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第93話 小隊分散戦術

 紺の王国軍の戦術は、基本から外れたものだった。

 通常の集団戦術なら指揮官の命令にただ盲目的に従い、周りと動きを合わせるだけでいい。だが、この小隊分散戦術は、機を見て指揮官から、直接の声だけでなく、伝令や場合によっては音、光などで大まかな指示が下されものの、それを受けてから先は小隊自身が考えて行動しなければならない。

 それは、それまで騎士達が教えられてきたものとはまるで違ったものだった。そのため、普通なら兵達の反発も大きく、受け入れがたいものとなる。

 しかしながら、紺の王国の騎士達に絶大な人気を誇るミュウ、元黒の帝国四天王として名を馳せ元帝国兵から信頼の篤いソードとエイミ、彼女達からの教えとあれば、兵達は喜んでそれを受け入れ、彼女達の期待に応えるため必死に学んだ。


 それが今こうして戦場で実を結んでいた。

 個と集団、疎と密、流動さと堅牢さ、小隊分散戦術にて相反する二つの側面を使い分け、紺の王国軍は赤の王国軍を確実に駆逐していく。


「まずいわ、これは……。こうなったら私達が敵の指揮官を直接叩くしかないわね」


 戦況を見ながらルージュは呻くようにつぶやいた。


「直接叩くのはいいが、一体誰を倒せばいいんだ?」


 隣にいるラプトの問いにルージュは答えられない。

 先ほどからルージュは戦場を見渡しているのだが、指揮を執っている(おぼ)しき部隊を一向に見つけられないでいた。

 キッドの姿も見当たらないが、それ以前に、遥か後方に控える衛生兵を除けば、戦場にあるのは小隊ばかり。指揮官のいる本体の姿が存在しないのだ。


「こんな戦術の指揮を一体どこで執っているっていうの……」


 さすがのルージュも気づいていなかった。

 この無数の小隊を動かしている、ミュウ、ソード、エイミの三人もまた、小隊の一つとして戦場の中に紛れ込んでいることに。

 それは、3人ともが戦場の乱戦の中にいながらでも、戦場を広く見渡せる卓越した能力を持っているからこそできることだった。

 3人はほかの小隊と同様にそれぞれ10人ほどの小隊で動き、必要に応じて小隊の兵を伝令役として周りに走らせた。伝令役は、広く指示を与える時は大声を出しながら戦場を駆け、特定の小隊に指示を与える際には、その小隊のもとまで駆け付け直接指示を伝える。そしてまた、伝令の役目を果たした兵は、ミュウ達のもとへは戻らず、付近のいずれの小隊の中に入り、それ以降は通常の小隊の一人として動く。一方で、残ったミュウ達は、別の通常小隊を自分の配下とし、彼らを新たな伝令役として用いる。

 そうやって3人は、時に自らも敵兵と戦いながら、周囲に指示を出し続けることができた。


「左の騎馬隊の包囲が甘いわ。あなた達5人はそれぞれ別小隊に援護に回るように伝えて。残った人は右手が密集した動きになってる。それを注意しに走って」


 状況を見たミュウが、配下の小隊兵に指示を与えると、兵達はすぐに指示通りそれぞれ分かれて走り出した。

 残ったミュウはすぐに近く小隊を捕まえる。


「あなた達は今から私の指揮下に入って」

「はい!」


 急に言われた小隊メンバーに動揺はない。彼らはそういった訓練をこなし、その心構えも持ってこの戦場にいるのだ。それになにより、たった10人程度の小隊という近い距離感で直接ミュウの指示を受けて働けるというのは、彼らにとってこの上なく名誉なことだった。

