第76話 突然の来訪者
青の王国が、赤の王国ではなく白の聖王国へと侵攻したことにより、赤の王国の方でも新たな動きが起き始めていた。そういった赤の王国の情報はもちろん、白の聖王国と青の王国との戦いの情報もキッド達のもとへと届けられてくる。
緑の公国から戻って来たミュウやルルーと共に、キッドは王城の執務室でそれらの報告書に目を通していた。
再び起こるであろう赤の王国との戦いの予感を感じるだけでも頭を抱えたくなるのに、劣勢に立たされているレリアナのことを慮ってか、ルルーの顔は曇っている。
それはキッドにしても同じなのだろう。ルルーにつられるように、キッドも眉間に皺を寄せていた。
そんな中、ミュウが新しく手にした剣を鞘から抜いたり納めたりカチャカチャと音を立て始める。
空気を読めないような行動に、キッドは諫めるように視線だけをミュウの方へと向けた。
「……なぁ、ミュウ」
「キッド、見て見て~。私の新しい剣だよ~」
ミュウは鞘から半分ほど愛剣を抜いて掲げ、キッドへと自慢げに見せてくる。
「いや、もう何回も見たから」
すでに新しい剣については、ミュウが帰ってきてから何度も見せられている。その子供じみた行為に、キッドは苦笑いを浮かべるしかない。
「うん、そっちの顔の方がまだマシだね。皺ばっかり寄せてると、取れなくなっちゃうよ」
そう言って笑うミュウを見て、キッドはそれがミュウなりの気遣いだということを理解する。
「ルルー王女もですよ。せっかくの可愛らしいお顔が台無しです」
「ミュウさん……」
ルルーもミュウの意図に気付いたようで、書類から顔を上げてミュウに目を向ける。
「ルルー王女のそばには、キッドもルイセもソードもエイミもいます。同じようにレリアナ様のそばにはグレイ、ティセ、フィーがいます。だから、この国も白の聖王国も、きっと大丈夫ですよ」
「……そうですね。ありがとうございます」
ルルーの顔にいつもの明るさが少し戻る。
「そういえば予定では、ルイセさんは今日帰ってくる予定でしたよね?」
黒の都のエイミ達とは常に文書でのやりとりをしているが、中には直接話をしなければならないようなこともある。そのため定期的に誰かがもう一方に足を運んで話を聞いたり、状況を確認したりといったことをしている。
ミュウは緑の公国から戻ってきたばかりということもあり、今回は負傷もだいぶ癒えたルイセが黒の都へと赴いていた。
「ええ、今戻りましたよ」
突然開いた部屋の扉に、ルルー達は慌てて顔を向ける。
「お帰りなさい、ルイセさん」
扉を開けたのはルイセだった。そこまで来ていたことに、ルルーはともかく、キッドもミュウもまったく気づいていなかった。気配も足音もまったく感じなかっただけに、キッドは相変わらずのルイセの能力に驚くしかない。
「お疲れ様。だけど、気配を消して近づいてくるのはやめてほしいな。わりとびっくりするから」
「サプライズというやつです」
「仲間を驚かせてどうするんだよ」
「皆さんを驚かせるくらいの力はあるということです。なので、私のことをもっと頼ってくれてもいいんですよ?」
「……話を聞いていたのか」
「聞こえていただけです」
しれっとそう言い切るルイセに、キッドは呆れるよりもむしろ頼もしさを感じた。
ミュウもまた心強い仲間に向け口を開く。
「そういえばルイセ、黒の城にあった魔剣の話をしたら随分と興味ありそうだったけど、見てきた?」
「はい。借りてきました」
「えっ!?」
「えっ!?」
背中に隠していた二本の細い鞘に納まった剣を出してきたルイセに、ミュウとキッドは揃って同じ声を上げる。それはどう見ても、あの菊一文字と村正だった。
「ソードさんもエイミさんも使わないのならあそこに置いておいてもしょうがないですからね。もちろん、事前にルルー王女の許可は得ていますよ」
キッドは慌ててルルーに顔を向ける。
「ルルー王女、そんな許可をしていたんですか?」
「ええ。武器は宝物庫に飾っておくようなものではないと思いますので」
ルルーの「何か問題でも?」と言いたげな顔に、キッドはもう何も言えなくなる。
実際にその二本の剣を握ったことのあるミュウも驚きはキッドと同様のようで、剣とルイセの顔とを、目を丸くしながら交互に見やる。
「それって、一本は魔剣だよ!? しかも妖刀だよ!?」
「私も握ってみましたが、確かにこれは妖刀と呼ぶべき剣かもしれませんね。込められている狂気とも言うべき想いが尋常ではありません。ミュウさんやソードさん達のような純粋な想いをもったかたが使うべき剣ではないでしょう」
