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第45話 フィーとキッド

 フィーユは一人、紺の王国の王都を歩いていた。

 グレイやティセとの話の流れで、キッドと直接会ってどういう相手か確認することになっているが、そんなツテがフィーユにあるわけがない。仕方なくフィーユはその代わりになるかどうかもわからないが、街の人からキッドの評判を聞いたりしていた。


(みんなからの評判はいいのよね。まぁ、キッドがこの国に来てから国が拡大してるんだから、それも当然なんだろうけど)


 歩くのに疲れたフィーユは、通りの片隅に座り込む。

 目的を果たせていないことで表情に影が差していたのだろう。心配に思った一人の老女がフィーユに声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、大丈夫? お父さんやお母さんは? 迷子になっちゃったの?」


 フィーユは顔を上げ、慌てて否定の意味で手を振る。


「あっ、違うんです! 連れとはちゃんと待ち合わせ場所決めて、今は一人で街を見て回ってるだけなんです」


「おや、そうなのかい。それならよかったわ。……あ、そうだ。よかったらこれでも食べて」


 そう言って老女はカバンの中からリンゴを一つ取り出し、フィーユに差し出した。


「あ……ありがとうございます」


 旅の資金は白の聖王国から潤沢に出ている。必要なものならなんでも買うだけの余裕はあったが、フィーユはリンゴを素直に受け取った。


(もらっちゃった……)


 白の聖王国の三本の矢の一矢として様々なものを享受してきたフィーユだが、ただの女の子として誰かから何かを貰うのは随分と久しぶりのことだった。ただの善意としていただいたことに、慣れない気恥ずかしさと嬉しさとを感じてしまう。


「実はね、明日は孫の誕生日なの。だから、今日は明日にそなえていろいろお買い物しようと思っててね、お金もいっぱい持ってきたの。うちの孫も、あなたと同じくらいだから、つい心配になって声かけちゃったけど、迷子とかじゃなくてよかったわ」


「そうなんですか。……優しいおばあさまがお祝いしてくれるのなら、きっとお孫さんも喜ぶと思います」


「嬉しいこと言ってくれるのね。それじゃあね」


「はい、おばあさまも気をつけて」


 フィーユは笑顔で去っていく老女が前へ向きを変えてもまだ手を振り続けた。


「……いい街じゃない」


 フィーユは振っていた手を止め、もらったリンゴを見つめる。


(この国を治めるルルー王女、そしてそれを支えるキッド、一度会ってみたくなっちゃうなぁ)


 ふいにフィーユの姿を影が覆う。


「大丈夫? もしかして迷子になっちゃった?」


 今度の声は男だった。


(……どうして今日はこんなに迷子に間違えられるんだろ?)


 フィーユが顔を上げると、少し頬のこけたどこか冴えない風体の男が、フィーユをどこか心配げな顔で見つめていた。


(うーん、イケメンではないよね。……でも、なんだろ。どこか安心する感じがする)

「大丈夫です、迷子じゃないですよ。ちゃんと連れがいて、待ち合わせ場所とかもちゃんと決めて、今は一人で街を回ってるところなんです」


「そうか。旅の連れがいるなら心配なさそうだな」


(ん? 旅の連れって、なぜ旅だってわかったの?)

「……どうして私が旅をしていると思ったんですか?」


 フィーユは驚きを顔に出さないまま尋ねる。当てずっぽうで言っただけかもしれないので、自分のほうからぼろを出すようなことはしない。


「いや、見たことない顔だったし、それに靴がまだ新しいのに、靴底のすり減り方が随分激しいから、きっと短期間にかなりの距離を歩いてきたんだろうと思って」


(よく見ている! それに、見たことない顔ってどういうこと!? まさか街の人間の顔すべて覚えているわけじゃないよね!? ……この人、一体何者!?)


 フィーユが相手に対する警戒心を上げたところで、遠くから女性の悲鳴が聞こえた。

 すぐにフィーユが悲鳴のした方に視線を向けると、遠く離れた通りの真ん中で先ほどの老女が四つん這いになっている姿が見えた。その手にも、周りにも、リンゴを出してくれたカバンが見当たらない。


(優しいおばあさま! 何があったの!?)


 老女の先に、見覚えのあるカバンを持って走り去る男の姿が見えた。


(もしかしてひったくり!? そういえば、おばあさま、孫の誕生日をお祝いするためにお金もってきてたって言ってた! それで狙われた!?)


 フィーユの体はもう走り出していた。

 気が付けば、先ほどの男が並走している。


「街の治安を維持するのも俺の仕事だ。危ないから君は来ないほうがいい」


(この人、街の憲兵とかだったの? でも、来るなと言われても従えないよ!)

「あのおばあさまには優しくしてもらったの! おばあさまの荷物は私が取り返す!」


 威勢よく言い放つフィーユだったが、今の距離は遠すぎる。これでもフィーユは魔導士だが、この距離は魔法の射程距離外だ。それに、通りには人通りがある。流れ弾を考えると、射程内でも簡単に魔法は使えない。


(とりあえず、距離を詰めるしかないんだけど……向こうは大人の男、むしろ距離を離されてるよ!)


 隣の男の走力もフィーユとたいして変わらない。犯人との距離は開いていくだけだった。


(このままじゃ見失っちゃう!)


