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第61話 ミュウ対ラプト

 キッドとミュウの息の合った連携を見て、フィーユは自分の未熟さを思い知る。


(言葉も合図もなく、どうしてこんなことができるの?)


 フィーユとて、ティセやグレイと共に戦ったことはある。二人を魔法で援護し、逆にフィーユの魔法に合わせて二人が攻撃をしかけるようなこともあった。だが、キッドとミュウのやっていることに比べたら、自分達のしていたことは子供だましにすぎない。それぞれが自分の都合で動き、その結果に応じて一方が合わせているだけだ。一つの意志に則って動いているわけではない。そんなふうに見せつけられたようにフィーユは感じていた。


(悔しいけど、私じゃミュウさんの動きに合わせて魔法を使えない。ミュウさんの動きが掴めず、下手に魔法攻撃しようものなら邪魔をしてしまうかもしれない……。キッド達の役に立つつもりでここまできたのに……)


「フィー、気をつけろ!」


 落ち込みかけたフィーユにキッドの鋭い声が飛ぶ。


「ラプトがこっちに仕掛けてくるかもしれん!」


(あの男がこっちに!?)


 フィーユは慌ててラプトに視線を向けた。


「――――!」


 ラプトの獲物を狙うような鋭い眼光を受け、フィーユの体に緊張が走る。

 見られただけで死を予感してしまうような視線だった。


(これが戦場……本物の死が飛び交う場所なんだ……)


 フィーユは軍には所属していないが、「聖王国の三本の矢」としての立場上、遊撃隊として戦場に出ることはある。しかし、かつてここまで直に圧倒的な脅威を目の前にしたことはなかった。本物の怪物を前に、フィーユは自分がまだまだ未熟な少女でしかないことを実感させられる。

 ミュウはそのフィーユ達を背中に隠すように位置を変える。


「ほかに気を取られている余裕があると思っているの?」


 現状、ミュウは無傷で、わずかとはいえ負傷しているのはラプトの方だった。だが、ミュウは自分が有利な状況にあるとは少しも思っていない。


(キッドと二人ならこの男にも対処できる。でも、フィーを守りながらとなると一気に形成は変わってしまう……)


 キッドとフィーユの存在は、ミュウにとって強みであると同時に弱みにもなりえた。


「……お前の後ろの二人は少々邪魔なんでな」


「私と戦いながら二人を狙えると思っているの?」


 ミュウは強がってみせるが、ラプトが本気でキッドとフィーユを狙えばどうなるかミュウは理解していた。


(力で劣る私ではラプトの動きを抑えきれない……。この男なら私の妨害を越えて、二人に斬りかかれる)


 無論、ラプトが背中を見せてキッドとフィーユに襲いかかるなら、ミュウはその隙をついてラプトを斬り伏せることができる。ただし、それはキッドとフィーユがラプトに斬られた後の話だ。

 キッドだけならなんとかしのいでくれるか、そもそもそうならないよう立ち回ってくれるかもしれない。しかし、フィーユがいる状況ならきっとキッドはフィーユを庇いに動く。その結果、二人が死ぬことになるとわかっていても。

 ラプトを仕留めても、キッドとフィーユを失っては意味がない。単なる数の問題ではなく、ミュウという一人の人間にとって、キッドという人間はかけがえのない存在なのだ。


(斬られるとわかっていてそんな無茶な仕掛けをする理由はラプトにもないはず。でも……)


 でも、可能性としてはゼロではない。そうであるなら、この状況はミュウにとっては受け入れられるものではなかった。


「キッド! フィーを連れてここから離れて。……ラプトの相手は私一人でやるわ」


 ラプト相手に一人で勝てる勝算があるかはわからない。しかしそれでもキッド達をやられるよりは遥かにマシだった。


「大丈夫なのか?」


「私を誰だと思っているの?」


「……わかった」


 ミュウの強がりに気付かなかったのか、それとも気付いた上でそれでも任せると判断したのか、キッドはフィーユをミュウの馬に乗せ、自身も自分の馬に乗ると、迷いなく馬を走らせた。

 その間、ラプトは何も仕掛けてはこなかった。まるでキッドとフィーユがこの場を離れるのを待っているかのように。

 やがて二人の馬の蹄の音も聞こえなくなる。


「ようやく一騎打ちができそうだな」


(やっぱり待ってたのね。そもそも、さっきの二人を狙う素振りも、二人をここから離れさせるためだったんでしょうね。ホント、戦闘狂みたいな男ってのはやっかいだよ)


