第46話 聖王レリアナ
グレイ、ティセ、フィーユの三人は、任務を終えて白の聖王国へと戻ってきていた。
聖王都の城の中、報告のため三人は聖王の私室の中にいる。
三人の前に座っている聖王は、まだ二十歳を超えたばかりの、まだ少女の面影を残した女性だった。
赤みを帯びた茶色の長い髪は、陽の光を受けたように輝いており、額には整った前髪が広がっている。透明感あふれる瞳は、淡い碧に輝いており、見る者を引き込むような魅力を秘めていた。また、その肌は、朝焼けのような淡いピンク色で、どこか清らかな雪のような白さをも感じさせる。
彼女の名前はレリアナ。先代の聖王の退位に伴い、新たに天啓を受けた彼女が聖王として即位してまだ半年も過ぎていない。聖王になるまでの彼女は、下級貴族の三女でしかなかった。それが一夜にして、彼女の住む世界は大きく変わったのだ。
とはいえ、ただの下級貴族の娘であったレリアナに急に政や軍事的なことができるわけもない。聖王に求められているのは、人々を導く象徴としての役割だ。そのため、誰が聖王となっても問題がないよう、内政も、外交も、軍事も、それを支える者達は盤石だった。しかし、逆に言えば今の未熟なレリアナにできることは、ほとんどないということでもあった。
そんなレリアナにとって、唯一自分の自由に動かせるのが、白の聖王国三本の矢と言われるグレイ、ティセ、フィーユの三人だった。この三人を動かす権限は聖王だけが持っており、三人は聖王のためだけに動く。
「それじゃあ、さっそく聞かせてもらえる? まずは緑の公国について」
「はい。緑の公国の中心人物はなんといってもジャン公王です。かの国は、良くも悪くもジャン公王次第でしょう。ただし、ジャン公王でも、今はほかの国に手を出す余裕はないでしょう。もともと国内の保守派貴族に手を焼いていたのに加え、新たに手に入れた帝国領の統治があまりうまくいっていません。当面我が国の敵とはなり得ません」
代表して年長者のグレイがレリアナに答えた。直接ジャンと接触するようなことはしていないが、緑の公国についていえば、そこまでする必要もなかった。公国の現状を知るには、緑領と黒緑領の街の生の様子を見れば十分だった。
「わかりました。ありがとうね。……それでは、紺の王国については?」
「こちらは緑の公国とは違い、現時点で注意が必要です。公国と違い、旧黒の帝国領の統治が問題なく行われています。帝国四天王の内の二人、ソードとエイミが直接管理をしていることが大きいですが、どうやってあの二人をこうも手懐けたのかは掴めませんでした。まるで、戦争の前からソードとエイミが紺の王国と通じていて、その勲功として今の地位を得たのかといぶかってしまうほどですが、そういった事実を示すものはまったく見当たりませんでした」
「なるほど。だったら、紺の王国で注意すべきは、元帝国四天王のソードとエイミの二人ってこと?」
レリアナの視線を受け、グレイは首を横に振る。
「いえ、紺の王国で最も警戒すべきはミュウです。緑の公国からの客員将校でありながら、紺の王国の騎士団長を務めていることからもその実力は疑いようありませんが、実際に手合わせをした私から言わせてもらえば、あの国で最もやっかいな相手となるのはミュウです。ソードと二度戦い、二度とも退けたという報告も間違いではないでしょう。戦いになれば、必ず彼女が戦場に出てくる。そのことを念頭におかねばなりません」
「そうですか。勇ましい女騎士のことは私も耳にしていましたが、グレイ、あなたがそこまで言うとは。戦うにしろ、友好を結ぶにしろ、彼女の対応を一番に考えないといけないということね」
「待ってください!」
グレイの報告に納得しかけたレリアナを止めたのはティセだった。
「ティセ、なにか?」
「紺の王国で真に警戒すべきはルイセです。彼女と戦ってみて私は確信しました。彼女はあの暗殺者シャドウウィンドで間違いありません」
「シャドウウィンド!? まさか女性だったの!?」
