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第54話 襲撃者

 王城の中庭で繰り広げられるルイセとラプトの戦いを陰から見守っている者がいた。

 白の聖王国のティセだった。

 聖王レリアナからの指示を受けたティセとフィーユは紺の王国の王都に戻り、街の宿に滞在しながらルルー達の動向をうかがっていた。

 キッドとミュウが黒紺領に向かった際には、フィーユがそちらに向かい、ティセは王都へと残った。

 レリアナの願いがルルーを助けろということだったので、ティセは密かに情報収集をしながら、王城を見張っていたのだが、王城へと近づくラプトを発見し、後をつけてた結果、二人の戦いの現場に居合わせることになっていた。


(まさかルイセがああも簡単にあしらわれるとはね。あの暗闇で覆う魔法を使わないからよ!)


 闇の虜囚(ダークゾーン)の使用条件を知らないティセには、ルイセが出し惜しみしたように映っていた。


(でも、今の攻撃であばら骨を2,3本やられたでしょう。……しょうがないわね、私が手を貸してあげるとしますか)


 ルイセと同じようにティセも気配の消し方に関しては超一流だった。身を隠していた建物の陰から離れ、音もなく背を向けているラプトへと向かって行く。

 ラプトは剣士としては超一流だが、その手のことの対策については並の剣士の力程度しかなかった。

 夜の闇の中、ルイセとの一対一に集中しているラプトに気付かれず、その背後を取るのは、ティセにとってそれほど難しいことではなかった。特に今のティセは金属製武器を携帯しておらず、わずかな音さえさせずにラプトの背後へと至る。


(目の前の敵に集中すぎて視野が狭いわよ!)


 体内に気を循環させ、気をコントロールする内気功と言われるものがあるが、ティセは気というあやふやなものではなく、魔力の源である霊子を気の代わりに操り、攻撃に転用する技術を極めていた。

 彼女の霊子を込めた拳から繰り出される技は、ただの打撃技ではない。鎧を着た相手にさえ、手を通して霊子の塊を一気に流し込み、鎧ごしに内臓にダメージを与える。

 以前にルイセとの戦いでティセがこの技を使わなかったのは、あくまでルイセの力を見るためで、殺傷も目的としていなかったからだ。

 だが、今は違う。ティセは相手をルルー王女の敵と捉え、レリアナの願い通りに、全力でその排除にあたる。


(とった!)


 ティセの霊子を込めた右手の掌底が、背負った鞘の間をつき、確実にラプトの背中、それも心臓の裏側を捉えた。

 今のラプトは鎧さえ着ていない。厚い筋肉で掌底の打撃ダメージはいくらかは減退するだろうが、鎧さえ素通しする霊子ダメージは、筋肉では防げない。確実に相手の内臓へ達する。

 ティセはこの一撃が相手の心臓さえ止める一撃になると確信した。

 だが次の瞬間、ティセは送り込んだはずの霊子が、相手の身体に内側に到達する前に激しく弾かれ霧散するのを感じた。


(何、今の!?)


 まるでラプトの身体の表面を強力な霊子が障壁のように覆い、その身を守っているかのようだった。しかも、ただの霊子ではない。ただの人間の霊子相手に、練り込んだティセの霊子が弾かれて消されるようなことは絶対にありえない。そんなことができるとしたら、人間の霊子よりももっと強大な存在による霊子しか考えられない。


(こんな霊子、あり得ないって!?)


 想定外の事態にティセはほんの一瞬だが戸惑ってしまう。それが命取りになった。

 ティセから攻撃を受けたことに気付いたラプトが、後ろも確認しないまま反射的にバックハンドブローのように右手の剣を振るってきた。


(しまった!?)


