第84話 作戦会議
白の聖王国初めての勝利の夜、レリアナの部屋に、ティセ、フィーユ、キッド、ルイセが集まっていた。
とはいえ、初勝利を祝うために集ったわけではない。
今回の勝利でいくらか勢力範囲を押し返すことができたが、まだまだ聖王国の奪われた領地は大きい。大事なのはここからだった。
「レリアナ様、戦場で見せた金色の輝きをここで再現できますか?」
キッドの問いかけに、対面に座るレリアナは申し訳なさそうな顔で首を横に振る。
「戦いが終わってから何度も試したんですけど……1回も出せていません。そもそもあの時、どうやってあんな光が出せたのか自分でもわからないんです……」
先代聖王と同じ力を使いこなせれば、聖王としての存在価値をレリアナは自分でも認めることができる。戦いが終わると同時に消えてしまった黄金の輝きを、誰かに言われるまでもなく、レリアナは再び出そうとすでにいやというほど試していた。
「キッド君、レリアナ様のあの光はなんだったんですか?」
キッドの隣に座るルイセがキッドへと顔を向ける。先代聖王のことについて知らないルイセにとっては、あのレリアナの輝きは初めて見るものだった。
「あれは霊子の輝きだ。目に見えないはずの霊子が、人の目に見えるほどに色濃く発現したものだ」
「霊子がそんなふうになることがあるんですか?」
魔導士としての資質を持つルイセは、霊子にも精通している。その彼女の常識に照らしてみれば、霊子が目に見えるなど考えられないことだった。
「普通ならあり得ないな。少なくとも人間には無理だ。もしもできるとすれば、竜王のような人を超えた存在くらいだ。けど、神の啓示を受けたレリアナ様に竜王の霊子が宿るとは思えない。だから、レリアナ様にあんな霊子の力を与える存在があるとすれば、それは神――そういうことですよね、レリアナ様?」
キッドは改めて顔をレリアナに向けるが、彼女は素直にうなずけない。彼女自身、いや、彼女だけでなく先代聖王や、白の聖王国の人間も、あの霊子の正体については推測するだけで、真実は誰も知らなかった。
「……多分、そういうことだと思います。私にもよくはわからないのですが」
レリアナの反応に、キッドは驚きに一瞬目を大きく開く。
「もしかして、聖王国の人達も神の霊子を宿す方法についてわかってないんですか?」
「……はい。お恥ずかしながら」
キッドは、他国には伏せているものの、聖王国の人間は聖王の輝く霊子については、それがどういった存在によるものなのか、そしてどうやって発現させるのか知っているものだと思っていた。少なくとも、聖王には代々伝えられているのだろうと考えていた。
だが、目の前のレリアナが嘘をついているようには見えない。
キッドは、聖王をはじめとした聖王国の人間も、自分と同程度の理解しかしていないのだということを初めて知った。
「だとしたら、レリアナ様が再現できないというのも納得ができますね」
「……すみません」
下級貴族の時の癖がいまだ抜けないレリアナは、聖王としてはあり得ないことだが、素直に謝ってしまう。この場に聖王国の重鎮でもいれば、そんな反応をする聖王レリアナに慌てふためいただろうが、彼女の人となりをよく知っているティセやフィーユは何も言わずにスルーしていた。むしろキッドの方が慌ててしまう。
「いえ、レリアナ様が謝るようなことではありませんよ!」
キッドの様子に、申し訳なさそうにしていたレリアナが少し微笑んだ。
だが、謝罪する必要はないかもしれないが、あの力をレリアナが自由に使えないという事実は、聖王国軍の戦略に関しては重要な問題だった。
状況を冷静に捉えているルイセが口を開く。
「キッド君、そうなると、聖王国軍としては手痛いですね。あの力を持ったレリアナ様が聖騎士団と共にいれば、青の導士は海王波斬撃を簡単には撃てなくなったでしょうに、力が使えないとなればそうもいかなくなりますね」
自身だけでなく、周囲にいる者への海王波斬撃のダメージまでもを減じたあの聖王の黄金の霊子、それがあるかないかの差はあまりにも大きい。
そのことはレリアナ達もわかっていたのだろう、レリアナ、ティセ、フィーユの3人もついうつむいてしまう。
しかし、キッドはそうではなかった。彼だけが見えているものがあるのだろう、しっかりと顔を上げている。
「……いや、そうとは言い切れない」
「そうなんですか?」
キッドの対面のレリアナが顔を上げた。
「レリアナ様があの力を自由に出せないことを知っているのは、ここにいる者だけですよね?」
「ええ。情けないので誰にも話していません」
「なら、ここにいる5人だけの秘密にしてください。そうすれば、このことを敵に知られることもありません」
「敵に知られてなくても、実際に力が使えないのでは同じじゃないの?」
フィーユが顔を上げ、素直な疑問を呈してくる。
「敵にとっては同じじゃないんだよ。金の輝きをまとっていなくても、レリアナ様がそこにいれば、いざとなったらまたあの力を使われると思って、青の導士は迂闊に海王波斬撃を撃てなくなる」
