第43話 グレイとミュウ
「失礼します! ミュウ騎士団長、よろしいでしょうか!」
キッド、ミュウ、ルイセの3人が今日も軍師用執務室で書類仕事をしていると、騎士団の一人が慌てた顔で部屋に飛び込んできた。
「どうしたの? 今日は騎士団への入団希望者の試験じゃなかった?」
国力拡大に伴い、雇える兵にもかなり余裕が出てきた。軍備拡大の必要があるため、紺の王国では新たな騎士団員の募集をかけており、定期的にその試験も実施している。もっとも騎士団長のミュウがわざわざ同席するほどのものではないので、こういう時は部下に任せてミュウはほかの仕事に精を出していた。
「はい、それがですね……入団希望者の一人が、自分が入るのにふさわしい騎士団か確かめるために腕試しがしたいと言い出しまして……」
井の中の蛙と言うべきか、悲しいかな、そういう輩はたまにいる。あまりにも目に余る素行の者ならば、騎士団に入れても和を乱すだけなので、その場で追い返してしまうが、そこまででなければ現役騎士団員が手合わせをする場合もある。腕に覚えがありそうな男が騎士団員に模擬戦であっさり敗北すれば、騎士というものの高みを口で説明するよりも簡単に示すことができ、入団希望者の気を引き締めることもできる。
とはいえ、騎士団を舐めた発言をするような者がいたとしても、わざわざ騎士団長であるミュウに報告するようなことではなかった。
「それならいつものように誰かが相手をしてあげればいいでしょ」
「それが……シデンまでやられてしまうような始末で……」
騎士の報告にミュウの表情が一気に引き締まる。
シデンとは、若手の騎士の中でもミュウが一目置いている剣の腕の騎士だった。ただの入団希望者を相手にあのシデンが負けるとは、ミュウはにわかに信じられなかった。
「なにかおかしな手でも使われたの?」
「いえ……純粋に剣の腕で負けただけです……」
「わかった。私が行くわ」
ミュウはすぐに立ち上がる。
「気になるから俺も行こうか?」
「私もおともしますよ」
「二人とも、仕事をさぼりたいだけでしょ。もう、騎士団のことは私に任せて、二人は仕事に集中してて」
「はーい」
「……残念です」
ミュウ自らが対処するというのなら、キッドもルイセも心配はしない。息抜きの機会を失いがっかりした顔で再び机の書類に目を向ける。
そんな二人を残し、ミュウは入団試験会場となっている騎士団の訓練場へと足早に向かった。
訓練場についたミュウは、一目で誰がシデンを倒した入団希望者か気づく。
模擬戦用の木剣を手にしているからというのもあるが、たとえそうでなくても間違いなく彼女は気づいていた。そいつは、身長約2メートルの大男。その浅黒い肌から考えると、生まれはこのあたりではないのかもしれない。立っているその姿だけで、見る者が見れば、戦いの素人でないことはすぐにわかる。
その男こそ、フィーとティセと別れた後、紺の王国の騎士団入団試験に潜りこんでいたグレイだった。
「おっ、あんたが騎士団長さんだな。女騎士団長さんの強さは聞いてるよ。騎士団に入るのなら、ぜひ騎士団長さんの腕前は知っておきたいので、一つ手合わせ願えませんかね?」
ミュウを前にしても、グレイの態度はふてぶてしかった。
騎士達は怒りに満ちた目をグレイに向けるが、すでに手練れのシデンが敗れていることもあり、グレイを諫めるものは誰もいない。
(これはよくないね。ほかの入団希望者達にもしめしがつかない)
こんな手合を相手に、わざわざ騎士団長が相手をする必要はないのかもしれない。本来ならすぐに追い返してしまうべき相手なのかともミュウは思う。
だが、そうしてしまうと、きっとほかの入団希望者は、騎士団を見くびることになる。さらに、この話が広まれば、今後騎士団を志す者にも影響がでかねない。
