第68話 届いた報せ
赤の王国への警戒をエイミとソードに任せ、キッドは王都へと戻ってきていた。
各地に派遣している諜報員からの報告はまず王都の城へと届けられるので、最新の情報を手に入れるにはこの王城にいるのが一番だった。
今もキッドは執務室にて諜報員からの報告書に目を通している。
「なぜ赤の王国の動きが急におとなしくなったのか疑問には思っていたが、やはり青の王国の動きを警戒してのことだったか」
「ええ。青の王国が北と西、それぞれの国境近くに兵を移動させているというのは確かなようですね」
キッドに答えたのは同じ執務室にいるルイセだった。彼女も上がってきた報告書の内容のとりまとめをしてくれている。元々こういう方面の仕事は彼女の得意分野ではなかったが、キッドやミュウが不在の間はルイセがやらざるを得ず、その流れでいつの間にか彼女のメインの仕事の一つになっていた。
「どちらが本命か、あるいはその両方を狙ってか……キッド君はどう思いますか?」
青の王国の北にあるのは赤の王国、西にあるのは白の聖王国。上がってきている報告に書かれているのは事実だけで、その狙いまでは記されていない。
「……そうだな。いくら国力がある青の王国とはいえ、二面作戦はさすがにあり得ない。動くのならどちらかだけだろう。もう片方は陽動と、動いた場合のもう片方への牽制のためといったところか」
「だとしたら侵攻先の本命は赤の王国でしょうか? 今の赤の王国は、私達との戦いに備えてこちらにある程度兵力をおかざるをえません。その分、青の王国が攻めれば戦いを有利に展開できます」
「そうなってくれれば、南から攻める青の王国の動きに合わせて、俺達も西から攻め上がるんだが、おそらく青の王国の本命は白の聖王国だろう」
キッドの言葉に、ルイセは意外そうな顔を向けてくる。
「それはなぜですか?」
「全能の神を信じる者が多い白の聖王国と、竜を信仰する者が多い青の王国とは元々折り合いが悪い。それに、武王と呼ばれた先代聖王に比べて、今の聖王レリアナはまだまだ未熟な部分がある。そして、赤の王国は俺達との戦いがあるため、青の王国へ手を出しづらくなっている。白の聖王国に付け入る隙があるこの機会を、青の王国が逃すとは思えない」
「なるほど……。そうなると、レリアナさんにはなかなかの試練となりそうですね。聖王となって最初の戦いが、同等の大国である青の王国とは」
ルイセの表情は珍しく心配げに見えた。
「そうだな。聖王国という国への思いはともかく、個人的にはレリアナの人柄には好感が持てる。それに、フィーには世話になった」
「……私もティセさんには借りを作ったままです。怪我までさせてしまいましたし」
ルイセがティセと共にラプトと戦ったことは、キッドもすでに詳しく聞いている。キッドが王城に戻ってきた時には、すでにティセはフィーユとともに城を出た後だったので直接顔を合わせてはいないが、キッドはフィーユと同様ティセにも恩を感じていた。
「ティセの腕の方も心配だが、ルセイの怪我の方はどうなんだ? まだ痛むか?」
折れた肋骨が内臓を傷付けるようなことがなかったのは幸いだったが、それでも折れたことには変わりがない。ルイセの性格からして、痛みがあっても痛いという顔を見せないことがわかるから、キッドとしては心配になる。
「おかげさまでもう痛みの方はありません。……ですが、単独の相手にこんな怪我を負わされたのは私にとって屈辱です」
「ラプトは竜王の霊子による強力な魔法耐性を得ている。魔法と剣を織り交ぜて戦うルイセでは不利な戦いになるのも仕方ないさ」
キッドとしては、慰めるつもりで言ったが、その言葉を受けたルイセは、どこか不機嫌そうな表情を浮かべていた。
「そういう相手だとわかっていれば対策は打てます。次はなんとかします。……ですが、魔法しか取り柄のないキッド君では狙われたらどうしようもないので、あの相手には近づかないようにしてください」
「それを言われると辛いが……俺にもラプトに通用する魔法がある」
並みの魔法ならあの霊子によって著しく弱体化されてしまうだろう。だが、並ではないなら魔法ならその限りではない。キッドはその魔法を有してた。
「……ダークマターですか?」
「ああ。ダークマターの直撃は、あの竜王の肉体さえ削り取った。あれならラプトが相手でも倒せる」
「それは当てられればの話ですよね。一対一なら、あの男は間違いなく躱します。くれぐれも一人では戦わないようにしてください」
なぜかルイセに睨むような視線を向けられ、キッドは思わずしゅんとしてしまう。
と、そこへ激しい部屋の外から足音が近づいてくる音が聞こえてきた。二人が扉の方に視線を向けると、勢いよくその扉が開き、少し青ざめた顔のルルーが部屋の中へと入ってきた。
「キッドさん、ルイセさん! 今、連絡があって、青の王国が白の聖王国へと攻め込んだとのことです!」
「――――!」
飛び込んできたルルーの言葉に、キッドとルイセは顔を見合わせる。
「……やはりそうきたか」
「キッド君の予想した通りでしたね」
キッドはルルーの不安げな様子に気付いて、再び顔を王女へと向ける。
「レリアナ様のことが心配ですか?」
「……はい。私の立場で他国の心配をするなんていけないんでしょうけど……」
「そんなことはないですよ。ルルー王女のそういうところはむしろ好ましいとさえ思っています」
「キッドさん……」
「それに、レリアナ様にはフィー達がついています。きっと大丈夫ですよ」
「……そうですよね」
ルルーはキッドの言葉で少し表情をやわらげる。だが、彼女の心の中の不安感は依然として消えはしなかった。




