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第74話 フィー対ルブルック

 グレイとサーラが戦闘を開始する前、フィーユもまたグレイに続いて別方向からルブルックに向かっていた。

 グレイがルブルックを討てればそれでいいが、敵には護衛の騎士がいる。それがかなわなかった時は、ルブルックを倒すのは自分の役目だとフィーユは十分理解していた。

 そして、ルブルックを倒すヒントはすでに敵の会話から得ている。


(近距離からの魔法をずらしきれないのなら、距離を詰めて魔法をくわらせるまでだよ!)


 横目でグレイが馬をやられてルブルックにたどり着くまでに止められたことを確認すると、フィーユはいよいよ自分の出番だと馬をさらにルブルックへと近づけると、風の魔法を利用し、勢いを落とさずそのまま馬から飛び降り、数メートルの距離でルブルックと対峙する。


(この距離なら中心からずらされても頭や足には当たるはず!)


 フィーユは炎の矢を連打するために右手をルブルックへと突き出した。

 だが、炎が発生するより先にルブルックが魔法を発動させる。


「結界領域展開!」


 ルブルックがしゃがんで地面に手をつくと、そこを中心に数十メートルの薄い青の円が広がった。

 一瞬フィーユは動揺するが、かまわずに自分の力ある言葉を口にする。


「ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー」


 だが、いくらその名を呼んでも炎の矢は手の先に生まれてこなかった。

 こんなことはフィーユも初めてだった。頭がショートしたように、何も考えられず、右手を突き出したまま固まってしまう。


「この結界領域内では霊子を魔力に変えることはできない。つまり、魔法は使えないということだ」


 ルブルックは腰に提げていた、直径数センチ、長さ数十センチの筒を手に取った。その筒には持ち手がついており、ルブルックは右手でその持ち手を握り、筒先をフィーユへと向ける。


「魔法が使えない!? そんなバカなことがあるわけないよ!」


「霊子を魔力に変える仕組みを解き明かせば、それを阻害することができるのも道理。事実、この世界には、様々な要因が重なり、魔法が使えない場所というのも存在している。これは、そういった空間を魔法によって作り出したものだ」


 ルブルックは簡単に言うが、仕組みを解明する洞察力、魔法として再現するセンス、そしてその状態を空間として維持する才能、それをすべて備えているのはルブルックくらいのものだ。とはいえ、この魔法には大きな欠点が存在している。


「もっとも、この結界領域の中では、俺自身も魔法を使えないんだがな」


 ルブルックは自らその欠点をはっきりと口にした。

 相手にわざわざ自分のオリジナル魔法の仕組みを説明してやる義理も必要もない。ルブルック自身にメリットは何もない。

 自分の才能や力を誇示したいというわけでもなかった。

 ただ、ルブルックはこのフィーユという少女の、魔導士としての才能には敬意を表していた。魔力量に関しては足元には及ばないと、自信家のルブルックでも素直に認めている。それだけに、ここで自分がその才能を潰してしまうことをルブルックは惜しくも思っていた。それだけに、このルブルックの魔法についての説明は、自分にそこまで思わせた相手への手向けとしての言葉だった。


(今の言葉が本当だとしたら、お互いに条件は同じってこと。もしかして、私が子供だと思って、物理戦闘力がないと思ってるの?)


 フィーユは軍服の中に手を入れ、そこに隠した短剣を握った。

 フィーユは身体能力こそ12歳の少女のものでしかないが、十分なナイフ術を身に着けていた。その腕は一般人なら大の男が相手でも負けることはない。フィーユはこれまでも単独行動をしてきたのだ。そのくらいの物理的な自衛手段がなければ、これまで無事でいらるはずがなかった。


 フィーユは短剣を所持していることを悟られないようにしながら、踏み込むタイミングをうかがう。

 ただ、先ほどから気になっているのは、ルブルックが手にした筒の先を自分の方に向けていることだった。

 フィーユの狙いを知ってか知らずか、ルブルックは再び口を開く。


「とはいえ、魔法が使えないと言っても新たに魔法を使えないというだけで、すでに発生した魔法が消えるようなことはない。たとえば、こういうふうにな」


 ルブルックがフィーユに向けていた筒の持ち手のそばについた引き金を指で引くと、筒の中で爆発音が響いた。


「うぐっ!?」


 音と同時に右太ももに激しい痛みを感じたフィーユは、たまらず膝をつき、自分の脚を確認する。見ればタイツの太もも部分に穴が空き、そこから血が溢れてきていた。


「なにこれ!?」


「名をつけるのなら魔導砲といったところか」


 そう言いながらルブルックはポケットから指でつまめる程度の大きさの鉄の弾を取り出した。


「この弾には俺の爆裂魔法を付与して固定化してある。こいつを魔導砲にセットし――」


 ルブルックは魔導砲の上部にあるカバーをずらして開くと、その中に弾をセットしてカバーを閉じ、再び砲の先をフィーユへと向ける。


「この引き金を引けば、魔法の固定化を解除する魔法を付与した仕掛けが動き――」


(このまま屈んでいたらまずい!)


 フィーユが痛む足で横に跳ぶと同時にまた爆発音が響いた。


「ぃっつぅぅ!」


 跳んで倒れたフィーユは、肩を抑えながら体を起こす。

 鉄の弾がフィーユの右肩に撃ち込まれていた。咄嗟に動いていなかったら胴に命中し、内臓をやられていたかもしれない。心臓にでも当たればそれでもう終わりだった。


「今のように、弾に込めた爆発魔法が発動し、その勢いで鉄の弾が飛び出すというわけだ。……そのままじっとしていれば楽に死ねたものを」


 ルブルックは再びポケットから弾を取り出す。


「この結界領域内では、事前に準備を整えておいた俺だけが魔法の力を行使できる。迂闊に近づいたお前の負けだ」


 近距離からの魔法をずらしきれないとサーラと会話をしていたのも、ルブルックがわざと行ったものだった。フィーユが聞いているという確証はなかったが、もし耳にすれば必ず自分に近づいてくるはずだとルブルックは種をまいておいたのだ。

 ルブルックは魔導砲に弾を込め、再びフィーユへと砲の先を向けた。

 フィーユは顔に焦りの色を浮かべて、魔導砲を睨みつける。


(まずい……。さっきので利き腕の肩をやられちゃった。これじゃあ短剣では戦えない。……だったら、方法は一つ。この結界領域の外に出るまで!)


 フィーユは、ルブルックが魔導砲を撃つ前に、背を向けて駆け出した。領域結界の範囲は数十メートル。その外にさえ出てしまえば、再び魔法が使えるようになり勝負は仕切り直しになるはずだった。

 だが、走っている途中で撃たれた右脚がひどく痛み、フィーユはよろめく。

 その瞬間に再び爆発音がし、フィーユは脇腹に熱い痛みを感じた。


「ぐぅふぅぅ!」


 フィーユはそのまま地面に倒れる。


(致命的なとこには当たってない。よろけていなかったら今ので終わっていたかもしれない……。でも、もう体が……)


 振り向けばルブルックは新たな弾をもう込めていた。

 再び立ち上がって走り出す頃にはまた魔導砲が放たれるだろう。

 結界領域の外まではまだ距離がある。


(……私、こんなとこで終わるの?)


 現実的な死の恐怖、それはフィーユが初めて感じるものだった。これまで戦場に立っても、ここまで己の死を身近に感じたことはなかった。

 可能性がある限りは足掻き、這いつくばってでも結界領域の外まで逃げるべきだと頭で理解していても、フィーの体は動かなかった。


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