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第63話 ルージュとラプト

 赤の王国内へと一旦撤退したルージュは、国境に近くの砦にて軍の再編を行っていた。

 先の戦いは、黒の王都まで進軍できればそれに越したことはなかったが、紺の王国軍の実力をはかるという目的も持っていた。前者については達成できなかったが、後者については実際に戦うことでルージュは多くの情報を得ていた。


「キッド……よくもこの私に恥をかかせてくれたわね。それに、あの魔導士の小娘も!」


 戦に負けたことも、竜王破斬撃を消されたことも、ルージュにとって屈辱的だった。それになにより、惨めに馬から落とされるという醜態をさらしたことは、ルージュのプライドを踏みにじっていた。


「次の戦いではこの借りを返して、誰が最強の魔導士なのか目にもの見せてやるわ!」


 砦内に仮に用意した指令室にて、いまだ怒りの収まらないルージュは兵達から上がってきた報告書を確認しながら毒のある言葉を吐き散らす。

 一方で同じ部屋にいるラプトは腕組しながら椅子に深く腰掛け、悠然と佇んでいた。


「……それで、次はいつ攻めるんだ」


 ラプトは兵達からの報告書にも、軍の再編にも、次の戦いでの戦術にも興味はない。彼が知りたいのは、次にいつ強い相手と戦えるかということだけだった。


「王都に追加の軍と将の派遣を頼んでいるわ。それが到着次第すぐにでも攻め込むからせいぜい英気を養っておいて」


「……随分と悠長な話だな」


 前回の戦いの被害は明らかに赤の王国軍の方が大きかった。とはいえ、それでも両軍の数に大きく差がでるようなことはなく、現状でもほぼ五分だと言える。


(先の戦いでは、キッドやあの魔導士の小娘といった計算になかった相手のせいで辛酸をなめることになったけど、向こうの手の内がわかっているなら打つ手はあるわ。今の戦力でも、勝つだけならできる。でも、黒の都を落として、それを維持するのまではさすがに無理。そこまで考えるのなら、兵力と敵の将に対抗できる将が必要。それさえ合流してくれれば!)


 ラプトと同様ルージュもすぐにでも再戦したい気持ちはあった。しかし、彼女は目の前の一時の勝利に固執するほど視野の狭い女ではない。彼女が見ているのはもっと先の展開だった。そして、その未来のために、待つべき時は我慢しなければならないことをよくわかっている。

 と、そこへ、一人の兵が慌てた様子で駆けつけてきた。


「ルージュ様! 大変です!」


 その男はルージュが側近として重用している男だった。ゼロから何かを生み出す能力には劣るが、与えた指示を確実にこなすその精度に優れており、それになにより忠誠心は誰よりも厚かった。


「どうしたの、そんなに慌てて?」


「王都から伝令です!」


「援軍要請はまだ出したばかりよ? その返事なら早すぎるわね」


 ルージュが王都へは向かわせた兵は、まだ着いたか着かないかくらいの時期だろう。それを考えれば、さすがにこのタイミングは計算が合わず、ルージュは眉をひそめる。


「援軍の話ではありません! 青の王国に軍事行動の動きがあるので、ルージュ様に至急王都へお戻りいただきたいとのことです!」


「なんですって!? 紺の王国にしてやられたまま私に戻れっていうの!?」


 青の王国は、赤の王国の南にある大国。青の王国は昔から白の聖王国との関係がよくないことは周知の事実だが、赤の王国とて青の王国と仲が良いわけではない。もしその青の王国が赤の王国と先端を開くつもりなら、当然その対応が必要になってくる。


「私が申しているわけではなく、女王陛下からの指示なので……」


「わかってるわよ!」


 ルージュとて、この兵に文句を言ってもどうにもならいことはわかっている。だが、気持ち的にはそのくらいの愚痴を言わずにはおれなかった。

 そんなルージュに、依然として静かに座ったままのラプトが視線だけを向けてくる。


「王都まで撤退するのか?」


「……完全撤退はしないわ。今引いてしまうと、勢いづいた紺の王国軍に攻め込まれかねないもの。でも、私といくらかの兵は王都に戻らざるをえないわね」


 ルージュとしては苦渋の選択だが、女王の意向を無視して戦い続けるわけにはいかなかった。どのみち、援軍がなければ、短期的には勝利できても、長期的には再び撤退を余儀なくされることは目に見えている。


「……そうか」


 表情には出さないものの、ラプトの声からは落胆の思いが感じられた。


(ラプトは、強い相手と戦える場所に連れて行くとの約束で私が連れて来た男。これでは、その約束が果たせなくなる……。彼にこの国を出ていかれるわけにはいかない……。この砦に残ってもらって、ある程度自由に戦う権限を与えるべきか? 兵に余計な被害は出るかもしれないけど、彼を繋ぎ止められるのなら……)


 ラプトは下手な野心もなく、政治的なしがらみもない超一流の剣士だ。これほどそばに置いておいて心強い者はほかにいない。現に先に戦いで、ルージュは絶体絶命の窮地を救われている。ルージュはラプトを留めておくためなら、多少のことには目を瞑ることもやむなしと考えていた。


「ラプト、もしあなたが望むのなら――」


「だったら、俺もお前について王都に戻ろう」


「え?」


 ラプトの言葉は、ルージュにとって意外なものだった。


「……私についてきても強い相手と戦えるとは限らないわよ?」


 言葉巧みに言いくるめてラプトを同行させることは、ルージュにならばできなくはない。けれども、彼女はラプトにそういう態度をとるつもりはなかった。ラプトと共に行動するうちに、この男には真摯に向き合うとルージュは心に決めていた。だから、ルージュはただ正直に問う。


「わかっている。だが、お前は約束通り強者とめぐり合わせてくれた。ならば、お前と共にいるのが俺を満足させる敵と出会う一番の近道なのだろう。護衛もかねて、当面はお前についていくことにする」


「そう……ありがとう」


 それはラプトなりの誠意の返し方なのだろう。ルージュはそう捉え、少し微笑んだ。


 ルージュらの王都への帰還に伴い、赤の王国軍は国境付近の砦に兵を留めはしたが、その軍事的動きは小康状態となり、赤と紺との国境周辺は互いに警戒しながらも一時的に安定した状態へと戻った。


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