第56話 フィーの処遇
キッドはフィーユを解放すると、さるぐつわを外し天幕の中へ招き入れた。
さすがに兵士達も幼い少女相手に強引な手段で拘束するようなことはしなかったようで、フィーユにどこか怪我した様子はない。フィーユの方も、魔法を使えば簡単に捕まるようなことはなかったが、紺の王国軍の野営地で派手に暴れるようなことをしては、大事になることがわかってるいので、魔法を使わずにおとなしく捕まっており、兵達の方にも負傷者はいなかった。。
「キッド、その子は?」
エイミとソードはフィーユとは初対面であり、戦場にこんな小さな少女がキッドを訪ねてくることに驚きを隠せないでいる。
ミュウは親善外交で来ている彼女を見ており、キッドから街での窃盗騒ぎのことも聞いていたため、エイミ達よりは落ち着いた様子だった。
「彼女はフィー。白の聖王国の魔導士だ。この前まで、レリアナ様と共に親善大使の一人として王都に来ていたんだ」
フィーは愛称で正式にはフィーユだが、フィー呼びで固まっていたキッドはそのことを失念していた。とはいえ、フィーユもそう呼ばれることの方が慣れているので、わざわざ訂正する気もなく、エイミ達にはフィーという名前で覚えられることになった。
「でも、白の聖王国の魔導士がなぜこんなところに?」
エイミの疑問は当然のものだった。
フィーユが白の聖王国の三本の矢の一人であることはキッドも知らない。そのことを知っていれば、もっと違う説明や扱いがあったのだろうが、キッド達のフィーユに対する認識は、レリアナが信を置いている魔法の仕える貴族令嬢といった程度のものだった。
白の聖王国の三本の矢の正体については、機密事項となっており、フィーユもそのことを迂闊に話すわけにはいかない。
(さて、どこまで話したものかな……。嘘をついたらバレそうだし……)
「えっと、レリアナ様からルルー王女のことが心配だから、様子を見て欲しいって頼まれたの。ほら、私って魔法が使えるから、なにかあったら助けてあげてほしいって言われて……」
嘘はついていないが、本当のことを全部話しているわけではないというラインをついてフィーユは苦しい説明をする。
だが、エイミの顔は納得していなかった。
「それにしても、こんな前線まで来させる? しかも、こんな小さい子に」
(この女、なかなか鋭いところをついてくるじゃない。どうしたものかな……)
「わ、私、これでも白の聖王国では将来を期待されてる魔導士なの。軍には所属してないけど……。だから、戦場っていうのを一度見てみたくて、キッドを追いかけてつい来ちゃったんだ」
「つい来ちゃったって、あなたみたいな子が来るようなところじゃないわよ」
(ううっ、正論きたー! やっぱりそう思うよね!)
