18 うちの子になにすんの!!
そしてお昼の時間、顔真っ赤にしていた詫君は結局それっきり教室へは帰ってこなかった。
流石に転入初日は周囲の人間が五十嵐 江湖に多くの人が集まる。
私のときもそうだったけど(実は今でも隠れてされるのを本人は知らない)噂を聞きつけた他の学年やクラスの男子生徒が一目見ようと殺到しているのだ。おかげで私のクラスは人口密度がドンドン上昇していく。
あっつくるしいったらありゃしない…。
私だって一週間いた程度で可愛い女の子が珍しく感じるのは確かにそうだったから分かるんだけど…。
それに実際のところ彼女は本物の女の子で、幼い顔が性別を分からなくして美少年としても違和感はないっちゃーないんだけどな~。
でもやっぱり危険、色々な意味でね。おそらく理由があって鳳凰学園へ転入したのは察するが。
やっている事が中途半端でしかも笑顔全開に向けられている、本当に純真無垢なお嬢様だったみたい。彼女を観察している時間は短かったけどさ、彼女は最初から疑うって…警戒って…何よ?食べれる?美味しい?って聞こえそうなんだもん!
初対面で野生動物並みの警戒心だったら違和感があるがのほほ~とした笑顔で周囲から受ける優しさや施しを裏を見ながら受けている様には思えない。そこまで私は心理鑑定などできはしないが、根拠もなく何となくそう思う。
それでも時間は過ぎて私は食堂に向かう、無論ヒバリとハンスも同伴して座った席に人集りをみつけ見てみたら、今をときめく学園の話題の子が私たちよりさきに食堂へ来ていた。
どうせ周囲の生徒が案内したのだろ、男装の五十嵐を…五十嵐って呼ぶより江湖ちゃんと呼ぼう…。
彼のつもりの彼女は人の輪の中、しかも中心。彼女のつぶらな瞳にはこの学校は親切な人ばかりなんて映っているんじゃないのかと思うほどの無垢さに、元女として私の危機感は積もっていくばかりだった。
席についてランチを注文する今日の楓はカタラン料理のコース。ヒバリはパエリアを頼みハンスはムサカをメインに前菜とパンをオーダーしていた。
食事が来るまでの間に楓は江湖ちゃんを視界に入れつつため息をつく。相変わらず誰構わず笑顔を振りまく。
「どう思う?」
と2人に楓が問うと、ヒバリは。
「いい子だね。悪い子じゃないと思うよ」
それは楓にだって感じる、そうじゃなくて。
「私には肉食獣の中に混じった草食獣というところでしょう」
ハンスは笑顔を絶やさず微笑みながら言った。
「同感、でもだからって僕たちは余計なお世話になるんじゃないかな?」
そうとも言える。
ヒバリの言う通り、楓がお節介で出しゃばっても、彼女の行動を制限できる権利はない。彼女自身に自覚を持ってもらうのが一番いいんだと思いつくのだが。
「心配なのかい?」「心配ですか?」
同じタイミングでヒバリとハンスは同じ質問をした、一瞬2人は笑顔でにらみ合ったが瞬時に楓を優しい眼で問う。
「そりゃ…そうでしょう?」
あれだけ可愛ければ、保護欲も出てくるし、元同性としても人事ではない親近感もあった。
そうだ、楓も元女ゆえに一度でも過ちが起きてしまうのを恐れている。ニュースで同じような事件をテレビやネットで放送される度に憤慨していた。
「ふーん」
ヒバリは唇を尖らせて拗ねた声で返した、そこにいいタイミングで楓の前菜料理とハンスの前菜が運ばれてきた。楓はオリーブオイルが掛かったサッと茹でた野菜をハンスは生野菜を一口サイズに並べたものを。
「なんだ?ヒバリ」
珍しいヒバリの声に楓が聞き返した。
「ああいう子が好みなんだ」
ボソリと小さい声でヒバリは呟いた。
「へ?」
楓を除いた周囲の人はヒヤッとした風に背筋を慄かせ…風では甘いな、背骨の神経を撫でるほどの冷風にヒバリとハンスの後ろにいた生徒は席を移動させた。
想像外だったヒバリの言葉にフォークに刺した、ほうれん草を落としてしまった。
なんだかハンスまでヒバリと同じような目でこっちを見ているのは気のせいだろうか?ハンスも何か思案しているのか笑顔が、いつもより三倍黒い影を背負っていた。
(潰しますか?)
