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第60話 竜王に認められし者達

(私がギリギリでしか勝てなかったソードに、あれだけの怪我を負わせた男。剣を交えずともこうやって対峙してる時点でその強さが伝わってくるよ)


 ミュウは剣を構えながら背中に冷たい汗が流れるのを感じる。この感覚はソードと相対した時でさえ感じたことのないものだった。

 ミュウはラプトとの間合いを詰めながらラプトを中心に円を描くように移動していく。その動きを追うように、ラプトもその場で角度を変えていった。

 ラプトという男は一対一の戦いには慣れていたが、多を相手にした戦闘に関しては明らかに経験不足だった。そうでなければ、こうも簡単にキッド相手に背中を見せるような愚は犯さなかっただろう。

 ミュウの動きはキッドにラプトの背中を取らせるためのものだった。とはいえ、彼女自身ここまであっさりラプトが引っ掛かるとは想像していなかった。

 ミュウは、キッドと二人でラプトを挟み込むような立ち位置になったところで足を止める。


(見なくてもキッドの仕掛けのタイミングはわかる! 何年一緒に戦ってきたと思ってるのよ)


 ミュウは腕と足に力を溜める。最初から全力でいくつもりだ。


「雷撃!」


 キッドの魔法発動の声と同時に、ミュウは力を溜めた神速で踏み込む。合図もなく、アイコンタクトもなく、二人のタイミングはドンピシャだった

 雷撃の魔法は直接のダメージとしては、火炎系魔法や氷の矢に劣る。しかし、それらに比べて確実に勝る点があった。それは短い時間だが食らったものの筋肉を収縮させ、その動きを乱れさせること。

 声で敵に気付かれる恐れもあるが、二人同時に仕掛けるこのタイミングならそれはもう関係ない。声を聞いて後ろを気にするようなら、それが隙となりミュウに斬られるだけ。逆にミュウに意識を向けたままならキッドの雷撃を食らい、結局はミュウに斬られるだけだった。。


(嵐花双舞で一気に決める!)


 背中からの魔法を警戒していなかったラプトに雷撃の魔法が直撃する。

 神速の踏み込みで一瞬の内に間合いを詰めるミュウのその速さは、キッドの雷撃の魔法の速さにも匹敵した。

 雷撃を受けたラプトに、ミュウの同時に発生する縦斬りと横斬りとがラプトに迫る。


(取った!)


 雷撃の痺れが一瞬でもあれば十分。その遅れで確実に自分の剣はラプトを斬り裂くとミュウは確信する。


(なっ――?!)


 だが嵐花双舞による二撃は、ラプトの左右の剣で受け止められていた。

 ラプトの動きは、魔法の影響など微塵も感じさせない、全く淀みのないものだった。常人では目で追うのでさえやっとの高速の二撃を、最小限の動きでラプトの二本の大剣は受け止めていた。

 ミュウは両手による自分の攻撃を、片手ずつでたやすく止められたことにも驚くが、キッドの雷撃を意にも介さないかのような今のラプトの動きはことさら理解不能だった。


(何なのよこいつ!?)


 敵の想定外の防御にミュウは戸惑うが、頭より先に体が反応する。

 ミュウが後ろに大きく飛び退くと同時に、寸前までミュウがいた場所をラプトの剣が薙いでいた。少しでも躊躇っていたなら斬られていたのはミュウの方だった。


(危ない、危ない……)


 ミュウは再び間合いを取りながら手足の状態を確認する。

 神速と嵐花双舞を使ったにもかかわらず、手足の疲労は思ったより少なかった。

 全力攻撃を仕掛ける際に竜王の加護があることはミュウもすでに理解している。

 詳細な条件や加護の内容まではわかっていないが、それが自分の力となっているのならその事実があるだけで今は十分だ。


「キッド、魔法が効いてないみたいな感じだったんだけど、どう思う?」


 ミュウはラプトから視線を切らさないままキッドに呼びかける。


(私にはわからないことでも、キッドならきっと何かを掴んでくれているはず)


 魔法力だけでなく、ミュウはキッドの観察眼を深く信頼していた。

 そしてその信頼に応えるべく、キッドはすでに頭をフル回転させていた。


(フィーの炎の矢がほとんど効いていなかったことから何かしらの炎耐性を得ている可能性を考えたが、雷撃も同様に効いていない。特定の属性に関する特異な耐性というわけではないということだ。……なにより、こうしてラプトを目の前にして感じるこの霊子の感じ……俺は知っている。いや、俺達は知っているぞ、ミュウ)


 このわずかな戦いの中で、キッドは正解にたどり着く。


「ミュウ! ラプトから竜王と同じ霊子を感じる! まるで竜王の霊子が全身を覆っているようだ。この男は竜王に相当する魔法抵抗力を有している!」


 ミュウはキッドの声を受け、改めてラプトという男から感じる闘気ともいえる雰囲気に心の目を凝らす。魔法の素質のないミュウにはキッドと違ってはっきりとした霊子は感じ取れない。それでも、五感以外の何かから感じる強者の持つ雰囲気のようなものはひしと感じる。


(この感じ……確かにあの竜王に似ている!)

