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第37話 帝都のルルー王女

 今後の、黒の帝国領地の扱いについて、紺の王国と緑の公国とで話し合いが行われることになった。

 中立性を保つため、場所は紺の王国が暫定管理している帝都の皇城となり、ルルー王女も帝都へとやってきた。

 護衛とともに帝都の皇城についたルルーは、そこでキッドと久々の再会を果たす。


「キッドさん! 無事でなによりです!」


 皇城の廊下でキッドの姿を認めると、ルルーは感極まった顔になり、飛びつきそうな勢いで走り寄ってきた。

 ルルー自身、これまで募っていた心配の気持ちのあまり、我を忘れて抱きつきそうになっていたが、すんでのところで、キッドの両脇にいるミュウとルイセに気づき、直前で足を止める。


「ルルー王女、長旅お疲れ様でした。こちらは、なんとか王女の期待には応えられましたよ」


 以前と変わらず元気を体から溢れさせるルルーの様子に、キッドも思わず破顔した。


「いえ、期待以上です! ミュウさんも、ルイセさんも、ご壮健でなによりです」


 功労者はキッドだけではない。ルルーはすぐにキッドの隣に立つ二人の女闘士にも目を向ける。


「ルルー王女がしっかり補給支援してくださったからですよ」

「そうですね。おかげで戦いだけに集中できました」


 ミュウとルイセから礼を言われ、ルルーが照れたように笑う。


「ありがとうございます。皆さんのお役に立てたのなら、私も嬉しいです。……でも、私の本当の仕事はここからですね。ジャン公王は、もう帝都に来られているんですか?」


 綻んでいたルルーの顔が真剣なものに変わった。


「ええ、数日前に到着してます。ルルー王女も帝都に到着したので、すぐに協議の日時と場所が決められることになると思います。ただ……」


 キッドが明らかに言いにくそうな顔をする。

 ルルーにはその理由が想像できた。


「……今回の両国による協議の場に、俺は同席しないつもりです」


 キッドのその言葉を受けても、ルルーの顔に驚きはない。それはルルー自身も想定していたことだった。

 紺の王国の軍師という立場を考えれば、大事な交渉の場であり、欠くことのできない存在だ。ただ、今のキッドは、紺の王国の軍師でありながら、緑の公国の宮廷魔導士でもあった。今の立場では、どちらの側についても波風が立つ。それを考えれば、最初から参加しないのが、もっとも利口であり、公平な行動だと言えた。


「私もキッドと同じで、協議には参加しないつもりです」


 ミュウもキッドに続いた。彼女の場合は、あくまで客員将校であり、身分的には緑の公国側の人間だ。協議の場に立てば、立場上緑の公国側につくしかない。

 だが、紺の王国側で戦い、ルルーにも好感を持っているミュウとしては、一方の側に立つのは、どうしても感情的に抵抗が生まれる。その結果の、キッドと同じ判断だった。


「はい、わかっています。お二人はそのほうがいいと私も思っていました」


 二人の立場についてはルルーも慮っていた。二人の申し出を嫌な顔一つせずに受け入れる。ルルーとしては、二人から言い出さないようなら、自分のほうからそう勧めようかと思っていたほどなので、二人が出席しないことには何の文句もない。


「ルルー王女、私は同席させてもらってもいいですか?」


 そう言い出したのはルイセだった。普段政治的なことには関心がなく、何の口出しもしてこないルイセにしては珍しいことだった。

 キッドも意外そうな顔を浮かべているが、ルルーはそう思わなかったようで、まっすぐにルイセの目を見て、少し安心したように微笑む。


「はい! ぜひお願いします!」


 こうして、協議の場への紺の王国側の出席者は、ルルー、ルイセ、それに加え、今回ルルーに同行して来た外務大臣と、騎士団副団長の4人となり、キッドとミュウは同席しないことが決まった。




 協議の日時はすぐに決まった。そして、協議の前日の夜、ルルーは久しぶりに昔の夢を見た。

 それはルルーがまだ10にも満たない年の頃の出来事。

 今よりもさらに無邪気で好奇心旺盛だったルルーは、たまたま侍女が城に連れてきていた、背格好の近いその娘と服を取り換え、城を抜けて街に出た。

 当時、黒の帝国による他国への突然の侵攻を機に、世情は不安定になっており、紺の王国にも子供をさらって売り飛ばす人身売買組織が手を広げていた。まだ警戒心というものを十分に持ち合わせていなかったルルーは、彼らにとって良いカモでしかなく、運悪く捕らわれの身となる。

 その危機を救ったのが、冒険者ギルドから依頼を受けて動いていた、若き頃のキッド達だった。キッド以外にも敵拠点に乗り込んだメンバーはいたが、拘束され組織の拠点に囚われていたルルーに最初にかけつけ、敵が殲滅されるまでずっとそばについていてくれたのは、ほかの誰でもなくキッドだった。

 初めてむき出しの悪意というものに晒されていたルルーにとって、その時のキッドはまさに救世主だった。

 ルルーはその時に自分の前に現れたキッドのことを忘れはしない。城の騎士達のような見た目に頼りがいのある体躯ではない。痩せて少し猫背気味で鎧も身に着けていない男。だが、城の魔導士でも使わないような魔法を行使し、一瞬で敵を殲滅したその姿に、見た目と強さとが必ずしも一致しないということを心に刻んだ。

 そして、ルルーを見張っていた敵を倒した後のキッドとの会話を、また夢の中で繰り返す。


「お嬢ちゃん、もう大丈夫だ」


「……お兄さんは誰?」


「俺はキッド。今はただの冒険者の魔導士だ。けど、いずれはどこかの国の宮廷魔導士、いや、軍師となって国を救う男だよ」


「……軍師?」


「さすがにお嬢ちゃんにはわからないか。軍師っていうのは、知謀をもって、軍を指揮する王を助け、時には王に代わって軍を率いる者。場合によっては、政治や外交にも関与し、王を補佐して国を救う英雄ってやつだよ」


 それは多くの志ある若者が語る夢物語に過ぎないものだったのだろう。だが、たった一人で、初めて身の危険さえ感じる状況に長時間おかれていたルルーには、そう語るキッドの姿は眩しく、誰よりも心強かった。


(この人はきっと私の軍師になってくれる人だ。軍師として、この国を救ってくれる人だ! ……私は遠くない未来に、きっとこの人を軍師にする! してみせる!)


 この時のルルーは、子供心に胸の中でそう固く誓った。

 そして、これ以降彼の姿とこの時の言葉を忘れることがなかった。

 山にこもっていたキッドに何度冷たく追い返されようと、諦めずに彼のもとに足を運び続けたのは、この時の想いを実現させるためだった。


「……やっぱりキッドは私の思った通りの軍師だったよ」


 夢から覚めたルルーは、ベッドの中で誰にともなくつぶやく。

 今回の二カ国協議の主題は、もちろん黒の帝国の扱いについてだ。しかし、宙に浮いたままのキッドの所属の問題、それも議題となること間違いなかった。

 キッド及びミュウが紺の王国にいることを、緑の公国が認めたのは、黒の帝国への電撃的侵攻作戦を成功させるためだ。それを達成した今、二人を紺の王国に置いておく理由は、緑の公国にはない。

 それに、ルルーがキッドに頼んだのは、軍師として国を救うこと。黒の帝国が崩壊した今、その役目は果たされたといえる。


「……でも、まだ紺の王国にはキッドが必要なの。なにより、私にはキッドが必要なんだよ」


 緑の公国との協議に臨むルルーは、密かにある決意を固めていた。


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