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第81話 キッドの策

 聖王国軍の陣形はレリアナの指示によるものだが、レリアナにそうするよう提案したのはキッドだった。

 敢えて陣形の脆弱な部分を作ることにより、敵の突撃の向かう先を限定させる。

 ここまではキッドの狙い通りだった。


「行くぞ、ルイセ」


「はい」


 聖王国軍の陣形の脆い部分に、ルイセとともに潜んでいたキッドは、ルイセと共に敵軍に向かって馬を走らせた。

 青の王国兵は、相手にも海王波斬撃と同等の魔法があるとは微塵も考えてはいない。彼らは今回も自分達が聖王国軍を蹂躙すると信じて疑わずに向かってきていた。

 そんな青の王国軍の騎馬隊に向けて、キッドは右手を掲げる。

 その手に、キッドの魔力だけでなく竜王の魔力もみなぎっていく。


「竜王破斬撃!」


 聖王国軍にとって反撃の狼煙となる一撃が、青の王国軍に放たれた。

 土煙を上げながら突進してきた騎兵が、馬もろとも吹き飛ばされ、馬の蹄によるものではない土煙に覆われていく。

 とはいえ、今の魔法で青の王国軍をすべて撃破したわけではない。潰したのは騎兵隊の集団の前方の部隊だけだ。後方の騎兵やさらにその後ろに続いている歩兵隊は健在のまま。このまま騎兵の被害に構わず攻め込めば、彼らにもまだ勝機はあった。

 しかし、想定外の味方の被害を目の前を見せられ、騎馬隊は手綱を緩め、中には興奮して暴れ出す馬もおり、後ろの歩兵隊も足を止めてしまっている。


「よし、作戦通りだ! 後はレリアナに任せて俺達はここを離れるぞ」


「了解です」


 今のキッドとルイセは白の聖王国軍と青の王国軍の間にいる。このまま聖王国軍を攻め上がらせれば、キッド達はその混戦に巻き込まれてしまう。役目を果たした今、戦闘の中心となるこの場から一早く離れることが二人、特に魔力を激しく消耗したキッドにとっては重要だった。

 キッドとルイセは後ろの聖王国軍の方ではなく、横方向へと馬を向かわせた。


 キッド達が避難を開始しだしたことを確認し、後方にいたレリアナは周りに声をかけながら前線へと上がっていく。


「皆の者! この陣形のまま敵の方へ押し進め!」


 ロムス将軍亡き後はライニール将軍が聖王国軍の総指揮を執っている。だが、その上に立つ聖王の指示は、ライニールの指示よりもさらに上位のものとなる。ライニールの指揮下で動いていたとしても、聖王から別の指示がくれば、上書きされるのが聖王国軍では至極当然のことだった。

 これがもし先代聖王の指示だったならば、聖王国軍はその指示通り、分散陣形のまま一糸乱れぬ隊列で青の王国軍を飲み込みにかかっただろう。

 しかし、今の聖王レリアナにはそこまでの力はなかった。

 突然の魔法による敵騎馬隊の崩壊に驚いていた聖王国兵は、レリアナの声で冷静さを幾分取り戻し、前進を始める。だが、彼らは前方で崩れた騎兵隊へ向かってしまっていた。レリアナの指示にもかかわらず、間隔を開けていた兵隊が、敵騎馬隊に向かって集まっていく。

 通常の戦いならそれでも問題はなかった。

 けれども、今はそうではない。敵にはまだ海王波斬撃が残っているのだ。


「みんな! まだ固まってはダメ! このまま密集せずに前に進んで!」


 レリアナは懸命に声を上げる。

 それは予めキッドに言われていたことだった。

 崩れた敵騎兵をさらに追い込むために兵達が集まってしまうと、必ずそこを青の導士に突かれ、相手にとって起死回生となる海王波斬撃を食らい、戦局をひっくり返されかねない。海王波斬撃を撃たせないため、撃たれたとしても被害を少なく抑えるため、この分散陣形のまま敵とぶつかり、接敵した後に陣形を正しい形に戻していく。それが、キッドからレリアナが授けられた策だった。


