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第62話 決着の時

 愛剣を失った今、ミュウに残されたのは腰に提げた予備にもならない短剣のみ。

 そんなものでこのラプトという男に太刀打ちできないことは、ミュウが誰よりもわかっている。

 ミュウは己の死を覚悟するが、あれだけ猛攻を続けていたラプトは手を止め、そして立ち止まっていた。

 ミュウはその理由を考えるより早く後ろに飛び退き、ラプトの間合いの外へと退避する。


「……どういうつもり?」


 自分は折れた剣のみ。それに対してラプトは、左右どちらの剣も健在だ。戦いを続けられない理由がラプトには皆無のはずだ。


「剣がなくては戦えまい」


 ラプトの言うことはもっともだ。だがそれはミュウが戦えない理由であり、ラプトが戦わない理由ではない。


「……私を倒すチャンスだと思うけど?」


「剣のない相手を倒しても意味がなかろう」


 ミュウも、相手が最初から丸腰なら同じように思う。しかし、今回は両者万全の状態で戦い、その上でラプトは相手の剣を折っている。その二つでは内容がまるで違う。


(私に情けをかけているつもり!?)


 ミュウは思わず唇を強く噛みしめる。


「それよりも、俺とここまでやりあった剣士はお前が始めてだ! 次に会うときまでに新たしい剣を用意しておくがいい。その時こそ続きをやろうではないか!」


 ラプトは嬉しげにそう言い放つと二剣を背中の鞘に納め、ミュウに背を向けた。


「――――!」


 それはミュウにとって屈辱以外の何物でもなかった。ラプトの態度は、今のミュウをもはや敵として見ていないということの表れにほかならない。


「……ラプト、覚えておきなさい。次は私が勝つんだから」


 ミュウのつぶやきが聞こえているのかいないのか。ラプトは足を止めることなく自軍に向かって歩き続けていった。


◆ ◆ ◆ ◆


 一方で、ミュウとラプトとの戦いとは別に、紺の王国軍と赤の王国軍の戦いは進んでいく。

 ルージュによる竜王破斬撃を防がれたことにより、赤の王国軍は紺の王国軍の騎馬突撃隊に陣形の奥深くまで食いつかれ、その隊列を大きくかき乱された。そのまま陣形を裂かれ大崩れになる危険もあったが、そうなる前に、ラプトに救われたルージュが本陣に戻り、手遅れになる前に陣形を立て直すことに成功する。

 紺の王国のエイミは騎兵が作ったその綻びに、波のように次々と歩兵隊を突撃させて攻めたてた。それに対してルージュは、崩れそうな気配が生まれるたびに的確に後衛の兵を送り込み、陣形を維持し続ける。

 その両軍の均衡を破ったのは、ミュウとラプトの元を離れ、遊撃隊としての動きに戻ったキッドとフィーユだった。一人魔術砲台と化したフィーユは、キッドに守られながらその指示に従い、横から赤の王国軍に魔法の乱れ撃ちで揺さぶりをかける。

 ルージュも懸命に兵を当てて対抗しようとした。だが、ルージュの竜王破斬撃の存在を知っていてその対抗策を用意していたキッドと、キッドとフィーユの存在を知らずその対策を事前に用意できなかったルージュとの差が最終的には出てしまった。

 フィーユの魔法攻撃による動揺が赤の王国軍に広がり、ついには紺の王国軍歩兵隊の突撃が赤の王国軍の陣形を食い破り、大勢は決する。

 ルージュに出来るのは、最小限の被害で撤退を行うことだけだった。


◆ ◆ ◆ ◆


 赤の王国軍の撤退を確認したキッドはフィーユと共に本陣に戻り、エイミとソードの元へと向かう。

 エイミは撤退する敵への追撃の指揮をとっているため、代わりにソードが二人を迎えた。


「キッド、助かったぞ。二人の魔法による混乱のおかげで敵の陣形を抜くことができた」


「……ほとんどフィーのおかげだ」


 フィーユの継続魔法使用能力はキッドの想像以上だった。一発一発の魔法自体はまだ未熟な部分があるものの、それをほぼ休みなく撃ち続けられる魔力量はまさに圧倒的。フィーユ一人で魔術師30人分くらいの働きをこなしていた。

 そのフィーユはキッドの後ろで照れくさそうにしている。

 だが、キッドはそんなフィーユの様子にも気付かず、少し焦った様子で周囲にキョロキョロと目をむけていた。


「ソード、ミュウは戻っているか?」


 それは自陣に戻ってからキッドが一番気にしていることだった。

 キッドの言葉にソードの顔が少し険しくなる。


「一緒ではないのか?」


「ミュウが一人でラプトの足止めをしてくれた。……そのおかげで俺達は自由に動けたんだ」


 ソードの言葉はミュウがまだ戻っていないことにほかならない。

 キッドの表情に浮かぶ焦りの色が濃くなる。


「ソード、フィーのことは任せた。俺はミュウを探しに行ってくる」


 ソードは頷くが、フィーユはキッドの軍服の袖を掴んでキッドを見上げる。


「キッド、私も一緒に……」


「いや、俺一人でいい」


 今までみたことのないキッドの表情に、フィーユはそれ以上何も言えなくなり、袖からそっと手を離した。

 キッドは兵に預けた愛馬へと再び向かう。


(負傷して戻ってこられないのかも……。いや、ミュウは馬なしだ。単にどこかで迎えを待っているだけかもしれない)


 心を落ち着けようとするが、余計な想像ばかり浮かんできてキッドの気持ちはそぞろなままだった。

 キッドは足早に馬を預けた兵へと近づいていくと、声をかける。


「ミュウを探しに出る。馬を用意してくれ」


「キッド様、ミュウ騎士団長が戻られました!」


「本当か!?」


 キッドが兵の指し示す方に顔を向ければ、確かにミュウの姿が見えた。

 ミュウの軍服がところどころ剣で斬り裂かれたように破れており、キッドは慌てて駆け寄る。


「ミュウ! 大丈夫か!?」


 キッドの姿を認め、ミュウが力なく笑みを作った。

 ミュウのそばへと寄ったキッドは、破れた軍服の隙間から傷の具合を確認する。服が破れただけの箇所もあれば血が滲んでいるところもあるが、大怪我といえるほどの負傷はなさそうに見えた。


「……傷は大したことないよ」


 その割にはミュウの言葉は、キッドにはひどく沈んで聞こえた。


「それならいいが……。……ラプトはどうなった?」


 ミュウはすぐには応えず、鞘から伸びた剣の柄に手を伸ばす。

 ミュウがその剣を抜くと、いつもなら綺麗な細身の刃を陽光を映して輝くのに、今は半ばで折れた哀れな姿をさらしていた。


「……折られちゃった」


 泣きそうな顔で笑うミュウの姿に、キッドは胸に痛みを感じてしまう。


「ミュウ……」


「見逃されたようなものだよ。私、悔しい……」


 涙を見せずに震えるミュウに対し、キッドにできることはそばに寄りそうことだけだった。



 今回の戦いに敗れた赤の王国軍は、紺の王国軍の追撃を警戒し、国境の外まで軍を戻すこととなった。

 これにより、紺の王国軍は、赤の王国軍を国内から排除することに成功した。


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