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第73話 グレイ対サーラ

 ルブルック達へと迫るグレイの武器は1.5mを超える長剣。大剣ほどの太さはないが、長さだけなら並の大剣には負けない。馬上にて片手で扱えるよう多少細身の刃ではあるが、それでもこれだけの長さと重量のあるものを不安定な馬の上で軽々と扱える者はそうはいない。

 グレイは馬ですれ違いざまにこの長剣で相手を刺突する技を得意とし、戦場で彼が通りすぎた後には、刺し貫かれた敵兵達の亡骸が累々と横たわるほどだった。

 そのグレイの今回の狙いは青の導士ルブルック。この魔導士がいるいないで戦局は大きく変わる。


 だが、グレイの向かう先に、サーラが立ち塞がる。


「ルブルックを討たせるわけにはいかない。ここで止める」


 サーラはルブルックの前に立つと、向かってくる馬上のグレイに向かって駆け出した。

 グレイの長剣に対してサーラの剣は1mほど。腕の長さも入れれば、リーチの面ではサーラはあまりにも不利だったが、彼女に臆する様子は微塵もない。

 グレイは、奥のルブルックを意識しつつ、まずはサーラをターゲットとする。彼はこのままサーラに攻撃をしかけ、そのまま馬を走らせ、奥のルブルックを仕留めにいくつもりだった。


(手前の女騎士も倒せれば御の字だが、防がれてもかまわん! 目標はあくまであの魔導士!)


 グレイは馬上突きに備えて長剣に力を込める。

 しかし、グレイが仕掛けるより先にサーラが動いていた。

 グレイはサーラを目標に捉えはしていたが、次の展開に備えて一瞬ルブルックの方へと目を向けた。再びサーラに視線を戻した時、すでに彼女の姿は消えていた。


(速いっ!?)


 サーラの動きはグレイの想定以上の速度だった。先ほどまで前方にいたはずなのに、気が付けば、身を低くしながらグレイの利き腕の反対側へと走り抜けていた。

 反応が遅れたグレイは、死角となる位置に入られ、すでに攻撃のチャンスを逃してる。


(だが、別にかまわん! 俺の目標はあくまで魔導士!)


 グレイはすぐに攻撃対象をルブルックへと切り替えた。しかし、その前に馬が突然態勢を崩し、グレイの体は前方に放り出される。


(これは!?)


 グレイはすぐに気づいた。一瞬のすれ違いざまに、女騎士が馬の左前脚を斬り落としていたことに。


(最初から馬を止めることが目的だったか!)


 グレイは受け身をとって転がると、その回転を利用して立ち上がり、自分が進んできた方向に向けて剣を構える。

 グレイの視線の先には、今にも襲いかかろうと虎視眈々と狙っているサーラの姿があった。

 反応が少しでも遅れていれば、起き上がる隙をつかれて斬られていたとグレイは肝を冷やす。


(先ほどの奴の速さはなんだ!? まるでミュウの踏み込みの速さを見ているようだったぞ!)


 リーチの長さでは圧倒的に自分に分があることをグレイはわかっている。だが、その長さの分、剣速は劣る。間合いに入り込まれての打ち合いになれば不利になるのは自分の方だということも理解していた。


(近づけさせず、俺の間合いで戦うまで!)


 ミュウとの模擬戦以降、グレイは実戦で相対する時に備え、ミュウの神速の踏み込みを何度もイメージしてきた。あの速さにさえ対応してみせると、長剣を握った手に力を込め、サーラの狙いを探るために相手の視線へと目を向ける。


(――――!? なんだこいつは!?)


 サーラの目を見てグレイは戸惑う。互いの間合い図り合いは、ただ足による適正距離の取り合いだけではい。互いの視線、呼吸、それらによっても相手の意図や仕掛けのタイミングを探り合うものだ。

 しかし、今のサーラの瞳からはどこを見ているのか見当がつかなかった。まるでどこにも視線があっていないような焦点の合わない目をしているのだ。

 せめて呼吸だけでもと口もとに視線を移しても、一文字に閉じた唇からはいつ呼吸しているのか読めない。呼吸による胸に動きをさぐろうとしても、それさえ掴めない。呼吸をしていないとは考えられない。無呼吸と思えるほどに呼吸の動きを消しているのだ。


(やりにくい相手だ。……だが、そんな焦点の合わない目では俺の動きについてこれまい!)


 相手の動きが読めないのなら自分から仕掛けるまで――そう判断し、グレイは足と腕の筋肉に力を込めた。そして、打ってでる前にわずかに呼吸を整えると同時に一瞬の瞬きをする。

 目を開けた時、サーラの姿は消えていた。刹那時間とはいえ、完全に視界が閉ざされる瞬きの瞬間は誰にとっても隙となる。

 サーラはどこも見ていないのではなかった。あえて一点に焦点を合わさないことで、すべてを同時に見ていた。相手に視線を読ませないという意図もあるが、それよりも、この全体視とも言える目こそがサーラの武器の一つだった。

 サーラはその目で、相手の視線も呼吸もすべて同時に視認する。相手の一瞬の瞬き、呼吸と呼吸の間の一瞬の間、それらは一対一の斬り合いにおいて、攻撃の大きなチャンスとなる。

 サーラはその一瞬に隙に、驚異的な瞬発力で一瞬にして間合いを詰めたのだ。

 ラプトがサーラの姿を再び視認したとき、その姿はもう眼前に迫っていた。


(この踏み込みの速さはミュウ以上か!)


 イメージトレーニングしていたミュウの神速の踏み込みをも超える突進に、グレイは今から剣を振っても間に合わないと瞬時に察知し、躊躇いなく剣をサーラに向けて捨てると、後ろら向かって跳んだ。

 瞬間、サーラの白刃が煌めき、グレイの鎧を切り裂く音が響く。

 手を離したグレイの剣が邪魔になり、サーラの踏み込みがわずかばかり浅くなっていた。それでグレイは命拾いをした。

 サーラの剣はグレイの鎧の先の皮膚にまで届いていた。だが、血が滲む程度で戦いの支障になるようなものではない。

 グレイは腰から二本の小剣を抜き、両手に持って構えた。


「私の今の一撃を凌ぐ者がいるとは……世の中は広いな」


 サーラは再び剣を構える。


「それはこっちのセリフだ。化け物じみた剣士ってのは一体どれだけいるんだ。しかも、今回もまた女だ。……俺の名はグレイ。あんたの名前は?」


「……サーラ」


 名前だけを告げ、サーラは再び焦点のない瞳を浮かべる。


「またその目か……本当にいやになるぜ」


 グレイは二本の小剣で守りの構えをとりなら、サーラの踏み込みを警戒して距離を開ける。

 この小剣は、ミュウの神速と嵐花双舞に対抗するためにグレイが用意していたものだ。あの速さにグレイが対抗するには、軽くて取り回しのよい小剣2本が最適との判断だった。

 だが、小剣では逆にグレイの方がリーチで不利になる。これはあくまで防御に重点を置いた選択だった。攻め手には欠ける。

 それに加えて、もしもサーラがミュウ以上の速さの持ち主なら、これでさえどこまで対抗できるのかわからない。


(これは抑えておくので手いっぱいかもしれんぞ。……フィー、この戦い、お前にかかっているぞ)


 グレイはサーラを警戒しながらもフィーユの動きを目で追った。


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