ますます答えに窮するフィーユだったが、助け舟は思わぬところからきた。
「でも、俺もミュウもフィーくらいの時にはもう冒険者をやってたよな」
「そうだね。私がキッドと出会ったのもこのくらいの時だったし」
「でしょでしょ! 年齢と魔法の腕は比例するものじゃないし!」
これ幸いとばかりに、フィーユはキッドとミュウの助け舟に乗っかり、なんとか乗り切ろうとする。
「でも、あなた、まだ10歳にもなってないでしょ? いくら魔法の才があったって――」
「12歳!」
さっきまで困り顔だったフィーユが、急にフィーユが眉を吊り上げて激しい口調で言うものだから、エイミは思わず気おされてしまう。
「え?」
「12歳なの! まだ10歳にもなってないなんて、レディーをつかまえ失礼だよ!」
「え、あ、ごめんなさい……。そう、12歳なのね、うん、よく見たら12歳ね、そうとしか見えないわ、ごめんなさいね」
人が変わったようにグイグイ攻めてくるフィーユに押され、エイミは謝罪の言葉を口にし、いつの間にか追及する気持ちをなくしていた。12歳でも一人でこんな戦場に来るのは明らかにおかしいことだったが、今のやりとりでそのあたりのことは有耶無耶になってしまった。
「でも、さすがにフィーをこんな野営地に置いておくわけにはいかないな。兵に黒の都まで送らせるか」
「そうだね。フィーに何かあったら外交問題に発展しかねないものね」
「わー、待って待って! 貴重な兵をそんなことに使わせたって知られたら、私がレリアナ様に怒られちゃうって! それより、どうせなら私も戦場に連れていってよ! 私の魔法はキッドも知ってるでしょ?」
「いや、そんなこと言われても……」
キッドはフィーユの目をじっと見つめたあと、深いため息をつく。
「はぁ……しょうがないな。戦場に出たら絶対に俺の言うことを聞くこと、いいな?」
「やったぁ! 聞く聞く! ありがとっ、キッド!」
フィーユは、親に家族旅行に行くよと言われた少女のように手を叩いて喜びを見せた。戦場に連れていってもらえることになってこんな姿を見せる12歳の少女は、世界広しといえど恐らくフィーユくらいだろう。
「いいのか、キッド? ミュウの言うとおり何かあったらまずいことになるぞ」
「フィーの魔法なら自衛するくらいは問題ないだろう。それに、目を離すと、勝手に戦場を覗きに来そうな気がする。そっちの方が制御できなくてまずそうだ」
(あ、バレてる。……さすがキッド、私の考えを見抜いてるじゃない)
フィーユはもしこのまま黒の都まで送られることになれば、途中で兵達を撒いて、勝手に戦場に顔を出すつもりでいた。
フィーユの目を見てなんとなくそのことを察したキッドとしては、こういう判断を下さざるを得なかった。
「では、彼女には俺とエイミと共に後方にいてもらえればいいか? 俺が彼女のことを見ておこう」
ソードの提案は妥当なものだった。後方で指揮を執るエイミとソードのそばにいれば、軍が崩壊でもしないかぎりそこまで危険はない。それに、総指揮を執るエイミ、ルージュとラプトの抑えに回るキッドとミュウに比べれば、ソードの役割は少ない。武器は取れなくともフィーユの面倒を見るだけならわけはない。
だが、この提案に対してフィーユ自身が駄々をこねる。
「待って待ってー! 私はキッドと一緒がいい!」
「一緒がいいって、俺達はピクニックに行くわけじゃないんだぞ?」
「わかってるよ! でも、キッドだって私の魔法を見たでしょ? 私、役に立つよ?」
(確かに窃盗犯を捕まえた時のフィーの魔力量は尋常じゃなかった。俺でさえ太刀打ちできないほどのあの魔力……もし俺達のために使ってくれるのなら戦力になるかもしれないけど……)
キッドは腕を組んで考え込む。
「私、馬にもちゃんと乗れるし、キッドの言う通りにもするよ! ねぇ、いいでしょ?」
他国の人間を危険な目に遭わすのはキッドとしても望んでいないことだった。しかし、キッドはフィーユに自分以上の素質さえ感じている。その力がどこまでのものか知りたいという欲求が自分の中にあることをキッドは否定できなかった。
「わかった。フィーは俺と一緒に行動してもらうことにする。そのかわり、フィー、俺の指示には絶対に従ってくれよ。勝手な行動はなしだからな!」
「わかってるって!」
「キッド、いいの?」
エイミが心配するのも当然だった。彼女はフィーユがキッドの足を引っ張ることだけでなく、フィーユの身も心配していた。
「きっと大丈夫だ。フィーはみんなが思っている以上に大人だよ」
キッドがフィーユと共闘したのは、窃盗犯を捕まえたあの一度だけだ。相手は素人に毛が生えた程度の者で、戦闘といえる戦闘をしたわけでもない。だが、キッドはフィーユに不思議と頼もしさを感じていた。
こうして、今度の戦いに、紺の王国軍側としてフィーユが加わることになった。




