第82話 サーラとレリアナ
自軍の騎馬隊が通常ではあり得ない範囲魔法で吹き飛ばされるのを、離れたところから見ていたルブルックは、さすがにその光景には驚愕する。
しかし、焦りはしなかった。
ルブルックという男は、なぜそうなったのかという考えは一旦頭の外に置き、今のこの状況を受け入れたところからスタートする。そして、そこから何ができるかを考える。
「ルブルック、今のは!?」
相方のサーラはルブルックほど達観していないようで、その声は動揺から少し上ずっていた。
「落ち着け。こちらに使える魔法を相手も使えてもおかしくはない」
サーラにしてみれば、それが事実ならとても落ち着ける状況ではなかったが、自分と違いルブルックの声がいつも通りの調子だったので、それによってサーラは冷静さを取り戻す。
「……それで、どうする?」
「俺が指揮を執っていれば挽回もできようが、サイラス殿では荷が重いな……。かといって、戻ったところで彼が俺に指揮権を渡すとも思えん」
ルブルックはその場から下手に動かず戦況を見つめた。
「俺がここで海王波斬撃を撃てば、いくらかは挽回できる。だが、この兵達を分散させた陣形に撃っても効果は薄い。主力の騎兵隊を潰されたこちらの損害を埋められるほどではない。撃つならばもっと好機でなければならないが、このまま乱戦に持ち込まれればその撃つ機会さえなくなってしまう」
馬を止めたままぶつぶつと独り言ちるルブルックを、サーラは邪魔をしないよう静かに見つめる。
だが、その心の中はもどかしさでいっぱいだった。
(こうしてじっとしているよりは、斬り込んで敵兵の一人でも斬っている方が、気がまぎれる! ……だが、それではダメなんだろうな。敵兵一人斬るより百の兵を退かせることが重要なのだと、この男は私に何度も示してみせた)
ルブルックを真似るように、サーラも敵軍の方へと視線を移し、その動きに目を凝らす。
しかし、いくら見ても敵が活気づく様子が目につくだけだった。
(駄目だ……このままでは我が軍は聖王国軍に押し潰される)
サーラに見えるのはそんな未来だけだった。
だが、隣の男はそうではないようだった。
「好機が来るぞ!」
ルブルックの声には歓喜の色が見えた。
(この男には何が見えているのだ?)
サーラは再び目を凝らすが、勢いを増す聖王国軍の姿しか見ることはできなかった。
けれども、時間が経つとサーラも少しずつ気付き始める。
(聖王国軍の兵達が一点に向かって流れている! これは海王波斬撃の狙いどころになるのでは!?)
「サーラ、ついて来い!」
ルブルックが馬を走らせたので、サーラもそれに続いていく。
(私にはまったく敵の動きの変化がわからなかったあの時点で、この男はすでにこの流れが来ることに気付いていたのか! 軍師という奴には、一体どこまで先が見えているというんだ……)
感心するサーラを従えて、ルブルックは青の王国軍と聖王国軍がぶつかろうとしている戦場の真ん中へと向かった。
ギリギリまで近づいたほうが、魔法の範囲に含められる敵の数は増えるだろうが、その分自分の身に降りかかるリスクも増す。魔力を使い果たした状態で戦場の中の残されれば、ただではすまないことをルブルックはよくわかっている。
そのため、ルブルックは自分を危険に晒すようなリスクはおかさない。自分の安全を確保した上で、最大限のダメージを与えられる場所とタイミングを洞察する。
「サイラス殿の指揮でも挽回できる程度には敵主力を削らねば……」
早すぎても遅すぎてもダメ。撃てるチャンスは一度。
ルブルックは馬を走らせながら、敵の動きに集中する。
その彼の目の端に、敵軍の中、先ほどからやたらちらつくものがあった。
近づいたことで、周囲の者達とは違う高い声が、そちらの方から聞こえてくる。
自ら名乗りを上げるその声で、ルブルックはそこに聖王レリアナがいることに気付いた。
「こんな前線に聖王レリアナ自らが出てきているというのか!?」
影武者を疑ったが、その者が掲げる剣の煌めきはまさに聖剣と呼ぶにふさわしいものだと、剣に精通していないルブルックでもわかった。影武者にそこまでのものを持たせる理由がない。
それにまだ距離があるものの、ルブルックはレリアナと目が合ったと感じた。
そして、そのレリアナの瞳の中に、王たる者の確かな光を見た。
「間違いない! あれは聖王レリアナだ! 単にこの戦いに勝つだけならレリアナを無視して、敵主力を叩いたほうがいい。だが、もしここでレリアナもろとも兵達を吹き飛ばし、その機に乗じて彼女を討つことができれば、白の聖王国にとってとてつもないダメージとなる!」
ルブルックは馬の向かう先を変えた。
「サーラ、方針を変更する。レリアナを討つ。トドメは任せたぞ」
ルブルックの言葉にサーラはぎょっとする。
レリアナといえば、聖王であり、白の聖王国の正真正銘のトップだ。その首を取るとなれば、これほどの手柄はないだろう。任せられことの重みで、サーラの手綱を握る手に汗が滲む。しかし、サーラは気後れしなかった。
「わかった」
力強くうなずき、サーラはルブルックに続いていく。
そして、前を行くルブルックは右手を前へ掲げた。
