で一番強いテコンドーの選手だよ。あんまり練習にはでないみたいだけど」


 楓の後ろでヒバリが教えてくれた。更に顔を顰める大田。


 「嫌味か?総合格闘でお前に一度も勝った例はねえぜ」


 学園内で分類を問わずお互いに高めあう目的に体術を学んでいるクラブ同士で試合をさせる催しがあり、ヒバリと大田は二度戦いヒバリが二勝を飾っていた。ただ真面目に練習に大田が打ち込んでいたら勝負の結果はどうだったか分からない。


 ぷいっと顔をそむけ、視線だけ馬來に向け。


 「それよりコイツどうする?」


 さっきから自分の思惑丸つぶれの馬來を大田は、顎でさした。悔しそうにしていた馬來が肩を震わせ苦し紛れに笑い始めた。


 どうした?と皆の視線が馬來に集まる。


 「いいだろう、認めるよ五十嵐から白蓮を盗んだことはね。しかしそれは君たちが俺の部屋から盗んだ証明でもあるだろうが!五十嵐と高木や大田はまだ良いとして君はどうする新井!!?お前を誰が庇ってくれる、俺共々退学だな!!」


 楓は別にこの学園にしがみ付いてでも居たい訳じゃないんだけどな~とか言ったら余りにも馬來が哀れなので言わないで置く、負け惜しみにも聞こえるし。


 一呼吸、冷たく重い空気が流れた。必死な馬來に楓は冷静に睨む、次の瞬間。


 「特例だったら許されるんじゃない?」

 「ああ、ちゃんと執行部には個人の部屋を捜査する特権はあったはずだ」


 馬來の必死のシリアスをぶっち壊すのんびり~とした声が2つ、この準備室の奥にある倉庫のドアが開く。


 皆が一斉にそちらの方へ向くと、生徒会長の直樹とその従兄弟の凪史が姿を現した。


 「なんでいらっしゃる…?」


 流石の楓もこの展開は読めない、つか考えてもいなかった。


 「馬鹿なー?お前こんなの生徒会室のある廊下のゴミ箱にすてるなや」


 直樹は馬來が江湖に渡し、楓がグチャグチャにして捨てた手紙を掲げて見せた。唖然としたまま楓が呟くように声をだす。

  

 「…お前…実は俺と馬來のやりとり見ていたのか?」

 「イエスとノーの二択を迫るならばイエス!!ついでに廊下でお前たちが接触するようにセッティングしたのも俺」


 誇らしげに自分を親指で指す直樹に、楓の殺意が湧き上がるのを誰が押さえられようか。


 「五十嵐のことなら安心しろ、どんな事が大きくなったとしても女の理由で退学は出来ないように仕向けたぜ、すまんな厄介な仕事なもんで時間が掛かった」

 

 江湖に直樹が謝る。話の急展開についていけない江湖は、意味もよく理解せずに首を振って気にしてないと答えた。


 それよりもヒバリと大田は五十嵐が女という事実に目を張る、特に大田は見えないところでガッツポーズをした。


 ヒバリは後ろの五十嵐を見て、まあ男の子というよりはシックリ来るね。と簡単納得、大田は心で「よかった…俺はノーマルだった俺はノーマルだったぁ!」と拍手喝采。 


 「言ったろ?これ以上は状況を悪化させないと」


 自信タップリにウィンクをする直樹はやっぱり理事長の血縁者だわ…。


 もし楓が行動を起こさなくても直樹はこの問題は即刻解決するつもりだったらしい、でなければ誰よりも先に二棟の準備室にいるはずがない。それをあえて私を焚き付けて泳がせたのね。


 一方、楓の視線に直樹は笑った。やっぱコイツ面白いと心で呟いて。


 江湖と馬來が顔見知りなので、何かあると踏んでいた直樹は暫くここで身を隠し、再度現場を押さえる。


 今回は馬來にどんな言い訳が出来るだろうか、そして白蓮もこの場で馬來を拘束して白状させるつもりだった。


 しかし楓が自分の予想を超えて想像以上の行動力と実行力を見せたのには心底感心する。まさか協力者がいるといえど単独で侵入して、白連とやらを取り返すとは。

 

 内心感心している直樹を他所に、凪史は楓に向き合い真剣な顔で。


 「ところで楓は如何するの?ここでその馬鹿と一緒に学園を去る?それとも…」


 楓は凪史に問われて、漸く気付いた。すべてはシナリオの上に私は行動していたのだ。


 畜生、本当の意味で嵌められたのは私だった!!馬來を嵌めてたつもりが自分が嵌っていた。


 ここで凪史の思い通りに進むのも癪だけど…。


 馬來と一緒に退学になるのはもっとゴメンッす。


 だから…。


 「ああ、分かったよ…俺は執行部メンバーだから特権がありまして先輩の部屋をガヤ入れしまいた。コレで満足か?」

 「うん、正式な執行部メンバーおめでとう楓」


 ワザとらしい拍手つきで見せるこの小悪魔凪史の見せる顔ときたら…。


 江湖の腕の中で大人しくしているファーロウは「あーあー」と言わんばかりにの顔をしてため息をつく。


さて次で本当に大詰めです。

それにしてもグダグダ感が本当に取れません、一掃できる素敵な魔法の呪文を誰か教えてください。

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