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第35話 帝国の終焉

 エイミとの戦いに全神経を傾けていたルイセは、そのガイウスの動きに気づけていなかった。

 ルイセが気づいた時には、すでに鏡は彼女の姿を捉えていた。


「しまった!」


 ルイセは呼吸のため、一瞬だが体の緊張を解いてしまっている。とてもガイウスまで飛び掛かれる距離と態勢ではない。回避するためには一か八か城壁から飛び降りるしかないが、筋肉を緩和させた今の状態からではそれさえもう間に合わない。


(すみません、キッド君。皇帝を止めるという約束は果たせそうにないです)


 ルイセさえ諦めるしかないこの状況で、ただ一人ガイウスの動きに気付いている者がいた。

 それはダークマターで上空から戦いを一望していたキッドだ。

 キッドはルイセの動きも追いながらも、ガイウスから目を逸らしはしなかった。ルイセのことを心配しているが、それ以上に信頼している。だからこそ、意識の多くをルイセの戦いよりも、ガイウスに向けることができていた。


(ルイセをやらせはしない!)


 ガイウスがルイセへ鏡を向ける動きと同時に、キッドの意識はガイウスの鏡へと向かっていた。

 今のダークマターではダークブレットを放つほどの力もない。

 できるとすれば、この小さなダークマターの塊を直接ぶつけるだけ。

 ここまで極少の魔力では、普段の消滅の力はほとんど発揮できないだろう。ガイウスにぶつけても表面を削るくらいで、致命傷を与えられる可能性は低い。

 だから狙うのは、ガイウスの手にした鏡。どういう仕組みでどういう構造の兵器なのかはわからない。見た目が鏡のようだが、実際は鏡とは違うものなのだろう。

 そのため、どうやれば止められるのかはキッドにもわからない。だが、その鏡面に穴の一つ、いやヒビの一つ、いや傷の一つでも付けられれば、発動を多少なりとも遅らせられるかもしれない。そうすれば、きっとルイセがなんとかしてくれる。

 もはやキッドの意識はダークマターと一つだった。

 ただ鏡だけを見て、キッドの魂が乗り移ったようなダークマターが鏡の中央へと突き進む。


(このダークマターでルイセを守ってみせる!)


 ガイウスがキッドのダークマターのその動きに気付いたのは、普段から大局的にものを見るその王としての日々のあり方ゆえだろうか。大局的にものを見るといっても、実際の視覚として広く視野を向けるわけではないが、それでもガイウスはエイミとルイセだけに注視しているわけではなかった。そこを見つつ、周囲にも目を向けていた。

 だからこそ、ガイウスは気づけた。ダークマターが手にした鏡に触れるより先に、その黒色球体の存在に。

 ガイウスにとってその鏡は虎の子の兵器だ。現状、何より優先して守るべきもの。

 そのため、ガイウスの手は反射的に動いていた。得体の知れない球体から自分の武器を守るため。

 とはいえ、気づけたのはギリギリのタイミングだった。十分に避けられるだけの余裕はない。その結果、鏡を動かした後、ダークマターの射線上にガイウスの手の指が残った。

 キッドのダークマターもガイウスのとっさの動きに反応できず、そのまま突進するしかない。


(くっ! もう止められない!)


 ダークマターと意識を重ねたままガイウスの指にぶつかった。その瞬間、キッドの魔力は弾け、残ったダークマターの消滅とともにキッドの体から残っていた魔力が消え去っていく。

 ダークマターの視界を失い、もうキッドには何も見えなくなった。


 その光景を見ていたのは、ルイセだった。

 自分に鏡を向けていたガイウスが、急に手をずらし、直後、黒い球体とともにその指先が消えた。

 鏡を掴む指を失ったガイウスから鏡は離れ、城壁の外へと向かって落ちていく。

 慌てたガイウスは、その鏡へと手を伸ばしたが、肝心の指先がなかった。失われた指先が空をかき、そして、必死に手を伸ばしたせいで身を乗り出しすぎたガイウスの体は、そのまま城壁から落ちて行った。