それを防ぐためには、誰かが騎士団の力をこの場に見せつけるしかなかった。
(私がやるしかないよね)
「私のことは知ってくれているようだけど、改めて名乗っておくわ。私は紺の王国騎士団長のミュウ。あなたの名前は?」
「グレイだ」
「私が相手をしてあげるよ。……誰か、私にも木剣を」
すぐに騎士の一人が、グレイの手にしているものと同じ木剣をミュウに渡した。
ミュウは軽く握り、何度かその木剣を振って感触を確かめる。
(いつもの剣とは長さも重さも違うけど、条件は相手も同じ。騎士団長としては、贅沢は言えないよね)
ミュウは前へ進み、10メートルほどの距離でグレイと向かい合う。
「じゃあ、始めましょうか」
「よろしくお願いしますよ、騎士団長さん」
二人は木剣を構え、戦闘態勢に入る。
両手で木剣を構えるミュウに対して、グレイは右手だけに木剣を持ち、半身の姿勢で右手右足を前に出した。剣先をミュウへと向けたグレイのその構えは、明らかに突きに特化したものだ。
(なかなかやっかいね)
ミュウは相手の意図を測り、警戒心を高める。
ミュウとグレイとでは明らかな能力差があった。それは二人の体格だ。
グレイは背が高いだけでなく、その手足も身長に対して長かった。
女性としては決して小柄ではないミュウも、男も含めた戦士として見れば明らかに小柄だった。
そのため、二人のリーチの差は数十センチにも及ぶ。その上、片手突きならば、グレイのリーチの長さは最大限に生かされる。ミュウはいつも以上に身体的ハンデを背負った上で戦わざるをえなかった。
実際、グレイはミュウの剣の間合いの外から鋭い突きを何度も仕掛けて来た。ミュウが自分の間合いに捉えるため前に出ようとするたび、グレイは鋭い片手突きを繰り出し、ミュウに踏み込む隙さえ与えない。
とはいえ、片手とは思えない力強さのこもった突きではあっても、ミュウはそのすべてを木剣で受け流し、体にはかすらせさえしなかった。
(このまま続けても攻撃を食らうことはない……けど)
ミュウは間合いを外して、ちらりと騎士達や入団希望者に目をやった。
騎士達の不安そうな顔や、入団希望者の失望したような顔がやけに目につく。
(騎士団長が一方的に攻撃を受け続けるだけっていうのは印象がよくないよね、やっぱり)
これが実戦ならほかに色々とやりようがあった。だが、今行っているのは入団試験としての模擬戦だ。相手の伸びた鼻をへし折るためには、ミュウから仕掛けて圧倒する必要があった。
(まさかこんなところで神速と嵐花双舞を使うことになるなんてね)
ミュウは出し惜しみなしに自分の全力の技を出すことを決意する。
何度か木剣を合わせただけで、ミュウは相手がまだ本気を出していないことはミュウも感じていた。中途半端な仕掛けは、手痛いしっぺ返しを食らいかねないことをミュウはよくわかっている。
ミュウは手と足に力を込めた。
(あの片手突きなら神速の速さでかいくぐれる! そうすれば相手が木剣を戻すより先に、私の嵐花双舞が決まる!)
無意識下の制御で、ミュウの手足に霊子が集まっていく。
(くるか!)
ミュウの気配が変わるのをグレイは敏感に感じ取った。
(……このままではまずいか?)
グレイは木剣を両手で握ると、前に出していた右手右足を後ろに引き、左を前に出した半身の態勢に変える。剣先をミュウに向けたまま腰を下ろし、諸手突きを狙う構えを取った。
(両手でもまだなお俺のリーチが勝る。いくら踏み込みが速かろうとも、ミュウの剣より先に俺の突きが相手に達する。俺の突きならば、相手がどんな速さであろうと確実に捉えてみせる。それを防ぐためには、相手は受け流すしかないが、受け流されても俺の腕力なら突きを放った態勢からそのまま剣での斬り付けに移れる。その剣速は、受け流した相手が再び構えるより上! 前に突っ込んできた時、それがミュウ、お前の負ける時だ!)
