第40話 ソードとエイミ
翌日、ルルーは、キッド、ミュウ、ルイセを連れて、ある場所へと向かっていた。
「ルルー王女、こちらは……」
城の中、ルルーの向かう方向から、キッドは彼女がどこへ行こうとしているのか察する。
この先は、帝国四天王のソードとエイミがいる場所だった。
投降した二人は、現在紺の王国の監視下におかれている。牢に閉じ込めるような扱いはされておらず、衣食住は十分に足りた生活をしているが、自由に外出したり他者と接触したりはできない軟禁状態に置かれていた。
「はい。ソードさんとエイミさんに、話があると言って集まってもらってます」
キッドはルルーの思惑をおよそ察する。
(ルルー王女の考えは、おそらく黒の帝国領の統治に、ソードとエイミの力を活用することだ)
それはキッド自身も考えたことだった。ガイウス皇帝亡き今、帝国内で貴族や民衆の支持を受けているのは間違いなく帝国四天王だ。その中でも、武におけるソード、内政におけるエイミへの彼らの信頼は厚い。その二人の力が利用できれば、黒の帝国領の統治は間違いなくやりやすくなる。
(だけどルルー王女、それは諸刃の剣でもあるんだ)
降伏した国の捕らえた敵将の扱いに関しては、いくつか可能性がある。
一つは、自国の将として迎え入れること。相手が有能で、自国に忠誠を誓ってくれるのならこれが理想的だ。
だが、前の主への忠誠心が厚い者、征服国に恨みを持っている者などはそう簡単にはいかない。前者は時間をかけてゆっくり説得すればまだ味方に引き入れられる可能性もあるが、後者の場合はその可能性はゼロに等しく、むしろ敵に回る可能性の方が高い。そのため、そういう者に対しては、力を持たないよう自国内に軟禁しておくか、最悪の場合、何らかの理由をつけて処刑するしかない。
ソードとエイミに関しては、皇帝の死は事故に近い形であり、皇帝の邪法兵器の使用に関して二人とも快く思っていないこともあり、紺の王国に対する恨みはそれほどないと感じている。また、ルルーの性格からしても、処刑という選択肢は現状ありえない。
そのため、キッドは話次第で、二人を味方に引き入れること自体はそう難しくないと考えている。
ただ、二人を味方にすることには大きな問題があった。
(二人は優秀すぎる上に、帝国で人気がありすぎる)
キッドの懸念事項はそこだった。
帝国の統治に二人を携わらせれば、間違いなくキッド達だけで行うよりもスムーズに進むだろう。しかし、下手に力のあるポジションに二人をつけてしまうと、その気になれば二人は容易に黒の帝国の一派をまとめあげ、巨大な勢力を作り上げることができてしまう。その力をもってしてクーデータを起こされれば、紺の王国は簡単にひっくり返される。それほどまでに、いまだにあの二人と、帝国勢力の力は強大なものだった。
(かといって、一兵卒に毛の生えた程度の役職では、二人の力や名前を利用できない上、むしろ帝国貴族や民衆の反感を買いかねない。あの二人は扱いが難しすぎるんだ……)
二人の力を利用することを考えながらも、キッドがそれを実行に移す提案をルルーにしなかったのは、その制御の難しさと今後のリスクを考えてのことだった。
(ルルー王女、二人をどうする気なんだ? 単純に力を貸してくれと頼むだけでは、今後の大きな不安を抱えるだけだぞ)
二人と会う前に、ここでルルーを止めてしまうかとキッドは考え、前を歩くルルーの肩へと、手を伸ばそうとする。
けれども、動かす前にその手を止めた。
(ルルー王女が自分で考えてやろうとしていることなら……俺はそれを補佐するだけだ。この人を信じてみよう。……もし失敗したなら、その時フォローするのが、俺のすべきことだ)
そしてルルー達四人は、ソードとエイミの待っている部屋の前へとたどりつく。ルルーは、ほかの三人の顔を見渡した後、ノックして中へと入った。
部屋の中には、金の意匠を施した帝国の黒い軍服に身を包んだソードとエイミの二人が待っていた。彼らには紺の王国の服も渡していたが、それを身に着けていないのは、自分達は紺の王国に入ったわけではないという意思表示なのかもしれない。
ルルー達が部屋へ足を踏み入れると、静かな緊張感が漂っていた。中央には四角いテーブルが据えられ、その一方にはソードとエイミが並んで座っている。その対面に、キッドとルルーが並んで座ると、その両側には護衛のようにミュウとルイセが控えた。
「お二人ともお呼びたてしてすみません」
「いえ。それより、兵達はどうなりましたか?」
ソードは自分達のことより、まず兵達のことをルルーに尋ねた。
それだけでこのソードという男がどういう男なのかよくわかる。
「我が国に仕えてくれる者については喜んで迎え入れます。それをよしとせず武器を置く者についても認めます。また、帝国領の分割にともない、他方の国へ移ることを希望する者については、その希望を認めることで、緑の公国側とも話はついております。兵達の待遇についても、我が国の兵と差をつけるような扱いをしないことを約束します。緑の公国側でも、我が方と同じような扱いをされることになっていますので安心してください」
「ありがとうございます」
ソードは深々と頭を下げた。下げたためその顔は見えにくいが、ルルーの答えを聞き、先ほどまで厳しかった表情が少し和らいだように見える。
エイミもソードに続き、頭を下げた。
