第86話 4人の戦場
馬に乗って戦場の中心から離れたところを駆けるキッドとルイセへと、ルブルックとサーラは迫っていった。
ルブルック達の接近に気付いたキッド達から、迎撃するように魔法攻撃が飛んでくる。
当然ルブルックもそれに応戦するが、魔導士の数では1対2。不利なのはルブルック達の方だった。
だが、走り続ける馬に乗った相手に魔法を当てるのは容易なことではない。
互いに魔法は牽制程度の効果しかなく、魔導士の数の差は、大勢にそれほど影響を与えはしなかった。
むしろそれよりも、魔法が使えないサーラが近づこうとすると、それをいやがるようにキッド達は馬を離れさせいき、状況的にはルブルック達がキッド達を追い詰めていくような構図にも見えてくる。
「サーラ、この先に三方を高い崖に囲まれた行き止まりの場所がある。そこにうまく追い込みたい」
ルブルックはこの辺りの地形を事前にしっかりと把握していた。戦線がこんな端にまで伸びると想定していたわけではないが、下調べがここで役に立ったとルブルックは馬上でほくそ笑む。
「向こうの道の先に追い込めばいいのね!」
サーラが前方を見れば、両側を崖の壁に挟まれた道が見える。ルブルックの話の通りならば、あの先にも崖があり行き止まりになってるのだろう。ルブルックの指示を理解したサーラは、その道の方へとキッド達が逃げるように考えながら、二人に馬を近づけていく。
やがて、ルブルックの魔法牽制とサーラの追い込みの効果か、連なって走っていたキッドとルイセとの間隔が広がっていく。
(これは二人を分断させる好機!)
事前のルブルックの指示をサーラは忘れてはいない。二人を切り離してルイセを足止めする、その指示に応えるかのように、サーラはキッドとルイセとの間に馬を入り込ませた。
キッドとルイセはサーラを警戒して、彼女との距離を取っていく。その結果、キッドとルイセとの距離はさらに広がっていた。
一人になったキッドにはルブルックが向かって行く。ルブルックは魔法攻撃を仕掛ける場所を調整し、キッドが崖の道の方へ行くようにうまく追い込んでいった。
(このままルブルックがキッドを追い込めば、二人が一対一になる状況が作れるわね。だったら、私がやるべきことは、ルイセをキッドのもとへ行かせないこと!)
サーラは剣を抜き放ち、魔法攻撃を警戒しながら馬をルイセへと近づけていく。
(距離があっても攻撃できる魔法はやっかいだけど、ルイセの武器は短剣。馬上剣術は得意ではないけど、短剣と私の剣とではリーチが違う。近接での斬り合いができない馬上戦闘では私が圧倒的に有利なはず! 近づきさえすれば、私が主導権を握れる!)
これは自分がルイセに近づけるかどうか、そういう勝負だと覚悟を決め、サーラは剣を握る指に力を込めた。
だが、サーラは意外な光景を目の当たりにする。
魔法攻撃を仕掛けてくるだろうと思って注意を向けていたルイセが、魔法を使わず、背中のやけに細い鞘から剣を抜いていた。
「見たことのない剣、なにあれ!?」
長さがあるのに細剣よりも細い、反りのある片刃の剣。ルイセが片手で持ったその剣に、サーラは動揺する。
「馬上であなたの相手をするのに短剣では足りません。菊一文字、その力を貸してもらいますよ」
今回の聖王国行きに際してルイセは黒の城の宝物庫から持ってきた二本の剣、菊一文字と村正を持ってきていた。旅の途中にその剣を使った稽古を行っていたが、それでも実戦で使うのは時期尚早と、前回の戦いには持参していなかった。だが、サーラと実際に剣を交え、リーチの差による攻め手のなさを痛感したルイセは、今回の戦いにはその2本の剣を持ってきていたのだ。
短剣とは違い、馬上でも確かな存在感を示すその名刀を握り、ルイセは獲物を狙う目でサーラを凝視した。
刃物のように鋭利なそのその視線に、サーラは一瞬戦慄を覚える。
「……なるほど。確かにシャドウウィンドという話も本当みたいね。こんなにゾクリとしたのは初めてかも」
ルイセに魔法攻撃をしかけてくる様子はない。ならばと、サーラは思い切って馬を接近させ、ルイセへと斬りかかる。
「そんな細い剣で私の剣に耐えられるとは思わないことね!」
脚力に優れるサーラの剣戟は、本来ならその脚の力をも活かしたものになる。だが、馬に跨った状態ではその脚力を活用することができない。そのため馬での戦いは、決してサーラの得意なものではない。だがそれでも、細い腕に細い剣のルイセ相手に、力負けするとはサーラは考えていなかった。
力技でサーラはルイセへと斬り付ける。
(くっ! なんなのよこいつ!)
