第79話 レリアナとキッド
「キッドさんにルイセさん!? どうしてこんなところに!?」
ティセに紹介したい者がいると言われて自室の扉を開けたレリアナは、ティセとフィーユの隣に立つキッドとルイセの姿を見て驚きの声を上げる。
レリアナが二人と会ったのは、親善外交で紺の王国を訪れた数日の間だけだが、レリアナはいまもまだあの日々のことを強く覚えていた。
「我が主君、ルルー王女の命により、レリアナ様の助力に参りました」
キッドが以前に見たレリアナは、王というよりはむしろ無邪気な街娘のように見えた。その明るく朗らかな様は、どこかルルーに似ているとも感じていた。だが、今のレリアナはあの時とは別人のように、覇気がなくどこか憔悴しているようにさえ見えた。
キッドはその変化に驚きながらも、まっすぐにレリアナの目を見つめる。他国の王を正面から見据えるのは恐れ多いことであるとわかっていたが、自分の意思、そしてルルーの想いを伝えるためにあえてそうした。
「ルルー様の……」
今もレリアナの心の中に確かな温かさと共に残るその名前を耳にし、レリアナの顔に少し明るさが戻った。
「……状況がよく呑み込めませんが、とにかく中に入って詳しい話を聞かせてください」
「わかりました」
顔を合わすなり追い返されたりしなかったことに一先ず安堵し、キッドとルイセは、ティセ達とともにレリアナの部屋の中へと入っていった。
◆ ◆ ◆ ◆
聖王の部屋の中、レリアナの前に座ったキッド達は、フィーユが青の導士に対抗するためにキッドの助力を求めて紺の王国へと来たこと、フィーユから話を聞いたルルー王女がレリアナのためにキッド達をこの地に向かわせたことなど、包み隠さずレリアナへ話した。
他国の軍師など腹に一物持っていてもおかしくない。普通ならば容易に受け入れ難いだろう。また、独断に動いたフィーユも、咎められてもおかしくない。
だが、レリアナにそういった様子は微塵もなかった。
「……困ったときはお互いに助け合う女子同盟。ルルー様、覚えていてくださったのですね」
レリアナは胸に手を当てそっとつぶやいた。
「レリアナ様、何かおっしゃいましたか?」
「いえ……こちらの話です。それよりも、ルルー様の御厚意、そしてキッドさんとルイセさんの御助力、感謝いたします」
レリアナは二人に頭を下げた。
「レリアナ様!? 恐れ多いことです、頭をお上げください!」
王らしからぬ振る舞いにキッド達は慌ててしまう。
「ルルー様の想いを受けて参られたのなら、私にとってお二人はルルー様と変わりありません」
顔を上げたレリアナはきっぱりとそう言い切った。
聖王たるレリアナがキッドとルイセのことを認めたのであれば、二人の滞在はこれで認められたことになる。しかし、だからといって二人の存在と堂々と公にしていいというわけではなかった。
そのことをよく理解しているティセが口を開く。
「レリアナ様、とはいえお二人に我が軍の指揮を執ってもらうわけにはいきません。聖王国が他国に助力を求めたとなれば、兵や民だけでなく、他国にも侮られましょう」
白の聖王国はこの島の四つの大国の一つである。その聖王国が、戦いに負け続きだからといって、つい最近まで小国だった紺の王国から軍師を招くなど、メンツにかけてあってはならないことだった。レリアナ自身は納得しても、ほかの者達は納得しはしない。新たな聖王は弱腰と、レリアナの立場を悪くするだけだった。
「それに、聖騎士達も他国の将の指揮下に入ることをよしとはしないでしょう」
「……そうでしょうね」
レリアナも聖王に即位して半年ほどとはいえ、国のこと、兵のことはもうわかってきている。神のためなら命すら厭わない清廉な騎士達が、他国の、しかも宗派も違う者達に従うとはレリアナも思えなかった。
先代の聖王ならば、そのカリスマで兵達を従わせることもできただろうが、今のレリアナにはそれほどの求心力はない。ティセの言葉に、レリアナは悔しさで顔を歪ませる。
「なので、お二人にはこのまま、グレイの代わりに来た三本の矢の候補という形で、遊撃隊として動いていただこうと思います」
ティセの言葉に、キッドとルイセは互いに目を合わせうなずき合う。
「俺達もそのつもりです」
「……わかりました」
せっかくルルーが遣わしてくれた軍師と軍師補佐をただの一兵卒としてしか扱えない心苦しさがレリアナの顔には出ていた。