それは下級貴族の娘であったレリアナでも噂を聞いたことのある伝説級の暗殺者の名だった。ここ数年その名を聞くことはなかったが、まさかここでその名を耳にし、その正体まで知ることになるとは彼女も思っていなかった。
「はい。紺の王国に彼女がいるというのは、重大な問題です。彼女がその気になれば、単独でこの城に侵入し、レリアナ様を狙うことさえできるでしょう。それに、暗殺術だけでなく、その剣と魔法は戦場において脅威です。特に彼女が率いる機動魔法隊は実にやっかいです。軍部では対策を考えていますが、彼女が直接率いた機動魔法隊を相手にした場合、苦戦は必至です」
ティセの報告を受け、レリアナの綺麗な眉間に皺が寄る。
「確かに……。そうなると、ルイセこそ最も注意せねばならない相手ということですね」
「お待ちください。確かにシャドウウィンドとなれば警戒は必要ですが、紺の王国の最重要人物はミュウの方です。将としてみればミュウの方が上。そこを忘れてはいけません」
「何を言っているのグレイ! ルイセこそ最重要人物よ! 国に仕える暗殺者の存在なんて、将がどうこうというレベルの話じゃないわ!」
「ティセこそ、何を言っている! お前はミュウと手合わせしていないからわからないんだ!」
「グレイこそルイセと戦ってないからわかってないのよ! ルイセの相手をしたのがグレイだったら、あなた今頃死んでるわよ」
「なんだと!」
「そっちこそ何よ!」
「待って、二人とも」
グレイとティセの言い争いをレリアナが止める。とは言え、このままでは埒が明かないので、レリアナは助け舟を求めるようにフィーユへと顔を向けた。
「フィー、あなたはどう思うの?」
「……確かにミュウもルイセもどっちも脅威となる相手だと思います。二人がここまで言うくらいだから、彼女達がいるいないで戦局を左右するくらいの相手なのは間違いないんでしょう。でも、紺の王国で一番気にしないといけないのはキッドだと思います」
興奮気味のグレイやティセと違い、フィーは落ち着いた様子だった。その姿は、見た目に反し、どこか大人びて見える。
「キッドというと、魔導士にして紺の王国の軍師でもある男ですね」
「はい。彼の魔法センスはかなりのものです。私は魔力量なら誰にも負けない自信がありますが、少なくとも現時点ではキッドの方が魔導士としては上です」
12歳の少女であるが、フィーユは白の聖王国が誇る天才とも言える魔導士だった。経験や魔法知識ではまだまだ未熟なものがあるが、その魔力量に関しては他の追随を許さないほどに圧倒的だった。広い川を全面凍らせるほどの魔力量を持つ者など、彼女以外にはこの世界のどこを探してもいない。同じことができるのは竜王くらいのものだが、比較対象が竜王の時点で、彼女の魔力が桁外れであることの証明にほかならない。
そんなフィーユの言葉だからこそ、重みがあり、レリアナも息をのむ。
そんなレリアナを前に、フィーは続ける。
「でも、キッドを気にしないといけないのは、彼が凄い魔導士だからではありません。本当に注意しないといけないのはキッドの存在そのものです。ミュウもルイセも、本当なら紺の王国にはいなかったはずの人です。二人を紺の王国に留めているのは、そこにキッドがいるからです。それこそが、私がキッドを気にする理由です」
フィーユのその言葉には、グレイもティセも黙るしかなかった。普段はちょっと抜けていて、色々世話を焼いてあげないといけないフィーユだが、時折年上である自分達よりも達観したところを見せることがある。今のフィーユがまさにそうだった。
「なるほど……。確かにフィーの言うことももっともね」
「レリアナ様、それともう一つ。そのキッドも元々は紺の王国の人間ではありません。キッドを紺の王国に招き、今もあの国に留めているのはルルー王女です。そのことを忘れてはいけないと思います」
「そうね。……キッドに、ルルー王女か。私も一度会ってみたいものね」
三人からの報告を受け、レリアナは遠く離れた国にいる魔導士と、自分よりも若い身でありながら実質国を治めている王女へと思いを馳せた。
(紺の王国……敵と見なすべきか、それとも友好国とすべきか……)