 城壁の下、ミュウとソードが睨み合いを続け、キッドが急な魔力消失に意識を失いかける中、鏡が落ちてきた。

 乾いた落下音に3人が目を向ける中、続いて大きな物体が落ちてくる。

 何かがつぶれたような音とともに、血と何かわからない液体が飛び散った。


 それが黒の帝国の皇帝ガイウスの最期だった。


 その状況を一番に理解したのはキッドだった。

 そして、今何が最優先事項なのかすぐに把握する。


(あの鏡を敵に渡すわけにはいかない! こちらが手にするか、さもなくば破壊しなければ!)


 自分の魔法で破壊するのが最も手っ取り早かった。だが、ダークマター消失で最後の魔力まで尽きたキッドには、炎の欠片さえ今は出すことができない。


「ミュウ! 鏡を!」


 だから、情けなくもミュウに頼るしかなかった。

 しかし運はキッド達に味方してくれない。

 石畳に跳ねた鏡が跳んでいった先はソードの足元だった。

 見かけは鏡だが、実際には鏡でなく邪法兵器だ。あの高さから落ちたにもかかわらず、割れた様子もない。


「……最悪だ」


 言葉にするまでもなく、キッドもミュウも状況を理解した。

 現状最も渡してはいけない相手。最も取り返すのが困難な相手の元に、その邪法兵器が転がってしまったのだ。


 ミュウはまだ回復しきっていない足と腕に力を込めて身構える。


(唯一のチャンスはソードが鏡を拾う瞬間! そこを突くしかない!)


 せめてあと5分あれば、ミュウ有利で戦いにもっていけただろう。だが、今のミュウの疲労からの回復具合と、ソードの負傷具合とを天秤にかければ、まだ互角。

 もしもソードが鏡を拾うフェイクで誘いをかけるようなら、ミュウはその罠の中に飛び込むことになり、圧倒的不利になる。だが、それでも飛び込むしかなかった。拾われてしまっては、この戦いの勝敗を決める天秤が、また帝国側に大きく傾くことになる。


(罠だとしても、行くしかない!)


 ミュウはソードが鏡を拾うために身を屈めるタイミングに意識を集中させた。

 しかし、その予想に反して、ソードは拾うような動きを見せない。

 立ったまま、刃を下に向けて大剣を持ち上げ――そのまま鏡の中央目掛けて剣を突き下ろした。


 キッドとミュウが唖然とする中、ソードの大剣は鏡を突き破り破壊する。

 いくら邪法兵器でも、ソードの力の込めた一撃に耐えうる強度は持ち合わせていなかった。


「……なぜ」


 それはキッドとミュウいずれのつぶやきだったのか。あるいは、二人そろっての言葉だったのか。

 理解できない二人を置いたまま、ソードの大きな声が戦場に響き渡る。


「我らが帝国皇帝は崩御なされた! 両軍戦いをやめぃ!」


 激しい喧騒に包まれていた戦場が、ソードのその声で一瞬沈黙する。次のざわめきが起きる前に、またソードの声が飛ぶ。


「この戦い、我ら黒の帝国の負けだ! 武器を納めよ!」


 再び武器のぶつかる音や兵達の声が響くことはなかった。

 想像していなかった展開に、勝った王国軍から勝鬨が上がることもなく、ただ沈黙だけが戦場を支配する。


「キッドに、ミュウ。皇帝がいなくなった今、戦いを継続する意味はない。我らは降伏する。……敗北の責任は俺が取る。兵や民には寛大な処置を願いたい」


 ソードは大剣を鞘に戻すと、その場に片膝をついた。傷のせいもあるが、それは降伏の証でもあった。

 先ほどまで戦士の顔をしていたミュウが、毒気を抜かれたような表情でキッドの方を見てくる。


「……ああ。……わかった、俺の名にかけて、約束する」


 石壁にもたれかかった情けない姿のまま、キッドは確かに約束をした。キッドとしても帝国兵や帝国民に何か恨みがあるわけではない。降伏した相手を不当に扱う気はさらさらない。なにより、キッドが仕えるルルーがそのようなことを望まないことは、キッド自身が誰よりもわかっている。


