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第96話 ルージュと宰相ゾルゲ

「――というわけで、私は決して青の王国を軽視しているわけでありません。むろし、青の王国を脅威に感じているからこそ、将来必ず来る青の王国との戦いの際に、西側からの憂いなく戦えるよう、今のうちに紺の王国を叩いておこうと考えているのです」


 赤の王国の王宮内の一室で、赤の導士ルージュは、白髪で顔に深い皺を刻んだ初老の男と二人きりだった。その男は赤の王国の宰相ゾルゲ。海千山千のゾルゲを相手に、ルージュは熱弁をふるっていた。

 赤の王国の次なる侵攻方針について、紺の王国侵攻派のルージュと青の王国侵攻派のゾルゲとでは考えを異にしており、その仲は決して良いと言えるものではなかった。とはいえ、二人の目的は女王を支え赤の王国を繁栄させるという点では間違いなく一致している。本来なら反目し合う必要のない二人のはずだった。

 しかし、これまで一度も大きな失敗をすることなく今の地位まで駆け上がってきたルージュは、自分の考えこそ至高のものであると考え、それに同調しない者にわざわざ理解を求めるような態度をとってこなかった。それが二人の相互理解を拒んできた最大の要因だった。

 だが、紺の王国相手に敗戦を重ねた今のルージュに、かつてのような傲慢さは見られない。こうして、自らゾルゲのもとを訪れ、話し合いの機会を作ったのも彼女の変化のあらわれだった。


「……貴女(あなた)の言いたいことはわかった。だが、それでも青の王国との国境から兵を引き上げることや、王都防衛の兵を遠征軍に回すことはできん。兵とは女王を守るべき存在だ。その役目をないがしろにするわけにはいかん」


 理屈だけでなく、相手の心情にも必死に訴えかけ説得を試みたルージュだったが、ゾルゲの考えを翻意させるほどではなかった。

 以前のルージュならここでヒステリックに相手を罵るか、捨て台詞を吐きながら怒って退出していたことだろう。

 しかし、今のルージュはそうした態度をとりはしなかった。

 前回の紺の王国との戦いで、キッドに比べて自分には頼れる将や兵が少ないことをルージュは痛感していた。とはいえ、そういった者は望んだからといってすぐに用意できるものではない。人を育成するには時間も手間も必要だ。ルージュがその足りないものをすぐに埋めようと思うのなら、軍への影響力の強いゾルゲの協力は必要不可欠だった。


「……そうですか、わかりました。長い時間を使わせてしまって申し訳ありません。今日は引き上げます。ですが、またお話させていただく機会を設けてはもらえませんか? 今すぐには思いつきませんが、ゾルゲ殿に納得していただけるような材料を必ず持ってまいりますので」


 ルージュは感情を昂らせることなく、落ち着いたまま頭を下げ、席を立った。しつこく食い下がったとて、ゾルゲが考えを変えるような人物でないことはルージュもわかっている。むしろ余計なしつこさは、かえって気を悪くさせる。ルージュは機会を改め、納得してもらえるまで話をするつもりだった。


「……ルージュ殿、貴女は随分と変わられたようですな」


 帰りかけたところでゾルゲに声をかけられ、ルージュは立ち上がったところで足を止める。ゾルゲの声は先ほどまでと違って、好々爺のようにどこか優しげにも聞こえた。


「そうですか? 自分ではよくわかりませんが……以前よりは自分の足りない部分を見ても、それを受け入れられるようになった気はします」


「表情も柔らかくなられたように思う。……防衛に必要な兵は出せないが、私のところの将をお貸ししましょう」


「――――!」


 優秀な将の多くは青の王国侵攻派に属していた。また、青の王国侵攻派に属さずとも、魔導士であるルージュを快く思わず非協力的な将も少なくない。前回の敗戦の原因は、そういった将を連れていけなかったという点も大きい。

 しかし、青の王国侵攻派筆頭のゾルゲの指示があれば、そういった将も間違いなくルージュに協力してくれる。ゾルゲにはそれだけの力があった。


「……ゾルゲ殿、よろしいのですか?」


「……今の内に青の王国を討つべきだという考えに変わりはない。だが、個人的にルージュ殿、貴女のことは信頼している。その貴女に協力すること自体は私もやぶさかではない」