「……あなたも竜王と戦ったのね?」


 ミュウの言葉に珍しくラプトが口元をニヤリと歪ませた。


「『あなたも』ということはお前も戦ったことがあるのか。……そして、あの試しを超えたということだな?」


 ルージュが竜王破斬撃を使えるということは、竜王の試しをクリアしたことにほかならない。魔導士一人であの竜王と戦うのは困難、ともに戦った者がいるだろうことはミュウやキッドも想像していた。

 今まさにその想像通り竜王の試しを乗り越え、竜王に認められた者がここにいるのだとミュウは実感する。


「俺が求めるのは武の極み。魔法というやつは俺には理解できん上、武とは対極にあるもの。それ故、俺は試しを超えた褒美として、魔法に邪魔されぬ力を竜王に望んだ。ミュウ、お前は何を望んだ?」


 ミュウは答えず歯噛みする。彼女は答えないのではなく、答えられないのだ。。


(私は竜王との戦いの途中で意識を失って、竜王との戦いの後、キッドと違って直接竜王と話をしていない。神速や嵐花双舞を使う時に、竜王の力を感じるから、なんらかの力を貸してくれてるんでしょうけど、それがどういう種類のものかは自分でもわからない。竜王の試しをちゃんとクリアしたとは認めてもらってなくて、単に疲労をやらわげていてくれるだけなのかもしれない……。でも、このラプトは違う。ちゃんと竜王に力を示して、自分の願いを伝えている……)


 ラプト達が何人で竜王に挑んだのかはわからないが、少なくともラプトとルージュはミュウのように気を失うこともなく戦いを終えていることになる。

 ミュウはキッドがルージュに劣っていると思っていない。にもかかわらず、最後まで立っていられなかったのは、まるでラプトより自分の方が劣っているように感じてしまい、ミュウには悔しくてたまらない。


「答えぬか。まぁ、相手にわざわざ手の内をさらす必要もないか」


 無言のミュウの態度をラプトはそう受け取った。だが責める様子はなく、むしろ納得さえしているふうに見えた。

 ミュウにはその態度が余計に腹立たしく思えてくる。


(自分の竜王の加護について口にしているのに、私には同じことを求めない。まるで自分のほうが格上だと言わんばかりの態度じゃない!)


 剣を握るミュウの拳に、らしくない余計な力が加わる。

 ラプトは不必要に力の入ったミュウの緊張を見逃さなかった。付け入る隙と見抜き、距離をつめて自分の間合い中へと入れようとする。


「ミュウ!」


 ラプトが仕掛ける前にキッドの声が飛んだ。集中力を取り戻したミュウの体から余計な力が抜けていく。

 仕掛けようとしてラプトは直前で足を止める。

 キッドの呼びかけには、気負い過ぎをミュウに気付かせることと、もう一つ意味があった。

 ミュウは声だけでキッドの狙いに気付き、再びラプトを中心に円を描くように位置をずらしていく。

 先ほどはラプトがキッドに背を向けざるを得なくさせるための動きだったが、今度は逆に半周動いてミュウがキッドを背中にする立ち位置へと変わった。

 それでもラプトは、ミュウの立ち位置の変化をたいして気に留めない。


(俺に魔法攻撃が効かないと見て、魔導士達を庇うつもりか? ハナから魔導士など相手にするつもりなどこちらにはないというのに)


 ラプトは最初からターゲットをミュウに絞っていた。こんなことで彼の意識が乱れることはない。

 しかし、ミュウの、そしてキッドの意図は、ラプトの思ったようなことではなかった。

 突然、ミュウは態勢を低くする。それにより、ラプトの視線の先に、右手を前に突き出したキッドの姿が現れることになる。


「閃光!」


 何の合図もないのに二人の呼吸は完璧だった。絶妙のタイミングでキッドの手から強烈な光が放たれる。竜王の力による魔法抵抗力で直接の魔法攻撃が効かないのなら、搦手を使うまでだった。

 ミュウは身を屈めた反動を利用して、光で目がくらんだラプトへと一跳びで迫る。


「嵐花双舞!」


 短時間で二度目の嵐花双舞だったが、ミュウの腕はしっかり応えてくれる。疲労による重さは感じない。むしろいつもより思い通りに動く気さえした。


(捉えた!)


 ミュウはそう確信した――が、ミュウの突進速度に負けない速さでラプトの体が遠ざかっていく。


(わずかに――届かない!?)


 ミュウの剣はラプトの胸の服を斬り裂き、胸板に浅い十字傷をつける。だが、そこまでだった。ラプトの体はすでに間合いの外だった。


(神速が使えなかった分、速さが足りなかった!)


 キッドの閃光をラプトに目視させるため、ミュウは身を屈める必要があった。その態勢は神速の踏み込みか使える態勢ではないため、ミュウは神速なしでラプトへと跳ぶしかなかった。けれども、それでもミュウは倒せると踏んで仕掛けていた。

 だが達しえなかった。

 ラプトは自分の目が眩んだとわかった瞬間、躊躇なく後方へ全力で飛んで逃げていた。

 判断もそうだが、何よりも驚異的だったのはその脚力。前に跳ぶミュウに比べて、後ろに跳ぶラプトはどうしても不利になる。それにもかかわらず、ラプトはミュウの斬撃を、傷を負いはしたが回避してみせた。


(一瞬でも迷って遅れれば命はなかったかもしれん!)


 後ろに退避したラプトは、距離を取りながら、少しずつ見えるようになってきた目で敵の位置を確認する。


(剣士と魔導士の息の合った連携とはこうもやっかいなものなのか。この俺が傷を負うとは……)


 ラプトは裂かれた服の間から、血がしたたる自分の胸を一瞥する。


(やはり魔導士という奴は無粋で、やかっかいだな)


 ラプトはギロリとミュウごしにキッドとフィーユを睨みつけた。


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