24 白蓮の帰還
受付の受話器を片手に笹緑先輩の話を気づかれない程度に適当に返事を返しながら、もう片方の耳に携帯電話を当てる。
相手は楓がカメラに興味があると思い込み、どんな風景を初心者はどうチャレンジしたら良いかを解説しているが、まったく楓には分からない上にさっぱし興味が沸いてこない。
意識の半分以上をヒバリとハンスの携帯電話に向けていた楓の足元に柔らかい物が絡みつく。顔を下に向けるとファーロウだった、第三者からしたらペットを受付まで連れてきた飼い主に見えるだろう。
寮の中では動物は飼い主限定で犬の中型以外の小型動物を他人の迷惑にならなければ移動してもよろしい(犬の大型はペットとして飼ってはならない)、二階にあるコンビニのペットショップ売り場では自分のペットに衣装を試着している光景を良く見る。
犬を飼っている人はちゃんと24時間年中無休の動物専用の預かり所があって犬用のドックランまでついているので運動不足にはならない上に、頼めば散歩の代役もやってくれる。もちろん動物病院も完備されて…いやいやそんな話はどうでもいい。
とにかく私は携帯を肩と耳で固定して床にいるファーロウを抱き上げた。小声でそっとファーロウの耳に囁くとファーロウが私だけで聞こえる声で。
『可能です、5時に二棟の第三準備室ですね。分かりました』
と返事をくれ猫の耳がピョコっと揺れ、幸せな猫耳ビンタを私の唇に当てた。一瞬だけ私の心を和ませてから身軽な動作で私の腕から降りて目的の場所に向かって早歩で寮から出て行いく。
頼もしいミルク色の猫を見送ると私はお飾りにしていた笹緑先輩への返事が流石に怪しまれないかと、受付の電話に意識を集中するが先輩は自分の話しに夢中になっているのでホッと安心する。
今度は自分の携帯電話の方からハンスから楓に。
『ヒバリさんが後三秒で部屋に入ります』
私は返事を返さず黙って聞く、携帯に耳を澄ませているとヒバリがドアを開けた微かな音が聞こえた。
ヒバリはドアを静かに閉める、目的の764号に入ると男の声がリビングから聞こえるのに少し警戒をするが先輩の頭が少し見えて話に夢中でいるのに安堵するも、気を抜かずに次の行動に移る。
さてどちらの部屋から調べようかと目だけを動かした。
2人部屋では玄関から入って直ぐに左右にドアが見える、これは自分たちの部屋もそうだ完全プライベートの個室が2部屋、1人1部屋与えられる。どちらかが二分の一の確立で馬來の部屋があるはず。
目に付いた部屋から探すか、何処に宝石をしまっている場所も分からないので部屋の状況によっては想像以上に時間を食ってしまうかもしれない。時間をロスするだけ自分たちの首を絞めてしまう。
迅速に動かねば、相手も隠しているはずだ。早々見つからないだろう。
ヒバリが靴を脱いで靴箱に勝手に入れさせてもらい、自分の靴を隠して右のドアノブを触れようとした瞬間。
『左』
楓の声が携帯のイヤホンから掛かった。
一瞬だけ楓が何を言っているのか訳が分からなかったが、どうせ正確な場所を知らないのだから右をやめて左のドアノブに手をかけて開く。
ゆっくりドアを開き中に誰もいないのを確認したら入る、部屋は小奇麗に整頓され脱ぎ捨てた服が落ちてもいない。下手に物を踏んで侵入した形跡を残さずに済む。
何処だろうと部屋を見渡す、個室の広さは流石に三年生なだけあって二年の自分たちの部屋よりも広い。スタンダートに考えてクローゼットかベット付近に物を隠すのが多いと思うが…。
『本棚、三段目裏』
またしても楓からの指示が唐突に入ってきた、楓は笹緑先輩と話しているのに何でこちらの行動が全て手に取るように分かっているのだろうかと不思議に思いつつも、この部屋で唯一の本棚の三段目に近づき調べる。
本棚に並べられている本を数冊とってみると一番奥に他の本の影になるように隠された小さめな辞書があった。
他の本を倒さず気をつけて辞書を引っ張り出し、中を開く。辞書は中身が切り取られ正方形の穴に小さなロックつきの箱が入っている。
ヒバリはコレかと箱を辞書から出して、辞書を机に置いてから箱を調べてみた。箱に掛けられているロックは錠前でもデジタルロックでもない、昔から良くある0から9までのボタンが蓋についてあって暗証番号を入力しないと開かないアナログな品物だった。
箱は少し大きめの宝石箱タイプである装飾が施されたオルゴールにも見える、骨董の部類で高価そうだが今は忌々しいだけだ。
次の行動の指示を楓に示してもらう為に、ヒバリは小声で報告する。
「それらしい箱を見つけたでも数字が書いたボタン式ロックがかかっている、開けられないよ」
デジタルロックならばハンスなら開けられる可能性があるのだが、暗証番号を知らない限りこちらは0から9までのボタンと格闘しなければいけない。
仕方なく箱ごと持って帰ろうかと行動の選択を選んでいると、また楓から一言だけの指示が。
『8304最後に09を同時に押せ』
ヒバリは言われたとおりにボタンを押す、もう楓に疑問を持たない彼の指示に従っていれば上手くいく。そんな確信めいたモノを感じて最後の09を同時に押すと中カチャリと箱から小さく聞こえてきた。
蓋をもって開く、中には小さな蓮の形をした白い真珠の付いた宝石があった。多分これが目的の宝石で間違いない。
「ロックを解除できた中には確かに装飾品があったよ。白い花に真珠がついている」
『それだ』
笹緑先輩との会話の合間に楓が返事をくれた。手のひらに収まる大きさの宝石を壊さないように気を使いながらそっと側の机に置き、オルゴールみたいな箱を辞書に手早く仕舞うと元通りに本棚に戻してから再び宝石を壊さないように掴んだ。
馬來の部屋にはもう居る必要が無いのでドアを開けて笹緑先輩の気配を窺う。
笹緑先輩から少しだけ馬來の部屋のドア角が視界に入る、このままドアの外に出れば気づかれない。そう予想して足を一歩踏み出した時、笹緑先輩がずっと押し当てていた受話器を反対の耳に当てるために身じろいだ。
先輩の頭がついでに立ち続けていたので体の方向ごと変わりそうに動いた。
(うっそ!!)