「頭を上げてください。今日はお二人に話があって参りました」
ソードとエイミが顔を上げる。二人も自分達の処遇に関する話だと察しているようだった。
「もしこの首が必要とあれば差し出す覚悟はできております。ですが、このエイミは魔法や剣だけでなく内政にも長けております。重用していただければ、必ずお役に立てるかと」
「いえ、このソードこそ、武勇に優れるだけでなく、真に信義に厚い者です。信頼していただければ、必ずその信頼に応える者です。寛大な措置をお願いします」
二人の反応にキッドは少し驚く。
(そうか、この二人はルルーのことを知らないんだよな)
キッドはルルーの人となりを知っているがゆえに、敵将とはいえ不当な扱いをしたり、ましてや処刑したりすることがないとわかっている。だが、ソードもエイミも、ルルーとはこれが初対面だ。それに、帝国は周辺国への侵略戦争を何度も仕掛け、周りから恨みを買っている。それを知っている当事者でもある彼らが、こんなふうに考えるのは不思議なことではなかった。
「安心してください。お二人を処罰するような気は全くありません。それよりも、今日はお二人にお願いがあって参りました」
ここまではキッドの想定通りだった。問題は、ルルーがどういう条件で二人を勧誘するつもりかということだ。
(副騎士団長を二人体制にし、ソードをもう一人の副騎士団長に任命してミュウの監視下に置く。エイミは宮廷魔導士にして、王城に留めておく。二人を帝国領から離した上で十分な地位を与える、この采配が最善手だと思うが……)
「お二人には紺の王国の子爵位を授けますので、この帝国領を統治していただけませんか?」
「――――!?」
ルルーの提案には、ソードとエイミ以上にキッドが驚いた。
「ルルー王女!? それはあまりに……」
「このお二人なら帝国領の土地勘もありますし、帝国貴族や民との繋がりもある上、信頼を得られています。キッドさんが心配しておられた問題は、このお二人ならクリアしているも同然だと思いませんか? それに、統治権は預けますが、あくまで帝国領の所有権は王家が持ち続けます。王家の力が弱まることはありません。むしろ、適正に管理・統治してもらえれば、国力が増し、王家の力も結果的に増すことになります」
(確かに、それは理屈の上では正しいのかもしれない。だが、それでは――この二人が、容易に力を築き上げる土壌を与えてしまうことになるんだ! たとえ二人にその気がなかったとしても、いずれ誰かが彼らを担ぎ上げ、帝国の復興を掲げる者が現れるだろう。そうなれば、紺の王国は激しく揺れ、混乱に陥る! ルルー王女、それがわかっているのか!?)
キッドは訴えかけるようにルルーの少し茶色がかった大きな瞳を見つめる。
ルルーの深い瞳は、キッドその想いをすべて受け止め、まるで包み込むかのようだった。
(……そうか。それもすべてわかった上でのこの判断なんだな。まず相手を信じることから始める。相手のことを信じた自分を信じる。……そういうことなんだよな、君はいつだって)
キッドは肩の力を抜き、厳しく閉じていた口を柔らかく緩め、大きく息を吐いた。
「わかりました。俺はルルー王女の考えに賛成します」
「キッド、いいの?」
斜め前のミュウが不安げな顔をキッドに向けてくる。
その顔を見ただけで、ミュウが自分と同じことを考えていたことを察するが、キッドはもうルルーが信じる道を支えると腹をくくっていた。
「まぁ、何かあった時は俺達がなんとかするだけだ」
「……わかった。キッドがそう言うのなら」
ミュウはもうそれ以上何も言う気はないようだった。
ルイセを見れば、彼女も受け入れているのか静かに控えている。
「王女、それは本気でおっしゃっているんですか?」
むしろ敵であったソードの方が疑問の声を上げた。
とはいえ、ソードのこの反応は当然のことだろう。何か罠でもあるのかと疑ってもおかしくないような条件なのだから。
「もちろんです」
ルルーの真摯な表情と瞳を見れば、まだルルーのことをよく知らないソードでも、嘘や冗談の類ではないことくらいはすぐにわかった。
「ルルー王女、私からこのようなことを申し上げるのもどうかとは思いますが……その条件では、私達がその気になれば、帝国貴族をまとめあげ、王家を打倒する勢力を作ることができてしまいます。目の前に問題に対して最善手だとしても、その先を考えない対応を繰り返せば、いつか手痛いしっぺ返しを食らうことになるかと……」
「構いません。もし、父や私がこの国を統べる者としてふさわしくないと思われたのなら、エイミさん、あなたがたが立ち上がり、その手でよりよき国にしてください」
「――――!」
静かだが確かな迫力が今のルルーにはあった。
それを向けられたエイミも、ソードも、返す言葉を見つけられず押し黙る。
(この覚悟だ……。ルルー王女は本気でそこまで覚悟を決めている。だから俺もこの人を支えたいと思うんだ)
キッドがソードとエイミに目を向けると、二人は互いに目を合わせ、力強くうずき合った。
そして、再び二人は姿勢を正し、改めてルルーに顔を向ける。
「ルルー王女、今のお話、このソードもエイミもお受けいたします。責任を持ってこの帝国領を統治しましょう。……あなたのために」
「はい、ありがとうございます!」
先ほどまでとは別人かと思う、屈託のないただの少女のような笑みをルルーは浮かべた。




