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第70話 敗北の味

 白の聖王国の中で、ルブルックと護衛の騎士の動きに注視している者が二人だけいた。

 それは、遊撃隊として前線まで上がって敵の動きを見ていたフィーユとグレイの二人だ。

 フィーユに至っては、敵の情報を得るため、自身の膨大な魔力を利用し、音を増幅する魔法を自身の周囲に広げ、距離の離れたルブルックと護衛の騎士までもその効果範囲に入れていた。

 そのため、フィーユは、青の導士ルブルックの名も、海王波斬撃という魔法の名も、しっかり耳にしていた。


「……海王波斬撃」


「どうしたフィー!? なんだそれは!?」


 フィーユのつぶやきに、自軍の騎士隊が崩されたことに焦りの色を浮かべるグレイが反応する。

 フィーユは、先の紺の王国での戦いで、竜王破斬撃の発動こそ見ていないものの、対赤の導士ルージュに備えて、キッドからその魔法については聞かされていた。だからこそ、今の魔法を見て、ルブルックという魔導士もまた竜王の力を得た魔導士なのかと考えもしたが、キッドから聞いていた話とはどこか違うフィーユは感じていた。なにより、魔法の名前が異なっている。竜王破斬撃は竜王から授けられし魔法。ならばこそ、ほかの魔法と違い、竜王の力を借りて魔法を行使する際には、その魔法の名を口にすることが必要だった。


「……それじゃあなんだって言うのよ、今の魔法は」


「フィー! 呆けている場合じゃないぞ!」


 いまだ動揺から抜け出せないフィーユと違い、グレイは焦りを感じつつも、戦場を冷静に見ていた。


「ご、ごめん」


「あの魔導士、できることならここで仕留めておきたいが……ここからでは追いかけても追いつくのは無理か」


 ルブルックがそのまま戦場に留まっていたなら、確実にグレイの標的となっていただろうが、海王波斬撃使用後、役目は終えたとばかりにすぐに引き返している。グレイ達の位置からでは、彼らが自軍に戻るまでにはとても届かない。

 かと言って、魔導士隊や騎馬隊に狙われている聖騎士団をたった二人でどうにかできるはずもなかった。


「グレイ、どうしよう……」


「聖騎士団は青の王国軍の攻撃に耐えきれまい。だが、ここでレイナルド騎士団長を失うわけにはいかん! 騎士団長救出に向かうぞ! フィー、援護してくれ」


「うん、わかった!」


 グレイとフィーユは、青の王国軍に蹂躙される聖騎士団へと向かって馬を走らせた。


◆ ◆ ◆ ◆


 軍の象徴として後方で戦局を見つめていたレリアナは、前線で自軍の聖騎士団が崩壊していく様をただ見ていることしかできなかった。


「なにこれ……」


 聖王に即位してからまだ半年が過ぎたほどだが、聖騎士団の面々とはレリアナも何度となく顔を合わせている。皆、未熟なレリアナを軽んじるようなこともなく、敬愛の念を持って接してくれた者達ばかりだった。

 あの前線では、顔も名前も知っているあの騎士達の命が無駄に散らされていっているのだ。レリアナは己の無力さに歯噛みする。


「レリアナ様、これはまずいです。ご準備をお願いします」


「え、準備? 何の準備を……」


 意図がわからず、レリアナは思わずティセに顔を向ける。


「レリアナ様!」


 ティセに問い返すレリアナの声をかき消すような声を上げ、ロムス将軍が騎乗したまま後方のレリアナの元へと駆け寄ってきた。

 レリアナはすぐにロムスの方へと顔の向きを変える。


「ロムス将軍! 私にできることがあるなら言ってください! 皆の役に立てるのなら、なんでもします!」


 この状況で自分に何ができるのか、レリアナは何も思いつかない。しかし、ロムスならなにかすべきことを提示してくれるはずだと、レリアナは悲壮感漂う必死な顔でロムスを見つめる。


「レリアナ様はすぐに撤退してください。この戦いに我らの勝ち目はありません。次の戦いに備えるため、我らは聖騎士団をできる限り救出後、撤退戦に移ります」


「え……」


 レリアナに返ってきたのはロムスの無情な言葉だった。

 聖騎士団は放っておけば全滅するまで戦いかねない。しかしそうなっては、今後の戦いで白の聖王国軍が挽回する力を失うことになる。そのため、崩壊した聖騎士団を守りならが撤退するのは白の聖王国にとって至上命題だった。そして、それと同じくらい聖王の身の安全は、この国にとって重要事項だ。その懸念事項の一つを取り除くという点において、ロムスの判断は最善だった。

 だが、いくら正しい判断だとしても、ロムスの言葉は、まるでお前にできることはなにもないと言われているようで、レリアナの心に突き刺さる。


(……「まるで」じゃないよね。事実として、私にできることなんてなにもないんだ。何をすべきか自分で思いつくこともできない時点で、私にはここに残って戦う資格さえなかったんだ)


 自然と顔を下げてしまうレリアナは、そのままティセへと顔の向きを変え、上目遣いで表情をうかがった。ティセの顔はロムスの言葉に動じた様子はない。当然の判断だと受け入れているようだった。


(そっか、ティセの言っていた準備って、私の逃げる準備ってことだったんだ。……私だけが何もわかってなかったんだ)


 自分の力の無さを実感し、レリアナの瞳に涙が滲んできた。

 だが、泣いている場合でないことは、レリアナ自身がよくわかっている。


「……わかりました。私は先に撤退します。あとのことはロムス将軍にすべてお任せします」


「御意に」


 ロムスは頭を下げると、指揮を執るため、兵達の方へと戻っていった。


「それではレリアナ様、護衛達と共に下がりましょう。私もお供します」


「……ティセ、よろしく頼みます」


 自分がいないことが兵達にとって最善だという事実に、血が滲むほど強く唇を嚙みしめ、レリアナは誰よりも先に撤退を開始した。


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