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第83話 レリアナ覚醒

 青の導士から広がる青い魔法の波を浴びた時、レリアナは自らそう仕向けたこととはいえ、恐怖を感じた。聖王になったとはいえ、レリアナは実戦で敵と斬り合いをしたこともなければ、魔法を浴びたこともない。どんな衝撃や痛みが襲ってくるのか、未体験すぎて見当もつかない。

 しかしながら、覚悟だけはすでに決めていた。


(私はどうなったって構わない! それで味方が勝ってくれるのならそれでいい! ただ、申し訳なく思うのは私の行動に巻き込んだ人がいること……ごめん!)


 レリアナはきつく目を閉じた。


「…………」


 だが、いつまでたっても魔法の衝撃も痛みも襲ってこなかった。

 再びレリアナが目を開いた時、青の導士から伸びた青い光は消えていた。

 代わりに、レリアナは自分の体が黄金の光に包まれていることに気付く。


「な、なにこれ!?」


 神の啓示を受けた先代聖王が、戦いの折に、神から輝くほどの霊子を受けて大いなる力を得ていたことは、レリアナも聞かされていた。しかし、それが自分の身に起こるとは考えたこともなかった。先代聖王と比べれば、力も信仰心も遥かに及ばないことを、レリアナ自身が誰よりもわかっている。


「でも、この金色の輝きは、聞いていたのと同じ……いえ、むしろ聞いていた以上の輝きに思える……」


 自らがこの輝きの大本であるレリアナにはわかった。この輝きはレリアナだけでなく、周囲にいる者達にも影響を与えていることを。


「兵達が誰も倒れていない。前にあの魔法を撃たれた時には、みんな吹き飛ばされて怪我を負っていたのに……。この光がみんなも守ってくれたの?」


 周りの兵達は膝をつき苦しげな顔を浮かべているものの、すぐに治療が必要な状況でないことはレリアナにもわかった。自分の身が無事なことよりも、レリアナはそのことに安堵する。

 だが、ほっとしている余裕は彼女にはなかった。気付けば、敵の女騎士の操る騎馬が1騎、自分に向かってきている。


(敵が来る! 私を狙って!)


 レリアナは向けられる敵意で、女騎士の標的が自分だということを確信する。


(戦わないと……)


 レリアナは聖王になってから剣を振り続けてきた。とはいえ、聖騎士達と戦えるほどの力はなく、本気で襲ってくる相手と剣を交えたこともない。

 剣はすでに抜いているが、手は震えるだけで剣を構えることさえレリアナにはできなかった。

 馬から飛び降りた女騎士サーラは、着地した時にはまだ距離があったのに、瞬き一つの間に一気に詰めてくる。


(速すぎる! こんなの目で追うことさえできない!)


 サーラの刃が自分の首目掛けて襲ってきていたことにさえレリアナは気づいていなかった。本来ならレリアナは、自分が斬られたことさえわからないまま首を落とされていたことだろう。

 だが、実際にはそうはならなかった。

 レリアナは自分の剣でサーラの刃を受け止めていた。

 レリアナ自身がその事実に驚いてしまう。


(え!? 今の何!? まるで何かに体を勝手に動かされたみたいじゃない!?)


 レリアナの心の動揺が治まる前に、彼女の腕は目の前のサーラに剣を振るっていた。すんでのところでかわされはしたが、その剣戟はこれまで訓練で振ってきたレリアナのどの一撃よりも鋭いものだった。


(こんな剣、私の剣じゃない! まるで話に聞く先代聖王みたいに冴えた剣じゃないの!?)


 一旦離れたサーラに対して、レリアナは自分でも知らないうちに構えを取っていた。その構えは今までしたこともない隙のない構えだった。なぜそんな構えを取れたのかレリアナ自身にさえわからない。

 その構えを見たサーラの顔は、明らかに相手を警戒したものへと変わる。


(……自分でもよくわからないけど、命拾いした。でも、この女騎士は本当に強い。さっきの攻撃をなぜ防げたのか自分でもわからないのに、次の攻撃を止められるのだろうか?)