キッドはフィーユのまっすぐで大きな黒い瞳を見ながら、力強く断言した。
「なぜそう言い切れるの? 今度は通用するかもしれないと思って試しに撃ってくる可能性もあるんじゃないかしら? もしそうなったらレリアナ様に被害が及んでしまう。そうなるなら、私はレリアナ様が聖騎士達と一緒に前に出るのは認められないわ」
キッドに厳しい目を向けてきたのはティセだった。彼女にとってはレリアナの身の安全が何より重要だ。万が一にも海王波斬撃を撃たれてしまっては、今のレリアナではその直撃を受けることになる。その可能性があるならティセとしてはレリアナが聖騎士団と共に前に出ることを認めるわけにはいかなかった。
「海王波斬撃が撃てるのは一度きり。しかも、一度撃てば魔力はほぼ枯渇する。そんな状況では、確実にダメージを与えられるという確信がない限り、俺なら撃ちはしない」
「キッドはそうかもしれないけど、青の導士も同じとは限らないでしょ?」
「いや、間違いなくルブルックもそう考える」
ティセの疑問は当然のものに思えたが、キッドは確信をもって答えていた。
「なぜそう言い切れるの? キッドだって青の導士を見たのは今日の戦いが初めてなんでしょ?」
「確かに見たのは初めてだが、それでわかることもある。ほかの魔導士ならばこんな断言はできないだろうが、あのルブルックという男なら間違いなく俺と同じ考えをする。……俺にはそれがわかる」
キッドがルブルックと目を合わせたのは短い時間のことだ。しかし、それで十分だった。それだけで相手が自分と同じ種類の人間だとキッドにはわかった。そして、同じ道を歩むことはできず、どこかで決着を付けねばならない相手だとも。
とはいえ、特別な魔導士同士のその感覚が、ほかの者に理解できるはずもなく、ティセは得心がいかない表情のままだった。。
「そんな確かな根拠のない話では納得できないわ」
ティセは頑として譲らない様子だったが、そこにレリアナが割って入る。
「私はキッドの言うことを信じます。張りぼてでも、私がいることで海王波斬撃を撃たせずに済むのなら、私は聖騎士達と共に戦います」
「レリアナ様!? そんな危険なこと、認めるわけにはいきません!」
「ティセ、これは聖王である私の意思です」
レリアナから真摯な瞳を向けられてはティセも折れるしかなかった。
「……レリアナ様、わかりました」
レリアナのおかげでなんとかティセを説得できたが、前にでるレリアナが危険なことはキッドも十分認識していた。注意しなければならないのは、海王波斬撃だけではない。
だからキッドは、目の前の三人、ティセ、レリアナ、フィーユの三人の顔を順に見て、口を開く。
「とはいえ、海王波斬撃が飛んでこないからと言って油断はできません。この状況ならば、青の導士はレリアナ様を狙ってきます。レリアナ様がいるから海王波斬撃を撃てないのなら、それを排除するまで、奴ならそう考えます。だから、フィーユとティセには、レリアナ様のそばについて、しっかりと守ってもらわなければならない」
「わかったよ、キッド!」
「それはもちろんそのつもりだけど……あなたはどうするの?」
ティセに問われて、キッドは背筋を正して、一息つく。
「ルブルックの取る戦略は二つ。一つはレリアナ様を排除して、海王波斬撃を撃てる状況を作ること。そして、もう一つは、こちらの竜王破斬撃を撃てないようにすること。レリアナ様を討てずとも、こちらの竜王破斬撃をなくせれば、青の王国軍にとってはイーブンの状況となる。ルブルックはレリアナ様ともう一人、俺のことを必ず狙ってくる。だから、俺とルイセは別行動を取り、奴を迎え撃つつもりだ」
ルブルックとの対決を言い切るキッドを、フィーユが心配そうな目を向けてきた。
「でも、キッド。青の導士には、魔法を封じる結界領域があるんだよ。その領域の中でも使える魔導砲を持つ青の導士を相手に、魔導士が戦うのは危険だと思う」
「確かに何も知らない状況で戦ってたのなら、かなり危なかっただろうな。だけど、フィーのおかげで俺は相手の手の内を知っている。だから、大丈夫、任せてくれ」
「でも……」
実際にルブルックと戦ったフィーユはそれでもまだ不安な顔のままだった。
「フィーさん、大丈夫です。キッド君には私がついています。誰にも傷付けさせはしません」
「ルイセさん……」
自分の命さえ懸けるとルイセのまっすぐな瞳は言っていた。その目で見つめられては、フィーユはもうそれ以上何も言えなくなる。
そのルイセは、対面に座るフィーユの方を向いているため、隣にいるキッドには彼女がどんな目をしているのか見えてはない。
(ミュウの時もそうだけど、ルイセにもこんなこと言われるなんて、俺って相当頼りないのだろうか?)
だから、ルイセがどれほどの想いをしているのかも気づかずに、キッドはそんなことを考えていた。