鞘に入った魔剣村正を見つめるルイセの目は、なにかを悟っているかのように見えた。
「けど、それを言うならルイセだって同じじゃないか。ルイセの純粋さは俺達みんな知っているぞ」
キッドの言葉にルイセはキョトンした顔を浮かべる。キッドだけでなく、ミュウやルルーもその言葉にうなずいているのに気づくと、ルイセはすぐに照れたようにうつむいた。
「なにをバカなことを言ってるんですか、ホントに。人をからかうものじゃないですよ」
初めて見るルイセの表情とその態度に、キッドは思わず可愛いと思ってしまう。
ミュウも、そんな顔をすることもあるんだと思いながら、2本の剣に視線を戻した。
「でも、そんな剣を二本も持ってきちゃってどうするの?」
「どうするって、剣の使い道なんて一つしかないですよね?」
「まさか使うつもり!? ルイセの戦い方とは合わないと思うんだけど?」
魔導士相手には魔法を使いつつ双剣の接近戦を主軸にして戦い、剣士相手には双剣で攻撃を防ぎつつ魔法主体で戦うのがルイセの戦い方だ。片刃の細長く反ったあの特殊な剣では戦い方が大きく変わってしまう恐れがある。
「戦い方の選択肢は多い方がいいですから。……それに、今までの戦い方が通用しない相手もいますし」
ラプト相手に後れを取ったことは、今もルイセの心に影を落としていた。ティセの援護もあってあの様だったのだ。一方でミュウは剣を折られたとはいえ、一人であのラプトを抑えていたと聞き、なおのことルイセには思うところがあった。
「でも、そこまで武器が変わると、今まで習得してきた剣術が無駄になっちゃわない?」
「元々私の剣は我流です。みなさんのような剣術と呼べるような代物ではありませんよ。ですが、我流であればこそ、特定の武器へのこだわりはありません。どんな武器であろうと、私が持てば私の武器となります。それが我流の剣なんですよ」
「……そういうものなの?」
ミュウにとってはいまいち理解できない感覚だった。だが、ルイセがそういうのなら、それがルイセの剣なのだろうと納得する。ミュウがミュウの剣にこだわりを持っているように、ルイセもまたルイセなりの剣へのこだわりがあるのだろうことは感じられた。
「まぁ、とにかく、ルイセも戻ってきてくれたことだし、まずは報告でも聞くとしようか」
「そうですね」
キッドの言葉を受けて、ルイセも久しぶりに帰ってきた執務室のすっかり座り慣れてしまった自分の椅子へと向かおうとする。
だがその時、四人のいる部屋へ、一人の兵士が慌てて駆けつけてきた。
「キッド様! 大変です!」
似たようなことが以前にもあったなと思いながら、キッドはその兵士に落ち着くように手で示す。
「なにがあったか知らないが、慌てても事態は変わらないぞ。一体どうしたんだ?」
「フィーユ殿が……白の聖王国のフィーユ殿が、キッド様にお会いになりたいと見えられているんです!」
「フィーが来ているのか!?」
慌てないよう言っておきながら、兵士の報告にキッドが驚きの声を上げてしまう。
白の聖王国は現在青の王国と戦争の真っ最中。しかも、報告書を見る限り、かなり青の王国に押されている状況で、とてもこんなところにフィーユが来ている余裕はないはずだ。
それはキッドだけでなくほかの3人も承知していることであり、4人は互いに顔を見合わせ合う。
「とにかく会ってみるしかないな」
キッドは席を立ち、フィーユに会うため足早に部屋の外へ向かう。ルルー達も当然のようにそのキッドについていった。
しかし、部屋を出たところで、キッドの足が止まる。
その先には、両側を兵士に挟まれたフィーユの姿があった。以前見た時に快活だった彼女の顔は、今はその面影がないほどひどく憔悴して見える。
「フィー……」
キッドのつぶやきで、フィーユもキッドの姿を認め、両脇の兵士が止めるより先に走り出していた。
「キッド!」
フィーユはキッドの近くまで走り寄ると足を止め、潤んでいるように見える瞳でキッドを見上げる。
「……お願い、キッド。私達に力を貸して。……私じゃ青の導士に……勝てない」
「青の導士だって!?」
赤の導士を名乗るルージュに続いて、また別の四色の魔導士の名を聞き、キッドは戸惑う。
「フィー、部屋を用意する。とにかく話を聞かせてくれ」
キッドは少しでも安心させようとフィーユの肩に手を乗せた。
その肩はキッドが思っていた以上にか細く、圧倒的な魔力量のせいで忘れがちになるが、目の前の少女が12歳の女の子だということをキッドは改めて実感した。




