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第64話 ミュウの剣

 国境の外へ撤退した赤の王国軍の動きが沈静化したことに伴い、国境周辺に展開していた紺の王国軍も警戒態勢を緩めることになった。

 赤の王国軍と同様に、国境付近の砦に一定の兵を残しつつ、キッド達は黒の都へと戻ってきている。

 そんな中、ミュウは自室で、テーブルの上の折れた愛剣を見つめていた。

 一度折れた刃を再びくっつけるような方法はない。刃こぼれ程度なら研いで使えるようにすることはできるが、折れてしまえばもうその刃は終わりなのだ。

 そのためミュウは、たちまち武器庫から代わりの剣を引っ張りだしてきはしたが、長さや重さも違うし、なにより柄の握り具合がどうしてもしっくりこなかった。


「ずっとこの剣を使ってきたからなぁ」


 ミュウは無残に折れた剣を手に取ると、今一度その感触に浸るかのように剣の柄を握る。何年も握ってきたため、その柄はミュウの指の形にへこんでいた。しかし、それが逆にしっくりした握りの感触を指や掌に伝えてくる。


 ミュウがこの剣と出会ったのは、冒険者となってしばらくした頃のことだ。


◆ ◆ ◆ ◆


 名のある職人が作った名剣というわけではなかったが、武具を扱う店でその剣を見た時、ミュウは一目ぼれのような感覚を感じた。

 当時のミュウにとっては長く重量もあったが、それでもミュウにはその剣が店で一番輝いて見えた。


(この剣は私を待っている!)


 単なる思い込みかもしれないが、冒険者は自分の直感を何よりも大事にする。

 見れば見るほどミュウはその剣が欲しくてたまらなくなってくる。

 先ほど他の冒険者達と一緒に大きな依頼を終えたとこだったので、ミュウの懐にはそれなりのお金があった。買いたい気持ちを抑えられなくなったミュウは、お金を入れた小袋を取り出し、手持ちの金額を確認する。


「……足りない」


 名工による業物ではないにしても、一目見て惹かれるだけの剣ではあるのだろう。その剣は駆け出しに毛の生えた程度の冒険者にはなかなか手が届かない値段だった。先ほどの依頼でかなりの報酬をもらったにもかかわらず全然届かず、同額くらいは稼がないと買えそうにない。


「あんな大きな仕事、滅多にないのに……」


 熟練冒険者なら探さずとも指名で大きな依頼もくるのだろうが、まだまだ実績のないミュウのような冒険者が受けられる仕事など内容も報酬もたかがしれているようなものばかりだった。先ほどの依頼は、緊急かつ人手が必要なものだったため、ミュウも参加できた上、その中で力を示すこともできたのでかなりの報酬を得られたが、同じようなことはそうそうない。


「時間をかければいずれは貯められるかもしれないけど……その前にきっと売れちゃうよね」


 自分がこれだけこの剣に惹かれるのだ、見る者が見れば同じように良さを感じて購入する者がもいると考えるのは当然だった。


(リスク覚悟で仕事を探すしかないのかな……)


 表の仕事と違い、裏ならば実績を問わないような仕事も転がっている。だが、そういったものはたいてい報酬に見合わないリスクが伴っていた。賢明な冒険者ならば、決して手を出すべきでないことはミュウも頭ではわかっている。下手に一度でも受けてしまうと、その世界から抜け出せないような危険さえありうる。

 だが、この時のミュウはそんなことまで考えてしまうくらいこの剣に惚れていた。

 それだけに、あまりにも物欲しそうに、そして悲壮感さえ秘めて剣を見ていたのだろう。それを見かねたのか、一人の男が声をかけてきた。


「その剣がそんなに欲しいの?」


 突然の声にミュウが顔を向ければ、見覚えのある顔だった。


(この男は……さっきの依頼で一緒に戦っていた魔導士)


 自分と同じように、冒険者になり立てと思える若い男だった。今までも魔導士と一緒に仕事をしたことはあったが、剣士である自分をフォローするような動きをしてもらったのは初めてなので印象に残っている。


「……そんなに欲しがっているように見えた?」


「かなり」


 はっきり言われてしまいミュウは気恥しくなる。


「俺らみたいな新人冒険者にはなかなか厳しい値段だな」


 その男もミュウの見ていた剣の値札に目を向けていた。


「……あとどのくらい必要なんだ?」


 答えたとして、値段が変わるわけでも、所持金が増えるわけでもない。いつものミュウなら無視していただろう。だが、余程その剣が欲しかったか、それともどこかこの男に気を許す部分があったのか、この時のミュウは素直に口を開いてしまう。


「さっきの依頼クラスのをもう一回こなせば……」


 同じような立場で同じ依頼を達成した者になら、それがすぐにどうにかなる金額でないことはわかるはずだ。そう思ってのミュウの言葉だった。

 だが、男はそんなミュウに小袋を差し出した。


「さっきの依頼で俺がもらった報酬だ。これなら足りるってことだよな?」


「……どういうつもり?」


 その小袋には手を伸ばさず、ミュウはいぶかる視線を男にお向ける。

 目の前に出された大金を、疑いもせずに簡単に受け取るほどミュウも世間知らずではなかった。その報酬の価値はミュウが誰よりもわかっている。そんな都合のいい話があるはずがないのだ。受け取れば、どんなとんでもない要求をされるのかわかったものではない。


「ただであげようっていうわけじゃない。これは取引だ」


(だよね。そうくると思ってたよ)