キッドはそんなレリアナを安心させるように笑顔を向ける。
「俺には青の導士の海王波斬撃と同様の魔法、竜王破斬撃があります。遊撃隊とはいえ、中規模の部隊程度の働きはしてみせますよ」
「……頼りにさせてもらいます」
「それと、指揮は執れませんが、青の導士の海王波斬撃への対応策はいくつか策は提案しておきます。レリアナ様の頭には入れておいてください」
「はい、よろしくお願いします」
レリアナは姿勢を正し身構える。
「海王波斬撃を止めるには青の導士を止めるしかありません。しかし、フィーの話を聞く限り、それは容易なことではないでしょう。そのため、海王波斬撃は食らうものだと考えなければなりません。ただし、青の導士の得ている力が俺と同じ種類のものなら、あの魔法が使えるのは一回の戦闘では一度きりでしょう」
「一度きり……」
「はい。なので、上策としては、陣形を組まず、10人程度の少数の部隊をいくつも作り、それぞれが柔軟に流動的に動き回る方法が考えられます。これならば海王波斬撃を撃たれても、巻き込まれるのはいくつかの部隊だけで戦局が変わるほどの被害にはなりません」
「なるほど」
「ただし、これを実行するには、兵隊それぞれが高い分析力と状況判断力を持っていることと、優秀な指揮官が複数いることが絶対条件です。それなしにこの策を取れば、部隊は全体が見えない中で個別に動き回るだけとなり、すぐに戦列は崩壊することでしょう」
キッドの言葉にレリアナは押し黙ってしまう。
聖騎士達はどんな指示にも全力を持って応える優秀な兵だが、自分達で考えて独自に動くような訓練は受けてはいない。そもそも、複数の部隊を一つの意思のもとに動かせるような指揮官を複数揃えるなど、どだい無理な話だ。レリアナとしては、理想の話として受け取るしかなかった。
「……それでは、中策とは?」
「中策は、普段の密集陣形を取らずに、兵と兵との間隔を取って陣を敷く方法です。これならば、新たな戦術を取り入れることなく戦え、海王波斬撃をくらったとしても被害は密集時の半分以下に抑えられます。また、一度撃たせた後は本来の密集陣形に戻せば本来の戦いができます。ただし、それまでは陣としての力は普段の半分以下となりますので、それを踏まえておく必要があります」
「……わかりました」
キッドの中策を受けてもレリアナはうかない顔をしたままだった。
フィーユがレリアナ達のもとを離れた後にも、レリアナ達聖王国は青の王国軍と1度戦っている。通算では3度めの戦いだっだが、その戦いおいて白の聖王国軍はキッドの中策と同じ分散陣形で青の王国に挑んでいた。もっとも、その戦いでは陣形が薄いところを敵騎兵隊に突かれ、それに対抗するために兵達が密集したところに海王波斬撃を食らうという、苦い敗北をまたもや味わわされていたのだ。
「それで、最後の下策は?」
「下策は、敢えて主力の兵を固めて、そこに海王波斬撃を撃たせる手です。いつ相手が撃ってくるのかわからないという不確定要素を排除できるという利点はありますが、被害は大きなものになります。くるとわかっているので、ある程度は魔法に備えることはできますが、それでもその戦闘中に復帰は無理でしょう。この策を用いるのならば、その主力を失っても勝てるほどの戦力差がある場合になります」
「それはつまり、青の王国相手の戦いでは使えないということですね」
「そうですね。……ただ、下策を上策に変える手もないではないのですが……いや、やはり下策の下策ですね……」
何かを言いかけたキッドだったが、途中で考えを改めたのか言葉を止めた。
レリアナはそれが少し気にはなったが、最初に提示された上策のように今の自分達には実現不可能な方策なのだろうと考え、追及するようなことはしなかった。
「結局、私達に取れるのは中策だけということですね。……ですが、お恥ずかしながら、すでにその策を講じて、無様に敗れた後なのです」
レリアナは申し訳なさそうにうつむく。
「先の戦いはそうだったのかもしれませんが、次の戦い、向こうはこちらに海王波斬撃と伍する魔法があることを知りません。ならば中策を利用してこちらの有利な展開を作ることができます。レリアナ様、次は勝ちますよ」
キッドの言葉はレリアナは顔を上げる。
「キッドさん……」
だが、勝利を予告するキッドに向けられたレリアナの目は、まだどこか不安げだった。