 二人はじりじりと足を前後に動かし、間合いをはかりあう。

 単純な剣の間合いなら、ミュウよりもラプトのほうが広い。ミュウが前に詰め自分の剣の間合いにラプトを入れようとすれば、その前にラプトだけの間合いとなる瞬間が生まれ、一方的に攻撃を受けることになってしまう。そのため、ミュウは迂闊に前にいけず、ラプトの間合いの外でチャンスをうかがうしかない。

 とはいえ、そのラプトの間合いの外には、神速の踏み込みを用いた場合のミュウの間合いが存在する。その距離は、ラプトからは攻撃ができないがミュウからは仕掛けられる、ミュウにとって有利な距離となる。ラプトはそれを嫌って、距離を詰め、自分だけが有利な間合いにミュウを入れようとする。

 二人は剣を交えはしないものの、静かに足を動かし続ける、互いの心をすり減らし合うような戦いを繰り広げていく。


(嵐花双舞はすでに防がれている。私が勝つには乱れ嵐花双舞しかない。……でも、もしそれさえ通用しなかったら、私にはもう次の手はない。仕掛けるのなら確実に仕留められるタイミングでないと!)


 乱れ嵐花双舞による4連撃はソードさえ防ぎ切れなかったミュウにとっての必殺の一撃。とはいえ、撃ってしまえば腕の力は落ち、それ以降は並の剣士ほどの力しか発揮できなくなる。ミュウとしては、使うなら必ずそこで決着をつけてしまわねばならない技でもあった。

 いつもなら積極的に自ら仕掛けるミュウが、今回ばかりは慎重に間合い取り合戦に終始する。


 そのやりとりにしびれを切らしたのはラプトの方だった。


「そっちから仕掛けてこないのなら、こちらから行くぞ!」


 ラプトは一気に前に突っ込み、強引にミュウの間合いにまで入り込む。


(速いっ!?)


 ミュウとしては、自分から間合いに入れることはしても、相手に間合いに入られることは避けるつもりだった。だが、ラプトの踏み込みはミュウの想像以上。まるで自分の神速を思わせるようなラプトの踏み込みに対して、ミュウは間合いを離して接近を拒否することはできなかった。

 だがそれでもミュウの剣は条件反射のように反応する。ラプトが自分の間合い内に入った瞬間に、カウンターのような突きを繰り出していた。

 けれども、ラプトはそれを読んでいたかのように片手の剣でいなしてみせる。。


(くっ! 間合いに入られた!)


 ミュウの間合の中はラプトの間合いの中でもある。この距離での斬り合いはミュウの望むものではなかった。ミュウのスビートが活かせないというのもあるが、二刀流のラプトに対して、ミュウの剣は一本のみ。単純な斬り合いなら手数で不利のなるのは明らかにミュウの方だった。

 両手で剣を握る達人クラスの速度と威力の片手による剣戟が、左右からミュウへと迫る。


(片方を受けても、もう片方が来る! それを下手に体をひねってかわせば、その次の攻撃に対応できなくなる!)


 刹那の時間の中でミュウの思考は加速する。


(だったら両方の剣を同時に受けきるしかない!)


 一本の剣で敵の二本の剣を同時に防ぐ、そんなことは普通に考えれば不可能なことだった。しかし、ミュウにはそれを可能とする手がある。


(嵐花双舞を守りに使えば止められる!)


 ぶっつけの技だったが、ミュウの一剣がラプトの二剣を同時に受け払う。ラプトの威力ある大剣の一撃も、両手で剣を握るミュウなら耐えきれた。

 一瞬にして両手の二剣を止められたラプトの顔に、驚きとともに底知れぬ笑みが浮かぶ。


(こんな手で俺の二本の牙を防ぐやつがいるとは!)


 一度防がれたとはいえ、ラプトはそこで攻撃を止めるつもりはなかった。二人は以前として互いの間合いの中にいる。


「どこまでついてこられるか、見せてもらおう!」


 ラプトは払われた剣に力を込め直し、自ら牙と称する俺の剣を再びミュウへと振り下ろす。

 ミュウとしては一旦間合いを取りたいたところだったが、息つく間もなく迫っているラプトの二剣を止めるのに全神経を使う必要があり、そんな余裕は見いだせない。


(くっ! 離脱の隙ができるまで受け続けるしかない!)