 男の言葉はミュウの想定内だった。似たような誘いは今までも経験している。こういう場合に考えられる要求は大きくわけると二つだ。

 一つは、金や知識のない新人冒険者に、自分ではできないような汚い仕事をさせようとしてくるもの。下手にそれに乗ってしまうと、犯罪者になりかねない。

 もう一つはミュウに冒険者としてではなく、女として役割を求めてくるもの。金に困った女冒険者の中にはやむを得ずそういう要求に応えざるを得ない者もいるようだが、ミュウは自分に対してそういう要求を突き付けてきた男には剣で応えてきた。

 ミュウは前者なら無視、後者なら同じように剣で叩きのめすまでだった。


「……どういう取引?」


「俺とパーティを組んでくれないか?」


「……は?」


 それはミュウが予想していなかったものだった。しかし、油断はできないとすぐに気を引き締める。


(パーティを組むと言って、私にだけ犯罪まがいの仕事をさせるつもりかもしれない。あるいは、パーティに組むとい口実で私に変なことをしてくるつもりかも……)


「さっきの戦いでの君の立ち回りは、ほかの冒険者と明らかに違っていた。視野が広くて周りをよく見ている。力や技術は現時点ではほかの剣士に劣っているかもしれないけど、あの剣筋はとても綺麗だった。俺は剣のことには詳しくないが、この先、君はきっと強くなる。だから、このお金は先行投資の意味合いもある」


 ミュウは男の言葉に言いようのない戸惑いを覚え、少し顔を赤らめてしまう。


(私の戦いぶりを見ててくれる人なんていたんだ……。現時点で劣っているとか言われたのは癪だけど、剣筋を褒められたは初めて……。それがこんな嬉しいなんて思わなかった)


 男の言葉に嘘の匂いは感じられない。

 とはいえ、素直に鵜呑みにしていいものでもない。

 ならばと、ミュウはパーティを組むにあたっての条件を考える。自分が危惧した問題に巻き込まれないような条件を。


「……勝手に依頼を受けるのはなし。必ず私も同意した依頼を受けること」


「パーティを組むなら当然だな」


 おかしな仕事を押し付けられないようにと出した条件だったが、躊躇もなく受け入れられ、ミュウのほうが少し驚いてしまう。。


「……宿の部屋は別に取ること」


「女の子と同じ部屋は俺も気を使う。それも当然だな」


 それはそれで女として魅力がないと言われて気もして多少イラっとしもしたが、自分から言い出したことなのでミュウは何も言えない。


「私がパーティ解消を申し出た時は認めること」


「俺が仲間として力不足だということなら、その申し出は認めよう」


 ミュウとしては、これらの条件が受け入れられるのなら断る理由はなかった。

 剣の購入資金のこともあるが、剣士の数に比べて魔導士の数は少ない。魔導士とパーティを組める機会自体が貴重だった。それに、先の戦いでのこの魔導士の戦いぶりに関しては、ミュウも評価している。魔導士は自分達の方が剣士より価値があるという驕りから、剣士のことを無視した魔法を使う者が多いが、この男にはそういった側面がなく、むしろ剣士を活かすように魔法を使ってくれている節さえあった。


「……わかった。取引成立だよ」


 ミュウは男の得た報酬の入った小袋を受け取る。


「じゃあ、これでパーティ成立だな。俺はキッド、よろしくな」


 先の依頼の時は、参加人数が多かったため個別に自己紹介などはしていない。ちゃんとした挨拶はこれが初めてとなるため、男は自分の名前を名乗って右手を差し出してきた。


「私はミュウよ。いつまでのパーティになるかわからないけど、よろしくね」


 パーティを組む時の挨拶としては失礼になるようなことを言いながらミュウも右手を出して二人は握手を交わす。

 ミュウとしては、相手が不快な顔の一つでもするだろうと思っていたのに、むしろ頼もしい相手でも見るかのような目を向けて顔を綻ばせてきたので毒気を抜かれてしまう。


(このお金の分くらいはパーティとして付き合ってあげるよ。……でも、その分の義理を果たしたら後は好きにさせてもらうからね)


 ミュウは心の内ではそんなことを考えさえしていたが、このパーティが解消されることは今の今まで一度もなかった。

 この日、ミュウは愛剣とキッドという二つのパートナーを得たのだ。


◆ ◆ ◆ ◆


「あれ以来の付き合いだもんね」


 あの日の二つの出会いを思い出し、自室で愛剣を握ったミュウはしんみりしてしまう。


 トントン


 扉を叩くノックの音で、ミュウは意識を思い出から現実へと完全に引き戻す。


「どうぞ」


 ミュウの声で扉を開き、顔を覗かせたのはキッドだった。

 当時は子供っぽかったキッドの顔も大人になったものだとミュウはつい思ってしまう。


「ミュウ、剣のことだが、ちょっといいか?」


 まさにそのことを考えていただけに、ミュウは心の中で思わず苦笑いを浮かべる。


「一緒に剣のお別れ会でもしてくれるのかな?」


「それも必要かもしれないが……その前に新しい剣のことだ。ルルー王女から許可をもらった。この城の宝物庫にある剣を見に行こう。気に入ったものがあればミュウの剣にしていいとのことだ」


「宝物庫……」


 黒の帝国はかなり数の宝物を所有していた。戦後、緑の公国と折半することになったが、それでもこの城の宝物庫には相当量が残っている。当然その中には、武器や防具の類もある。今までは使い慣れた剣があったため、ミュウがそれらに興味を持つことはなかったが、こういう状況になっては話が変わってくる。もしかすれば、その中に新たな力となってくれる剣があるかもしれないのだ。


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