23 攻撃開始
楓は廊下を歩きつつ携帯を耳にあて進む、時間が一分一秒も惜しい。
『楓さん僕も聞こえています』
スピーカーから猫のファーロウの声も聞こえてきた、そうやヒバリとハンスがいるのは434号。私とヒバリの部屋だったな。
ならかなりの時間短縮になるわ、私は細く微笑む。
「まずハンス、貴方はパソコン得意だろ?」
『はい、自画自賛できるほどには得意ですよ?』
「どのくらい?」
答えなんて分かっている。
『お望みならば機密レベルまで貴方に差し出しますよ、私の愛おしい人』
愛おしいの冗談はいならない…とにかく。
「ならご自慢の腕を披露して欲しい、この学園のセキュリティに入れるか?」
『何なりとご命令を』
これで第一関門突破、ハンスは私に協力してくれるのは日常の価値観より自分の価値観を優先する人間だと知っているだが。
『何をしようとしているの?楓、悪いことじゃないよね?』
少しばかり不安そうな声のヒバリに私は肩をすくめて笑った、次の関門はヒバリの協力を仰ぐ事。
「うん、悪いことでもそうじゃなければ助けられないんだ。お願い…俺を助けて」
『……内容にもよる』
ほらヒバリは甘い、これから実行するのが悪行と認めたうえで協力を求めるのが良い。そうすれば内容を聞いてくる、もう私に協力するほうに気持ちは加担しているのを感じ取れた。
私は誰かの為なら多少の善悪の呵責など何の問題ではない、ごめんねヒバリ…引きずりこんで。
「簡単に説明するぞ?今回の件に三年の馬來 仙人という男が五十嵐家の大切な宝石を盗んで、江湖はそれを取り返すために五時…あと三十分後には馬來に呼び出される。その前に馬來の部屋にある宝物を俺たちが奪い返す」
『…それで僕はどうすればいい?』
「一番体力があるのはヒバリだから直接馬來の部屋に侵入するのをやって欲しい。気配も消せる…一番の適任者だよ。時間が無い、ハンスどれ位でセキュリティに入れる?」
『私の部屋に戻り寮のセキュリティに入るまで約三分、といったところでしょうか?』
なんでも無い様にそれでいて自信に満ちてぶれていない声質に楓は微笑む、それは随分頼りになるな、私が全速力で寮に戻る頃には準備は出来ている状態になるわけだ。
「ならよろしく頼む、後ヒバリ三分の間にイヤホンマイクをヒバリの機種にあわせて買ってくれないか?できるだけ小型のがいい、ついでに指紋が移らない様に台所引き出しにあるビニール手袋を持っていってエレベーター前に待機していてくれ」
漂白剤を使う際に薄めのビニール手袋を私は着用しているから、その予備があるはずだ。
それがあればヒバリの指紋が万が一、問題になっても証拠として上がらない。逆に馬來の指紋が取れれば窃盗の証拠になる。
『うん、分かった』
多少気乗りしないが、私を信じてくれているヒバリにホッとため息をつく。
じつの所ヒバリは妙に頑固なところがあって無事にこちら側に引っ張りこめて安心した。
ヒバリが最も大変で重要な役目を負もらう、彼らに協力を得られるか否やで私の挑戦の勝敗は決まっていた。
「最後にファーロウ…寮の受付にいる」
猫に楓の居場所を教えて何になるのかヒバリとハンスは不思議そう顔をしたが、猫のファーロウが可愛くニャーと鳴くのでただのお遊び程度と認識して楓が携帯の通信を切ったのをきっかけに2人は立ち上がり、ヒバリはイヤホンマイクを買いにハンスは自分の部屋に戻る。
三分の制限時間に2人は走りそれぞれの役割を果たすためドアに向かい消えた、最後に猫のファーロウも玄関へ向かいドアから体がすり抜け434号は無人となった。
「うは~体なまってるぅ~」
肩で息をしながら寮の必要以上に豪華で維持費がアホみたいにかかるであろう花壇の一つに手を突いてちょっと小休憩。
最近さっぱり運動してなかったな~この体は食べても太らない体質だったもんで怠けた。体が違うけど女の頃はテニスしていて体力はあったつもりだったのに。
それはそうとして私は息を整えて寮の受付に行く前に、ヒバリとハンスの両方の携帯電話に電話をかける。2人同時に携帯にかけられる機能のある携帯で助かった。
「launch an attack」
『『Roger』』
ノリが良いな二人とも、同時にヒバリとハンスから返事が来た。
「まずはハンス、セキュリティには入れたか?」
誰かに聞こえないように小さめな音量で聞くと。
『大丈夫です。完全に馬來さんの部屋は私の手の内ですよ』
「よし、次に馬來の部屋は一人で使っているのか調べてくれ」
ハンスもイヤホンマイクを携帯に装着して両手を使える状態でパソコンのキーボードを打つ、軽快なリズムを奏でハンスは次々とデスクトップの画面に表示させていく中、目的の個人情報へすんなりたどり着いた。
『……部屋は19階の764号。2人部屋です、同居人は笹緑さんがルームメイトでいますね』
「その笹緑の何か趣味か秀でた分野はないか?」
『特に目立ったものはございませんが、ただ一度だけ写真で受賞をしています、恐らくこれはスポンサーをしていた笹緑家へのご機嫌とりでしょうが』
それでいい、どんな素晴らしい写真を撮っているのかより同居人が何を好む趣向なのかを知るのが重要だ。
「ありがとう、それでヒバリの準備はいい?」
今度はヒバリに楓は訊ねる、思ったより乗り気なヒバリの声が返ってきたので色々ホッとした。
『いいよ、二階のエレベーター前にいる』
「ヒバリ19階に行ってくれ、一人で乗れそうか?」
『了解、今ボタンを押した。大丈夫だれも乗ってこないみたい』
スムーズに上昇していくエレベーターの表示を見つめたヒバリは、楓に返事を返す。
なら数分で目的の階に着く、楓は携帯を通話にしたままの状態で内ポケットに入れて受付のある寮に何食わぬ顔をしながら入り受付のお兄さんを呼んだ。
受付のお兄さんはパソコンに向かっていた、ハンスが上手くハッキングしているのでまだ外部からの侵入に気づいて無く慌てた様子など無かった。
「どういたしましたか?」
私に気がついた受付のお兄さんは雇われで生徒に対してホテルの客の様な対応をしてくれる、楓は受付にある電話を指して。
「使ってもよろしいですか?」
訊ねると快く。
「どうぞ」
といって再びパソコンに顔を向けた、気がパソコンに向いているのは好都合。楓は内線が使える受話器をとり、ボタンを押す。
『もしもし764号ですがどちら様ですか?』
聞いたことも無い声の男にかかった、こいつは馬來のルームメイト笹緑くん。ちょっとお部屋をお邪魔させてもらうね?