「はぁァァァァァ!」


 ミュウは気合いの声を上げ、ラプトの猛攻に対して受けの嵐花双舞で対抗し続ける。

 ラプトの剣はフェイントを入れてくるようなこともなく、野性の獣のようにひたすら獲物目掛けて襲い掛かるシンプルな剣だった。ルイセのようにどこから迫ってくるかわからないような意外性もなく、ソードのように洗練された剣でもなく、エイミのように歴史の重みを感じさせる剣でもない。だが、ラプトの剣は、技術というものを圧倒するまさに肉体による暴力だった。ただ剣を振るためだけに鍛えたような筋肉が生み出す牙と化したラプトの刃は、速さを追い求め続けてたどり着いたミュウの剣速に匹敵する。

 ミュウは防戦一方の中、反撃を機会をうかがうが、信じられないことに反撃するどころか、ラプトの剣は次第に速度と威力を上げ、ミュウを削っていく。

 嵐花双舞を応用した受け技にて一本の剣でミュウは受け続けるが、受けきれずにミュウの身体をかすめるラプトの剣戟が増えていった。皮膚までは届かずとも、ミュウの軍服の端々が切り裂かれていく。


(だんだん速くなっていくとかどうなってるのよ!?)


 心の中で文句を言いながら、それでもミュウはまだなんとかついていく。

 ラプトの剣の勢いが増すのにつられるように、ミュウの剣速も上がっていた。

 攻撃の嵐花双舞に比べて、守りの嵐花双舞は腕の動きが少ない分、腕への負担が少ないのかまだ腕は悲鳴を上げていない。それどころか、むしろミュウは自分の腕が軽くなるようにさえ感じていた。


(自分でもどうしてまだ腕が動いてくれるのかわかんないけど、まだやれる!)


 この場にキッドがいれば、二人の霊子の変化に気が付いただろう。

 竜王破斬撃がぶつかり合った時、キッドとルージュの竜王の魔力が反応し合った結果消滅したように、ミュウとラプトの竜王の霊子も反応し合っていた。ただし、二人の霊子は消滅することなく、むしろ活性化していた。活性化しあった竜王の霊子は、二人の力を高め、二人だけの戦場へと導いていく。

 二人の攻防は、常人のついていけない領域へと近づいていった。


(これだけ攻撃を連続で仕掛けながら息も乱さないとか、この男、どんな体力してるのよ!?)


 戦いの中、より危機感を覚えているのはミュウの方だった。

 通常、剣を大きく振る必要がある分、攻撃側の方が体力の消耗は激しい。一方で防御側は、一瞬の判断ミスも許されず精神的消耗が激しくなる。しかし、今回の場合、ミュウは一本の剣でラプトの両手の二つの剣に対抗する必要があるため、精神的疲労だけでなく肉体的疲労もミュウの方が激しかった。

 見た目も性別も、もともと体力ならラプトの方が圧倒的有利。

 このまま斬り合いを続けた先にあるのが自身の敗北であることをミュウは直感する。


(その前に決着をつけるしかない!)


 ミュウはここで「乱れ嵐花双舞」を用いて勝負に出ることを決意する。


(できるかどうかわからないけど――やるしかない!)


 ここで使うのは普通の乱れ嵐花双舞ではない。今ここで乱れ嵐花双舞を使ってもラプトの剣を受け、よくて相打ちになるだけだ。

 そこでミュウが狙うのは、受け嵐花双舞でラプトの二つの剣を受け止めつつ、同時に嵐花双舞で攻撃をしかける、いわば乱れ嵐花双舞・改とも呼べる技。

 頭の中ではイメージしているが、実際に試みるのはもちろんミュウ自身これが初めてのことだ。

 できるかどうか、そして腕がもつのかどうかもわからない。


(それでもやるしかない!)


 リッカはこれまで以上に剣を握る指に力を込める。


(乱れ嵐花双舞・改!!)


 それまでは受け流していたラプトの左右の剣を、嵐花双舞で同時に止めると同時に弾く。

 それにより、ラプトの剣にわずかな乱れが生じた。

 そして、その瞬間にはミュウの3撃目がすでに発生している。

 雷光のような縦切りがラプトの頭に迫るが、ラプトの利き手の右手は尋常なるざる速さで反応し、ミュウの剣を受け止める。だが、ミュウはそれでも構わない。ミュウがすべてをかけているのは、4撃目の横斬りの方なのだから。

 だが、3撃目がラプトの剣にぶつかった瞬間、金属の弾ける音が響いていた。

 手に伝わるいつもと違う震えに、同時発生するはずのミュウの4撃目へとは腕が動かない。


(そんな……)


 目の端に陽の光を受けて光る金属片が舞っているのを捉え、ミュウは理解する。

 ラプトの剣とぶつかった衝撃で自分の剣が折れたことを。


 ラプトの剣は大剣並の長さと太さを有する上に左右に一本ずつ。それとたった一本で渡り合い続けたミュウの細身の剣は、主より先に限界を迎えてしまったのだ。


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