 レリアナの心の中に、焦りの影が差してくる。

 ティセとフィーユには、キッドの竜王破斬撃の後、分散したまま敵に迎えることを兵達に伝えるため、別行動を取らせていた。そのため、今二人は近くにはいない。この状況に気付けば駆け付けてくれるだろうが、それにはまだ時間がかかるだろう。


(それまでは、私一人でこの女騎士の相手をしないといけない……)


 レリアナの聖剣を握る指に力がこもる。

 だが、ティセ達よりも先にレリアナのもとへ駆け寄る者達がいた。

 それは、一早く両軍から離脱していたキッドとルイセだった。レリアナが移動してきたのはその二人の退避した方向だったおかげで、二人はレリアナに気付くことができた。馬を全力で走らせて、二人は誰よりも速くその場に駆け付ける。


「ルイセ、レリアナ様を頼む!」


 魔力の尽きたキッドでは、レリアナのそばによってもできることはない。キッドはルイセにすべてを託す。


「わかってます!」


 ルイセは馬上から炎の矢をサーラに放ちながら、馬の速度を落とさずそのまま二人のもとへ向かっていく。

 サーラには魔法を難なくかわされはしたが、サーラがレリアナへ向けていた注意を逸らすには十分だった。

 ルイセは馬上から飛び上がり、そのままサーラへと宙から仕掛ける。


「千刃乱舞!」


 空中という不自由な態勢であっても、ルイセの体幹と肉体を操るセンスはそれをものともしない。むしろ落下の勢いを剣に乗せ、剣戟の嵐をサーラに向けて振り下ろした。

 しかし、サーラはその目と速さで冷静に対処する。体重の乗った一撃であろうと片手の短剣の一撃を相手に、両手持ちのサーラの剣が力負けすることはなかった。避けきれぬ一撃は剣で受け、短剣の弱点である短いリーチの攻撃は、剣を使わず体裁きでかわしきる。


(今の攻撃をこうもたやすく受けきられるとは……)


 ルイセは今の一瞬の攻防だけで、相手をミュウやラプトに匹敵する相手だと認め、一旦距離を取る。

 次の敵の攻撃をはかろうと、ルイセは相手の視線や呼吸に目を向けるが、サーラの焦点の合わない目、無呼吸と判別のつかない呼吸法に、まったく相手の動きが読めない。

 とはいえ、呼吸に関しては、ルイセも暗殺者時代に会得した長く緩やかな呼吸法により、相手にそのタイミングを読ませない技術に長けている。視線も、視線誘導を巧みにつかい、敢えて狙いと違うところを意識させる術をも持ち得ていた。ただし、今回のように、相手がどこを見ているかわからなければ、視線誘導もなにもない。

 読み合いに関しては、両者とも互いの武器を使えずイーブン。

 こうなっては純粋なフィジィカルと技術の勝負だった。

 リーチの短い双剣は、攻めよりも守りに向いている。そのため、ルイセは一瞬自ら仕掛けるのを躊躇った。

 刹那、サーラが動く。

 しかし、その狙いはルイセではない。向かい合う二人の横にいるレリアナの方へと、サーラは踏み込んでいた。


(あくまで私の狙いはレリアナ! 援軍の到着でレリアナの警戒は緩んでいる。今ならやれる!)


 サーラは自分のスピードには自信を持っていた。自分の速さについてこれる者は、これまで見たことがない。目の前の女が自分の動きに反応したとしても、レリアナを討った後に、改めて女に対して構えれば十分に間に合う――そう考えていた。

 だが、ルイセはサーラの動きに反応し、その速さにもついてくる。


(――――!? この女、速いっ!)


 サーラは自分の速さの世界についてくる相手に初めて出会った。


(このまま行けばレリアナには斬りかかれる。だけど、その後に確実にこの女の攻撃を無防備な状態で受けることになる!)


 聖王レリアナとサーラ、その重要度を天秤にかければ、どちらに価値があるかは明白。ここでサーラが討たれることになってもレリアナを討てる方が青の王国にとってメリットは大きい。

 先ほどレリアナに一撃を止められた体験がなければ、サーラはそのままレリアナに斬りかかったかもしれない。しかし、あの時のレリアナの動きが頭をよぎる。もしこの攻撃を仕留め切れなかったら――そう考えると、サーラは足を止めてルイセに対応するしかなかった。

