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第34話 乱れ嵐花双舞

(このまま打ち込めば――負ける)


 天啓のように浮かんでくるその思いに、ミュウはソードへ仕掛けるのを躊躇する。


(仕掛けるのなら、嵐花双舞以上の攻撃じゃないと……)


 ふいにミュウの頭に、腕の筋肉に、その細胞の一つ一つに、かつての記憶が蘇る――竜王との戦いの際に放った限界を超えた技の記憶が、その時の腕の壊れる感触とともに。


(……あの技なら今のソードだってきっと超えられる。でも、そんなことをすれば私の腕は――)


 忘却の彼方へと追いやっていた記憶を、この状況で思い出してしまった。剣士としての自分が終わった瞬間の記憶を。

 なぜ今自分の腕が正常に機能しているのか、あの後意識を失ったミュウにはそこまでは思い出せない。ただ、何か奇跡が起こったのだろうとは思える。

 そして、その奇跡に二度目はない。そのこともわかる。


 ミュウにとってトラウマになってもおかしくない記憶。

 しかしミュウは、その心の傷ともなりうる記憶を一瞬で断ち切る。


(それで勝てるのならば――迷いはない!)


 決意を固めたミュウは、さらに腕に力を込めた。

 魔法を使う素質のないミュウに、霊子は感じられず、それを自由に使うことはできない。

 それにもかかわらず、極限まで集中した時、ミュウは自身の霊子を本能的にコントロールしていた。ミュウ自身意識しない中、その腕に霊子が集まっていく。

 ミュウが女の身でありながら、瞬間的とはいえ男の剣士と打ち合える力を有しているのは、この無意識下での霊子制御があればこそだった。

 鍛えたとはいえ、普段のミュウは女性の範囲内の力しかない。だが、ミュウが剣を握り、それを振るう際には、腕に集めた霊子を筋肉代わりに使用して、その足りない筋力を補っているのだ。

 ただ、今この時、ミュウには、自身の霊子だけでなく、それ以外の霊子までもが腕にみなぎっていく。


 この場でただ一人、キッドだけはその霊子に気付いていた。


(あれは竜王の霊子!)


 ミュウの竜王の霊子に反応するかのように、竜王破斬撃の残り香のようにまだかすかにキッドの体に残っていた竜王の霊子がざわめく。

 竜王と霊子で繋がったキッドが、竜王破斬撃の際、遠く離れた竜王から霊子の助力を得るように、今のミュウもまた竜王から霊子を得ていた。


(いつもより腕が軽い!)


 ミュウは、自分の霊子にも、竜王の霊子にも気付いてはいない。

 だが、竜王の霊子を得た自分の腕の変化を、軽さとして感覚的に理解していた。


(これならば――いける!)


 ミュウの燃えるような熱い闘志が一瞬、時間が止まったように静かになる。

 それは爆発の前の一瞬の静寂。

 次の瞬間、120%の力で、ミュウが大地を蹴る。石畳をハンマーで叩いたような轟音を奏でて、ミュウが跳んだ。「跳ぶ」というよりも、もはや「飛ぶ」と表現すべき速さと勢いで、一足にて数メートルを跳躍し、ソードへと迫る。


「乱れ嵐花双舞!!」


 神速の勢いがそのまま乗ったその攻撃は、竜王相手に繰り出した時以上の威力を破壊力を秘めている。必殺と言える縦と横の剣戟が、同時にソードに襲い掛かった。


(それは見えているぞ!)


 未来視に匹敵するほどに研ぎ澄まされたソードの戦術眼は、神速の踏み込みも、常識的にはあり得ない縦斬りと横斬りの同時攻撃さえも、すでに見通していた。

 それは、並みの剣士なら、たとえ未来が見えていても反応のしようのない攻撃だ。しかし、およそ剣士として最適な肉体的能力を持つソードならば、その二撃にさえ反応し、対応してみせる。

 とはいえ、ミュウの同時攻撃と対して、同時ガードするまでには至らない。それはミュウだけが達しうる領域だ。いくらソードでもそこまでの芸当は真似できない。

 しかし、同時に防げずとも、わずかな時間差にて止めることはできる。ようは、相手の刃が自分の体に達するまでに、二度止めればいい。なにも、受け止めるのは同時である必要はないのだ。