三年生は基本的に一人部屋なのだけど、何かの役員や成績順から一人部屋を使う優先順位は違う。馬來の成績は中堅で特に役員も受け持ってなかったので2人部屋で甘んじていた。
当時は江湖が言っていた、変わってしまう前の馬來が一人部屋の取得競争に加わらなかったのが一番だったけれど、そんなの楓には全く興味を注がれるものではない。それよりもヒバリが侵入した際に邪魔になるのが一番気にかかる。
「どうもこんにちは。新井 楓と申します」
『え?二年の新井…楓?まさか本物』
そうですよ偽者がいるなら何処にいるのか教えてくれ、イエス本物。ガチ私。さすが転校生の私、結構この学園で有名人になっているのね。
「すみません、突然に馬來さんはいらっしゃいますか?」
部屋にいないの知っているし、こんなの話の出だしは何でもいい。ただ食らい付いてくれれば。
『い…や、その馬來はまだ帰ってないんだ?何か御用でもあるのかい?』
「いいえ、少し聞きたかった質問があっただけです…馬來先輩は少しお世話になりましたから」
全く随分お世話になりました。お返しは倍にして返しますよ、ええ返しますとも。
さあ楓ちゃん私は女優になるのよ!ガラスの仮面を被りなさい!!
少し躊躇いがちに、それでいて相手を期待させちゃう声で。
「あの…笹緑先輩ですよね…馬來先輩から話は聞いてます…その、綺麗な写真を撮られるとか」
『う、うん!まあね。ちょっとそれなりにカメラなんかを嗜んでいるかなぁ?』
受付のお兄さんに目撃されないよう薄く笑う。女は生まれつき魔性なのよ。
数週間前に現れた転入生は話題に上がっている事を我が身を持って知っている、それと親しくなればまだそれほど友達がいない(自分で思って落ち込みそう)私と接近すれば周囲は笹緑先輩を一時とはいえ注目するだろう。笹緑先輩が大田みたいに面倒を嫌う人種でなくて良かった。
明日でも俺、転校生と話ししたぜ?なんて話のネタに私と会話してくれる事でヒバリが部屋に入り込んでも注意を反らせる。どうせこの学園は話題を提供してくれる奴がヒーローだ。
「俺カメラに興味が少しあるんです、少しだけでいいのでお付き合いください。駄目ですか?」
う~ん私の中の最強のカワイコちゃんは江湖でそのイメージでやってみたが、気持ち悪い。自分で自分に鉄拳を食らわせたい衝動にかられなくもない。
『え?ええ?いい…いいよ!あのね何から話そうか』
いい人だ、笹緑先輩。絶対貴方に迷惑はかけませんから少しだけドアから視線を離してください。
その頃ヒバリはビニール製の手袋を手にはめて、感触を確かめる。最初は本当にいいのかと戸惑いもあったが、いざエレベーターに乗るとスリルから来る軽い興奮を覚えた。
子供この頃からずっと我慢していたイタズラや悪さをするドキドキに似ている。イヤホンマイクを装着して自分の携帯に差込みポケットへ入れて軽く19階へつくまでストレッチ。
『ヒバリさん聞こえていますか?』
「うん、バッチリ」
ハンスからヒバリへ声をかけた、無論三人は同時に通話しているので楓にも2人の会話は聞こえていた。
『ただいま私は寮の監視カメラを見てます。廊下に人がいなくなった瞬間に合図を送りますので頼みますね』
「了解。数秒でつくよ」
部屋のおよその位置は分かっていた、それよりも三年生だけが使う階で二年の自分がうろついていたら随分目立ってしまう。自分の親が有名なので自分もこの学園では知られている顔と自負はしていた。
チーンと鐘の音と共にエレベーターのドアが開いた、ヒバリはドアの陰に身を潜め。
『いまです!』
ハンスの合図によって走り出した、ヒバリの足はとても速い。しかもほとんど足音をたてず764号のドアノブに触れた瞬間、ロック解除の機械音が軽くなった。
ヒバリが入るタイミングを計って監視カメラからハンスがその瞬間に解除した。
音を鳴らさないよう細心の注意をもってドアを開き中に馬來と笹緑先輩の部屋に侵入する。
ゴメンナサイ!!本当は23話では前半を終わらせるつもりが!!
本当に近いうちに次をあげますので石を投げないでください!
楓はいつもより興奮状態にいるのを表現し切れませんでした、それもあわせて今度書き上げたいです。