 一方で、ルイセはレリアナへの攻撃を中断し、立ち止まり自分へと視線を向けたサーラに対し、そのまま攻撃をしかけず、回り込むようにサーラとレリアナの間に立った。

 二人は再び剣を構えて睨み合う。


「サーラ、そこまでだ! ここは撤退する!」


 ルブルックの声に、サーラが改め周囲を確認すれば、膝を屈していた兵達が起き上がっている。さらに、フィーユと、もう一人、動きから明らかに手練れと思える女も自分達の方に迫ってきていた。


「確かにここらが潮時ね。……私はサーラ。あなたは?」


「……ルイセ」


 サーラはルイセを警戒しながら、自分の乗ってきた馬まで下がっていく。

 レリアナを守ることを優先したルイセは、追撃せずにその場にとどまった。


「ルイセ、決着は次の機会に!」


 サーラは馬に乗ると、後方に控えていたルブルックの方へと向かって行く。

 一方で、キッドはレリアナを守り通したルイセの元へと馬を寄せて行く。


 サーラを迎えたルブルック、ルイセのもとへ寄ったキッド、距離があるものの両者が視線を交わす。

 二人が顔を合わせるのはこれが初めてだった。

 けれどもルブルックは、海王波斬撃と同等の魔法が使われたこと、そしてルイセという名の者に指示をくだしたという事実、そこからこの男が誰だかもうわかっていた。

 そしてキッドもまた状況から相手のことを察している。


「お前がキッドか」

「お前が青の導士ルブルックか」


 二人の距離は遠い。互いの声は届かない。それでも二人は同じ種類の言葉を口にしていた。

 何か根拠があったわけではない。しかし、互いに相手のことを、自分が目指す世界のためには、倒さねばならない相手だと直感した。

 とはいえ、ともに今は魔力が枯渇している。今はまだ戦うべきときではないとも理解していた。


退()くぞ、サーラ」


「ええ」


 ルブルックは最後にもう一度キッドを強く睨みつけると、自軍の方に向きを変え、馬を走らせた。サーラもそれに続いていく。

 ルブルックが撤退し始めたのを確認すると、キッドは改めてルイセに向き直った。


「ありがとう、ルイセ。よくレリアナ様を守ってくれた」


「これくらいはいつでも――と言いたいところですが、相手は相当な手練れでした」


「ああ、そうみたいだな」


 それほど斬り合いをしたわけではないのに、ルイセには疲労の色が見えた。それだけ相手からの圧を感じていたのだとキッドにもわかる。

 とはいえ、そのおかげでレリアナは無事だった。

 キッドはいまだ金の輝きをまとっているレリアナに顔を向ける。


「レリアナ様、よくぞご無事で」


「キッド、ルイセ、ありがとう。でも、私、なぜだかこんなことになっちゃって……」


 レリアナ自身、今の自分の状態に戸惑いを隠せないでいる。


(見た目だけじゃない。この金の霊子のおかげでレリアナは海王波斬撃にさえほぼ無傷で耐えきった。これは本物だ。下手をすれば先代聖王にさえ勝るかもしれない、神聖な霊子の輝き……)


 キッドも先代聖王のことは知っている。今のレリアナからは、その先代聖王にも劣らない神々しさを感じていた。


「レリアナ様、今こそ攻め時です! 相手にはもう海王波斬撃はありません!」


 キッドの言葉にレリアナは、今自分が何をすべきか理解する。


(私が自分で驚いている場合じゃない。この輝きが前の聖王様と同じものなら、それを利用するだけ!)


 レリアナは再び聖剣を天に掲げた。


「皆の者! この戦い、勝利は我らにあり! この聖王と共に攻め上がれ!」


 黄金の霊子で輝く今のレリアナに視線を向けない者はいない。その声を聞かぬ者もいない。聞いて従わぬ者もいない。

 レリアナを目にし、音に聞く者達は皆歓声を上げ、レリアナに応えた。

 そして、その盛り上がりは聖王国軍全体に伝播していく。

 レリアナのもとにたどりついたティセ達も護衛につきながら、レリアナは自ら攻め上がる。だが、彼女が何かをする必要はなかった。彼女がいるだけで聖王国軍の勢いはさらに増していく。彼女の周囲に集った者達は、レリアナが戦うまでもなく、次々に青の王国兵を打ち倒していく。

 こうなってはもう青の王国軍に白の聖王国軍を抑える手立ては何もなかった。


 四度目の戦いは、白の聖王国軍の完勝だった。


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