第47話 来訪
「キッドさん、ちょっといいですか」
軍師用執務室で、キッド、ミュウ、ルイセが事務仕事をしているところに、珍しく困った顔をしたルルーが入ってきた。いつもはルルーもこの部屋で仕事をしているのだが、今日は外交対応があるとかで朝からルルーだけ別行動をしていた。
「ルルー王女、浮かない顔してどうしたんですか?」
「実は、白の聖王国から親書が届きまして、どうやらこの国に親善交流に来たいということなのですが、どうしましょう?」
「ほう、珍しいですね」
黒の帝国による周辺国への侵攻が始まるまでは、国同士の交流は非常に活発であった。国同士が互いに尊敬し合い、相手文化のよい部分を自国へと吸収しあう風土があったのだ。
戦乱の時代が来てからはそういった交流は少なくなったものの、なくなったわけではない。文化的という側面よりも、軍事的な外交面の意味あいが強くなったものの、そういった交流は今も行われている。
ただし、紺の王国のような弱小国相手というのはキッドの言うとおり珍しいことだった。大国に取り入るために小国の方から親善外交を行うことはままあるが、その逆は大国側にメリットがないので滅多に行われない。
「でも、ルルー王女がそんなに不安そうな顔をするなんて意外です。交流を行うに値する国と認められたわけですし、もっと喜ぶかと思いましたよ」
それはキッドの正直な感想だった。外交使節ともなれば、向こうの有力貴族か、あるいは大臣クラスが来ることになるので、恥ずかしい対応はできず緊張するのも確かだが、得るものは大きい。それをきっかけに友好関係を築ければ、まだまだ不安定な紺の王国にとって心強いものになる。
「それで、相手はどなたが来られるんですか? 貴族のかたですか? それとも官僚のかた?」
「いえ、それが……」
珍しくルルーが言いよどむ。
「ああ、白の聖王国なら聖教会の関係者ですか。なるほど、聖教会が相手なら、ルルー王女が緊張するのもわかります。確かに、彼らはどこか独特なものがありますからね」
「いえ、そういうことでもなく……」
「――――?」
はっきりしないルルーの様子にキッドは首をかしげる。こんなルルーを見るのは珍しいことだった。
「実は、聖王レリアナ様自らが来訪を希望されてるようで……」
「――へ?」
キッドは間の抜けた声を上げる。二人のやりとりを横目で見ていたミュウとルイセも手を止め、表情の抜け落ちたような顔をルルーへと向けた。
「聞き間違いかな? 今、聖王レリアナと聞こえたような……」
「はい、そう言いました。レリアナ様がこの国に来たいっておっしゃってるんですよ。どうしましょう?」
先代の聖王は武の象徴のような男だった。そのため、戦争以外で国外に出るようなことは一切なく、聖王国とはそういう方針の国だと他国は思っていただげに、新たな聖王のこの希望は意外なものに思えた。
「聖王が変わればやり方も変わるということか……。ちなみに、ルルー王女は国家元首をお迎えしたご経験は?」
「……いえ。残念ながらありません」
ルルーは申し訳なさそうに首を横に振った。
キッドもミュウも緑の公国にいた頃は、そういった役目を担う立場ではなかったので、もちろん経験はない。暗殺者だったルイセについては言うまでもない。
「俺達も経験がなくあまり役に立てないかもしれませんが……ルルー王女はどうしたいとお考えで?」
「私は……レリアナ様にお会いしてみたいです。レリアナ様がどういうお考えをされて、どういう目的でこの国に来ようとされているのかはわかりませんが、同じ民のために生きる者として、お話をしてみたいです」
「わかりました。ならば、その話、お受けしましょう。俺達もフォローしますから」
「はい!」
ようやくルルーの顔に笑顔が戻った。
その後、この話は着々と進み、ついに聖王レリアナが紺の王国へ来る日がやってきた。
レリアナ一行が間もなく到着するという報せを受け、ルルーは出迎えのために城の外に出る。
通常ならこのような場合、ルルーは臣下に出迎えや案内を任せ、王の間にて待っていればよい。だが、ルルーはそれをよしとしなかった。
「だって、私だったら、城についてすぐに相手に出迎えてもらえたらすごく嬉しいです!」
そう言って譲らず、結局ルルー自らが直接出迎えることになったのだ。
しばらくして、聖女一行を乗せた馬車が護衛の兵達とともに、城門を超えて王城の敷地内へと入ってきた。
今回の聖王国の親善外交使節団は、護衛兵を除くと、レリアナを含めて4人。レリアナ以外の3人はレリアナと懇意にしている貴族の子弟だと聞かされている。
間もなく馬車が止まり、扉が開いた。
ルルー自らがそこに駆け寄り、降りてくる者へと手を伸ばす。
最初に降りてきたのは、身の丈2メートルほどもある浅黒い肌の大男。
「どうしてあの男が!?」
その男――グレイを見て、キッドの隣のミュウが驚きで目を大きく開いた。
次にルルーの手を取って降りてきたのは、陽の光を受けてオレンジ色に光って見える髪をポニーテールにした美女。
「――――!」
その女――ティセを見て、今度はルイセが眉をひそめる。
黒装束とドレス、着ている者はまったく違うが、その体つきや立ち居振る舞いを見れば、その相手があの夜戦った女だとルイセは気づいていた。ドミノマスクをつけていたため顔は見えていなかったが、相手の気配にも人並み以上に敏感なルイセは、間違いないと確信する。
そして、三人目は幼い少女だった。ツインテールの可愛らしい少女。
「フィー! なぜここに!?」
今度はキッドが驚きの声を上げる番だった。
簡易な旅装束と違い、少し背伸びしたような大人びたドレスを着ているものの、あの日共に窃盗犯を捕まえたフィーに違いなかった。
そんな三人をよそに、馬車から最後の一人がルルーに手を引かれて降りてきた。
聖王と言われる相手だ、一体どんな女性なのかと皆の視線が集まる。
赤みがかった長い髪、淡く輝く碧の瞳、薄桃色の肌、シンプルだが上質の赤いドレス、どれも彼女の美しさを引き立てているが、ベリル王やガイウス皇帝と比べると、王という迫力にはどこか欠けて見えた。武王とも言われた先代聖王のイメージが強いこともあるかもしれないが、それを差し引いても、王というよりはただの貴族の娘にしか見えない。どこかルルーと似た純朴ささえ感じる。
「レリアナ様、よくおいでくださいました。紺の王国のルルーです」
「ルルー王女自らのお出迎え痛み入ります。このたびはお世話になりますね」
二人の女性はにこやかに笑い合った。まるで街の娘が友達同士でするように。




