第59話 ラプト襲来
「さてと、ルージュを行かせたはいいが、またあんな炎の雨を降らされては同じことになるだけだな。まずはあの魔導士を仕留めるか」
ラプトは全身に霊子を張り巡らせると、前から向かってくる3騎のうちの一人、フィーユに狙いを目標に定め、全力で駆けだした。
その脚力はおそるべきことに、人を乗せた馬と変わらぬほどの尋常ならざる速度だった。
一方でキッド達はラプトよりもルージュへと意識を向けていた。敵にソードを倒した男がいることは頭に入れていたが、足止めどころかフィーユのおかげでルージュを落馬させたことで欲が出て、ここでルージュを仕留めたいという思いが強く出てしまう。
「フィー! もう一度ルージュを狙えるか!?」
「うん、行けるよ!」
フィーユは、再び馬に乗って走り出したルージュに向けてまた右手の人差し指を突き出す。
キッドもフィーユも想像していなかった。ルージュに自分の馬を与えた兵が、自分達に向かってくることを、ましてやその迫る速度が人並外れたものであるなんて考えもしていなかった。
馬上から見た場合、同じように馬に乗った者は見つけやすいが、馬を降り背を低くして移動する歩兵はどうしても見落としがちになる。そのことも、ラプトの接近に気付くのを遅らせてしまった。
もしもキッドとフィーユの二人だけだったらなら、手遅れになるまでラプトの接近を許してしまっていたかもしれない。しかし、ミュウだけはラプトの存在を見逃してはいなかった。
「二人とも、前から来てるよ!」
後ろのミュウの発した鋭い声で、二人も走り寄るラプトに気付く。
キッドは相手の尋常ならざる脚力から、ルージュに意識を向けている場合でないとすぐに判断した。
「フィー、目標変更だ! 前から来る兵にさっきの攻撃を!」
「わかった!」
フィーユは迷うことなく指示通りに指先の向きをルージュからラプトへと変える。
「ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー」
フィーユは指をクルクル回しながら炎の矢の雨を放つ。指を回しながら放ったその矢の束は、一本の線ではなく、螺旋の渦のようになってラプトへと迫っていく。一つに繋がった炎の矢は脅威ではあるがかわすのはそれほど難しくない。だが、螺旋の渦として襲ってくる炎をすべてかわしきるのは不可能に思えた。
ラプトもそう判断したのか、自分に向かってくる炎をかわすそぶりを見せず、抜いた二本の剣を走りながら構えてみせる。そしてそのまま、次々に迫る炎の矢の群れのことごとくを、大剣とは思えぬ速度で斬り付けていく。
(まさか、エイミのように剣にアンチマジックをかけていたのか!?)
キッドは一瞬、以前に戦ったエイミの姿をラプトに重ねた。こちらが放つ魔法を剣でかき消しながら追いかけて来るエイミの姿を今でもキッドは時々思い出す。
だが、ラプトの剣はエイミのアンチマジックのかかった剣とはまるで違っていた。
エイミの剣は、魔法に触れるたびにすべて跡形もなく消し去っていたが、今のラプトはそうではない。飛んでくる炎の矢に剣をぶつけて威力自体は殺しているが、その炎は消えもせず、小さな複数の塊に変わるだけで、炎はそのままラプトの身体にぶつかっていく。
(違う! 魔法を消しているんじゃない! 直撃だけは避けているが、炎を浴びながらつっこんできているんだ!)
キッドにもフィーユにも、その行動は狂気の沙汰に思えた。
これだけの炎の矢をくらえば、普通なら炎による熱さと痛みで耐えきれるはずがない。気合でどうかなるような話ではない。人間の身体なら無傷で済むはずがないのだ。
しかし、ラプトの身体は砕いた後の炎を受けても火傷を負った様子は見えない。
(なんなんだ、この化け物は!?)