 フィーユが焦りを感じたとき、隣の男が突然魔法を発動させた。


「ダークマター!」


 男の手元に気持ち悪いほどに黒い物体が現れた。男はそれを斜め上空へと放つ。


(この男、魔導士だったんだ! それにしても、なに、今の魔法!? もしかして、出した後、自分の意思で操ってるの!? ちょっと待って!? なにそれ、どういう魔法理論で組み立ててるの!?)

「ちょっとその魔法なに!? それなら犯人に追いつける!?」


「操れる範囲に限界がある。追いつくのは無理だ。けど、これなら上から犯人の姿を追い続けることができる。逃がしはしないよ」


「上から追い続けるって、まるであの黒い球体から犯人が見えてるような言い方だね」


「ああ、そうだよ。今もあそこから犯人を見ながら追いかけてるんだ」


(――――!? はあぁぁぁぁ!? なにそれ!? あの球体と視覚共有してるっていうの!? 自由に操作した上、視覚共有って、なんなのよそれ!? どんな魔法センスしてたら、そんなこと実行できるの!? 話を聞いても、とても私に同じことができる気がしないんだけど!)


「こっちだ! 犯人が曲がった。ここを通れば距離を縮められる!」


 フィーユは魔導士の男に従い、その後をついていく。


(この男、もしかして……いえ、多分間違いない。こんな魔法を使える魔導士なんて、この国では一人しか思い当たらない! ……でも、どうして私に接触してきたの? 私が白の聖王国から来た者だって気づかれてる!?)


 フィーユは速度を上げ、再びキッドに並び、横からその顔を覗いた。


(一生懸命な顔して……。少なくとも今は私のことなんて全然警戒してないよね、これって。……そもそも、私のことを怪しんでたら、あんな魔法を目の前で見せたりしないか)


 フィーユは相手のことを怪しみかけた自分の思いを消し、窃盗犯を追うことに集中する。


「まずいな、川に出る気だ」


「川?」


 疑問の声を上げるフィーユだが、すぐに理解する。二人は大きな川沿いの道に出た。

 王都の中には大きな川が流れている。王都民にとっては、生活に必要な水を供給してくれる水源の一つであるが、今はこの川が逃走に利用されようとしていた。


「舟を用意してやがった。仲間も舟に乗っている。ここ最近窃盗事件が何件か起きていて、組織的なものだと思っていたが、こうやって舟を使って街の外まで逃げていたのか」


 舟に乗るのに多少手間取っていたようで、フィーユ達と犯人との距離はだいぶ縮まっていた。とはいえ、二人の視界に舟に乗る二人の男の姿が入っているものの、その距離はまだ遠い。

 そのうちに、舟は桟橋を離れて、川へと出てしまった。

 こうなってはもう通常の手段では追えない。


「くっ、どうする……。この距離では、魔法はぎりぎり……。とはいえ、下手に攻撃しては舟ごと沈みかねない……」


「私に任せて!」


 走りながら自問する男にそう声をかけ、フィーユは近くにあった川へ下りられる階段を通って、河岸へと降りた。


「何をする気だ!?」


「黙って見てて! 氷結!」


 フィーユは水面に触れ、力ある声とともに魔力を開放する。

 すると、フィーユを中心にして広い川が凍り付いていく。その氷の範囲は、どんどん広がり、すぐに犯人達の乗った舟をも超えていった。凍り付いた川の真ん中で、犯人達は前にも後ろにも進めなくなる。


「おいおい、嘘だろ……こんな範囲を凍らせる魔力量なんて……あり得ないぞ。この半分だって、いや1/10だって俺には無理だ……」


「凍らせたのは水の上の方だけで、下は流れたままだから、すぐに水が溢れて被害が出るなんてことはないと思う。でも、思ってもみない影響があるかもしれないから、とっと捕まえて、凍った川を元に戻しましょ」


「ああ。……君は魔導士だったんだな」


 河岸から上がってきたフィーユに、魔導士の男が驚嘆した顔を向けてくる。

 先ほどは自分の方が驚かされたので、フィーユは少し誇らしげだった。


「あれ? 言ってなかったっけ? 私はフィーユ。みんなからはフィーって呼ばれてるから、呼んでくれるのならそっちのほうがいいかな」


「そうか……。俺はキッド、この国で軍師をやっている。……今回は助力感謝するよ」


 キッドはフィーユへと右手を差し出してきた。


(やっぱりキッドだった! 絶対にそうだと思ったんだよ!)

「どういたしまして。でも、私は親切にしてくたおばあさまの荷物を取り返したかっただけだから、気にしないで」


 フィーユも手を出して握手を交わす。キッドの手は細く、どこか頼りなく思いもするが、フィーユはその手から霊子を通じて熱い想いを感じ取っていた。


(ああ、なんだろこの感じ。私がなんとかしてあげなくっちゃって思うのに、いざとなったら最後にはこの人が絶対なんとかしてくれるって信じられる不思議な安心感……。そっか、だから、ほかの国の女騎士や、暗殺者かもしれない女の人まで、この人のそばにいようって思うんだね)


 フィーユはキッドの右手を掴んだまま駆け出した。


「ほら、早く犯人達を捕まえにいきましょ! 川を凍らせたせいで騒ぎになってきてるし。それに、おばあさまは明日のための買い物をしないといけないから、早く盗られたものを返してあげないといけないの」


「ああ……」


 元気いっぱいの少女に手を引かれ、キッドは氷の中で右往左往する窃盗犯達のところへ向かって行った。


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