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第39話 黒の帝国領の統治について

 皇城内での仮の私室で、ミュウと共に、ルルーとルイセから、協議内容の説明を受け、キッドは口を開いたまま唖然とする。隣のミュウも、キッドほどではないが、目を丸くして驚きの表情を浮かべている。


「ルルー王女、なぜそんな提案をしたんですか!」


 キッドがルルーに問いただしたのは、もちろん彼女が最初に提案した、紺の王国が得るはずの帝国領土と引き換えにキッドを求めたことに対してだった。


「いや、でも、結局拒否されましたので……」


「拒否されたからいいってものじゃないでしょ! もし向こうが受け入れていたら、今回の帝国攻めの苦労が全部無駄になるところだったんですよ!」


「無駄にはなりません。なによりキッドさんが残ります」


 キッドに詰め寄られ、困って笑ってごまかすような顔をしていたルルーが、この時ばかりは真顔になり早口で返した。

 決して強い口調ではないのに、そこに秘めた静かな威圧感のようなものに気おされ、キッドは返す言葉を失う。


「私もルルーさんの提案に賛成でした。あの場にいなかったキッド君がルルーさんを責めるのはどうかと思います」


 ルイセにまで責めるような目を向けられては、キッドはもうこの件については何も言えなくなる。

 ルイセのルルーの敬称がいつの間にか「様」から「さん」に変わっており、今も隣同士で座っている二人の仲はいつの間にか深まっているようだった。


「……まぁ、結果的には帝都の支配権も得られたし、二人はよくやったと思うよ。ジャン相手にこの内容でまとめて帰ってくるとは想像以上だし」


「はい、頑張りましたよ」

「もっと褒めてくれてもいいと思います」


 二人の反応に、キッドの顔にもようやく笑みが浮かぶ。

 キッドの隣のミュウは、そんなキッドをどこか誇らしく思うと同時に、羨ましくも思っていた。


(帝国の領土半分と引き換えにしてでも求められるなんてね。すごい人になっちゃったね、キッド。……私も負けてらんないなぁ)

「とにかく、キッドはこのまま紺の王国に残ることになったんだから、当然私も引き続きやっかいになるので、みんな、よろしくね」


「はい、こちらこそ、これからもよろしくお願いしますね、ミュウさん!」

「心強いです」


「それじゃあ、協議の内容についてはこのくらいにして、ここからはこれからのことを考えようか」


 真面目な顔をしたキッドが、全員の顔を見渡す。

 ルルー、ルイセ、ミュウがそれぞれにうなずき、議論のモードに入った。


 今回紺の王国が手に入れた帝国領の4割にあたる領土は、旧紫の王国の領土を含んだ現在の紺の王国の全領土よりもなお広い。紺の王国は、一気に二倍以上の面積の国へと膨らんだことになる。


「まず考えないといけないのは、王都の問題だ。今の王都から遷都して、この帝都を新たな王都にすれば、王家の力はより強固なものとなる。城門の修繕は必要だが、現在の帝都の設備的資産がほぼそのまま使え、防衛を含めて戦略も色々と立てやすくなる。それに、黒の帝国にとって今回の敗北は、皇帝の死によるものが大きく、余力を十分に残したままの降伏だ。俺達は支配権を得たが、完全に統治する土台はまだ十分にできていない。そういう面でも、遷都して王家が直接治めるというのは都合がいい」


「遷都はしません。紺の王国の王都は、今の王都だけです」


 キッドの説明にもかかわらず、ルルーは迷いなくはっきりとそう言い切った。

 どうするのが良いかと問われれば、キッドは遷都を申し出るつもりだった。王の判断が明らかに間違ったものであるのなら、軍師としてそれを諫めることはする。しかし、それが王の願いであるならば、それをよりよい形で実現するのが軍師だ。少なくとも、キッドはそう考えていた。


「わかりました。では、遷都はなしで、黒の帝国領を治める最善手を考えます」


 キッドはルルーの考えを変えさせるようなことはしなかった。素直に受け入れ、その上で自分のできることを考える。


「お願いします」


「そうなると、王家以外の者に力を集中させないためにも、帝国領を分割し、それぞれに信頼できる統治者をおくべきだが……、すぐには無理だな。当面は信の置ける者が帝都にて全体の管理をしていくしかないな」


 紫の王国の王だったベリルは、統治者として信頼できる男だが、信用しきることはできない男でもあった。紺の王国の侯爵となった今でもその野心が消えていないことはキッドも感じている。少なくとも、今はルルーの治世に満足し、その牙を見せる気配はないが、力と機会があればどうなるかわからない。そのため、ベリルやその一派の者は、帝国領管理に携わらせるわけにはいかなかった。そうなると紺領出身者でなんとかしたいが、こちらはこちらで信用はできるものの、統治者として信頼するには少々心もとない。帝国領ともなれば、紺領の数倍にもなるのだから、荷が重いのも当然の話なのだが。


「……当面は俺が帝都に残って、この地を治めていく下地を作ります。とはいえ、土地勘もなければ、周りもこちらのことを決して好ましくは思っていない貴族や兵ばかりだろうから、人手も情報も何もかもが足りない。ミュウ、ルイセ、二人には俺と一緒に残って仕事を手伝ってもらいたい」


「わかってるよ」

「好きに使ってください」


「国としての今後の方策や、軍備の再編も考えなければいけないが……とにかく今は帝国領の統治に力を費やすしかないな。反乱でも起きようものなら、国の形が崩れかねない」


 帝国貴族が皆、ガイウス皇帝に心酔していたわけではなく、覇道を進む皇帝を快く思っていなかった者は少なくはないだろう。だが、かといって、彼らが紺の王国を歓迎してくれる可能性は低い。彼らにとって紺の王国は、田舎の小国としてのイメージしかない。そんな彼らを取り込むのは、決して簡単なことではなかった。ましてや、ガイウスに心酔していた貴族連中ともなれば、どれほどの反発があるか。


「今後のことを考えると、頭が痛くなりそうだけど、二人とも頼りにしているぞ」


 ミュウもルイセも力強くうなずいてキッドの想いに応える。


「王都とのやりとりも必要なので、定期的に王都にも戻りますが、ルルー王女とはしばらくはなかなか顔を合わせられないことになりそうですね」


 今回の出兵中もルルー王女とは会えていなかったため、可愛らしい自分の主とまた別れることをキッドは寂しく思うが、さすがにこればかりはしょうがないと、キッド自身は納得する。

 しかし、ルルーの方はそうではないのか、渋い顔をして何か考えているようだった。


「ルルー王女、どうかされましたか?」


「……キッドさん、私に一つ考えがあるのですが……明日、私に付き合ってもらってもよいですか?」


「考えですか?」


「はい。詳しいことは明日お話ししますが、ルイセさんとミュウさんも一緒に来てもらえますか?」


「了解しました」

「もちろんだよ」


 こうして、この話については明日改めて行うこととなった。


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