(君と手を組むのは癪だけど…でもちゃんと確証が取れてからなら、いいよ?)
(ではもう暫く様子をうかがいましょう)
なんてヒバリとハンスの間であいコンタクトが飛び交っていたとは知らず、じっと楓は江湖をみつめていた。
可愛い癒し系、あの可愛さを守らなければ…。
楓にはすっかり可愛いウサギにしか江湖が見えなかった。それよりも危なっかしい子供の母親にでもなっているといった方が正しいのかもしれない。
楓の顔は「まーあの子ったら」なんぞ聞こえそうな顔をしているのだった。
そんな感じに転校生がやってきたはじめの一日は穏便に終わった。
そうそう次の日には大田はちゃんと登校してきた、しかも遅刻もしないで時間を守って。
でも絶対に江湖ちゃんを見ない。隠しているが緊張しているのが楓にはちゃんと見て取れ、握るシャーペンが少し震えているのを知っている。
ああ、面白い…なんちゃって不良(楓命名)が純真な恋心にゆれているの図は大変にわたくしの心を和ませ尚且つ、愉快にさせてくれる。
大田なら真っ当な恋人になってくれるから安心だ、守ってくれそうだし(父親気取りか?楓)だけど、じとーっと蒸れた視線を送るクラスメイトは危険、お父さんは許しませんよ!!
関係のないところで江湖ちゃんの一方的な心配(性的な意味で)していた楓だったが、それが転校してきた日から四日も経っていれば多少の気の緩みも出てきてしまう。
それに楓だって学園の全ての男が鬱憤の対象に彼女みたいな(?)美少年を獲物にしているなんて思ってない、それでも一部の滾る若い獅子がいるのでは?という警戒心でもあったが江湖を構うだけで特別なリアクションをしてこない、それに必要以上の心配は彼女へ失礼な事ではないのだろうか?
とか疑問に思った過程もある。要するに今の現状に慣れてしまった、だから油断していた。
最近、この学園が異常に事件が多く発生している事実を。
***
江湖ちゃんに集る生徒が当然な感覚になってきた頃の放課後、楓がカバンへ荷物を詰めていると。
「おい、新井」
後ろから私に声をかけられたから振り返る、そこには珍しく大田がいた。
「なにか御用か?」
本音驚いた、声を掛けられる接点なんて私の登校初日に因縁をつけられた以外ない。
しかし彼は肩で息をしていてうっすらと汗もかいて短い期間だったが、大田が全力をだして行動する場面など一度だって見たことはない。
「五十嵐を見てなったか?」
ピーンと私の頭で細い糸が、静かにも確かに張った音が聞こえた。
「知らない、五十嵐がどうしたって?」
「知らないならいい」
私の肩を押しのけて前に進もうとする大田の腕を掴み、そして襟を鷲摑みにすると怒鳴るように言った。
「答えろ!!五十嵐がどうしたって言うんだ!!」
普段聞かない声で怒鳴る私に、クラブにも行かず帰宅もしないで会話を楽しんでいたクラスメイトたちがギョッとした顔で2人に注目した。
大田も優男とばかり思っていた楓の強い目に呆気にとられた。おい!と楓に揺すられると大田は我に返った。
「知ってたらお前に聞かねぇよ!あいつ最後の授業からいねぇ」
掴まれた楓の腕を放させると「もういいだろ?」といわんばかりに教室から出て行こうとした。
もう楓は呼び止めずに黙って大田が出て行くのを見送り、考える。
確かに最後の授業を受ける前に江湖は、名前も良く覚えていないクラスメイトの一人に付き添って何処かへ行った。顔の青さから保健室へいったのだろうと簡単に見過ごしていたのか?
では、付き添って行った者が怪しい?でも付き添っていった生徒は授業の前にはちゃんと帰ってた。
何処へいる。
うちの子は何処へいる!!
若干焦りすぎて思考回路が変な方向へ繋がってしまった。
とにかく江湖は教室にいない、だったら外か校舎の何処かへいるはず。
最悪の展開にだけはならないでと何処かの神様に祈りながら走って教室から出る、頭では何処にいるかなんて分からない。でも闇雲に走っているようで本能に近い部分の何かが自分に囁く。
あっちだと
その階段を上れと
保健室には江湖はいない
でもアイツもあの準備室にいると
ただ走った、何処へ向かうかも何処へ行けばいいかも私は分かっていた。まるで見えない道しるべを辿るように。
辿りついた先に一つのドアが私の前に立ちふさがる、ドアを開けようとしても自動ドアのロックがかかりドアは開かない。
内側からロックを掛けられている、そりゃ当然掛けるよな!?