「ゾルゲ殿……助かります」


 ルージュは素直に頭を下げ、その姿勢をしばらく維持してこみあげてくる感謝の気持ちを態度で示した。


◆ ◆ ◆ ◆


「……機嫌がよさそうだな。うまくいったのか?」


 ルージュが執務室に戻ってくると、普段この部屋に出入りすることのないラプトが深くソファに腰かけて待っていた。


「あなたがこの部屋に来るなんて珍しいわね」


 この部屋はルージュの私室ではないため、一般の兵ならともかく、ルージュの懐刀とも言えるラプトならば入ってきても特に問題はなかった。もっとも、当然ながらルージュが内務的な仕事をする場所であるため、そういったことにまったく関心のないラプトが普段寄り付くようなことはない。


「ちょっと気が向いてな」


 ルージュがゾルゲと話をすることはラプトも知っていた。つっけんどんな言い方ではあったが、ラプトなりに自分を気遣ってのことなのだろうと、さすがにルージュでもわかる。


「さすがに兵を総動員するようなことは認めてくれなかったけど、宰相麾下の将を出すと言ってくれたわ。次の出兵では、前回に比べて、量はともかく、兵の質の面は大きく変わるわ」


 軍略的なことにも政治的なことにもラプトは一切興味がない。そのため、そのことによりどれほど戦局が有利になるのかラプトにはわからなかったが、ルージュの顔から次の戦いは期待できるということくらいは理解した。


「ならば、これでようやくお前も納得のいく戦力を整えられるというわけだな」


「そうね。兵士の量はともかく質の問題はこれでほぼ解決ね。ただ、一つだけ気にるとしたら……」


 ルージュはまた表情を曇らせて考え込む。


(キッドのそばには彼を守るように二人の護衛がいる。一人は緑の公国の三英雄の一人ミュウ。そして、もう一人はこれまでの戦いでは一度も目にしてはいないけどルイセという魔法剣士。聞いたことのない名前だったから気にしていなかったけど、集めた情報やラプトの話によればかなりの使い手のようね。キッドとの直接対決になった際、ミュウを相手にしてもラプトなら負けないけど、その間に私はキッドとルイセの相手をしなければならないことになる。できれば宰相の派閥の者以外で、ルイセと互角程度には戦える優秀な者をそばにおきたいんたけど……さすがに高望みしすぎよね)


 一人黙り込んで眉間に皺を寄せているルージュを見て、ラプトは立ち上がる。


「多少はすっきりした顔をしていると思ったが、またその顔か。せっかくの綺麗な顔が台無しだな」


「――――!? 綺麗ってあなた!?」


 ラプトはそういった歯の浮くような言葉を紡ぐような男ではない。それに、お世辞や冗談を言うような男でないこともルージュは知っている。それゆえ、驚きとともにルージュは顔を赤くする。


「気晴らしいにいいところへ連れて行ってやろう。今日はそのために待っていた」


 ラプトはルージュの腕を掴むと、強引に引っ張っていく。


「ちょっと!? もう夜だっていうのに、どこに連れていこうっていうのよ!?」


「黙ってついてこい」


「…………」


 振り向いたラプトの長い前髪が横に流れ、普段隠れがちなラプトの顔がのぞいた。

 普段髪を整えるようなこともしないのでほかの者達は気づいていないが、ラプトの容姿はかなり整っている。その顔には、貴公子的な美しさとは違う、むしろそれとは正反対の野性味を帯びた男性的な格好良さがあった。

 そんなラプトの横顔に一瞬息を呑んだルージュは、抵抗することなく少しうつむきがちのままラプトに連れられて行った。

 やがてラプトは、ルージュの腕を引いたまま王宮の外へと出て行く。

 思えば、ラプトとは戦場と王宮内を除けば、二人で街に出るようなことも、ましては食事を共にするようなこともなかったとルージュは思い返す。


(この男……もしかして気晴らしを口実に、私を夜の食事にでも誘おうっていうの?)


 自分の想像にまんざらでもない顔を浮かべ、ルージュはたおやかな淑女のような態度でラプトに付き従って行った。


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