 下でそのようなやりとりが行われる少し前の城壁の上――


 ガイウスが城壁の上から落ちたことには、ルイセはもちろん、自分を飛び越えたルイセを追うために振り向いていたエイミもまた気づいていた。

 だが、二人とも呑気に下を確認するわけにはいかない。まだすぐに近くに脅威となる敵がいるのだから。


 ルイセはガイウスの姿が城壁から消えたことを視認すると、すぐに振り返り剣を構える。


(先ほどガイウスを狙ったのはキッド君のダークマターでした。もう魔力なんてなかったでしょうに……。私がキッド君を助けるつもりでしたが、逆に助けられてしまいました。……ならばせめて、今後の障害となりうるこの帝国の魔女だけでもここで排除しておかねば、私のいる価値がありません)


 新たな空気を吸い込んだとはいえ、炎に包まれて空気が遮断された中で全力攻撃を行い、ルイセは体内の酸素を使い果たしている。まだ100%の動きができるほど回復はしていないが、似たような状況での戦いは何度も繰り返してきた。

 ルイセに迷いはない。

 身を焼く炎をイメージし、再び魔力を込める。

 事前に耐火の魔法をかけておいたので、肌に火傷の跡はなく、服も燃えてはいない。その効果がいつまで続いてくれるのかわからないが、それはルイセを躊躇わせる理由にはならない。


 一方でエイミも屈した膝を再び伸ばして剣を構える。


(皇帝が……。しかし、今は目の前のこの敵に集中しなければ! 余計なことに気を回して勝てる相手ではないわ!)


 落ちた皇帝がどうなったのか確認しなければと心は逸るが、頭は冷静だった。熱いハートを有しながら、頭はクール。それが帝国の魔女エイミだった。


(おそらく相手はまた体を燃やして私の氷結領域に対抗してくる。剣技では私の方が劣ることは認めるわ。でも、あの状態を長く維持できるとは思えない。相手が自滅するまで耐え続ければ、最終的に勝つのは私。足を斬られたせいで踏み込みに十分な力は入らないでしょうけど、帝国剣術にはそういう時の戦い方もある。この剣術は、先人達が何代にも亘って編み上げ洗練してきた剣術。愚直と言われようと、私はこの剣術を信じるまで!)


 はなから持久戦上等。力の入った足から新たな血が滴るのにもかまわず、エイミは守りの構えに入った。


 両者の戦いの合図となる、ルイセの火炎陣発動の声が今まさに出ようとした時、ソードの敗北宣言の声が城壁の上にも届いた。

 その内容を理解し、二人の視線が交わる。

 互いに、相手の瞳に戸惑いの色が浮かんでいることを察した。


 先に動いたのはエイミの方だった。

 ソードの声を聞き間違うはずがないという自負が彼女にはある。

 そして、ソードがそういうのなら、それはもう間違いのないことなのだと理解した。


(……陛下をお守りしきれませんでした)


 エイミは握った剣から手を離し、その場に捨てると、両手を挙げた。


「……降伏します」


 戦意のなくなったエイミの様子に、ルイセも構えを解く。


(……下の状況はわかりませんが、きっとキッド君がなんとかしてくれたんですね)


 ようやくルイセは城壁の下へと視線を向け、城壁にもたれながら立つ頼りなさげなキッドの姿を認めると、その見掛けとは相反する心強さをその姿に感じた。


 こうして、帝都での戦いは、皇帝の死をもって紺の王国の勝利で幕を閉じたのだった。


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