 ソードは最小限の動きで、二筋の白刃を、刹那の時間差をつけて大剣で受け止めた。


 しかし、そこからはソードの知らない世界だった。


 嵐花双舞に重ねた嵐花双舞、それが「乱れ嵐花双舞」。

 ソードが止めた二つの刃のほかに、もう二つ剣戟が発生していた。

 一人の人間から生まれる、四筋の攻撃。感覚的にはありえない、ソードがいまだ見たことのない奇跡とも言える技。ただし、それさえも極限状態におかれたソードの戦術眼は見通す。

 ミュウの三つ目の刃がソードの身に届く前に、戦術眼はその軌道を予測し、確かなビジョンとしてソードに見せた。

 瞬間、ソードの腕の筋肉が反応する。おそらくソード以外なら、たとえ見えても、それに対応できるだけの身体的能力を持ちえず、対応できなかっただろう。

 だが、ソードの体は、戦術眼が見た未来の光景に応えてみせる。人間の限界レベルの動きで、三つ目の刃をも受け止めた。

 戦術眼はさらに四つ目の攻撃をも読み取り、ソードへと見せる。

 ソードの肉体は、限界の中でもまだ動き続けた。細胞の一つ一つが軋みを上げながら、それでもなお四撃目の横斬りへと、大剣を向けていく。

 しかし、一歩及ばない。

 大剣がわずかにミュウの剣に触れた。だがそれだけだ。止めるには至らない。

 触れた大剣に構わず、ミュウの剣がソードを薙ぐ。


(――見事だ!)


 ソードは相手の技に感服する。

 やれるだけのことはやった。それでも至らぬ。

 ならばもうただ相手を認める純粋な気持ちしか残らなかった。


 乱れ嵐花双舞を放ったミュウは、一旦間合いを離し、大きく息を吸い込む。

 手に残るのは肉を斬った手応え。

 だが、それはまだ仕留め切ってはいない手応えでもあった。


(わずかに剣を逸らされた! あの四撃目に触れてくるなんて!)


 ミュウはソードから視線を外していない。

 そのソードはいまだ立っている。

 ソードの胸には大きな傷跡ができ、大量の血が滴り落ちている。

 しかしそれでもソードは倒れない。


(「帝国の剣」ソード、まぎれもなく化け物だよ)


 ミュウもまた敵の強さに感嘆する。


 ソードの剣はミュウの四撃目を止めるには至らずとも、その届いた剣がミュウの剣をわずかにずらしていた。

 それが致命傷になることを防いでいた。

 とはいえ、ソードが負った傷が深手であることは疑いようがない事実。

 立っていられるのが不思議なほどだ。


 一方で、ミュウの方も自由に動けるわけではない。

 神速を使った足は重く、普段の半分以下の機能しか発揮できない。

 腕の疲労もそれに匹敵する。

 だが、疲労を感じるということは、腕の筋肉も神経も血管も、ちゃんと機能しているということだった。


(……私の腕、壊れてない)


 確かに伝わってくる腕の疲労が、ミュウにはむしろ嬉しかった。

 剣士としての腕を失う覚悟で放った「乱れ嵐花双舞」だったが、剣士としての命はまだしっかりと繋がっている。

 ミュウは知らぬとも、まさに竜王の加護のおかげだった。


 とはいえ、今の状態ではミュウも迂闊に仕掛けられない。

 禽困覆車、追い詰められた獣は車さえひっくり返すという。今目の前にいるのは相手は、ただの獣ではない。手負いの獅子だ。下手に今手を出せば、どんなしっぺ返しを食らうかわからない。

 やるのなら万全とはいえないまでも、せめて今の疲労がもう少し回復してから。

 ミュウは油断なく、武器を構えてソードの動きに注視する。


 もっとも、立っているのが精一杯の今のソードに、自ら仕掛けるだけの力はない。時間が経てば、ソードは血を失い体力を消耗するだけ。逆に、ミュウの方は力を取り戻していく。


 この勝負は、もはやミュウの勝ちだった。


(腕は無事のようだな! 本当に無茶ばかりして!)


 二人の戦いを見守っていたキッドは、ミュウの様子に胸を撫で下ろす。


(けど、さすがミュウだ。あのソードを抑えてくれるなんて! これで俺は上に集中できる!)


 ミュウにここまでの激闘を見せられては、キッドもただ女性陣に甘えたままでいるわけにはいかなかった。


(ルイセ、そっちは大丈夫なのか!? 少しでも俺が助けにならないと!)