キッドもフィーユも、効果が薄いと気づいた時点で方針を変更すべきだった。
足止めにもならない魔法攻撃を続けているうちに、ラプトはもうすぐ近くまで来ていた。
10m弱の距離になり、いよいよ二人がまずいと思った時にはもうラプトは、仕留める動きに入っていた。それだけの距離を、ラプトは一気に跳躍する。一跳びで炎を浴びながらも二つの剣を構えたラプトがフィーユへと斬りかかった。
フィーユが魔導士ではなく一流の剣士だったなら、考えるよりも先に体が動いただろう。しかし、魔導士はまず認知し、そして思考する。それがこういう時には致命的なものになってしまう。
(あ、これ、死んだ)
フィーユは跳んで迫りくるラプトをスローモーションのように感じながら、自分の死を意識する。
もうダメだなとフィーユが思った次の瞬間、スローモーションが解けていつもの早さが戻っていた。
衝撃と共に柔らかな感触に包まれたのを感じながら、フィーユの世界がぐるぐる回転し、やがて止まる。
「大丈夫!?」
そんな声とともに柔らかなものが身体から離れ、フィーユは地面にあお向けに倒れて空を見ている自分に気付いた。
横に目線を動かして、先ほどの柔らかなものの正体がようやく理解できた。
背を向けながら起き上がり剣を抜いて構えているミュウの姿があった。
さっきまで自分が乗っていた馬に視線を向けると、あの太い体が真っ二つに断ち斬られている。
(ミュウさんに助けられたんだ……)
フィーユは何が起こったのか理解した。
ラプトに真っ二つに斬られる直前、ミュウが馬から馬へと飛び移り、フィーユの身体を抱えたままラプトの剣から救ってくれたのだ。そのまま馬から落ちた二人は地面を転げまわることになったが、ミュウが抱きしめていてくれたおかげでフィーユにはかすり傷くらいのダメージしかない。
「だ、大丈夫です」
フィーユは慌てて身体を起こす。
「……あなたがラプトね」
ミュウは剣を構えたままラプトから視線を離さず確認する。とはいえ、確認するまでもなくミュウは相手がラプトだと確信している。その風貌と大剣並の二本の剣を使う情報はすでにソードから得ている。それに加えて先ほどの動き、もう疑いようがなかった。
「……そういうお前はもしかしてミュウか?」
「あれ? 私って自分が思ってる以上に有名人だったりするのかな?」
冗談めかした言葉だが、その中に余裕がないのをキッドは感じ取る。それほどにミュウが相手を脅威と感じている証拠だった。
そんなミュウを見るのはキッドも滅多にないことだった。
「ソードって奴とやりあった時に、ミュウという剣士はソード以上だと聞いた。ぜひ手合わせしてみたいと思っていたところだ」
ミュウと違ってラプトの言葉からは楽しげな感情が伝わってくる。
それがわかるからミュウは腹立たしく感じてしまう。
「人気者は辛いね」
ミュウは油断なくラプトとの距離を詰めていく。
「キッド、ルージュはまだ追える?」
ラプトから目を離せないため、ミュウにルージュの位置を確認する余裕がない。
フィーユの馬はラプトにやられはしたが、代わりにミュウの乗っていた馬がいる。キッドとフィーユの二人がルージュを追えるのなら、ミュウはここでラプトの足止めをするつもりだった。
「いや……それはもう手遅れだ」
キッドが改めて確認するまでもなく、ラプトの妨害のせいでルージュはすでにもう赤の王国軍本陣近くまで戻っていた。とても今から追いつけるような状況ではない。
「そっか……なら!」
皆まで言う必要もなかった。
なら二人でラプトを倒す、それはミュウとキッド二人の共通した思いだ。
ミュウの意図を理解し、キッドは足場が不安定な馬から降り、フィーユを背にかばいながら戦闘態勢をとった。
竜王破斬撃のせいで魔力は十分ではないが、キッドは今自分ができることをするだけだった。