グレイは頭の中で自分の勝利までの流れをシミュレートし、体にイメージを叩き込む。
二人の間に流れる一瞬の静寂。
次の瞬間、地を蹴る轟音とともに弾けるようにミュウが跳んだ。
ミュウ神速の踏み込みは、グレイの想定以上の速さで、グレイの前へ迫ってくる。
しかし、それでもグレイは反応する。
鍛え抜いた突きは、自動迎撃のようにミュウをターゲットとして捉えて、その胸の中央へと向かって伸びた。
(この突き、受けられるものなら受けてみろ! たとえ受け流しても、突きから斬りへの連携斬りからは逃れられまい!)
片手突きの時は比較にならない鋭い突きだった。しかし、ジャンの雷突を間近で見てきたミュウの目は、確実にその木剣の動きを捉えている。
そして、グレイの木剣がミュウに届く前に、ミュウの嵐花双舞が炸裂する。
その間合いはミュウにとっても、まだ木剣がグレイに届かない距離。
嵐花双舞の狙いは、グレイ自身ではなかった。彼女が狙ったのは、その伸びてきた木剣。
(ぐっ!)
突いた木剣にとてつもない衝撃をグレイは感じた。
それでも構わず、グレイはそのままミュウの胸に向かい、木剣を突きだす。
だが、グレイの見てる前で、その木剣は割れ砕け、柄とわずかにのこった剣の部分を残すのみになっていた。その長さでは、ミュウの身体まで達しない。手を伸ばしても、壊れた剣はミュウまで届いていなかった。
逆に、グレイの喉元にはミュウの木剣が突き付けられている。
お互いの武器がまともな剣ならばこうはならなかっただろう。
剣先の同じ場所に、嵐花双舞による縦と横の剣戟を同時にくらったグレイの木剣は、その衝撃と振動に耐えられなかった。グレイが剣を握る力が強すぎて、衝撃の逃げ場がなかったことも災いし、木剣は見事なまでに破壊されてしまったのだ。
「私の勝ちってことでいいかな?」
グレイの喉にさらに木剣を近づけ、ミュウは尋ねる。
ミュウの腕も足も重く、もしもう一勝負するとしたら、次は勝者が変わるかもしれない。ミュウはそんなふうに思いもするが、命に二つ目はない。この勝負自体はまごうことなきミュウの勝利だった。
「ああ。これは俺の完敗だな。うむ、やはり思った通り、いや、それ以上の剣士だ。感服した」
ミュウはいきなりのグレイの態度の変化に目をぱちくりさせながら剣を引く。
褒めながら馬鹿にするといったふうでもなく、素直な言葉だということは、グレイの顔をみればわかった。
「ありがと。態度はちょっとアレかもしれないけど、剣の腕はたいしたものだね。あなたのような人が騎士団に加わってくれるのなら心強いよ」
ミュウはすっかりグレイを騎士団に入れるつもりでいた。多少生意気ではあるが、今後のことを考えれば、これほどの男が味方にいてくれるのは頼もしいことだ。
けれども、グレイの反応はミュウの思ったものと大きく異なっていた。
「あー、すまない。今回の件で、俺の剣の腕はまだまだだということを痛感した。これでは騎士団に入っても役に立てそうにない。腕を上げてまた出直すことにする。それでは、失礼」
それだけ言い残すと、グレイはすたすたと出口に向かい歩き出していく。
「え、あ、ちょっと!?」
ミュウの慌てる声も無視して、本当にグレイは訓練場から出ていってしまった。
あとには、何が起こったのかわからないように茫然とする、騎士団員と入団希望者、そしてミュウが残されただけだった。




