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第71話 ルブルックとサーラ

 初戦の勝利により、青の王国軍は国境から大きく白の聖王国側へと戦線を移すことに成功していた。

 聖騎士団を壊滅させられれば言うことなしだったが、大きな打撃こそ与えはしたものの、うまく撤退されてしまった。それでも青の王国側の被害はわずかなもので、少なくとも初戦に関しては大勝利といえる内容だった。おまけに、最後まで残って撤退指揮を執っていた敵将ロムスを討ちとってもいた。騎士団長のレイナルドを討つことはかなわなかったが、ロムスを仕留められたことはそれを補って余りある。


「ここまではあなたの想定通り?」


 青の王国野営地の本部天幕の中、戦場で護衛を務めていた女騎士サーラが、自分の分と一緒に用意した果実ジュースの入ったカップをルブルックの前の簡易な机に置いた。


「まぁ、概ね想定通りだ。もっとも、ここでロムスを堕とせるとは思っていなかったがな。……それにしても、よく倒せたものだ。お前は怖い女だな」


「あなたの護衛が不要になれば、あのくらいのことはしてみせるわ」


 戦いが終盤になり白の聖王国の撤退戦に移ると、ルブルックが前線に出る必要はなくなり、自由になったサーラは単身戦場に向かった。彼女はそこで兵達に守られながら撤退指揮を執っていたロムスをあっさり打ち倒して帰ってきたのだ。

 サーラはこれまで、家柄がよくないのと、媚びることのない頑固な性格のため実力を正当に評価されず、騎士としての出世コースから外れてくすぶっていたが、ルブルックに拾い上げられてこの戦いからその護衛役を務めている。


「今回の手柄でおまえもようやく評価されるだろう。どうだ、乾杯でもするか?」


 ルブルックはカップを手に取ると、サーラの方に掲げてみせる。


「果実ジュースで乾杯? 下戸の私と違って、あなたはお酒も飲めるでしょうに」


「酒で俺の知性がひと時でも鈍れば、それだけでも世界にとって損失だろ?」


 サーラはこのルブルックという男がいまだによくわからない。今の言葉も普通なら冗談で言っているのだろうが、この男の顔を見ていると、本気で言っているようにも思えてくる。

 だが、サーラはこのルブルックという男が嫌いではなかった。青の王国の宮廷魔導士にして軍師、国のトップクラスの立場にいるこの男に対して、サーラは媚びへつらうような態度を取ったことは一度もない。たいした地位も与えられずにいたところを護衛役として抜擢してもらったことには恩義を感じてはいるが、それはそれ、これはこれ。サーラは対等の立場のような態度を取り続けている。にもかかわらず、ルブルックは一度としてそれを咎めることはなく、いやな顔一つ見せたことさえない。


「その程度の世界なら私も気が楽でいいわ」


 サーラは自分のカップをルブルックのカップに当て、ささやかに初戦の勝利を祝った。


「ふははは、確かに違いない」


 ルブルックは今もサーラの言葉に気を悪くした様子もみせず、むしろ心から笑っている。


「ご機嫌なのはいいけど、油断と慢心はなしでお願いしたいわね。白の聖王国の三本の矢の中には才能豊かな魔導士もいるそうじゃない」


 三本の矢の詳細な情報は白の聖王国内でも伏せられていた。だが、その存在ごと裏に潜っているわけではない。実際に聖王の手足として活動もしている。そのため漏れるところには漏れている。立場的に諜報員を自由に使いうるルブルックは、各国の情報についてかなり深いところまで知り得ていた。


「フィーユという魔導士のことだな。もし彼女が10年早く生まれていれば、魔導士として俺の最大の敵となっただろう。だが、今のフィーユは未熟すぎる。俺の敵ではない」


「すごい自信ね」


「自信ではない確信だ」


 サーラに向けられるルブルックの青い瞳は、己の実力に対する揺るぎない信頼の光に満ち溢れていた。


「そこまで言い切れるのがすごいわ。じゃあ、逆に今のあなたの敵となる魔導士は誰なの?」


 少々呆れ気味のサーラの言葉に、ルブルックは少し青みがかって見える短い黒髪に手を当てて、しばし考え込む。


「……そうだな。挙げるとすれば、赤の王国のルージュだな。自ら赤の導士を名乗る自意識過剰な女狐だが、奴なら俺の敵となりうるだろう」


「ルージュの名なら私も聞いたことがあるわ。あなた以外にも四色(ししき)の魔導士を自称する人がいることにはびっくりしたけど、あなたがそう言うのだから、確かな実力者なのね。なら、最終的には青の王国対赤の王国、青の導士ルブルックと赤の導士ルージュとで、雌雄を決するってわけね」


 黒の帝国が崩壊した今、サーラだけでなく、青の王国の人間の認識としては、残る強大な敵は赤の王国と白の聖王国だけだ。白の聖王国はこれから自分達が打ち倒すつもりなのだから、そのあと最後の敵として立ち塞がるのが赤の王国だというのは自然な考えだった。

 だが、ルブルックはそれにうなずかない。


「……いや、そうなるとは限らん。もう一人、俺の敵となりうる魔導士がいる」


 サーラはルブルックを見て意外に感じた。

 今の考えを否定したからではない。サーラがそう感じたのは、それを言った時のルブルックの顔がいつになく真剣だったからだ。ルージュのことを話してた時にもそんな顔はしていなかった。だからこそ、サーラはその魔導士のことが気になる。


「その魔導士って誰?」


「……紺の王国の魔導士キッド。俺が得た情報が確かなら、俺に対抗しうる魔導士かもしれん」


「魔導士キッド……もしかして緑の公国の三英雄の一人? 今は紺の王国にいるの?」


 緑の公国の三英雄についてはサーラも知っていた。ジャンとミュウはどちらも名の通った剣士だ。サーラもいつか剣を交える時が来るかもしれないと考えている相手でもある。そのこともあり、もう一人の英雄、キッドの名にも覚えはあった。


「お前はもう少し各国の情勢に目を向けた方がいいぞ」


「しょうがないでしょ。そういう立場におかれていなかったんだから」


「ははは、違いない! まぁ、赤の王国と紺の王国、ルージュとキッド、勝った方が俺への挑戦者となるということだ」


「挑戦者って……自分の方が立場は上だと思ってるのね」


「当たり前だろ? 俺は青の導士ルブルックだぞ?」


 そう言うルブルックを見て、サーラはやっぱり自分にはこの男が冗談で言っているのか本気で言っているのかわからないと思う。だが、不思議と不快感はない。


「……自分でいう? だいたい青の導士だって自称でしょ」


 こうやって嫌味と取られてもおかしくない言葉をサーラが投げかけても、ルブルックは笑っている。


(……どう考えても私の好みではないんだけど、嫌いにはなれないな。まぁ、あなたが最強の魔導士を自負するなら、魔法以外のものからは私が守ってあげるわよ)


 サーラはルブルックを横目に見ながら、カップに残った果実ジュースをすべて喉に流し込んだ。


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