サーラの力ある一撃は、ことごとくルイセの剣にすべるように流されていった。
何度か打ち合いの後、サーラは一旦馬を離す。
これまで細く短い短剣で、力のある剣士を相手にしてきたルイセの受け流しの技術はかなりものだった。我流の剣技を使うルイセの場合、武器が変わってもそのうまさは変わらない。むしろ、受けに関してはいえば、この武器の方が彼女に合っているのではないかと思えるほどの巧みさで、サーラの攻撃をいなしていた。
だが、その技術もさることながら、よりサーラが驚いたのは彼女の持つ剣についてだった。
「あんな細い剣、いくら受けの技術が高かろうとも、何度も打ち込めばいずれは折れる、そう踏んでいたのに……。一体何をどうすればあんな剣が作れるのよ……」
サーラが何度も打ち込んだというのに、ルイセの持つ剣には刃こぼれ一つ見当たらない。
「この菊一文字、誰がどのようにして作ったのかはわかりません。ですが、人の生み出しうる最高レベルの名剣だということは私にもわかります」
「くっ……」
サーラは悔しげに自分の持つ剣へと視線を向けた。
この剣で相手の細い刃を折るつもりだったのに、むしろサーラの剣の方に傷ができている。
「……とんだ計算外よ」
自分が思い描いていたのとまったく違う展開にサーラが戸惑っていると、今度はルイセの方から馬を寄せて斬りかかってきた。
一転して、今度はサーラが防戦する側になる。
(この剣の圧力! 私の方が押されるなんて!)
サーラはルイセの剣戟をしのぎながら心の中で吐き捨てた。
単純な力比べなら間違いなくサーラの方に分がある。しかし、馬上での体の使い方、力の入れ具合、それらに関しては圧倒的にルイセが勝っていた。
暗殺者としてどんな場所どんな状況でも戦う必要があったルイセの器用さは他の追随を許さない。
(このままではいずれ抑えきれなくなる!)
実際に斬り合ってサーラはそれを直感し、ルイセの攻撃をなんとかしのぎきると、また馬を離れさせる。
(倒してしまってもいいのかなんて言っていた自分が恥ずかしくなるわね)
サーラはルブルック達が向かった方へと目を向ける。
二人の姿はすでにない。両側を高い崖に挟まれた道の先へと、二人の魔導士はもう行ってしまった。
(ルブルックの話では、この先は行き止まり。そこまで達すれば、必然的に二人は一騎打ちをすることになる。ルイセをそこに行かせるわけにはいかない!)
サーラは二人が進んだ道へと馬を向かわせる
ルイセがすぐにそれを追いかけた。
「その先には行かせませんよ!」
後ろからルイセが魔法攻撃を仕掛けてくる。
サーラは前を見ながらも後ろを警戒して、なんとかそれをかわしていく。だが、動く馬とはいえ、いつまでもよけきれるものではなかった。壁のような崖に挟まれた道に入ったところで、馬の脚に魔法がかすめ、馬はよろめき転倒する。
サーラは馬から投げ出される前に飛び降りると、うまく着地し、剣を構えてすぐに振り返る。
馬がやられるのは覚悟の上だった。だが、ここまで達することができればサーラとしてはもう十分だった。
ここの道幅はそう広くはない。道の真ん中にサーラが立てば、それを大きく迂回して先に進むことは不可能。もしこの先に行こうとするのなら、サーラをなんとかする必要がある。
「この先に行かせないっていうのは、私のセリフよ、ルイセ! この先に行きたくば、私を倒してから行くことね!」
着地状態から立ち上がったサーラは、道の真ん中で剣を構えて立ち塞がる。
ルイセはそれを馬で強引に突破するようなことはしなかった。
サーラより十数メートル手前で馬を止めると、ルイセも馬から降りる。
「サーラ、ここで決着をつけさせてもらいます」
ルイセは双剣ではなく、菊一文字を構えた。
二人は戦闘態勢を取ったまま静かに睨み合う。




