第58話 ルージュの想定外
ラプトに続いて馬を走らせながら、冷静さを取り戻したルージュは先ほどの事態について考えを巡らせる。
(竜王破斬撃を撃つ前に、竜王の霊子がまるで震えるような感覚があった。……あれは別の竜王の霊子に反応した証。だとしたら、一番考えられる可能性は、私の竜王破斬撃に竜王破斬撃で対抗しようとした魔導士がいるっていうこと! まさか私のほかに竜王の試しを突破した魔導士がここにいるなんて!)
赤の導士を名乗るだけあり、ルージュも相当に魔法に精通した魔導士だった。彼女もまたキッドと同じ考えへとたどりつく。
「ルージュ、こちらに向かってくる騎馬が3騎いるぞ」
ラプトの声でルージュもキッド達の存在を確認した。
(男と女と子供? 変わった組み合わせだけど、この中に私と同じ竜王破斬撃の使い手がいるのね。でも、今は相手をしている場合じゃない。向こうの騎兵隊の突撃を受け、こちらの陣形は崩される! 私が戻って指揮を執らないと立て直せなくなる! それに相手の魔導士だって私と同じように魔力はほぼ尽きているはず)
「このまま自陣まで戻るわよ! 自陣近くまで迫ってくるようなら、こちらの騎馬を向かわせるわ」
「わかった」
ルージュとラプトは、紺の王国騎馬隊突撃の安全圏にまでずれると、方向を自軍の方に向けて進んでいく。
だが、キッドにやすやすとそうさせる気はなかった。
幸いルージュ達とキッド達との距離は、すでに魔法が届く範囲にまで詰まっている。
「フィー、魔法で女の方の足止めができないか?」
このまま赤の王国軍陣地の方まで逃げられると、キッド達も深追いできなくなる。
キッドとしてはそうなる前にルージュを仕留めたかった。
「わかった! なんとかしてみる!」
後ろについていたフィーユが、前に出て先頭を駆けるキッドに並ぶ。
そのままフィーユは右手を手綱から外し、人差し指だけ立ててルージュの方へと向けた。
「ファイアアロー」
フィーユの指先に矢の形をした炎が出現する。
実のところ、キッドはフィーユの魔法に密かに期待していた。川一面を凍らせるほどの魔力を有するフィーユだ。もしかしたらとんでもない巨大な炎の矢でも出現するのではないかと考えていた。
だが、実際にフィーユの前に現れた炎の矢は普通の炎の矢だった。むしろ、炎の激しさや形はキッドが作る炎の矢の方がよほど優れている。12歳の魔導士の魔法として考えれば上出来だろうが、残念ながら所詮はその程度の精度の魔法にしか見えなかった。
しかし、キッドはすぐに自分の見立ての甘さを思い知ることになる。
「ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー、ファイアアロー……」
フィーユは指を突き出したまま、連続して炎の矢を放ち続けた。
まるで一本の線のように連なった炎の矢がルージュへと襲い掛かり続ける。
(まじかよ……)
キッドは底知れぬ魔力を見せつける少女に、物の怪でも見たかのような顔を向ける。
魔法を使うセンスや技術は磨くことができる。だが、魔力量は天性の素質によるもので、身体の成長のように子供のころは多少増えもするが、ある程度の年齢に達すればもうその量は変化しない。
この魔力量というものは、生み出す魔力と、それを蓄える器の大きさによって決まる。人は誰しも泉のように霊子をその心から湧き上がらせている。魔導士は湧き上がってきた霊子を魔力に変えて、身体に蓄えている。つまり、湧き出す霊子の量と、それを魔力として蓄える泉の大きさ、その二つの要素が魔力量の素質ということになる。
湧き出す霊子量が普通でも、泉の大きさが大きければ、大きな魔法を使うことができ、小さい魔法なら連続使用することもできる。ただし、一度使い切ってしまえば、再び満杯にするには時間が必要で、それまでは普通の魔導士と変わらないということになる。
一方で、泉の大きさが普通でも、湧き出す霊子量が潤沢ならば、大魔法のようなものは使えずとも、小さな魔法ならば、少し時間をおはげすぐにまた使うことができる。
キッドも炎の矢の魔法ならば、3発くらいは間を開けずに連続使用ができる。あるいは、5秒ほど魔力の回復時間をとれば、延々と撃ち続けることもできる。だが、今フィーユがしているような全く間を開けずに延々と撃ち続けることなどできようはずがなかった。
こんなことができるとすれば、湖のような魔力の器と、間欠泉のように常に湧き出し続ける霊子を持った魔力の申し子のような人間だけだろう。
(フィーがその魔力の申し子なのか……)
キッドは魔法に関して初めて他人に嫉妬を覚ずにはいられない。
フィーユはそんなキッドの気も知らずに、馬上から無邪気に炎の矢を撃ち続ける。
自分に向かってくる異常な量の炎の矢に気いたルージュは、なけなしの魔力を使って自分に耐火防護の魔法を使ったが、乗っている馬まで守ることはできなかった。炎の雨にさらされた馬は何発もの直撃を食らい絶命する。
突然崩れ落ちた馬のせいで、ルージュは無様に地面へと投げ出されてしまった。
(なんなのよ……なんなのよこれは!)
地面を転がりながらルージュは自分の不幸を呪わずにはいられない。
(この化け物じみた魔力量を持つ魔導士が竜王破斬撃を使った魔導士なら、魔力量にまだ余裕があり2発目の竜王破斬撃を撃っているはず。それをしてこないということは、この魔導士と竜王破斬撃を撃った魔導士は別ということ。よりによって、竜王破斬撃を使う魔導士と、人間離れした魔力を持つ魔導士の二人と同時に遭遇するなんて! そんなことがあっていいの!?)
ルージュは痛む身体を押さえながら起き上がる。落馬による骨折などはなかったが、ルージュはそれを幸運だとは思えなかった。こんな事態に陥っていること自体がもう十分すぎるほどに不幸なのだから。
(赤の導士になるはずの私が……こんなところで負けるっていうの!?)
ルージュは自分へと向かってくる3騎の騎馬を恨めし気に睨みつける。
(周りから赤の導士と持ち上げられ、私はうぬぼれていたのね……)
諦めかけたルージュの目の前に一頭の馬が立ち、ルージュの視界を遮った。
それはラプトの乗る馬だった。
「ルージュ、お前はこの馬で自軍に戻れ。俺が足止めしてやる」
ラプトはルージュと反対側に飛び降りると、敵の方を向いたまま背中の二つの大剣を抜いた。
「足止めって、あなたはどうやって逃げるつもりよ!?」
「なんとかする。それより早く行け! 追いつかれるぞ! お前はこの軍の総大将なんだろ!」
色々と思うところはあった。だが、それらを振り払い、ルージュはラプトの馬に乗る。
「この借りは必ず返すから、あなたも戻ってきなさいよ!」
ルージュは躊躇わずに馬を走らせた。