「お願い、みんな! 私の声を聞いて!」


 前方に進みながらレリアナは兵達に訴えかける。

 兵達もレリアナの声を聞いていないわけではない。声は聞こえている。ただ、その指示に従おうとすぐに思えるほどには、戦場でのレリアナを信頼できていなかった。


「私って……こんなにも役立たずなの……」


 敵の動きを読んでいたキッドだったが、聖王国におけるレリアナの兵達の掌握具合に関しては完全に見誤っていた。


「このままじゃまずい……。青の導士が絶対に狙ってくる」


 いつの間にかレリアナは陣形の中でもかなり前の方まで出てきていた。

 その場所からなら、敵部隊の動きも見えている。青の導士がいないかと、敵兵の方へ眼を向けた。


「自由に動きのとれない敵部隊の中にはきっといないはず。自由に見て動けるように、離れていても私達がよく見えるところにいるはず……」


 レリアナは正面の敵部隊ではなく、そこから離れている敵兵がいないか目を凝らす。


「……いたっ!」


 明らかに陣形から外れて、ほかとは違う動きを取っている2騎の騎馬をレリアナは見つけた。


(きっとあれが青の導士とそれに仕える女騎士に違いない! まずい! こっちに向かってきてる! 今敵に向かって集まっているのは我が軍主力の聖騎士団だ。そこにあの魔法を食らったりしたら、この戦い……また負ける)


 とはいえ、非力な娘にできることなどなかった。聖王という肩書があるだけで、レリアナの中身はただの小娘にすぎない。


(このままじゃキッドの言っていた下策になっちゃう。……いえ、主力を失った後に、敵を倒せる力を残していないというのでは、下策にもなりえないただの愚策ね)


 レリアナはうつむき、このまま諦めて足を止めようかとつい考えてしまう。このまま自分も海王波斬撃を食らってしまったほうが、もはや何も考えずに済むのではないかと思いさえする。

 ただ、そこまで闇に落ちる前に、レリアナはキッドの言葉を思い出していた。


(……そういえば、下策を上策に変える手があるみたいなことをキッドは言っていたっけ。それって、この下策のような状況をなんとかするような手があるってこと? こちらの主力ではなく、ダミーの主力にでも海王波斬撃を撃たせることができれば、逆転の上策かもしれないけど、青の導士を騙せるような方法があるとは思えない……。それか、こちらの主力よりも青の導士が狙いたいと思うようなターゲットでもあれば別かもしれないけど……)


 レリアナは頭を巡らせる。


「……あっ」


 そして一つの可能性にたどりついた。


「……あった。こらちの主力騎士団よりも青の導士が狙ってくるものが。……私だ。聖王としての私。何の力はなくても私には聖王という名はある。青の導士なら私が前線にいることを知れば、きっと狙ってくるに違いない!」


 レリアナは聖王国に伝わる聖剣を抜き、高く掲げると、さらに前へ向かって進みだした。


「我は聖王レリアナ! 皆の者、今こそ我らの力を示す時! このまま青の王国軍へと突っ込め!」


 その声は仲間を鼓舞するためのものではない。レリアナの目的は、自分を目立たせ、青の導士に見つけさせることだった。


(気づけ! 青の導士! 聖王レリアナはここにいるぞ!)


 レリアナは前の方、そして自軍主力から離れた端の方へと向かって進んでいく。

 自分が移動した方にいる兵士達は、海王波斬撃のまきぞえとなる。レリアナもそれはわかっていた。隊列から一人離れてしまっては、青の導士は海王波斬撃を撃ちはしない。別の方法で倒しにくるだろう。だから、レリアナは隊列の中に留まる必要があった。その上で、多くの主力聖騎士を守るため、それより少ない数の兵士達を自分とともに犠牲にする。

 そのくらいの非情な判断をできるくらいには、レリアナは王だった。


(さぁ、青の導士! 敵の大将、聖王だ! 見逃すなよ!)


 レリアナはもう隊列の端に近い最前線付近まで出てきていた。

 距離はまだあるが、レリアナからはしっかりと青の導士の騎馬が見えている。

 まだ相手の顔もしっかりとは見えない距離だったが、レリアナは感じた。青の導士と目と目が合ったと。


「気付いたか、青の導士!」


 これから強力な魔法を撃たれるとわかっているのに、レリアナの心はひどく落ち着いていた。不思議と恐怖もない。


「私は聖王。この国のためにある者だ」


 聖王レリアナは明らかにこちらに向かうように動きを変えた青の導士をキッと睨みつけた。


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