慌ててヒバリが体を引っ込ませてドアを閉めようとしても、振り返る気配に間に合わない。いっそドアをそのままにしていた方がドアを開けっぱなしにして出て行ったと思うだろうか?いや部屋の様子からして几帳面な性格が出ている、それこそ不審にしか思われない!!
見つかる覚悟をしたヒバリに。
『先輩!!空はどうやって撮ればいいんですか~俺はただ青い画面にしかならないですよ…』
「空か?どんな時間帯の空を撮りたいんだい?」
ホッとため息をヒバリはついた。楓がタイミングよく空の話をしてくれたから、バルコニーに視線を移して空を先輩は見ている。
バルコニーは玄関から正反対の位置にあるのでヒバリは今がチャンスとばかりに馬來の部屋から出ると、素早い動作で靴箱の自分の靴を取り出して、履き玄関から音がしないように764号から出た。
ドアが閉まった瞬間聞きなれたドアのロック音が掛かった。ハンスはヒバリが出たのを確認すると外部から元通りにロックを掛けなおした。
『ヒバリさんこのままエレベーターまで行ってください、誰も居ません』
「了解、直ぐに戻る」
ふっとため息をついたヒバリは最後まで気を抜くなと自分に言い聞かせてエレベーターまで走った。
『ヒバリさんが764号に無事入りました』
ハンスが細かく実況してくれるので楓は手にとるように状況が分かり、薄く笑う。腕時計はもう直ぐ35分を過ぎた、もたもたしている時間が楓はもとよりヒバリもハンスにもない。見つかれば巻き込んだ二人まで処分の対象になりかねない。それだけは絶対に避けなければ…。
それにしても異常なほどに冴える勘に楓は興奮を隠し切れない、もう一人の自分が後ろからそっと耳元に甘く囁くように告げるのだ。
「左」
ヒバリが764号に侵入してからまず最初に戸惑うであろう、左右の部屋でどちらが馬來の個室だ?と心で疑問にもてば「左」という単語が浮かび上がってくれた。そのまま唇に乗せれば少しだけ戸惑うヒバリだったけど私を信じてくれたみたい。
いくら監視カメラがいたる所に設置されていようが個室および各部屋には設置してはいなかった、当たり前だ牢獄ではないのだから。
監視カメラがついていある廊下から部屋に入ってしまえばヒバリが実況してくれるまで様子は窺えないのだ。
それゆえにハンスはデータ上の情報を引き出すくらいで部屋の様子なんて分からない。でも私は違う、疑問に思ったこと危険なことはリアルタイムで知ることが出来る、流石に未来の結末までは知りようが無いが。
次に部屋に入ったヒバリと同じく私も江湖を縛り付けている白蓮は何処だと探っていく、脳裏に本棚があり馬來が三段目に手をれているイメージが浮かぶ。
「本棚、三段目裏」
こちらとしてもそれを言うのが精一杯、笹緑先輩の話し相手担っているのだから。ヒバリが頷くまで説明していると、先輩に第三者と同時に話していると気づかれる可能性だって出てくる、頼むからこれだけで察してくれ。
ヒバリのイヤホンマイクから探る雑音が入り込んできた、きっと私の言った通りに動いてくれているらしい。
『それらしい箱を見つけたでも数字が書いたボタン式ロックがかかっている、開けられないよ』
ガッテム!やっと見つかったと思ったら小細工までしてやがるのか馬來は、大胆な行動を起こすくせに細かいところで用心深いな。
白蓮は江湖のものだけどその箱は馬來の所有物、これは窃盗の証拠になってしまうな、白蓮を上手く取り返しても最後の最後でついでに持って帰った箱が私たちの首を絞める起爆剤となってしまう可能性もあり。
一生懸命ヒバリの手にあるであろう箱をイメージしていく、その箱を思い浮かべていると今度は数字が浮かんできた。
今日の私は絶好調のようだ。
「8304最後に09を同時に押せ」
また言い捨てると暫くの間が空く、するとヒバリから嬉しい知らせが来た。
『ロックを解除できた中には確かに装飾品があったよ。白い花に真珠がついている』
「それだ」
間違いない江湖から聞いていた白蓮だ、これでヒバリが帰ってくるだけだ。
ホッとした瞬間に私は凄い危機感に襲われた。何が何でも笹緑先輩の視線を一箇所に固定していなければならない危機感よりも使命感か?