 新たな配下を得たミュウは、再び戦況をうかがい、腰に提げた鐘を叩き、その音を戦場に響かせる。


 ミュウの鐘を鳴らすその行為は、ミュウ、ソード、エイミによる情報伝達手段だった。

 ミュウ達もそれぞれ小隊に分かれて戦場を動き回っているため、互いに居場所がわからず、意思疎通がはかれない。そのため、誰が鳴らしたかわかるように音色に違う鐘をそれぞれ所持し、予め音の鳴らし方による伝達事項を定めておき、必要に応じ、鐘を鳴らすことによってその情報のやり取りを行っていた。

 今ミュウが伝えたのは、自分のおよその位置と、この付近が優勢であるとう内容だ。

 しばらくすると、了解の旨と、それぞれのおよその位置を示す鐘の音が聞こえてきた。

 戦場の見落としがないよう、3人はできるだけ分散する必要がある。そういう意味で、およそとはいえ、互いの位置は特に重要な情報の一つだった。


 また、この3人の中でも、特に重要な役目を果たしているのがエイミだった。

 彼女は魔法を用いることにより、音や光で全体に対して、あらかじめ兵達に教えてある簡単な指示を下すことができる。

 エイミが中央付近で全体を見ながら大規模の指揮を主に担当し、左右に分かれたミュウとソードが中規模の指揮を行う。それが3人の基本指針だった。

 そうやって紺の王国軍は、将の見えない部隊を作り出し、赤の王国軍を飲み込んでいく。


「くっ……キッドのいない戦場で私が後れをとるなんて……」


 指揮官探しを諦めたルージュは、後方に下がり、後ろに控えさせていた主力歩兵隊と合流すると、その指揮を直接執り始めた。


「確かに的を絞らせない兵達の動きには目を見張るものがあるけど、それでも戦術の浸透度がまだまだ甘いわ。付け入る隙はいくらでもある!」


 ルージュの言葉通り、ルージュ指揮下の主力歩兵隊だけは、赤の王国軍で唯一紺の王国軍と互角以上にわたりあった。

 しかし、ルージュが直接指揮を執れない他の部隊は次々に瓦解していく。

 状況に応じて融通を聞かせて戦えるような優秀な将も兵も、今回の遠征軍には不足していた。

 かといって、ルージュが主力歩兵隊から離れて全体指揮を執れば、その指示は間接的なものとなって精度は落ち、下手をすれば今優勢に戦っている主力歩兵隊さえ崩されかねない。


「キッド! 自分が出向くまでもなく私に勝てると、そう言いたいわけね!」


 キッド不在をそう解釈したルージュは唇を血が滲むほど噛み、悔しさをあらわにする。


「……確かに、認めるわ。自分の代わりに戦いを任せられる将も、兵も、今の私にはいない……。能力では負けていなくても、その点に関しては私の負けよ……」


 心の中には怒りと悔しさが渦巻いていたが、それでもルージュは引き時を見誤りはしない。勝機がなく、あとはいたずらにいらぬ損害を増やすだけ、ルージュは冷静にそう見切った。

 大敗を喫するようなことがあれば、赤の導士ルージュは王宮内で力を失うことになる。そうなれば次の紺の王国攻めの機会など二度と巡ってはこない。


「今ならまだ戦術的撤退の言い訳が立つわね……」


 ルージュはこの戦場からの撤退だけでなく、第二次遠征軍自体の撤退を心に決めた。


「キッドに勝つためには、足りないものを埋める必要があるわ。……待ってなさい、次に勝つのは私よ」


 ルージュはキッドの姿の見えぬ戦場を睨みつけ、全軍撤退の指示を下した。


 こうして赤の王国による紺の王国への第二次侵攻は、今回の敗戦により失敗に終わり、遠征軍は一部の兵を防衛のために残し、赤の王都へと戻っていった。

 新兵などの経験の浅い兵と優秀な騎兵を多く失いはしたが、それは赤の導士の立場を悪くするほどの損害ではなかった。むしろ、帰国後、ルージュはそれを紺の王国が放置できない危険な国であるというアピールに利用し、王宮内での紺の王国侵攻派の勢いを強めさせた。


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