ドンっとスライド式の動かない自動ドアを前にドアを殴る。
「おい?どうした」
後ろからドアの前で立ち尽くしていた私に声をかけてきた者に振り返った。
そこにいたのは何様で俺様の生徒会長だった。
私は甲本 直樹を見つけた瞬間、大田と同じく襟を掴んでいた。
「アンタはこのドアの解除キーもってないか?!!頼む!!」
生徒会長ならもしかして特権か何かで鍵を持っているかもしれない、神にも縋る気持ちで恐喝めいたお願いをすると、首元を絞められ苦しそうにしながらも胸ポケットに入れていた生徒手帳&カードキーを取り出して楓に渡す。
「ぐるじぃ~ほれ、生徒の使う部屋はオール解除OKなスペシャルカードキーだ」
むしり取るように生徒手帳をとるとスロットに通す、楓の存在を確かめた自動ドアは開く。
完全に開く前から部屋の中に突進した。
部屋の中にもう一つ奥の部屋に続くドアがあって、それはドアノブになっていて乱暴に捻り開けた。
!!!!
目の前が真っ赤になる錯覚が起きるほど、頭に血が昇った。ここ最近コレほどまで頭に血が昇った経験がないほどに。
江湖を床に押し倒し、両手を掴んで床に縫いとめている男子生徒の姿に。男は江湖に気をとられ振り返る前に楓は男の側まで走り、四つん這いで江湖を押さえている男に向かって横顔に回し蹴りの要領で遠心力を利用して渾身の蹴りをお見舞いしてやった。
男になってから楓の身体の力が劇的に飛躍的に上昇した訳ではない、女の頃より腕力とか力が上がったくらい。
ただ楓に気がつかなかった男に、とって大きな隙ができていただけだ。もし一対一で同じことをしても楓に勝算があったかどうか。
頭に血が昇って後先考えていない行動だったけど、楓の蹴りは上手い具合に男のコメカミに踵が吸い込まれるようにヒットした。
流石にコメカミに強烈な一撃は、一瞬の気絶がもたらす。
生徒会室に連れ去られた時に、直樹の顎を殴った比ではない。
男に蹴りを入れた後、江湖を抱き寄せた楓と後から入ってきた直樹はちゃんと楓の回し蹴りを目撃。床に倒れそうになった男の後ろ首の襟を掴むと、江湖と距離をあけさせる様にそのままドアに向かって引きずった。
「大丈夫?」
できるだけ刺激を与えないよう楓が腕の中にいる江湖に声をかけると、江湖の顔は恐怖に引きつり。大きな瞳には涙が今にも零れそうになっていた。
不届きモノの男は楓が蹴ったコメカミを押さえ唸っている。しっかり生徒会長の直樹が首を掴んでいるので動くことはできない。
「お前は愛の説教部屋に直行な?ここでの最後の授業になるかもしれないがね」
にかっと笑うが目が笑ってない直樹は楓に視線を向けると、顔だけ向けて男を見ていた楓は視線の意味を汲み取って、頷いた。
直樹は後ろ首の襟を掴んだまま引きずって、消えた。
不埒な男が消えた後、楓も気を緩めると誇張ではないほどに恐怖と安心感が襲ってきた。
間に合ってよかった…。その事実だけが楓の胸に溶け込む。
江湖の服は多少乱されていたが大事には至ってなかった、シャツのボタンが数個引き千切られた以外に大きく胸も露出もなく未遂で終わったらしい。
ああ、怖かったね…。ブルブル震える江湖の頭を撫でて上半身を起こし、床に座らせたまま楓は江湖を自分の胸に押し当て抱きしめた、最初は呆然としていた江湖も泣き始めて楓に抱きついた。
暫く江湖が落ち着くのを待っていたのだが、はっと楓は今自分が女の新井 楓の気でいた失態に気がついた。
女ならともかくさっきまで男性に江湖が襲われていたのに、また男の(体は)私に抱きしめられてまた怖い思いをさせてしまうかも…少し体を離そうとしたが江湖ががっちり掴んでいたので大丈夫だったかと安心した。
ギャグを…ギャグをもっと出したいです!!