気がつけば意味の分からない話題をふっていた。
「先輩!!空はどうやって撮ればいいんですか~俺はただ青い画面にしかならないですよ…」
『空か?どんな時間帯の空を撮りたいんだい?』
何言っているんだ私?空なんか全く意識に無かったくせに、私の頭の上には???マークが浮かびつつも自分で話題を振った手前は相手に合わせてヒバリが部屋から出るのを待つ。
それから数十秒の間カメラと写真の話をひたすらした、カメラなんて知識も経験も素人なもんで興味があるくせに何も知らないのか?と、疑問にいつ捕らわれるかとヒヤヒヤしているので一時間も笹緑先輩と話していたんじゃないってくらいに疲労感が漂った。
『安心してください、ヒバリさんは無事部屋から出ました。楓さんも適当な所で切り上げてください』
ハンスの声が天使の声に聞こえた、本当に。お言葉通りに早く切り上げさせてもらおう。
「あっすみません、俺…馬來先輩に用事がありました。ゴメンナサイ余りにも楽しかったので時間を忘れていました」
『いや…ああ…そういえば馬來に用事があって電話かけてきたんだっけ…』
やめてよ、そんな残念な声だすの。罪悪感を感じちゃうじゃない?ちょびっとだけ。
そして馬來先輩に大きな用事を今から済ませないといけないですから、俺たちに付き合ってくれてありがとう笹緑先輩。
「ええ、本当に楽しかったです。ではさようなら」
返事を聞かずに内線の電話を切る、ここでまた話しをしましょうなんて曖昧な約束をつけちゃったらいけない。
どっと肩の荷が降りた気がしたが、これからが本番だ。
「2人とも聞いているか?」
携帯でまだ繋がっているヒバリとハンスに返答を求めた。
『聞いていますよ楓さん』
『僕も』
2人とも一段落して落ち着いた声で答えてくれ。
「江湖は馬來に5時に来いと呼び出されている、ヒバリと俺は一緒に二棟の第三準備室に行く。ハンスは待機をしていてくれ」
ハンスからパソコンのキーボードを打つ音がしつつも残念そうな声が返ってきた。
『事の顛末を見届けずに残念ですが…今から5時に二棟の第三準備室には間に合いませんよ?』
学園は広い、自分たちが教室にいて美術室や理科室などの移動するならたいした距離ではない。しかし高級ホテルの名を借りた寮から比べると、残り時間では距離的に間に合わない。
さっき全速力で戻ってきた生徒会室と寮は結構近いが、第二棟はここから離れているのでハンスは心配そうに言ってきた。
でも大丈夫。楓には協力者がいる。
「その辺は大丈夫、時間稼ぎをしてくれている心強い助っ人と用心棒がいるから」
『誰ですか?その人は』
不思議がるハンスに笑い、まさか猫と不良ッス、なんていえなくて。
「秘密❤」
楓は笑ってごまかす。さて、時間がないのでヒバリがエレベーターで来る間に非常階段を使って2階へ走った。食品売り場は私の庭のように配置が分かっているので、迷わずビニールの袋を買うと2階のエレベーターでヒバリと合流した。
ヒバリが手にしているのは噂に聞いた白蓮、これか…確かに象牙から蓮を彫って白い真珠があしらってある。
こんな小さな物のために江湖があんな辛い思いをしている、そう思うとやるせなくなってしまう。
ヒバリの指紋がつかない様に気をつけながら白蓮を小さいビニール袋にいれて、私が持つよりヒバリが持ってもらう方が安全だからそのまま持ってもらい。
「お疲れ、すまない大変な思いをさせちゃったな」
「ううん、上手くいったからいいよ。でも後から詳しい事情を聞かせてね」
「ああ、一から十まで喋らせてもらうよ」
エレベーターに乗り再び1階の受付を通った、そこには生徒が通学する時自分の姿を最後にチェックできるように大きな鏡が寮の出口の近くに設置されているのだが、その鏡に自分の姿が映った。
後ろではハンスとの通話を切らずに、携帯に繋がっているイヤホンマイクを外すヒバリと、黒いオーラを背負った私。
気がつかなかったがこんなに悪人面で私笑っていたんだ。
もともと眼はヒバリや江湖みたくクリッと丸い眼ではなったけど、いつもよりも鋭く眼がギラギラしている。
丁度いい馬來と対面したときに迫力が出るかも。お楽しみの第二ラウンドはこれから、私たちは二棟の第三準備室に向かった。
慣れない展開にグダグダ感を残してしまいました。もっと精進いたします。