「レリアナ、兵達の流れに飲み込まれるのを嫌って動いた結果、前線にまで出てきたか! たとえ強い想いがあろうとも、中身はただの小娘、戦いの素人だ! だが、この機会、逃しはしない。ここで討たせてもらうぞ!」
ルブルックの右手に彼の魔力、そして海王の魔力が集まっていく。
「海王波斬撃」
ルブルックの声とともに、強力な魔法攻撃の波が、レリアナを中心として聖王国軍の一部に襲い掛かった。
レリアナが敵の中心から外れて陣形の端の方に来ていたため、まきこめた兵士の数はそれほど多くはない。
それでも、ルブルックの想定では、レリアナを始め、範囲内に居た敵兵は吹き飛ばされるはずだった。その倒れ伏すレリアナに、聖王国兵が駆け寄るより早くサーラに突撃させて討つ、それがルブルックの思い描いた筋書きだった。
「――なにっ!?」
竜王破斬撃を見ても動揺しなかったルブルックが、目の前に広がる光景を見て狼狽える。
そこには、吹っ飛ぶはずのレリアナが立っていた。
体を金色に光らせながら、魔法の影響など皆無のように堂々と立っているのだ。周りの兵達も、魔法のダメージを受けてはいるが、吹き飛ばされることなく、その場に膝をつく程度で済んでいる。
それはルブルックにとって完全に想定外のことだった。
「……あの金の輝きは、霊子の輝きか」
ルブルックはレリアナの輝きの正体をすぐに察する。
先代の聖王は、戦いの中、自身の闘志を最高潮にまで高めた時、金の輝きを放ったという。ルブルックは実際にその姿を見たものから話を聞き、それが単なる噂話ではなく、事実だということを知っている。
とはいえ、人間も持つ霊子が人の目に見えるような形で現れることはありえない。あるとすれば、人間よりも上位の存在の霊子によるものだろう。実際に海王と戦ったこともあるルブルックはそう考えていた。だが、海王の力を得たルブルックでも、霊子を目に見えるほど色濃く発現することはできない。もしそんなことができるとしたら、それは海王であるドラゴンと同等かそれ以上の存在だということになる。そう、たとえば、神と呼ばれる超越的な存在のような。
「神の霊子を……レリアナは得ているというのか!? しかも、あの輝きは話に聞いていた先代聖王のものより遥かに強いじゃないか!?」
驚くだけで、ルブルックは次の策を考えられず、サーラに指示も出せないでいた。
しかし、サーラはルブルックの指示もない中、すでに動いていた。
(ルブルックは私にレリアナを討てと言っていた!)
敵の範囲魔法で味方騎馬隊やられた時と違って、今度はサーラが動揺していなかった。
ルブルックの海王波斬撃のダメージが随分と小さいことには、もちろんサーラも気付いている。
けれども、その理由について考えることをサーラは一旦放棄し、頭をまっさらにした。
そこに残るのは、「レリアナを討つ。トドメは任せたぞ」という先のルブルックの言葉だけ。
(ルブルック、お前が任せたと言ってくれたのだ。ならば、私のすべきことは一つ!)
馬上からの攻撃は、サーラはそれほど得意としていない。もし、馬で駆けながらの攻撃で、仕留め切れなかった場合、レリアナとの距離が空き、二度目の機会は失われる。
だから、確実にレリアナを討つため、サーラはレリアナにたどりつく前に馬から飛び降りた。
態勢を崩すことなく地面に降り立ったサーラは、そのまま全力で駆けレリアナへと向かう。
(構えさえできていない! 剣の素人か!)
レリアナが自分を視認していることは、サーラも気づいている。だが、当のレリアナは剣を抜いているものの、サーラの攻撃に備えるための構えもとれていない。それは明らかに剣士の動きではなかった。
だが、サーラはそこで油断をしたり手を抜いたりするような女ではない。
ミュウの神速にも勝る踏み込みでレリアナに迫り、その首目掛けて全力の剣を振る。
「――――!?」
金属と金属がぶつかる甲高い音が響いた。
(防がれたのか!?)
サーラには目の前の事象が即座には受け入れられなかった。
サーラの剣はレリアナの首に届く前に、レリアナ自身の剣によって止められていた。
(この女には私の剣筋など見えていなかった! あんな状況で受けられるはずがない! こんなの、まるで体が勝手に動いて私の剣を止めたみたいじゃないか!?)
超高速の踏み込みからの一撃離脱がサーラの戦い方だ。
必殺だったはずの一撃を止められたサーラは、思うことは色々あったが、とにかく一旦間合いの外へと飛び退く。
その瞬間、それまでサーラの体のあったところをレリアナの剣が薙いだ。
(迷っていたら斬られていた!?)
今の一撃、サーラは防げていたとは思えない。
レリアナの視線は、自分を狙うような目ではなかったのだ。どこを狙っているのか、いつ狙ってくるのかさえ見当がつかない。あんな目から攻撃を仕掛けてくる者など、レリアナは見たことがない。
(今の反撃もまるでレリアナの体が勝手に動いたようだった。……私は一体、何と戦っているんだ!?)
サーラはいまだ金色の輝きを放つレリアナに戦慄を覚えた。
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