 キッドはわずかに回復してきた魔力を集中する。


(どこまでやれるかわからないけど――)

「ダークマター!」


 キッドの手元に現れたのは、極小さな黒色球体だった。

 本来なら20cmほどの大きさのあるダークマターが、今はわずか数センチ、ダークブレット一発分くらいの大きさしかない。


(我ながら情けない! けど、これでも視界共有くらいはできる!)

「行けっ、ダークマター!」


 キッドの制御のもと、ダークマターは上空へと飛び上がった。

 一気に城壁の上まで上昇したダークマター、その視覚でキッドはルイセの姿を探す。


(……いた!)


 ガイウス皇帝から距離にして10メートルほど離れたところにルイセの姿。しかし、ルイセと皇帝との間には、キッドの見知った女が立ち塞がっていた。


(エイミか! あいつが皇帝の護衛についていたのか!)


 ダークマターでキッドが見守る中、二人の魔法剣士は、魔法勝負ではなく、斬り合いを続けていた。


(この間合いはルイセの間合いのはず! 剣技ならルイセの勝ちだ!)


 二人の距離を見て、キッドは瞬間的にそう思った。

 しかし、実際にはそのようには展開していない。むしろ押されているのはルイセのほうだった。


(ルイセの動きが鈍い! 怪我でもしているのか!?)


 剣士ではないキッドの目から見ても、ルイセの動きは明らかにおかしかった。今まで見てきたルイセの戦いぶりから考えれば、あまりにも劣化が酷い。

 負傷を疑いルイセの体に目を向けるが、かすり傷こそいくつか体に刻まれているものの、目に見える負傷は見当たらない。


(一体どうしたんだ……)


 ダークマターの目で見ることはできても、温度まではわからない。二人の激しい戦いぶりに目を奪われ、足元の霜にもさすがに気が付かない。たとえ気づいたとしても、エイミに近づけば近づくほど分子運動を低下させられているとは想像もできない。


 エイミを攻めるルイセも、エイミが講じた魔法には気づいていなかった。

 だが、何度も仕掛けるうちに、ルイセは感覚的に自分の体に起こっている変化には気づいていく。


(体を凍らされてるわけではありませんが……これは似たような状況ですね)


 魔法への理解に関しては、ルイセよりもエイミのほうが数歩先んじる。今のルイセでは、エイミに対抗して自身の分子運動を上昇させるような魔法は使えない。

 だが、できることが限られる中で、ルイセは対抗方法を模索し、それを実行する。


(下ではキッド君が待っています。こんなところで時間をかけてはいられません!)

「火炎陣!」


 それは炎を魔法だった。手に触れたものを炎で燃やす魔法。ルイセはそれを、自分の体に触れて発現させた。


「なにっ!?」


 敵のエイミが、ルイセの行動に驚きの声を上げる。

 それはそうだろう。

 ルイセは自らに炎の魔法をかけて、自分の体を炎で包んでいた。


 表面の炎では、体の中の低下した分子運動にまでは影響を与えられない。それでも、表面だけでも熱量が回復すれば十分戦える。

 ただし、周囲を炎で覆っているため今のルイセは酸素さえ吸えない。

 今の状態を長く続けられないことはルイセ自身が一番わかっていた。

 だから、彼女は一気に仕掛ける。


「千刃乱舞!」


 二本の剣が、千の刃が舞うようにエイミへと襲い掛かる。炎に包まれたルイセの姿は、まるで火の精霊の神楽のようだった。

 ただ、それでなお、エイミの体に染みついた王道剣術は、致命的な一撃から彼女を守り続ける。剣技において格上のルイセを相手に、守りだけでなら対抗してみせた。

 しかし、ルイセの狙いは最初からエイミを仕留めることではなかった。

 ルイセの真の敵は目の前のエイミではない。その向こうの皇帝ガイウスだ。エイミはその動きさえ封じればことは足る。

 エイミの意識を上へと向けさせていたルイセの刃が、エイミの足をえぐった。


「うぐっ!」


 苦悶の声を上げ、エイミが態勢を崩して膝をつく。


(狙い通りです!)


 ルイセはその隙に、飛び超えるように、壁とした立ちはだかっていたエイミを突破した

 防御に徹していた上、膝をついたエイミではその動きに追いつけない。


 万全の状態のルイセならそのまま風のようにガイウスにまで一気に飛び掛かっただろう。

 だが、今の全力攻撃で体内の酸素を使い切っていたルイセは、消火の魔法で自身の炎を消し、一呼吸置かざるを得ない。

 それが致命的な隙となった。

 足を止めてようやく新鮮空気を吸い込んだルイセに、ガイウスが鏡を向けていた。


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