 ティセは強化魔法をかけていた右手を盾にして身体をガードする。

 もしラプトの攻撃が左からの攻撃なら、強化していない左手でガードに動き、その剣戟を受けきれず真っ二つにされていただろう。

 全強化魔法を集中させていた右手だったから切り落とされずに済んだ。

 しかし、その威力ある攻撃の力はすべてティセにかかってしまう。ティセは軽く数メートルは吹き飛ばされてしまった。


「……この城にはやっかいな奴が多いな。お前がミュウか?」


 相手を弾き飛ばしてから、初めてラプトはティセへと目を向けた。

 飛ばされたティセは右手を押さえながら立ち上がる。

 だが、力なく垂れさがるその腕はどう見ても折れていた。

 強化魔法で固めた分衝撃の逃げ場がなく、そのツケが骨に回ってしまったのだ。


「ティセさん、なぜここに!?」


 ルイセにとっても今の出来事はほとんど何が起こったのか理解できていない。それほどにティセの気配の遮断は神懸っており、ルイセには突然ラプトの背後にルイセが現れ、次の瞬間には吹き飛ばされるのが見えていた。


「格好よく助けに現れようと思ったんだけど、逆に格好悪いとこ見せちゃったね。でも、怪我人でも二人合わせれば一人分くらいにはなるでしょ。……片手は使えなくなったけど、手を貸すわ」


 手傷を負いながらも強がるティセは腰に提げていたトンファーを抜き、左手に構えた。

 助っ人というには心許ない姿だったが、それでもルイセの心は奮い立つ。先ほどまではほとんど見いだせなかった勝機が、今はわずかながらにも見えてきていた。


「……すみません。助力感謝します。……接近戦は不利かと思いますので、魔法攻撃主体でいきますが、よろしいですか?」


 ティセは自分の体術を活かす魔法が得意であったが、普通の攻撃系魔法も問題なく使いこなす。右手が使えない今の状態ならば、ルイセの提案の方がまだ役に立てそうだった。


「りょーかいよ。……せめてキッドかミュウがいる時なら、もうちょっと楽に戦えたんでしょうけど。二人の留守中に襲われるとか、ルイセも運がないわね」


 それはティセにしてみればただの軽口だった。キッドとミュウの不在など王城を探るまでもなく知ることが出来た情報なので、特段何かを意識したわけではなかった。

 だが、そのティセの言葉を聞いて、動揺する者がいた。


「……今、何と言った? ミュウはここにいないのか?」


 ラプトが構えを解き、殺気も一気に薄れた。


「ミュウさんはキッド君と一緒に赤の王国との戦いのために戦場に向かいましたよ。今頃はもうついている頃でしょう」


 敢えて隠しておくような情報でもないので、ルイセは事実をラプトに伝える。

 相手の事情はわからないが、動揺でも誘えるのなら儲けものだった。


「そうか……入れ違いになったか……。強者は戦場に集うというルージュの言葉は正しかったか。これはいらぬ時を費やしてしまったな」


 悔し気に一人ごちたラプトは、敵意を向けたままの二人を前にして、二本とも剣を鞘に納めてしまった。

 その様子に、ルイセとティセは毒気を抜かれてしまう。


「……どういうつもりですか?」


「もうここに用はないということだ。手間をかけさせたな」


 ラプトは二人に背を向けると、城外に向けて歩き出していく。

 背中をつく好機であったが二人は動かない。チャンスと捉えるよりも先に、二人は助かったという安堵を感じてしまっていた。

 さすがにすぐにその思いを振り切りはするが、どちらも再び仕掛ける気になれず、そのままラプトを見送った。


(この借りはいずれ返しますよ)


 心でそう誓いながら、ルイセは自分と同じように手傷を負ったティセの方に向きを変える。


「手当くらいはさせてもらいます。一緒に来てください」


(今の私って城への不法侵入者でしかないよね。白の聖王国と紺の王国との今後の関係を考えると、このまま立ち去ったほうがいいんでしょうけど……)


 そう冷静に考えながらティセはふとルイセの顔に視線を向けた。

 その視線の先にあったのは、ティセが初めて見るルイセの柔らかな目だった。顔は相変わらず無表情だったが、その目だけはティセが知っているルイセの目ではなかった。

 その目を見てしまったティセは、なぜかこのまま立ち去る気にはなれなくなる。


「……助かるわ。もう腕が痛くてしょうがないのよ」


 ティセが骨折の痛みに耐えながらをルイセに笑みを向けた。


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